彼は私の先生でした。

 

彼は私にいろいろな音楽を教えてくれました。

Charaの Let Me Know

FPMの Days and Days

ベベウ・ジルベルト、

ミスティ・オールドランド。

原田知世のボサノヴァ、

チルアウト、アンビエント。

 

彼は若い頃、栄のクラブで

DJをしていた時期があったそうです。

彼の部屋にはDJ用の機材がありました。

彼は音楽をとても大切にしていました。

「本と音楽だけあればいいんだ」

そんな記事をアップしていました。

 

彼は私の好きそうな曲を、アーティストを

教えてくれました。

私はそのたびにCDを入手しました。

彼の勧めるものを聴き

すぐに熱っぽく感想を伝える。

そんな私は確かに

彼にとってはかわいい生徒だったのでしょう。

 

本の話もよくしました。

彼はスー・グラフトンの小説が好きでした。

キンジー・ミルホーンは俺なんだよ、と

彼が呟いていたことを覚えています。

 

川上弘美の『センセイの鞄』の話もしました。

私はあの本が好きでした。

 

私は彼に

リンカーン・ライムシリーズを送りました。

新刊が出たらまた送りますね、と

約束しました。

彼と別れた後にも一冊だけ送りました。

 

 

 

彼が大事にしていた音楽を

手放したときがありました。

 

ひとつは彼が深い淵に沈んだとき。

そんなとき彼は

何も読めず、音楽を聴く気にもならないと

話していました。

 

もうひとつは

ふたりで彼の部屋にいたときのことです。

私は不意に、それまで低く聴こえていた音楽が

聴こえなくなったことに気づきました。

 

「音楽が、終わっちゃった。」

「そんなこと、どうだっていいよ。

小夜子の声が聞こえなくなるだろ」

 

本当に、どうでもよさそうに言って

彼はもう一度私の身体に沈みこみました。