SNS上では私とリュウさんは
素知らぬ顔で交流を続けていました。
リュウさんの姉的存在の通称「姉さん」は
SNS仲間みんなの姉さんでした。
SNS仲間にとっては
リュウさんと姉さんの2人がリーダーでした。
私にとっても、姉さんでした。
本当は弱くて脆いのに、みんなを包み込む
とてもあたたかなひとでした。
北海道在住の姉さんとトモミは
普段からよく会うようになっており
姉さんはトモミとリュウさんの恋を
応援する立場でした。
本当にうまくいくとは思ってはいないけれど
トモミがかわいいから応援する、
というふうに私は見ていました。
姉さんは私のこともとても親身になって
心配してくれました。
私のリュウさんへの思いは
見て見ぬふりをしてくれていました。
小夜子は子持ちの既婚者だから
リュウさんが相手にするはずがない。
小夜子の片思いで終わるだろう、と
私を見守っている様子でした。
リュウさんはうまくやったと思います。
トモミとリュウさんの交際は
誰の目にも明らかでしたが
私とリュウさんのことは
最後まで気づくひとはいなかったと思います。
私はリュウさんに恋するおとなしい人妻として
気の毒がられて終わるポジションでした。
姉さんは私に会いたいと言ってくれました。
直接会って、話がしたいと。
私と姉さんは長いメールを
やりとりしていました。
私の恋のことは
姉さんへのメールには書きませんでしたが
それ以外にも
打ち明けたい苦しみはありました。
姉さんはそれを聞いてくれるひとでした。
10月の小夜子の誕生日に北海道に来ない?
姉さんからの個人的な誘いは
いつのまにか北海道オフ会の話に
変わってしまいました。
姉さんは私が誘いに乗ると思い
北海道の数人に声をかけたところ
名古屋、東京、東北組にも話が飛びました。
最初の名古屋のオフ会は
北海道組は誰も参加しませんでした。
SNS仲間の多くは名古屋近隣と
北海道に集中していました。
あとは東京と東北、海外にもひとり。
SNS仲間も
これが最初で最後の北海道オフ会だと
わかっていたのでしょう。
多くの仲間が参加することになりました。
私は北海道行きを迷っていました。
日帰りや一泊であればまだしも
何日も家を空けることは
そのときの私には難しいことでした。
夫に北海道行きを打診しました。
どうしても会いたい友達がいるのだと。
夫は、どうしても行きたいのならいいよ、と
言ってくれました。
姉さんには会いたかった。
でも、参加が既に決まっていた
トモミとリュウさんと同じ場所にいることは
わたしにはできない。
お酒の席ではしゃぎ回るであろうリュウさんを
見ないようにしながら
カクテル缶を飲む自分の姿は
想像するだけで苦しいものでした。
最初の名古屋オフ会から
3ヶ月ほど経っていました。
SNS仲間の人間関係も複雑に変化してきて
恋心の矢印が無数に飛んでいるのを
私は知っていました。
ネット空間は恋に陥りやすいということを
ようやく私は理解しました。
リュウさんはたくさんの女性に
思いを寄せられている。
サリィは不妊に悩む人妻アオイに
恋をしていました。
姉さんも恋をしていました。
1組だけ、無邪気な大学生カップルが
成立していました。
そんな無数の矢印が飛び交う空間で
知らぬ顔の笑顔で
仲間に初めまして、とは言えない。
そう思いました。
私は北海道オフ会には参加しないと
姉さんに伝えました。
リュウさんは北海道へ行きました。
「トモミと終わらせてくる」と言って。
わたしはリュウさんに聞きました。
「いいの、それで」
「ああ、これでいい。お前にする」
オフ会の様子を報じたSNSは
私は見ないようにしていたので
詳しいことは知りません。
随分と盛り上がったようでした。
リュウさんはトモミと直接会って
別れを告げたそうです。
トモミのSNSにはそれを匂わせる
悲しみを告げる記事がアップされました。
第三者から見れば
愛知に住む40過ぎの男が
28歳の北海道の女性を捨てて
近県の子持ちの既婚女性に乗り換える。
いずれにせよ危なっかしい話ですが
私は嬉しかった。
リュウさんがわたしを選んでくれた。
私たちはもう一度
彼の部屋で会う約束をしました。