ブリキの子育て
  • 29Aug
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      なぜ白黒思考・アダルトチルドレンになったのか? 逃げ恥の語源からその意義を読み解く

      <画像:横浜 モノクロ(白黒) / cocomilさん / 写真AC>【凸凹の兵法】前回、『逃げるは恥だが役に立つ』の諺の意味は、「戦う場所を選べ」だと話した。また、よく戦いは、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」とも言う。・・が、アダルトチルドレンは、なぜ苦しいのか?、何と戦ってるのか?、どこへ逃げればイイのか?、自分がナニモノなのか?・・皆目分からない。・・だから黒星が続く。・・そこで、今回は、前回挙げた凸凹の特徴②の「視野が狭く融通がきかない(=白黒思考)」と③の「自尊感情が低い(=自己受容できない)」に注目しつつ、なぜアダルトチルドレンになったのか?・・ブリキなりにその理由(わけ)を探ってゆく。そして、そこに現われてくる、われわれの「戦う場所」や「戦う意味」について、白黒思考全開で考察する。【白黒思考とは?】まず、「白黒思考」とは、物事を二分法(=例えば「良い/悪い」)で捉える融通が利かない考え方のコト。例えると、壁(=障害物)にぶつかったとき、定型の人(=お掃除ロボット)は、器用によけて普通に動き回れるが、白黒思考の人(=プラレール)は、電池が切れるまで空回りするか、無茶苦茶に突き進むコトしかできない。・・(↑この傾向は、平匡さんや彼のお父さんにも見られる。・・「津崎さんこそお父さんに似てる」と。)で、早速だが「なぜ白黒思考になるのか?」の理由は単純で、・・以前説明した「アンサンブル学習が進んでないから」だろう。・・仮にアタマの中に「Yes/Noボックス」が1つしかなければ、二分法にしか成れないでしょ。では、「なぜアンサンブル学習が進んでないのか?」を、・・とりあえず、「なぜなの~、教えて~、おじーさーん!」と叫びつつ(?)、探ってゆく。・・【父の望むような息子に】その理由を考えるため、今回も平匡さんのエピソードを拝借する。両家の顔合わせの後、お父さんが平匡さんに話す。 男が家庭を持つっちゅーコトは、全て背負って責任を持つっちゅーコトじゃ。お前には出来んのんじゃないかと思いよった。・・今日は、うまい酒が飲めそうじゃ。おめでとう。その帰りがけ、平匡さんはみくりさんに胸の内を明かす。 僕はむしろホッとしました。肩の荷が下りた。僕は父の望むような息子にはなれないので、たとえ真実じゃなかったとしても、喜んでもらえたならイイと。両親を安心させられたという点においても、今回のコトは有意義でした。と、日頃よりお父さんに認めてもらえず、期待に応えられない自分を恥じる。・・【知恵の木の育ち方】以前「アンサンブル学習」を「Yes/Noチャート」に例えた。そのチャートが大きく育つと、次の表紙絵のような「知恵の木(=ニューラル・ネットワーク)」になる。Vagus Nerve Secrets: Find out the secrets benefits of vagus nerve stimulation through self help exercises against trauma, anxiety and depression for better ... by Robert Dickens) (English Edition)Amazon(アマゾン)ここで、ニューラル・ネットワークが学習する(=シナプス結合する)様子をもう少し探る。アタマの中を「箱庭」に例える。そこへジョウロで水を注ぐ。すると水が低い方へと流れ、土が少しずつ削られ溝が深まる。するとさらに水量が増え、流れが勢いを増す。そ~して「川」が出来てゆく。<画像:枯山水98 / acworksさん / 写真AC>この「川」の出来る様子が学習の仕組みに似てる。川が「ニューラル・ネットワーク(=伝送路)」で、水が「神経伝達物質(=神経信号)」にあたる。要は、信号が流れれば流れるほど、伝送路が強化され伝達しやすくなり、逆に流れなければ、弱められ伝達しづらくなる。(↑とてもシンプルで合理的。また、だから学習には反復練習が必要となる。)【付けるべきか崩すべきか、それが問題だ】ここで、箱庭の片側を少し持ち上げて傾けてみる。・・水を注ぐ側を高くすれば、水の流れが勢いを増し、みるみるうちに川ができ、表紙絵のように豊かな枝葉を茂らせた知恵の木が育つ。これを、アドラー心理学では「勇気づけ」と呼び、認知行動療法のアルバート・エリスらは「ラショナル(=合理的な・適切な)」と呼び、ブリキは「正の傾き」と呼ぶ。例えば、「上手だね。大丈夫もう1度やってごらん。スゴい。助かるわ。うれしい。ありがとう。」等の声掛けとなる。(←基軸が子ども・相手側にある。)ミニ枯山水キット<庭園セット>Amazon(アマゾン)一方、反対側を高くすると、どーなるか?・・当然、水は溜まり、あらぬ方向に流れ、漏れ出してしまう。無論、知恵の木も育たない。これを、アドラーは「勇気くずし」と呼び、エリスらは「イラショナル(=非合理的な・不適切な)」と呼び、ブリキは「負の傾き」と呼ぶ。例えば、「ちゃんとしなさい。ヤメて。ほら失敗した。だから言ったでしょ。余計なコトしないで。静かに/ジッとしてて。」等の声掛けとなる。(←基軸が親・自分側にある。)このとき、水は傾けた人が望むような川になれず、劣ってると己を責め恥じる。・・(←日本では「子育て=叱る」と思われてるので、若者たちは、凸凹に限らず皆自尊感情が低い。)そして、さらに、この親が白黒思考だと、負の傾きは完璧(=絶対)になり、事態は深刻化・凶悪化し、子はアダルトチルドレンになる。【正の連鎖の力】ならば「オブジェクションしてる場合じゃありません。・・ちゃんと子を勇気づけましょう!」と思い直しても・・・うまく行かない。なぜなら、大人たちのアタマの中で既に「負の傾き」が立派な川になってるから。流れる川を移し変えるのは簡単じゃない。(←これも脳の特性。「再学習」は「学習」より難しく、習慣は変え難い。)では、どーすればイイのか?それは、ただ、子の知恵の木の『芽』を妄想しながら赤ちゃんを見守ればイイ。・・既に適切な目的(←水が流れたい方向)が分かってるので、後はアタマやカラダがなんとかして箱庭を正の傾きにするハズ。(←脳の特性かつ目的論。)・・多少失敗しても徐々にコツを掴み、すぐに上手く水を流せるようになる。・・(←実際の赤ちゃんのお世話は大変でクタクタになる。が、そーでなければ、豊かな知恵の木は育たない。・・)で、それが出来るようになると、今度は「あなた(=自分)自身の箱庭」も、正の傾きに出来るようになる。つまり、あなたのアダルトチルドレンの問題は解消されてゆく。なぜなら、「子の箱庭」を正の傾きにしたのが、「あなたの箱庭」の働きに他ならないから。そのスキルは自他の区別なく働く。(←これも脳の特性。子は親を映す鏡か?、『芽』のためにクタクタになればなるほど自分の学習も進む。ブリキはこれを「育つ力の作用と反作用」と呼ぶ。)このコトは、あなたが負の連鎖を止め、新たに正の連鎖を生み出したコトを意味する。そう実感できれば、自己否定感も解消されるハズ。って、今度は「浸透力、ハンパなーい!」と叫ぶくらい、スゴくね?・・(↑「正の連鎖」の働き。)【小賢しさフィールド全開!】でも、まだ、これだけじゃ足りない。・・1人が交通ルールを身につけただけでは交通事故を防げないように、・・皆がコレを学び実践しない限り、本当の意味での「負の連鎖」は止まらない。試しに、この世界のすべての箱庭が「正の傾き」に成ったと妄想してみる。・・もし、誰かが「負の傾き」に陥っても、すかさず周囲の誰かが「勇気づけ」てくれる世界を。その世界に、アダルトチルドレンは居る?・・虐待は在る?、イジメは?、差別は?、貧困は?、戦争は?・・どれも有り得ないでしょ。これらの問題が同時に解消されるのは偶然じゃない。・・アドラーは、元々軍医を経験し戦争を止めたくて「人生の意味の心理学」を探求してた。その教えに、今日多くのアダルトチルドレンが救われている。これは、「正の傾き」が、すべての人に与えられ守られるべき権利、つまり「人権」を意味し、その反対の「負の傾き(=人権侵害、ハラスメント)」が、この世界の諸悪の根源になってるからだと思う。・・つまり、アダルトチルドレンは、「人権侵害(=負の傾き)」という、人類共通の問題と戦ってる。となる。【アダルトチルドレンになった意味】たぶん、恥ずかしさを感じなければ、成長できないし、その恥じの真意が分からなければ、戦う場所を選べない。・・つまり、この諺には、「覚醒し成長しろ!」という意味(=エール)が込められてると思う。ところが、まだ人類は、この「①逃げる→②恥じる→③戦う/成長する」のステップ①に居る。・・たぶん、人権がよく分かってないので、逃げてる自覚もなく、未熟さにも気づかず、恥じるコトさえできてない。(←まさに無明。無自覚で無責任な親の姿に似てる。ブリキはこれを「オリジナル・エラー」と呼ぶ。)だから、環境も・経済も・紛争も・虐待も・イジメも・どの問題も他者(=弱者)の負の傾きへ勝手に水を注ぎ、それが持続できるはずもなく破綻しかけてるように見える。(←どれも依存症的・破滅的な人の姿に似てる。まさに機能不全社会。)だからこそ、人一倍逃げ恥を感じる、アダルトチルドレンが生れたのではないか?・・己の未熟さを恥じ、親や自分の習慣を疑い、その道を無茶苦茶に突き進もうとする凸凹の特性に、人類共通の問題を乗り越えるための優位性や必要性があると思える。・・この問題と無縁な人は居ない。誰もが、自分も・周囲の人も、正の傾きになれるよう成長するコトに変わりはない。・・ただ、決戦場は「子育て」になるだろう。現代の子育て観を変えない限り、人類の成長はあり得ないし、もし成長できなければ破滅するしかない?!と思える。・・生きるか死ぬか。白か黒か。・・さて、ブリキの白黒思考全開の妄想は、あなたの役に少しは立てただろうか?・・子どもたちの未来を少しは照らせただろうか?・・みくりさんの妄想に平正さんが付き合ってくれたように、・・あなたがこの白黒で凸凹な妄想に向き合ってくれるのなら、これほど嬉しいことはない。あのお父さんも、今度は勇気づけてくれるだろうか?・・「ヒトが生きるちゅーコトは / 大人が子育てするっちゅーコトは、全て背負って責任を持つっちゅーコトじゃ。お前たちなら、きっとそれが出来るじゃろーと思いよった!」と。・・<おわり>≪【お礼】最後まで読んでいただき、本当に有難うございます。・・もし、よかったら、いいね、コメント、SNSでの拡散、 ←ポチッなど応援・協力をよろしくお願いします。≫

  • 13Jun
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      なぜAPD・コミュ障になるのか? 逃げ恥・平匡さんからその起源を読み解く

      <画像:平匡さんの部屋 / TBS>【カラスとみにくいアヒルたち】ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(海野つなみさん原作)には、主人公のみくりさんと平匡さんをはじめ、実に個性豊かなキャラクターたちが登場する。(←こーゆーのをダイバーシティ(=多様性)が高い言うのだろうか?)逃げるは恥だが役に立つAmazon(アマゾン)物語は、契約結婚(?)、シェア婚(?)、と突拍子もない展開でもつれにもつれるが、徐々に互いの凸凹さ(=恥じる処や面倒な処)を受容れ合い、豊かな人間関係を築いてゆく。・・現実離れしてるけど、現実にありそうなお話し。(←共演者の結婚報道もね。)その中でも、ブリキは、やはり「平匡さん」が気になる。・・なぜなら、彼にはブリキと同様、次の凸凹さがあると思えるから。① コミュニケーションが苦手② 視野が狭く融通がきかない③ 自尊感情が低い④ 主体性がなく流されやすいこれは、「アスペルガー症候群の受動型」というタイプの発達凸凹にみられる傾向だと思う。この凸凹さをドラマのように笑えてればいいが、大抵笑ってられない。・・なにしろ障害と呼ばれるくらいなので。今回は、この凸凹の特徴のうち、①の「コミュニケーションに関する障害(の言語面)」に注目し、どーしてそーなるのか?・・ブリキなりにその理由を考察する。(※注意:この記事は、作品のレビューの類ではなく、凸凹による凸凹のための考察(=仮説や妄想)に過ぎない。またネガティブな内容も含むので気を付けてほしい。)【聞こえるけど、聞き取れない?】ブリキには、「聞こえているのに、聞き取れない」というコトがよくある。聴力は正常なのに人混みでの会話やグループトークが苦手。(←「聴覚情報処理障害(APD)」と呼ばれる。)例えば、テレビのスポーツ中継でアナウンサーと解説者の小話が始まると、試合の内容も・会話の内容も・自分が今何をしてたかさえも分からなくなったりする。・・で、歓声で我に返り、周囲の人に「今何が起きたの?/何て言ったの?」と訊ね、「邪魔しないで/黙ってて」と叱られる。・・これは話者や話題によらず、「複数の人がテーマを絞らずに話す場面」、つまり「雑談」や「世間話」でよく起きる。だから、学校でも・職場でも・食卓でも浮いてしまう。(←ちなみに、1対1の会話やテーマの決まった議論ではあまり起きない。)なぜ、そーなるのか?・・本人の努力が足りないから?・・それとも、遺伝的な問題があるから?・・ブリキは、そのどちらでもないと思う。・・【地獄のピクニック】ここで、その理由(わけ)を考えるため、平匡さんのエピソードを拝借する。平匡さんはみくりさんに、次のように子どもの頃の思い出を話す。 (家族で行った1度きりのピクニックで、母がサプライズのつもりでお弁当に「瓦そば」を作ってきたら…) 父が怒りだしてね、『なぜ外で伸びきった「そば」を食わなきゃイカンのか#』 父は怒りだすと自分を曲げない人なので、…『俺は食わん!』って… 地獄のような思い出で、それ以来「瓦そば」が食べられません。 どーして母は父と離婚しないんだろうって、子ども心にずっと思ってました。・・ブリキにも似た記憶がある。・・うちの場合、いつも喧嘩ばかりしてたし、両親とも黙ってられない質(たち)だったので、その様は、・・親1) 「%▲×$※!◇?○■#・・」親2) 「●!※□◆#△!」親1) 「ダダダダーンッ、ダダダダダダダダーンッ・・」親2) 「パンッパンッ、パンッパンッパーンッ、・・・ドカ~~ンッ!!」と、まるで銃弾が飛び交うような「地獄のお茶の間」だった。・・【刈るべきか刈らないべきか、それが問題だ】前回モンテッソーリ教育の「敏感期」について考えた。・・その中の1つに「言語を獲得する敏感期」がある。・・赤ちゃんが「アーッアーッ」としゃべり出し、一語文・二語文になり、やがて日常的な会話ができるようになってゆく時期のコト。さらに細かく見ると、その中の1つに「母国語の発音を獲得する敏感期」がある。・・このとき、赤ちゃんの脳内では「シナプス刈り込み」が起きる。それは早期英語学習で知られる通り、母国語の聞き取りに必要なシナプス結合を強め、その他の音に係るシナプス結合を除去するプロセスのコト。さて、もー分かるでしょ。・・なぜ聞こえているのに、聞き取れないのか?そう。・・乳幼児期に親の言い争う声を聞いて育った子たちは、母国語に必要なシナプス結合を刈り込んでしまうのだろう。この子たちの脳内では、周囲のヒトの声(=母国語)が、聴きたい音ではなく、聴きたくない音(=銃声みたいな騒音)として仕分けられ、その音に反応しないようシナプス結合が除去されると思われる。・・その結果、この子たちはネイティブでありながら、ネイティブ言語(=母国語、第一言語)を獲得できない。だから、コミュ障の人たちの態度は、外国旅行した人たちの姿によく似ている。・・定型の人たちでも、外国へ行けば、1対1の会話はできても、ネイティブ同士のグループトークまでは聞き取れなかったりするだろう。さらに、母国語を持たない子どもたちが、(母国語を獲得した子どもたちに比べ)、学習障害(LD)になりやすいのも当然と思える。・・(※補足)【凸凹を超えてゆけ~】残念ながら、このコミュニケーションに関する障害を根本的に解消するのは難しいと思う。・・でも、みんなが、その仕組みを知り、その困難さを想像できれば、・・例えば、両親学級で夫がお腹に重りを付けてみたり、研修会で健常者が目隠しや車いすに乗ってみたりしてその困難さを疑似体験すると、そーゆー人たち(=当事者)を支援しやすくなる。また、当事者の方も、無用に自分自身をダメなヤツだと恥じたり悔やんだりするコトもなくなり「自分は何が苦手なのか?、どーすればそれを補えるのか?」と対策を立てやすくなるハズ。不思議ちゃんにハンドラを付ければ、不思議ちゃんではなくなる。そーやって一人を超え、二人を超え、凸凹も・定型も超えてゆける。・・かもしれない。この凸凹な考察が、ちょこっとでもコミュ障に苦しむ人たちの役に立てばとても嬉しい。・・そして、なによりも、今後こーゆー目に遭う子たちが減ってゆけばいいなと願う。・・<おわり>≪【お願い】 よかったら、いいね、コメント、SNSでの拡散、 など応援・協力をお願いします。≫【補足.自分の戦う場所を選べ】ブリキには、コミュ障の子たちの脳は正常に機能していると思える。・・また、この子たちが採った「言い争う声を刈り込みの対象にした行為」も正常な判断(=防衛反応)だったと思える。では、凸凹創生の起源は何処にあったのか?・・それは、「ヒトの声=聴きたくない音」という「真逆の教師信号」、つまり「養育者の不適切(=無自覚)な言動」だろう。(←イヌを「ニャンニャン」、右を「左」と吹き込んでいるのと同じ。)この「狂った教師信号」はとても根深く、子が乳幼児期を過ぎようが、親が世代交代しようが、見直されず脈々と続いてきたし、これからも見過ごせば脈々と続いてゆく。・・(←ブリキはこれを「オリジナル・エラー」と呼ぶ。)ブリキの場合、学童期以降(コミュ障やLDの傾向もあり)、よく「お前はいつも黙っててダメなんだ!・・お前は何をやってもダメなんだ!・・だからお前はダメなんだ!!・・」と言われ続け、実際何も出来ず、ずーっと自分のコトを出来損ないだと恥じてきた。・・が、今はそー思っていた自分を恥じたい。そして、この「狂った教師信号」を正せるのは、親でも・子でも・他の誰でもなく、自分(=あなた)自身なんだと思う。・・「逃げるは恥だが役に立つ」はハンガリーの諺で、意味は「自分の戦う場所を選べ」というコトらしい。・・ブリキは、この世界から何とか「オリジナル・エラー」を無くし負の連鎖を止めたい。・・だから、夫婦を越え、育児を超え、自分を超えてゆけ~?!・・と唄ってみる。

  • 03Apr
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      モンテッソーリ教育をAIになぞらえ、子育て観を調律する

      <イラスト:Riboncaさん / Illust AC>【凸凹に足りないもの、定型に足りないもの】『羊と鋼の森』で、新米の外村くんに、憧れのベテラン調律師・板鳥宗一郎さんがアドバイスを送る。・・「焦ってはいけません。コツコツ、コツコツです」と。・・すると、外村くんは「コツコツ、ど~すればいいんでしょ?」とオドオドしてしまう。・・あなたはどーかな?・・子育ての森で、外村くんのようにオドオドしてる?・・それとも板鳥さんのように落ち着き堂々としてる?試しに、コツコツに注目し次のように分けてみる。① コツコツできてないし、その意味も分かってない。② コツコツできているが、その意味までは分かってない。③ コツコツできてるし、その意味も分かっている。すると、ブリキには、①が発達凸凹(=アダルトチルドレン)に、②が定型発達(←現代の子育て観の人たち)に、そして③が正常発達(←新しい子育て観の人たち)に思えてくる。なお、①~③は、その人の気質じゃなく、成長・発達の段階を表してるだけ。・・よく「発達障害は先天的な問題だ」とか「アダルトチルドレンは毒親のせいだ」と言われるが、ただ「コツコツできてない」だけで「その意味を知らない(未熟な子育て観の)せい」だろう。・・(↑問題は自分や他人(=人)ではなくビリーフやスキル(=オリジナル・エラー)にある。)今回は、前回に続き、ブリキなりの凸凹な基準音を鳴らしコツコツの意味を調べ「子育て観」を調律する。そして、負の連鎖を止める、新しい「子育て観」にアップグレードできないか考察する。【迷走交響曲第3番・・コツコツの意味】砂場で子どもたちが遊んでいると、「スコップの取り合い」になる。・・友だちの「かーしーて」に「どーぞ」ができない。・・「や~だ、○○ちゃんのッ!」と頑として譲らない。・・こんなとき、あなたが親ならどーする?たぶん「貸してあげなさい」とか「仲よく順番に使いなさい」と諭す人が多いと思う。・・「それが正しさや優しさ(=社会規範)であり、そうできる子になってほしいし、そう躾けるのが子育てだ」と思っているから。(←現代の子育て観であり、定型であると思う。)ここで、「モンテッソーリ教育」を基準にしてみると、・・モンテッソーリ流「自分でできる子」の育て方Amazon(アマゾン) 敏感期とは、ある目的のために ある時期にだけ 何かに対して 非常に強く反応する 時期のことです。・・子どもはそういうふうにプログラムされているのです。・・ 小さい子どもが何かに特にこだわるという成長に不可欠な行動を、・・(大人が)叱ったり、やめさせたり、とめたりすることは、子どもの成長を妨げることと同じです。と、調律が必要だと言う。・・が、たぶんまだピンとこないと思う。なぜなら、敏感期やプログラムが分かりづらいから。・・そこで、AIを基準にしてさらに調べていく。AIは、その機能により「弱いAI」と「強いAI」に分けられる。・・「強いAI」の方が高機能で、人間の知能(=理想)に近く、創るのも難しい。そこで「アンサンブル学習」と呼ばれる、「弱いAI」から「強いAI」を創る方法がある。それは下図のようなタイプ診断(=YES/NOチャート)に似てる。一つ一つのYES/NOを問うBOXが「弱いAI」で、それを上手く繋ぎ合わせ全体として「強いAI」を創る。<イラスト:YES・NOシート / Digipot>でも、これは一朝一夕にはいかない。で、この方法(=プロセス)は学校のカリキュラムや料理のレシピにも似てる。・・子どもには、不思議とモノを一列に並べたり、「これはママのイス」とこだわったりする時期があり、それらが巧妙にプログラムされている。例えば、まず音に反応し、徐々に目が見えるようになり、自分の手足に気づき、首や腰がすわり、やがて立っちや歩んよができるようになる。・・また、まずモノに関心を持ち、それに所有者が居ると気づき、やがて自分や他人を理解していく。・・それは、まさに「弱い知能」を一つずつ創り、それを積み重ね「強い知能」を創ろーとしてるのだろう。・・だから、成長曲線は、次の表紙絵みたいに、石段(=ステップ)を積み上げたような軌跡を描く。Creating the Future: A step by step guide to creating your company's next growth curveAmazon(アマゾン)その一段一段を、習慣化では「ベビーステップ」と呼び、モンテッソーリ教育では「敏感期」と呼び、板鳥さんは「コツコツ」と呼ぶわけだ。で、このプロセスを無視したら?・・試しに、足し算・引き算の練習ドリルにコツコツ取り組む子どもたちに、それを止めさせ「微積分しなさい」と諭したら?・・(←不適切でしかないでしょ。)ここから次のコトが分かる。子どもたちが奇妙なコトにこだわり繰り返そうとするのは、強い知能を創るために必要なステップなんだと。・・(いずれ他者に譲る大切さを学ぶステップも出てくる。)・・もし、大人たちがその意味を知らず、それを止めさせ自分たちの(不適切な)考えを一方的に押し付けようとすれば脳の発達を妨げ、子どもたちを発達凸凹にしてしまう恐れがあると。【迷走交響曲第4番・・子育ての意味・再び】子育ての森で、(夢中にコツコツしてる)子どもたちの目線や歩調に合わせてみる。すると「おっ、こんな処に、こんな草木があったのか?!」と、親の方も視界が変わり(←リフレーミングが起き)、一歩一歩が驚きの連続になる。・・そして「あぁ~この森はなんて多様なんだ!?」と圧倒される。試しに、「この世界には70億人もいるが、一人として同じ人はいない」・・同様に動物も、草木も、石ころも、・・何もかも、たとえそっくりに見えてもまったく同じモノなんてないと気づく。・・その中で、ただ他者(←できれば、赤ちゃんからがおすすめ。)の音に耳を傾けてみる。・・すると、自分とその者の奏でる音が響き合いアンサンブル(=二重奏)になる。・・さらに耳をすますと三重奏、四重奏と音色が増えてゆき、やがてオーケストラのようなる。・・「あれ? ソロよりこっちの方が楽しい♪」と、あの恐ろしく思えてた・・果てしなく深い(=多様な)森が、不思議と落ち着き心地良く思えてくる。・・ここから次のコトが分かる。みんな凸凹(=多様)でいいんだと。(←定型=モノトーンじゃハモれない。)・・そして、子育ては、目の前に居る(=唯一無二の)子どもを基準にすればいいんだと。・・子どもに向き合い多様な現実に触れそれを受け入れる毎に、(親も子も)アタマの中でアンサンブル学習が深まり成長していくんだと。・・【新しい子育て観】でも、「子どもを基準に、子どもを調律する」ってなんかヘン?・・そう、調律してるのは、むしろ親(=自分)の方(?)・・と思えてくる。ここで、ブリキは(勝手に)、人が親として急激に成長する、この特別な時期(=子育て期)を「第三次成長期」と呼ぶ。・・そして、イモムシがチョウになるように、人は、「赤ちゃん」→(第一次成長期)→「子ども」→(第二次成長期)→「若者」→(第三次成長期)→「親(=大人)」と、成長していくと捉える。・・(↑ちなみに、第一次は一人で歩けるようになるコト(=自立)、第二次は自分自身で教師信号を用意できるようになるコト(=自律)、第三次は世界の多様性に気づき自分もその一部なんだと実感できるようになるコト(=利他)が境界になる。)すなわち、ブリキなりの新しい子育て観とは、「子育て=第三次成長期」となり、それは「親として急激に成長する敏感期」となる。・・要は、みんながちゃんとコツコツの意味を理解し、みんなでちゃんとコツコツするだけ。・・「焦ってはいけません。コツコツ、コツコツです」と。さて、あなたの「子育て観」にブリキの凸凹な基準音は共鳴しただろうか?・・音は合ってた?・・ズレてた?・・それとも何も響かなかった?・・もし、少しでもあなたの子育てのヒントになれたのならとても嬉しい。・・<おわり>≪【お願い】 よかったら、いいね、コメント、SNSでの拡散、 など応援・協力をお願いします。≫【補足.参考書籍】今回の記事と共鳴する本。もっとちゃんと学びたい人におすすめ。0歳児から5歳児 行動の意味とその対応: 見えてますか? 子どもからのシグナル (実用単行本)Amazon(アマゾン)

  • 07Feb
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      8050問題をAIになぞらえ、子育て観を調律する

      <イラスト:Riboncaさん / Illust AC>【果てしなく深い森・・】『羊と鋼の森』(宮下奈都さん著)は、若いピアノ調律師が成長していく話し。・・羊の毛でできたハンマーが鋼の弦を叩いて音を鳴らすピアノ。その調整個所は1鍵に付き20以上、それが88鍵あり、総パーツ数は6000を超えるという。・・羊と鋼の森Amazon(アマゾン)各部品が正しく動くように整え、フェルトの形や硬さで音量を均一に揃え、基準音に合わせて1鍵ずつコツコツと調律する。さらにユーザ毎の要望に耳を傾け、環境の変化にも応えていく。・・主人公の外村直樹くんには、それがまるで果てしなく深い森の中へ迷い込むように映る。・・ブリキには、彼がその森に向き合い、戸惑いオドオドする姿が他人事と思えない。・・それは仕事に限らず、初めての妊娠・出産・育児でも同じでは?・・子育ては、ヒトを調律するコトであり、ピアノより深い森の中へ迷い込むようだと言ったら大げさに聞こえるだろうか?・・ちなみに、ピアノの場合、440Hzの「ラ」の音(=基準音)を鳴らし、弦を共鳴させて調律していくが、ヒトの場合は一体何を基準にするのか?・・たぶん「親」を基準にする(=真似る)のだろう。・・が、機能不全家族育ちのブリキらの場合そうはいかない。・・そこでブリキは代わりに「数学」や「コンピュータ」を基準にする。・・そんなモノが代わりになるのか?と思うかもしれない。が、「基準」が変わると「対象の姿や価値観」まで変わる(←リフレーミングが起きる)ので、案外役に立つ。今回は、ブリキなりの凸凹な基準音を鳴らし、現代の「子育て観」を調べ、調律を試み、新たな「子育て観」へアップグレードできないか考察する。【迷走交響曲第1番・・子育ての意味】まずは言葉にする力を振り返り子育てのゴールを確認する。・・ある3歳児の話しを『ちゃんと泣ける子に育てよう』から引用する。 ゆうたくんが、お砂場で一生懸命トンネルをつくっている・・。黙々と穴を掘ってわくわくと楽しくてたまりません。そんなふうに夢中で遊んでいるときに、少し大きなお兄さんがやってきて、強引にゆうたくんのスコップを借りてもって行ってしまったとしたら、・・さて、あなたが親ならどーする?① お兄さんを叱り付け、小さい子に優しくするコトを学ばせようとする。② わが子が泣き騒ぐのを放っておく。③ わが子が騒ぐのをたしなめ、ガマンするコトを学ばせようとする。④ わが子を抱きかかえその場から離れ、上手く気をそらし何事も無かった様に接する。たぶん①と②は周囲の目を気にして出来ない。③も結局泣き騒ぐだけ・・。そこで④を選ぶ人が多いと思う。・・が、そのとき子どもの身体の中で一体何が起きているか?・・「不快な感情エネルギーが逆流している」だろう。で、やがてこの子が大きくなり学校でイヤな目に遭ったとき、・・思春期になりそのエネルギーが増え抑えきれなくなったとき、一体どーなるか?・・「キレる(=他者を傷つける)」か「コモる(=自分を傷つける)」しかないだろう。この狂った(←ブリキにはそう見える。)現代の「子育て観」を調律するため、「クルマの教習」を基準にして調べてみる。教習中に生徒の運転が上手くいかないとき、教官が口ではなく、(砂場の④のように生徒を庇い)手を出したらどーなるか?・・無論「教習」にならない。・・教官が一緒じゃなきゃクルマに乗れないのでは意味がない。ここから次のコトが分かる。・・「保護(=守る、庇う)」は、守る者と守られる者が一体(←常に一緒に居る前提)でなければ機能しないと。・・また「教習の目的」は、生徒と教官が一体ではなく、生徒が1人でクルマを運転できるようになる(←そーなるように育てる)コトだと。・・(※補足1)(ちなみに、子育てで親子一体がまともに成り立つのは「赤ちゃん」のときだけ。この「子育て=保護」のモデルは、子どもが立っちし歩んよすれば綻びだし、就学すれば破綻し機能しなくなる。・・このズレを調律しないと、やがて8050問題に辿り着くだろう。)【迷走交響曲第2番・・失敗の意味】ブリキが育った家では、家族全員が不機嫌でいつもピリピリしていた。そこで失敗しようものなら、非難の的となる。仮に「失敗」と口にしただけで、「そんなモノ在ると思うから失敗するんだ。無いと思わなきゃダメなんだ」と。・・そこまで極端じゃなくても、「失敗」は大抵嫌われる。ここで、AI(=人工知能)を基準にして「失敗の意味」を調べる。・・AIに「イヌの画像」を認識させるとき、まず大量のイヌの画像(=ビッグデータ、教師信号)を与え学習させる。・・その後、カメラで「イヌ」を撮影し「これは何?」と訊ねる。・・・すると「ワンワン」と答える。・・≪おぉ~、スゲ~ッ≫となる。今度は、「ネコ」を撮影し「これは何?」と訊ねる。・・・すると今度も「ワンワン」と答える。・・≪んっ?≫・・「ネコ」に限らず何を映して訊ねても「ワンワン」(または「分かりません」)と答えるだろう。・・なぜなら、このAIは「イヌ(のポジティブサンプル)」しか学習していないから。・・前回「『分かる』には、『何か』と『それ以外』を分かつ必要がある」と話した。・・AIも同じで、「イヌ」を正しく認識するには、「イヌ以外(のネガティブサンプル)」も学習する必要がある。・・さて、この「何を見せても『ワンワン』としか答えないAI」は一体何の役に立つだろうか?・・可哀想だが何の役にも立たない。ここから次のコトが分かる。・・「失敗」を経験してない者は、「成功」を学んでないも同然で、そのスキルは役に立たない(←たぶん生き延びづらい。)と。・・また親が見守れるうちに失敗を経験させ、その対処法(=レジリエンス)を身に付けさせないと手遅れになる。そのために子育て(=親子が一緒に居る機会)があるのだと。(ちなみに、泥んこ遊びも同じだろう。極端に清潔な環境で(=身近な微生物やアレルゲンに触れずに)育った子が丈夫な身体を養うのは難しい(←たぶん生きづらい。)と思う。・・子どもを失敗や汚れやバイ菌から遠ざけ保護すればいいわけじゃない。このズレを調律しないと、大切な子をひどいアレルギー症にしてしまうかもしれない。)さて、あなたの「子育て観」にブリキの凸凹な基準音は共鳴しただろうか?・・音は合ってた?・・ズレてた?・・それとも何も響かなかった?・・もし、少しでもあなたの子育てのヒントになれたなら、とても嬉しい。・・<つづく>≪【お願い】 よかったら、いいね、コメント、SNSでの拡散、 など応援・協力をお願いします。≫【補足1.産院選び】産院にもいろいろな方針やスタイルがあり、産院選びに迷う人もいるだろう。無論、出産は大変で、母体に大きな負担がかかる。・・だから、「せめて入院中、お母さんは安静にしっかり休んで体力を養ってください。・・その間、赤ちゃんは産院のスタッフがしっかりとお世話しサポートします。」というセレブ向け(?)な産院もあるだろう。・・が、ブリキはおすすめしない。理由は、教習所と同じ。・・退院後、お母さんが困ると思うから。・・例えば、「出産後直ぐで身体が辛くても、自分でお世話してもらいますよ。」と言う先生の下で、(数日間でも)先輩のお母さん方や助産師さんらに囲まれ、何でも周囲に相談できるうちに試行錯誤しておいた方がよいのでは?・・優しさと残酷さがあべこべに聴こえるような基準音を鳴らしつつ、・・みんなが出産や育児の森で、無用に迷わず楽しみながら過ごせたらいいなと願う。【補足2.参考書籍】今回の記事と共鳴する本。もっとちゃんと学びたい人におすすめ。子どもには、どんどん失敗させなさい わが子が12歳になるまでに知っておきたい「自信あふれる子」の育て方Amazon(アマゾン)

  • 30Dec
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      ビリーフ・オブ・サピエンス ①

      <イラスト:クリクリ40さん / Illust AC>【パラダイス・ファウンド!】前回は「ネガティブな感情をちゃんとキャッチし自分自身を適切にハンドリングしよう」と話した。その中で思考と感情の関係を探り、「オートマティズム」(=推論)と「ビリーフ」(=教師信号)に触れた。心理学者のアドラーは「人間の悩みは、すべて『対人関係の悩み』である」と言ったそうだが、・・ブリキはそうではなく「ヒトの悩みは、すべて『不適切なオートマティズムの悩み』であり、その原因は大抵不適切なビリーフにある」と思っている。ここで便宜上、不適切なオートマティズムとビリーフをまとめて「オリジナル・エラー」と呼ぶ。(←エラーは、イラショナルや泥と同様、「不適切な」や「不具合」という意味。なお「オートマティズム・エラー」や「教師信号エラー」と個別にも呼ぶ。)・・すると、「ヒトの悩みは、すべて『オリジナル・エラーの悩み』である」となる。・・(←これは「オリジナル・シン」という考え方のもじり。)「えっ、そんなシンプルな話しなの?」と思うかもしれないけど、・・これがメッチャややこしく厄介な相手になる。なにせ、この「オリジナル・エラー」は、人々にヒドい結果ばかりもたらす。(←だから不適切と呼ばれる。)・・例えば、子どもたちやパートナーや自分自身を傷つける。・・またイジメや誹謗中傷や差別や戦争でヒトを傷つけもする。・・さらに都市や自然を破壊し、最悪地球を壊す恐れさえある。(←最後の例以外は、空想じゃない。)ブリキは、できれば「この世界から、こーした理不尽で不適切なコトを無くして行きたい」と本気で思っている。『ドン・キホーテ』(ミゲル・デ・セルバンテス著)みたいに。今回は、このややこしくて厄介な「オリジナル・エラー」を探り、少しずつでもそれを無くして行く方法について、ブリキなりに考察する。【ワタシがソナタで ソナタがワタシ?】1つ目のややこしさは、【「ヒト」と「オリジナル・エラー」の分離の難しさ】・・(←ちなみに、オリジナル・シンでは、これを分離できないとしている。)例えば、アダルトチルドレンは劣等コンプレックスに苦しめられる。(←劣等コンプレックスとは過度に「自分は劣った人間だ」と思い込み自分を許せなくなるコト。)それは、「自分(=ヒト)」と「課題(=オリジナル・エラー)」を分離できずにいるから起きる。・・同様に「アイツのせいだ」と他者を許せなくなるのも同じ。これを適切に分離するために、「相手の存在を認める」という「おまじない(=適切なビリーフ)」を唱える。・・試しに、「この世界の【すべての存在】を否定してはいけない・・たとえ、それが新型コロナウィルスや放射性物質など、自分たちに都合の悪いモノであっても・・もしヒト(自分や他人)が何かの存在を否定していたら、それはヒトがまだ成長途中で未熟な証し・・だからみんなで、もっともっと成長できるように務めよう」・・と考えてみてほしい。・・と言っておきながら、実は「唯一存在を否定していい対象」がある。(←ってまた自爆?)・・その対象が、「オリジナル・エラー」なわけだ。・・それは、なぜか?この世界のすべての存在は創造主が創り出した「現実」であるのに対し、この世界のすべての「オリジナル・エラー」はオートマティズム(=ヒトの思考)が創り出した「フィクション(=情報)」に過ぎないからだ。(※補足)・・イヌを「ニャンニャン」、右を「左」という間違った教えを消しても問題ないでしょ。要は、「現実の『キリン』は消しちゃダメだけど、空想の『麒麟』は(不適切なら)消してもいい」みたいな話し。こー考えると、たとえ虐待してるヒトや、戦争したいヒトや、地球を壊しかねないヒトが居たとしても、そのヒトたちの存在を否定し、この世界から消すことはできない。と分かる。(←仮にできたとしても、それは適切な行為じゃないと。)・・そして、【この世界から「虐待」や「差別」等の不適切な行為を無くすため】には、「オリジナル・エラー」をヒトから分離し、見える化し、吟味し、正すしかない。・・と分かる。ハズ。『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)で、千が「ハクの体から、黒い虫(←銭婆のまじない)を追い出し、踏んずけて、エンガチョ~」したみたいに。・・【カゲがござれば ヒカリがござる?】2つ目のややこしさは、【「課題のハンドラを掴めてない、分かってない(=無明)」の難しさ】・・(←前回のおさらい。)何かを理解する(=分かる)には、文字通り「何か(光など)」と「それ以外(影など)」を分つ(=解く)必要がある(←これも「思考の仕組み」による。)んだけど、上で見たように、大抵の人は「ヒト」と「オリジナル・エラー」を分離できてない。・・つまりこの意味において、大抵の人が「ヒト(自分も他人も)」も、「オートマティズム(思考)」も理解できてない。と言える。・・(←よかった。ブリキだけじゃなくて・・)先に「すべての『オリジナル・エラー』はオートマティズムが創り出す」と話した。・・このときのオートマティズムは、「エラー」を創り出すのだから「オートマティズム・エラー」と言える。ところが、オートマティズム自身はエラーだと分かってない。(←オマエもか。)・・なぜなら思考は与えられた教師信号通り規則正しく働いてるだけだから。そこで、これがエラーだと気づく(分かる)ために、「感情」というモニタリング機能があるわけだ。オートマティズム(=思考)が実行されると、その信号が「感情」という判定器に入力され、その結果「適切(=ポジティブな感覚信号)か/不適切(=ネガティブな感覚信号)か」が出力される。・・ちなみに、この高性能な判定器はヒトではなく創造主が創ったモノなので、原則エラーは起きない。(←エラーを起こすのは常に「感情」ではなく「思考」の方。)で、その「警報」がカラダの中で鳴り響いたとき、・・子どもたちは一体どう対処すればいいのか?・・その社会スキルを親や教官から学ぶコトになる。・・ところが、有ろう事かこの世界の大人たちは「子どものカラダの中に在る『警報』を無視させ、我慢させる」のがヒトの成長であり、社会モラルであり、躾けであり、子育てだと信じている。(←社会規範、集団的ビリーフ、集団的洗脳(?)・・)。そして、実際にみんなそれに従って子育てしている。・・ブリキは、この「現行の子育てに関する集団的ビリーフについて、不適切さが分かってないコト」こそが、この世界で最も質の悪い「オリジナル・エラー」だと思っている。・・(←ココロがイタい。いえ、怒り?)さて、ここまで読んでいただいたあなたの感情は?・・この話(この世界の現実)を入力して、一体どんな判定結果をもたらすだろうか?・・おそらくあなた自身も大人たちから教わってきたビリーフを大切に守っているハズ。だから、あなたのカラダの中に在るそのアラートを無視しようとするハズ。だからそれに気づくのはとても難しいかもしれない。・・でも、子どもたちのために、あなた自身のために、この世界のために気づいてほしい。・・とドン・キホーテのように独り願う。・・<つづく>≪【お願い】 このややこしく厄介な「オリジナル・エラー」は独りでは消せない。・・だからどーか助けてください。・・どーか力を貸してください。・・もし少しでも共感してもらえる部分が在ったら試してみてください。・・そして、もし少しでも役立つと感じてもらえたら、ぜひいいね、コメントやSNSでの拡散をお願いします。≫【補足.トイレの神様のリクエストは・・幸せになってね・・?】植村花菜さん作詞・作曲の『トイレの神様』で、トイレの神様(DVD付)Amazon(アマゾン) トイレには それはそれはきれいな女神様がいるんやで だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで ・・ 気立ての良いお嫁さんになるのが夢だった私は 今日もせっせとトイレをピカピカにすると歌う。が、どーしてトイレをキレイにしたら、べっぴんさん・・すなわち幸せに成れるのか?それは、たとえ「トイレ」や「汚物」でも、創造主が創り出した「現実」だからだろう。大抵のヒトは汚物を嫌う。「できれば関わりたくない。誰かが代わりに処理してくれるよね」と思考が働き、その対象を都合よく消してしまう。(↑これは、まだ対処能力を持たない者には適切なオートマティズムであっても、もはや対処能力を持つ者には不適切なオートマティズムとなる。・・で、みんなで対処能力を一つ一つ身に付けつつ適切に移行させていくのが、本当の成長であり子育てなんだろう。が、・・)こんな風に、都合よく現実を消しちゃったままにしてる処に、未熟さを抱えたわれわれ(=大人たち)の姿が映し出されている。・・と思える。(↑つーか。消せ!って躾けられてきたし、・・なにせヒトの成長が何かも分かってないヒトたちに育てられたヒトたちだからね。ってややこしーな、も~##)で、このややこしさに惑わされず、その適切さ/不適切さ・・に気づき(分ち)、自らハンドラを握り、自ら現実と適切に関わり、自らのビリーフとオートマティズムをピカピカにしていくと、自然と「気持ちい~」という感情が生まれる。これは、赤ちゃんのお世話でも、家事でも、仕事でも、何でも同じだろう。・・現実の生活の中で、創造主のリクエストに気づき、それに応え、適切な行動を執る。・・ひとたびこれができるようになると、・・ヒトはどんどん成長してけるようになっていて、幸せになれる仕組みになっている。・・と思う。

  • 11Sep
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      悲しみのときも、病めるときも、言葉にする力を ③

      <Illust.:Tin Woodman / William Wallace Denslow>【子育てを今一度洗濯したい・・】前回は「ハンドラ」に注目し、「言葉にする力が、対象物をコントロールする力になる」と話した。だから「そのハンドラを掴んでね」と。でも、それだけじゃ足りない。・・ハンドルを握っても、運転の仕方を知らず、クルマを操れなきゃ意味ないでしょ。もし教習所で、教官がクルマの運転方法を知らなかったとしたら?、生徒やクルマ社会は一体どーなるだろうか?・・・たぶん事故の絶えない、とんでもない世界になるだろう。では、もし子育てで、親がネガティブな感情の対処方法を知らなかったとしたら?、子どもや実社会は一体どーなるだろうか?・・・そこも、嘸(さぞ)かし、とんでもない世界になるだろう。・・で、その世界の親たち(←ブリキら)は、その子育てをしてていいの?・・無論ダメでしょ。というコトで、今回は「感情とは何か?」「それをどーやってコントロールするのか?」について、ブリキなりに考察する。【旅の仲間たち】教習所では実習前にクルマについて学ぶ。同様に、ここでは「感情」について調べる。『ちゃんと泣ける子に育てよう』では次のように説明してる。 感情は、身体の中を流れるエネルギーであり、それは意識でコントロールすることができない身体の反応なのです。んっ?・・そう。実は感情はコントロールすることができない。(←自爆?!)・・で、実はコントロールする【対象物】は他にある。・・で、実は『思考』がそれらを解くカギとなる。整理すると、① 思考を調べる。② 感情を調べる。③「本当のスキルとは?、コントロールする対象物とは?」に辿り着く。となる。・・これは、The Wonderful Wizard Of Oz: A Fantastic Story of Action & Adventure (Annotated) By Lyman Frank Baum.Amazon(アマゾン)① 脳を求めるカカシと出会う。② 心を求めるブリキの木こりと出会う。③「望みが叶う、すてきな都」に辿り着く。そう。このブログのモチーフ、『オズの魔法使い』(ライマン・フランク・ボーム著)と重なる。【脳の働き・・「思考」とは?】原作では、カカシは初めから賢く、その知恵で何度も仲間たちを救う。・・そんな彼が求める「思考」とは何か?ブリキの解釈では、前回言葉の覚え方で見た様に、「思考」とは「真似っこ」となり、脳はその装置となる。・・要は次のようなモノ。トコトコまねっこシリーズトコトコまねっこレッサーパンダAmazon(アマゾン)「思考」の働きをおもちゃに例えると、1)左手を握り「ワンワン」と声を吹き込む。2)再び左手を握ると「ワンワン」と再生される。3)今度は右手を握り「ニャンニャン」と声を吹き込む。4)再び右手を握ると「ニャンニャン」と再生される。となる。なお、AIでは手を握るのを「入力信号」、吹き込む声を「教師信号」と呼び、この2つを結び付けるコトを 「学習」、再生(=真似っこ)するコトを「推論」と呼ぶ。これによって遺伝子による進化より速く環境に適応できる。・・コロナ渦で素早く行動様式を変えられたのも、このおかげ。なお、便宜上、習熟し無意識に行えるようになった真似っこを「オートマティズム」と呼ぶ。(←自動運転モードみたいなもの)・・普段何気なく、しゃべったり、歩いたりできるのは、このオートマティズムのおかげ。【スポンジに沁み込む、泥の正体】ところが、「思考」には大きな問題がある。・・もし、おもちゃ(=レコーダー)に、イヌを「ニャンニャン」、右を「左」と吹き込んだら?・・無論、その通り再生する。・・脳も同じで、「思考」は常に「教師信号が正しい前提」で働く。すると、とんでもない世界の子らは一体どーなるだろうか?・・みんな脳としては正しい動作でも、人としては間違った行動となり、様々な問題を引き起こす。・・なお、心理学では適切な教師信号を「ラショナル・ビリーフ」、不適切な教師信号を「イラショナル・ビリーフ」と呼ぶ。(←以前話した「真水」と「泥水」のコト。)ただし、適切か不適切かは絶対的じゃなく、時代や地域によったり、子どもの頃役立ったビリーフが大人になると合わなくなったりもする。【心の働き・・「感情」とは?】原作では、ブリキの木こりは元々ニックという人物だったが呪いで・・(省略)・・ブリキのカラダとなり心を失くしたと明かす。・・そんな彼が求める「感情」とは何か?ブリキの解釈では、「感情」とは「思考」の監視役、すなわち上述のような問題を防ぐためのモニタリング機能となる。クルマに例えると「計器類」となり、特に「ネガティブな感情」は異常を知らせる「警告灯」となる。(←半ドアやガス欠を示すランプ。)(↑「思考」が「感情とは何か?」を解くカギとなるのは、これが理由。・・エンジンを知らずに、計器類を理解するコトはできない。)そして、もし、真似っこがその場に上手く合えば針がプラスに振れポジティブな感情が起きる。逆に下手を打てば針がマイナスに振れネガティブな感情が起きる。(↑よく「迷ったときは頭で考えず心で感じろ。」と言うのは、これが理由。)また、「警告灯」にはオン/オフのスイッチが無い。なぜなら警報を勝手に消されてはマズいから。・・消すには、異常を解消する以外手はない。(↑感情を意識でコントロールできないのは、これが理由。)【安全運転という、スキル】では「どーやってコントロールするのか?」・・・。それは「飛行機」を想像すると分かりやすい。・・カラダの中で「怒り」や「悲しみ」が起きたとき、機長のように結果(警報)から原因に向かって点検して行く。こんな風に、「ネガティブな感情が起きた!」→(原因)→「オートマティズムに問題がある?」→(原因)→「教師信号に問題がある?」試すと直ぐ気づくと思うけど、原因は大抵「イラショナル・ビリーフ(←泥)」、つまり「教師信号」、つまり「養育者(←大人)の言動」にある。・・大河原先生の言葉を借りると、『大人がその出来事をどのように意味づけ、どのように語るのかということを通して、子どもは自分についての認識というものを形成していきます』・・。ここに教官や親の責任がある。と思う。【実習開始・・】子育てにどう活かすのか?・・参考までにブリキなりの例を紹介する。(なお、子どもたちは小学校低学年くらい。また、怒りの感情については後述の参考書籍などを読んでほしい。)◆その1「親、ブチ切れるの巻」1)夕食後、仕事で疲れてるところ食器の後片づけを始める。2)子どもたちの遊び声が耳に障る。食器の扱いが雑になり、ガシャガシャと音を立てる。3)ふとテーブル上に置いたままの、子どもらの食器が目に入る。と。###4)「いつも食器を片付けろって言ってんだろー!」っと怒鳴る。5)内心 ≪んっ。自分の中に怒りの感情がある?≫と気づく。6)≪怒りの感情は二次で、一次は期待だ。期待にかなってないサインだ。≫7)≪あ~、疲れてて気づかって欲しかったんだ。 でも自分の行動パターン(=オートマティズム)がオカシイな。≫と気づく。8)「ごめんごめん。今日パパはすごく疲れててシンドイから協力してほしい。」と伝え直す。9)今度は子どもたちも期待通り協力してくれる。・・やんやーやんやー。◆その2「子どもたち、ケンカするの巻」子)子どもたちが急に大声を上げ、ぶったり叩いたりしだす。親)「どーした?」と聞きながら間に割って入る。子)「相手がいきなり打ってきた!」「イヤ、そっちが先だろ!」と治まらない。親)「ほら。怒りの感情って何だっけ?」と聞く。(←前もって教えてある。大抵入浴のとき。)子)「二次感情。」親)内心≪オ~ッ≫「そうだね。じゃ~、一次感情って何んだっけ?」子)「期待。」親)≪オ~ッ≫「そうだね。何を期待してたんだ?」子1)「一緒に〇〇して遊びたかった/〇〇を貸してほしかった」など。(←♪)親→子1)≪オ~ッ≫「その期待は叩いたら実現するの?・・しないね。どーすればいい?」子1→親)「(相手に)口で言う。」親→子1)「そうだね。やってみて。」子1→子2)「かーしーて。」(←♪)親→子2)「貸してほしいってさ。どーする?」子2→子1)「いーいーよ。」・・やんやーやんやー。(もし、上手く行かなければ、その日お風呂で教える。すると次回のケンカが楽しみになる?・・なお、♪印の部分で「ネガティブな感情を言葉にする力」を実践している。)◆その3「子ども、ヤリタクナーイ!の巻」子)子どもが宿題をしたくないとグズリ出す。親)「さっさとヤっちゃって。」と声を掛ける。子)「や~〜だ~!」とウダウダとするばかりで一向にヤろうとしない。親)「いい加減にしろ## とっととヤれ!!」とブチ切れる。子)「ギャ~~」・・・泥沼。(やり直し)子)子どもが宿題をしたくないとグズリ出す。親)「おっ、モヤモヤしてるな。」と声を掛ける。親)(イヤイヤ感が強い場合は、抱っこして少し落ち着かせる。)親)「このモヤモヤは何だっけ?・・何でイライラしてるんだ?」(先に教えていても、大抵答えられない。←それだけ難しいコントロールを学ぼうとしている。)親)「そのモヤモヤは、自分のカラダが宿題をするために絞り出したエネルギーだね。 つまり「やる気」を表す感情だね。 〇〇のカラダは、宿題が大変だって、でもヤらなきゃダメだって分かってるんだね。凄いね。 もし本当にヤらなくていいと思ってたらこのモヤモヤは現れないよね。 ちゃんと分かってて瞬時にエネルギーを用意してる。凄くない? そこまでできてるんだよ。(↑オートマティズムの力) で、そのエネルギーは大声を出したり机を叩くのに使うモノ?・・違うね。勿体ないね。 さー、ヤッちゃおー。」(大抵ふて腐れつつも黙々と宿題を始める。・・子の姿勢をチェックし悪ければ・・)親)「背筋を伸ばして。姿勢が悪いと筋肉がエネルギーを使っちゃう。勿体ないよ。」(最後までやり終えたら)親)「やったね。凄い!」と声を掛けて終わる。・・やんやーやんやー。何度か繰り返すうち、子どもたちだけでそこそこコントロールできるようになる。(←子どもってスゲー、人間てスゲーと思う。)【オーバーザレインボー】上で見た、子どもたちがコントロールできるようになった【対象物】とは、一体何か?・・・それは、「感情」ではなく・・「オートマティズム(=行動パターン)」であり、「自分自身」だろう。(←操るのは計器ではなく、エンジンであり、クルマというわけ。)・・・つまり、成長とは「『自分自身』をコントロールする術」を学ぶコトであり、・・子育てとはそれを親子で一緒に学び合うコトなんだと思う。さて、この本を読む前と後とで、あなたの子育て観(=ビリーフ)は何か変わっただろうか?ブリキの解釈ではこの子育てが、この世界のニューノーマルになったとき、アダルトチルドレンの負の連鎖は止み差別や戦争も無くなる。ハズ。ドロシーは家に帰りたく、カカシは脳を手に入れたかった様に、ブリキはこの負の連鎖を止めたくてすてきな都を目指している。・・その虹の彼方へ自らの足で歩んで行けるコトを学んだが、同時に独りでは辿り着けないコトも学んだ。だから、ぜひこの本の教えを親子で・・みんなで実践してみてほしい。で、よければ共に、この虹の彼方を目指してほしい。・・というコトで、助けてください。力を貸してください。どうか末永くよろしくお願いいたします。 → ・・<おわり>【補足:参考書籍】もっとちゃんと学びたい人におすすめ。怒りの二重構造などが読みやすく紹介されている。イライラしないママになれる本 子育てがラクになるアドラーの教えAmazon(アマゾン)子どもが自分で読めるワークブック。著者らの子どもに伝えようとする姿勢も参考になる。だいじょうぶ 自分でできる怒りの消火法ワークブック (イラスト版 子どもの認知行動療法 2) (イラスト版子どもの認知行動療法)Amazon(アマゾン)怒りの他、不安、心配、後悔、妬み等のネガティブな感情の整理術がまとめられている。感情の整理術 不安のスパイラルから脱して「きもち」がらくになるAmazon(アマゾン)オズの世界観がシュールでウィットに富んでて映画とは異なる面白さがあり、親子で楽しめる。なんと続編が15まである。完訳 オズの魔法使い 《オズの魔法使いシリーズ1》Amazon(アマゾン)

  • 01Mar
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      悲しみのときも、病めるときも、言葉にする力を ②

      <画像:千と千尋の神隠し / STUDIO GHIBLI>【トンネルのむこうは、・・・】前回紹介した『ちゃんと泣ける子に育てよう』では、次のような問題を掲げる。 三歳くらいになると、多くの子どもが「私うれしい」は言えるようになる。でも、「私、悲しい」といったネガティブ(で)不快な感情を言えるか・・は、個人差がある。 大学生になっても・・言えず、暴力をふるったり、暴言を吐いたり、いじわるやいやがらせをしたり、おなかが痛くなったり、ごはんを食べなくなったり、手首を・・切ったりする。 ・・・ネガティブな感情が社会化されることなく、感情を封印することにより適応して、「よい子」の姿を見せてきた子どもは、思春期に危機に陥ります。今回はその教えをブリキなりに解釈し、「自分の気持ちを言葉にする力」について考える。・・・ただし帯の「つらくなってしまうかも」が増幅されるかも。ここで、自分が子どもに戻ったと想像してみてほしい。・・・砂場で友だちと一緒に大きな山を作り、両側からトンネルを掘る。やがて両者の穴がつながり、中で手を握り合い「アハハッ」となる。・・・その手の感触やワクワクする気持ちを思い出しただろうか?もう一度トンネルの中で手を握り合う。が、その相手が「バケモノ」なら?・・・「ギャ~ッ」となり、手を穴から引っこ抜いて逃げる。・・・そのキモチワル~い感触や寒けを感じただろうか?今回のテーマは、「子育て」だが、途中で「アダルトチルドレン」のテーマとつながる。その展開は「アハハッ」じゃなく「ギャ~ッ」になる。しかも、なぜか「そのバケモノから手を離さないで!」となる。そんなバケモノ屋敷に入る前に、この帯(=先生)がやさしくもきびしく声を掛けてくれていると思える。【言葉の覚え方】さて、では、なぜ多くの子がネガティブな感情を言えないのか?・・・を探るため、赤ちゃんが言葉を覚える様子を見る。まず「ものの名前」の覚え方は?・・・ 赤ちゃんが言葉を覚えていくとき、・・『もの』と『ものの名前』が一致することで、言葉を覚えていきます。という。たとえば、① 親子でイヌを見かける。② 親が子に「ワンワンだ、ワンワン可愛いねぇ~」と声を掛ける。③ すると、子どもがイヌを指して「ワンワン、ワンワン」と話し出す。④ 親は「上手に言えたねぇ~♪、そうワンワンだねぇ~」と話し掛ける。⑤ 子は嬉しそうに「ワンワン♪、ワンワン♪」と繰り返す。ちなみに、ここで親の役割は2つある。①〜③で「ものの名前」を教え、③〜⑤で「行為の善し悪し」を教えている。(←今回は主に前者に注目する。)このとき赤ちゃんの中では、「① イヌを見たという体験」と、「② ワンワンという名前」とが一致し結びつけられる。なお、①を「入力信号」、②を「教師信号」と言う。また便宜上これを次のように書く。・<ワンワン>〜【イヌ(を見た体験や記憶)】続いて「ポジティブな感情をあらわす言葉」の場合は?、・・・早い話「ものの名前」と変わらない。たとえば、① 親子で一緒に楽しんでいる。② 親が子に「楽しいねぇ~」と声を掛ける。③ すると、子も「たのしい、たのしい」と話し出す。(④と⑤は省略)このときも赤ちゃんの中で次のように連結される。・<たのしい>~【ワクワク(を感じた体験や記憶)】では、本題の「ネガティブな感情をあらわす言葉」の場合はどーか?・・・基本同じハズだが、たとえば、① 子どもが悲しんでる/怒ってる。④ そのとき、親は子に「メソメソしないの#、やめて!、いいかげんにして!!、そんなの気にしないの」と声を掛ける。⑤ すると、子どもは「・・・」。要は②と③が無い。すなわち親が「教師信号を与えてない」。すると子どもの中で何も「連結できない」。だから子どもたちは「ネガティブな感情を言葉にできない」。しかも、④で、そう感じたコト(=行為)が「否定されている」。だからカラダの中に在る感覚を、アタマの中で無くそうとする。つまり代わりに「我慢」を学んでいる。(←よい子ほど、そう感じた自分にダメ出しして、その度に自己否定感を強める。←間違った認識&習慣。)【ハンドラとは?】ここに潜む問題点を明らかにするため、『ハンドラ』という言葉を使って整理する。『ハンドラ』とは、要はクルマの「ハンドル」の仲間たちのコトで、【人】が【対象物】に関わるためのモノ。となる。たとえば、クルマの「ハンドル(=ステアリング/ドアノブ)」をはじめ、「アクセル/ブレーキペダル」「シフトレバー」「計器類」等、また人やモノの「名前」「顔」「ID」等もすべてハンドラと言える。(※補足1)試しに【誰か】の「顔」も「名前」も分からずに、その【誰か】に何かできるだろうか?無理でしょ。・・・手も足も出ない。・・・逆に、そういうモノを総称して「ハンドラ」と呼ぶ。このハンドラの役割を意識し、言葉を覚える様子を次のように書き直す。・【人】~<ワンワン>~【イヌ】・【人】~<たのしい>~【ワクワク感】・【人】~</  />~【イライラ感】すると「言葉にできない」(=ハンドラが無い)のは、糸の切れた凧みたいに、アウトオブコントロールの状態だとハッキリ分かる。そして、親が子に、自分の気持ちを言葉にする力を与えないコトが、まるで「クルマからハンドルやブレーキを取り上げてる」ように思えてくる。一方よい子たちは、そのクルマに乗って走り出す。人生という山あり谷ありの道を。・・・って、 子育てじゃなく、サスペンス劇場では?・・・【とんでもない客】そんな無茶なクルマに乗る子たちの姿が、映画『千と千尋の神隠し』(宮崎駿監督)で描かれている。(※補足2)千と千尋の神隠し [DVD]Amazon(アマゾン)この作品に登場する「カオナシ」は、顔も名前もよく分からない。・・・つまりハンドラがない。ハンドラが無いと、【人】は、その【対象物】と関われない。(←自分自身でさえも。)【人】は、そんな得体の知れない【対象物】を怖れ、バケモノと呼んで忌み嫌い、なるべく遠ざけようとする。(←基本、正常な防衛反応と言える。)すると、その【対象物】は、無視され、何の手当てもされないまま、問題が悪化し拡大する。・・・いわゆる暴走が起きる。(↑ハンドラの役割が分かっていれば、そんなの当たり前じゃん。と思える。)【間違い探し】では、なぜ、この世界の親たちは、わが子からハンドラを奪い、千尋(せんじん)の谷に突き落とそうとすのか?その理由(わけ)は、・・・(1) その親たちは、自分らがしているコトの意味を分かってないから。・・・(←十字架の言葉も虚しい。)(2) その親たちは、自分自身もそう躾けられてきたから。・・・誤った認識のまま習慣になってる。だから(パブロフの犬のように)、泣いているわが子を見ると反射的に「泣くな!」と言ってしまう。(3) その親たちは、ネガティブなコトを大切なわが子から遠ざけたいと願ってるから。・・・現代社会は都合良さ(=合理性や利便性)を求め、悪さ(=ネガティブなコト)を排除しようとする。(←無痛文明)ここに潜む問題点を明らかにするため、再び次のように書き直してみる。(1)【自分】~</  />~【責任ある子育て】(2)【家族】~</  />~【ネガティブな感情】(3)【人類】~</  />~【ネガティブな問題】すると、どれもハンドラが無く、【対象物】と関わろうとしてないと分かる。また、どれも相手(=対象物)の存在を認めてない。それは以前触れた通り、エゴで、未熟で、本物じゃない。なお、どれも同じ構造に陥ってるのは偶然じゃなく、この社会に通底する欠陥だろう。この未熟な社会システムによって、間違った認識が都合よく正当化(=目隠し)され、皆無闇に便乗し、誰もハンドラを掴まず暴走している。(←まるでネズミ講。・・・このツケは後進&弱者たち、カオナシたち、子どもたちへ。)無論、これは子どもたちに伝えたいスキルじゃないし、このままでいいわけない。【黄色いレンガ道を歩む】では、子どもたちのために、自分たちのために、この世界のために、どんなスキルが必要なのか?それを教えてくれるのが「この本の教え」であり、「ネガティブな感情を言葉にする力」だと思う。また、それをブリキなりに解釈すると「ハンドラを掴むコト」になる。今われわれの前と後に次のような2つの道がある。・・・「ディスファンクショナルワールド」←「ハンドリングしない子育て」←【われわれ】→「ハンドリングする子育て」→「パーフェクトワールド」どっちに進むか?・・・は、子どもが悲しんでいるとき、悔しがっているとき、怒っているときに毎回問われるコトになる。そのたびに、しっかりと子どもの気持ちに寄り添い、適切な言葉(=ハンドラ)を伝え、一緒にその課題の意味や解決策を探り、せめてイヤな感情が収まるまで抱きしめる。・・・そんな風にゆっくりあせらず、ただしっかりと、みんなで泣きあったり笑いあったりしながら、この黄色いレンガ道を歩めたらいいなと思う。・・・<つづく>【補足1:古のハンドルネーム】昔の人たちは、名乗るときに「字(あざな)」や「諱(いみな)」や「官職名」を使った。それは「あだ名」や「愛称」の類ではなく、「本名」を隠すためのモノだったらしい。・・・つまり現代人がネット等で使う「ハンドルネーム」と同様、悪用されないよう工夫(セキュリティ保護)されたハンドラ。(←当時の文字の発明が、現代のインターネットと同様だったと想うと面白い。)その時代、もし敵に実名を知られてしまうとカラダを操られ命まで奪われると怖れられていた?それほどまでに、名前というハンドラに力があると信じられていたわけだ。ちなみに、歴史の教科書に載る家系図などで、女性たちが「女」としか書かれてないコトがある。・・それは非道い差別だと思われがちだが、「ハンドラの力」に気づくとむしろ大切に守られていた証し、・・すなわちSNSで子どもの写真に付ける★印と同じだと思えてこない?【補足2:やんやー、やんやー】『千と千尋の神隠し』は、ハンドラに注目して観るとおもしろい。たとえば、湯婆婆は、相手の名前を奪って支配しようとする。・・・これは、もういいでしょ。ブリキのお気に入りは、大湯に浸かるオクサレさまに、千が「トゲみたいのが刺さってる」と気づく場面。その手に掴むのが、まさに(自転車の)「ハンドル」!・・・(←マジで鳥肌立つ)。その「ハンドル」をしっかりと掴み、湯屋一同で引く。やがて問題が解決し、やんやー、やんやーとなる。・・・(←これこそが「感情の社会化」の真価であり、「学ぶべき社会スキル」だと思う。)まだまだある。この町の人々の登場シーンは皆恐ろしい。でも千は、ちゃんと彼(女)らに会いに行く。たとえ独りになっても、怖くても、帰りの切符が無くても。その姿がハンドラをしっかりと握る覚悟を示している。中でも、摂食障害ぎみに暴走したカオナシの処へ行く場面がスゴイ。・・・その暴走を止めるのは「苦団子」の力・・・ではなく、それは千にとって両親を救うという大切さの象徴にすぎず、その大切なモノを差し出す覚悟で臨んだからこそ彼(?)を救えたんだと思う。千が真摯に向き合ったバケモノや恐ろしい世界は、次々と優しい人物や穏やかな光景に変わっていく。それとは対照的なのが、親たちの姿。娘の話しに耳を傾けてなかったり、タダ食いしたりして無責任さを示している。最後に映る髪留めに、あの不思議な町の人々や宮崎駿監督らの紡いだ糸が編み込まれている。それがトンネルから出てきてもつながっている。・・・そのハンドラに気づき、ちゃんと掴んでね。と言っているように思える。

  • 11Feb
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      悲しみのときも、病めるときも、言葉にする力を ①

      <イラスト:麦さん / Illust AC>【パーフェクトワールド】ドラマ『パーフェクトワールド』(加賀リエさん原作、フジテレビ)の結婚式の場面で、新郎の鮎川樹くんは「これからも二人でよりそい支え合って参ります。それでも足りないときは、・・・助けてください。」と話す。再会した初恋の人は車いすの建築士…変わる運命Amazon(アマゾン)支え合う大切さを実感し、こうスピーチできる樹くんはスゴいと思う。・・・(ちなみに、ブリキの場合、そうと分かるまで何十年も掛かった。その間ずいぶん傷ついたり傷つけたりした。・・・イタいけど「誤った認識は、誤った結果しか生まない。」)だからこそ、ブリキは子どもたちを、彼のように考え行動できる人に育てたい。そして、この社会が、もっとこんな風に言い合える世界になったらいいなと思う。それは、文字通り「パーフェクトワールド」(=真水の池)になるだろう。樹くんのお母さんは、いつも彼のコトを温かく見守ってきた。(←彼が幸せを掴めたのも、このおかげかもしれない。)・・・無論それはとても大切なコトだけど、それだけじゃ足りない。もっと親が子どもたちのために、できるコトがある。と言うより、しなければいけないコトがある。・・・それは、「怒りや悲しみや不安など、ネガティブな感情をコントロールするスキルを教えるコト」だ。そう聞いて、「あーそれね。」と応えられる人はあまりいないだろう。特に忍耐を美徳とする日本では。今回は、子育てで身につけさせたい社会スキル(=自分の気持ちを言葉にする力)について、ブリキなりに考える。【ブリキの子育てのバイブル】まず、このスゴいスキルを教えてくれる本を紹介する。ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務があるAmazon(アマゾン)この本の帯には、次のように書かれている。 わが子をよい子に育てたいと願っているお母さん、お父さんに、どうしても読んでいただきたくて書きました。 もしかしたら、つらくなってしまうかもしれません。でも子どもたちのために、どうしても今、知ってほしいのです。多くの人にとって、この本を読む前と後とで、子育てに対する考え方が180度変わると思う。・・・ブリキにとって、この本は、おサルさんが天竺まで取りに行った『有難い教え』や、宇宙戦艦ヤマトがイスカンダル星まで取りに行った『人類を救う装置の作り方』に匹敵すると思える。また、この本の著者、大河原美以先生は、(以前紹介した桶谷そとみ先生と同様、)偉大な魔法使いのように思える。ワラのカカシに脳を、ブリキの木こりに心を、臆病なライオンに勇気を与えてくれるような。もし自分たちの親が、この教えを実践していたら、自分らはアダルトチルドレンにはならなかっただろう。もし日本中の大人たちが、この教えを実践したら、日本の若者たちはもっと希望や幸福感に満ち生き生きとするだろう。もし世界中の人たちが、この教えを実践したら、この世界はもっと平和になるだろう。だから、ぜひこの本を読んでみてほしい。・・・ちなみに、この教えを得るために、ブリキのように何十年もかける必要はないし、妖怪たちと戦う必要もないし、十数万光年も宇宙を彷徨う必要もない。大抵近くの書店やネットで手に入る。みんなでこの大切なスキルを身につけ、パーフェクトワールドへと続く「黄色いレンガ道」を進めたらいいなと思う。<つづく>

  • 05Dec
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      アダルトチルドレンがハマる利他の誤解、もののけ姫にみる危うさ ③

      <イラスト:みふねたかしさん / いらすとや 他>【泥沼の中のスポンジ】やっぱりタタリ神に手を出すべきじゃなかった。・・・ナゴノ守を悪者にしたままにできず、つい弓を引いてしまった。が、このテーマに向き合うたびブリキの中でアザが濃くなる。何とか鎮まってほしいので、今回はこのアザ(=アダルトチルドレンの苦しみ)の意味をブリキなりに考え、手放していく。いま一度、そのむごい有り様を見る。・・・子どもを「スポンジ」に、未熟な養育環境を「泥沼」に例えると・・・「スポンジを泥沼に置く。するとスポンジは泥水を吸う。」たったこれだけで、もう罠にハマっている。理不尽だが、スポンジ側に為す術はない。 たとえ、いい子になろうが暴走しようが、泥水を吸ってハマるしかない。創造主による完ぺきな罠(?)・・・これが「世代間伝播」または「世代間連鎖」と呼ばれる仕組みであり、アダルトチルドレンには「祟り」「呪い」「罠」に映るモノ。この仕掛けと「泥沼」を前にして、祟られた右腕のアザは黙っていられるだろうか?無理でしょ。・・・どーしてこのアザは黙っていられず、そんなに荒ぶるのか? その理由(わけ)を探る。・・・【自他の存在を認め、共存する】前回「自己犠牲的な利他は偽物だ」と言った。では「本物の利他」とは一体どんなモノなのか?・・・それらの概念を並べて書いてみると。 1) 利己・・・ ・・・ 自分 ○ 、 他者 × 2) 偽物の利他 ・・・ 自分 × 、 他者 ○ 3) 本物の利他 ・・・ 自分 ◎ 、 他者 ○ つまり、本物の利他は、自分に「○ (=◎)」を残し、かつ他者より優先していいとなる。・・・でも、それは「利他的」じゃなくて「利己的」では?・・・とモヤモヤする?(※補足1)ここで1)~3)の「○」の意味を考える。大抵「○は、その人を想うコト」と捉える。・・・が、「想うコト(=意識)」は、分散・並列化できないため3)は成り立たず、1)と2)の関係だと勘違いする。そこで、「○は、その人の存在を認めるコト」と捉え直す。(←実は「基本的人権」)・・・すると「認めるコト」なら並列化でき、1)と3)の関係も成り立つ。【アダルトにふさわしい振る舞い】この「自他の存在を認めるコト」を基本ルールとして、3)の世界をイメージしてみる。今度は、鳴門海峡のような「渦潮」の集まりを想像してほしい。一つ一つの渦がクルクルと回りながら併存している。ふと、小さな渦が近くの大きな渦に飲み込まれそうになる。が、このとき大きな渦が小さな渦の存在を認め、共存できるよう支援する。・・・これが本物の利他の姿であり、この支援が本物の愛(=安全基地)なんだと思う。ここで、交通規則のように「原則大きい方が利他的になる」とする。相手のために自分の渦を消さないように。(※補足2)ただし、渦の大小関係はアンとマリラたちのようにめまぐるしく入れ替わる。つまり、必ずしも大人が大きく、子どもが小さいとは限らない。日々のやり取り(=力の作用と反作用)に注目すれば、大人も赤ちゃんから学び、助けてもらうコトが沢山あると気づく。大人も子どもも対等な存在だと。それが「本物の利他」なんだと。それを実感し実践するほど、親子(または仲間同士)はメキメキと育っていく。【共同体感覚】「本物の利他」について、別の捉え方をしてみる。もう一度「意識」を使う。並列化できなくても、対象範囲を広げ、1つにすればいい。・・・概念を書き直すと。3’)本物の利他・・・((自分)+他者A)〇、他者B×つまり、自分の「心の境界線」を年輪のように徐々に広げ、「自己中心」から「自己超越」へと幹を太くしていく。アドラーはこれを「共同体感覚」と呼び、次のように考えた。(「アドラー『人生の意味の心理学』 (100分 de 名著)」(岸見一郎さん著)より) (共同体感覚における共同体とは)さしあたって自分が所属する家族、学校、職場、社会、国家、人類というすべてであり、過去、現在、未来のすべての人類、さらには生きているものも、生きていないものも含めた、この宇宙全体を指している。また、「学問のすすめ」(福沢諭吉著)の「一身独立して一国独立す」も同じだろう。・・・全体が成り立たなければ、個も成り立たない。・・・つまり、成長は、自分一人じゃなく、みんなでしなきゃダメだと言っている。【真水の池の中なら】ここで、スポンジは本当にこの負の連鎖を断ち切れないのか? 逃げ道はないのか?を考える。が、在るでしょ。・・・スポンジを置く処が「泥沼」ではなく「真水の池」なら、この連鎖は止まる。これこそが、アダルトチルドレンの切望する「負の連鎖のない世界」だろう。・・・でも、残念ながら「真水の池」は、この世界には存在しない。・・・たとえアダルトチルドレンとは無縁で、愛情一杯に育てられたとしても、この悲惨なニュースが飛び交う中で、泥と無縁ではいられない。せいぜい泥が濃いか薄いかの違いでしかない。(←自閉症がスペクトラムになる所以だと思う。)なぜ無いのか?・・・それは、この世界がまだ成長途中で成熟してないからだろう。一人一人が成長を遂げなければ、全体も成長を遂げられない。【完ぺきな罠?】最後に、自分自身が立っている足元にある「泥沼」をもう一度観察してみる。よーく見ると「泥沼」だと思っていたモノは、実は自分自身と同じ「泥水を吸ったスポンジの集まり(=屍の山?)」だと気づく。 また、自分自身もその一部になっていると気づくハズ。ここで、「泥沼」は、「スポンジ」と「泥水」からできていると思い返す。・・・なお、スポンジは「人々(=子どもも大人も)」を表し、泥水は「間違った常識や信念、つまり未熟な社会スキル」を表し、真水は「正しい常識や信念、つまり成熟した社会スキル」を表している。そして、このアザ(=むごい苦しみ)は、その社会の常識や個人の信念が「正しくないコト、間違っているコト」(←「無明」という。)を伝えようとしている。それは、その人たちの信念が間違っている限り、絶対に止むことはない。つまり、これは、創造主による完ぺきな愛(=支援)だったわけだ。【夢だけど、夢じゃなかった】泥沼に置かれた以上、泥水を吸うコトは誰にも避けられない。でも、吸った泥を浄化するコトは、(本人がその気になりさえすれば)誰にでもできる。この自分が吸った泥水を真水に浄化していくコトこそが、「個の成長」になる。そして、一人一人が成長し、グループや世代を超えて積み重ね、いつしか「真水の池」を実現させるコトこそが、「全体の成長」になるのだろう。「こんな理不尽でむごい苦しみを抱えた子(=汚れたままの自分も)なんて、一人も居ない世界、二度と生み出さない世界」は、夢だけど、夢じゃない。その曇りなき眼に、その美しい心に、そんな世界が映っているだろうか? 苦しんだ分だけ、在り在りと浮かぶだろうか?・・・だとしたら、それはアザのおかげだろう。それはずーっと見守り、叱り、黙ってなかった。「生きろ。」と、しかも「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と。「自分は自分らしく、他者は他者らしく、互いに支え合い、ちゃんと折り合いをつけて、みんなで生きろ。そして、それを脅かすモノに決して飲み込まれるな。」と。・・・その声援に気づき応えるコトこそが、この呪いを断つ道なんだと思う。あとは、その曇りなき眼で物事を見定め、決めてほしい。掟(おきて?)に従い確証は持たぬ 健やかにあれ。【補足1:泥に花は咲く】昔々、われわれと同じコトを考え、同じようにモヤモヤした人たちがいた。・・・「セルフ・アサーション・トレーニング」(菅沼憲治さん著)の中から、青山俊薫さんのお話(原典は「サンユッタ・ニカーヤ」)を引用する。 古代インド大陸の、とある王国の王様は「この世界の中で、一番大事なものはなんだろうか」ということを、常に考えていました。・・・そうこうしているうちに、ようやく一つの結論にたっしました。それは「自分だ」ということです。 ところがそのような結論に達した瞬間から、王様はなぜだか居心地が悪くなってしまったのです。・・・お后様を呼んで「どうにかできないものか」と相談しました。・・・考えて考え抜いたあげく、お后様も王様と同じように、「一番大事なものは自分」という結論に達したのでした。・・・ この古代インド大陸には、シャーキアムニという評判の高い哲学者がいます。・・・(二人がこの師に相談したところ、尊師は)やおら口を開いてこういったそうです。 「あなた方の結論は正しいのではないでしょうか」と。さらに続けて「相手の人も同じように、自分が一番大事だと思っている。したがって、双方がその気持ちを大事にしていくことが、この世の中で一番大事なことではないでしょうか」・・・泥沼だけど、泥だけじゃなかった。【補足2:他人に迷惑をかけちゃダメ?】自分の存在を脅かされたとき、周囲に助けを求めてもいい。これも大切なルール。「他人に迷惑をかけちゃダメ」と言うのは間違った社会通念で、正しくは「誰もが他人に迷惑をかける、だから感謝や(成長の)努力を忘れてはダメ」だろう。本物かどうかをアタマで見分けるには、「コレって共存に繋がるかな?」とチェックすればいい。もし、自他どちらかの存在を脅かすなら、それは「本物」じゃない。(もし共感してもらえたら、にほんブログ村もクリックいただけると幸いです。)

  • 03Nov
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      アダルトチルドレンがハマる利他の誤解、もののけ姫にみる危うさ ②

      <画像:もののけ姫 / STUDIO GHIBLI>【なぜ偽物を掴むのか?】今回はアダルトチルドレンがどうして利他の罠にハマのるかを考える。前回「ナゴノ守はアシタカと同じで悪じゃない。」と言った。・・・(ブリキにとって、タタリ神はアダルトチルドレンそのモノに見える。暴走するナゴノ守を過去の自分に、その解決方法を探すアシタカを今の自分に重ねてしまう。)ナゴノ守に限らず、エボシやシシ神たちも善玉なのか悪玉なのかよく分からない。「もののけ姫」全体を通して、善悪が混然としている。・・・その中で「利他」に注目しつつ、アダルトチルドレンにむごい苦しみを与えているモノが一体何なのかをブリキなりの眼(まなこ)で見定め、この呪いを断つ道がないか探る。【成長は止められない止まらない】以前「安全基地がないと、子どもたちは成長できない。」と言った。自然の摂理は厳しく、成長できない個体や種は大抵滅びる。たとえば、子馬は生後直ぐに立たなければ猛獣の餌食になる。・・・だから、「安全基地がない」(=成長できない)では済まない。この窮地の中で、子どもたちは「安全基地(=愛)をもらえないのは自分のせいだ。自分が至らないからだ。」と考え、心に刻み込む。(=マインドセットを形成する。)このように自分に課題を課すコト自体は、「成長したい。もっと優れたい。」という人間の普遍的な欲求(=向上心)による正常な反応だと言える。ただし、「愛してもらえないのは自分せいだ。」という認識(=課題設定)は間違っている。(↑すでに罠にハマっている。・・・ちなみに、愛してもらえないのはこの子たちのせいではなく、環境側が未熟なせいだろう。・・・だが、子どもたちは、そんなコト知る由もないし、知ってても為す術がない。)【欲求段階と安全基地】心理学者のアブラハム・H・マズローは「欲求5段階説」を提唱した。下から順に①生理的欲求、②安全欲求、③社会的欲求、④承認欲求、⑤自己実現欲求といい、低次ほど優先度が高く強い欲求だと言う。(↓スペイン語だけど、表紙絵はそのピラミッド図。)La pirámide de Maslow: Conozca las necesidades humanas para triunfarAmazon(アマゾン)1,311円赤ちゃんや子どもたちは、この低次の欲求を自分一人では解消できない。月齢や年齢が低いときほど、たくさんの支援(=高い上げ底、つまり安全基地)が必要になる。ここで、ふつうの子たちは、この支援を受けられるので、高次の欲求(=⑤:成長欲求)に取り組み、成長していく。一方、ふつうじゃない(環境の)子たちは、この支援を受けられず、自力で低次の欲求(=①~④:欠乏欲求)に取り組もうとする。(←アダルトチルドレンと呼ばれる所以だと思う。)でも、その取り組みは上手くいかない。・・・もしそれができるなら、安全基地も、親も、子どもという成長過程もいらないだろう。【魔女や悪魔との契約】乳幼児期の「安全基地」とは、主に授乳、抱っこ、見守りなどで、子どもたちの一番欲しい(=必要な)モノだ。つまり、子どもたちにとって「安全基地」は「愛」に映る。実際「おっぱいが欲しい。抱っこして欲しい。」は「愛してほしい。」と同じだと思う。そこで、ふつうの子たちは、日々の生活の中で「この世界には本物の愛、無償の愛がある。」と学ぶ。一方、ふつうじゃない(環境の)子たちは、日々の生活の中で嫌というほど「この世界には無償の愛なんて無い。」と思い知らされ、替わりに「本物の愛を得るには代償が必要だ。」と学ぶ。(←間違った認識を積み重ねている。)このとき、まだ何も身に付けていない赤ちゃんが、何も採れなかったうさぎが、差し出せるモノ(=代償)とは何か?・・・それはもう「自分の身(=ココロやカラダ)」しかないでしょ。そして周囲の人から「愛を得られない苦しみから抜け出すには、利己的ではなく、利他的になるコトが大事。」と言われれば、迷わずその代償を差し出すだろう。・・・その子たちは「それを差し出せば、本物の愛を得られる。本当の仲間になれる。」と思っている。・・・だから、彼らは自分の身(=ココロやカラダ)がどうなろうとも、周囲の人たちのために尽くそうとする。「利他って、そういうコトでしょ。」と信じて。でも残念ながら、その認識は間違っている。たとえその身を捧げても本物の愛は得られない。そもそも本物の愛(=無償の愛)は、代償を払って得るモノじゃない。だからこそ、アダルトチルドレンはその誤った信念(=自分のマインドセット)を見直す必要がある。【不吉なコト?】ヒイさまは、アシタカに「西の土地で何か不吉なコトが起きている。」と告げる。実際、平和な村を出て西に向かった途端、人間同士の醜い争いに遭遇する。・・・だから、「不吉なコトが起きているのは、アシタカの村(=東の土地)では?」と疑う人はあまりいないだろう。でもブリキはこの村が気になる。・・なぜなら、アシタカをアダルトチルドレンにした土地(=養育環境)だからだ。ここで、長老たちの集会の場面を子育ての視点で見直す。たぶんこーだったらよかったんじゃないか(?)劇場・・・≪先ず村を救ったアシタカに、「よくやってくれた。おまえは、わしらの自慢の息子だ。」と感謝を言葉にする。それから「死に至るアザ」のコトを伝え、抱きしめながら「悔しいな。」と一緒に悲しむ。そして「これからの人生好きに生きろ。」と伝え、どんな道を選んでも応援すると励ます。そのうえで、アシタカが真相を突き止めたいと言うなら、西の土地の出来事を伝える。さらに、旅立つときは何人かお共を付けて、村人全員で見送るだろう。≫が、長老たちは、目の前の若者のコトより、「占い」「掟」「五百ゆう余年も昔のコト」の方が気になるようだ。・・・つまり、彼らの「態度」は、利他的じゃなく、成熟してないと言いたい。【道の曲がり角】2つの物語のエンディングは対照的だと思う。「赤毛のアン」の終盤、悲しい出来事が起きる。突然マシュウが亡くなってしまう。マリラは、失意と失明の不安を抱え、アンにグリン・ゲイブルスを手放すつもりだと告げる。すると、アンは、栄誉ある進学を辞退し、この家に戻り、教員になってマリラと家を守ると言う。(←かつてマシュウの「利他的」な振る舞いに救われたアンが、今度は自分が「利他的」になるという成長ぶりを示す。)嬉しくもアンの将来を想って拒むマリラに、アンはこの判断は「自己犠牲」ではなく「自己実現」なんだと伝える。実際独学で勉強を続けると言い夢も諦めていない。マリラの方も、アンの協力を素直に受け入れ、感謝や愛しいといった気持ちをしっかりと言葉にして伝え成長を示す。一方「もののけ姫」の終盤では、アシタカが「サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。」と言う。つまり、村には帰らないわけだ。・・・一族の長となるべき若者があれほどの経験をしたのに・・・お供も居ないので、あの村には何も伝わらず、何も活かせず、何も変わらない。やれ「占い」だとか「掟」などと言っている間に、折角の成長の機会を逃している。・・・自然や好奇心旺盛な5歳児は、成長しないモノにとても厳しい。・・・【呪いを断つ道】さて、見定めるべきモノは、一体何処にあっただろうか?それは西の土地なんかじゃない。かと言って東の土地でもない。たぶん現代社会でも、家庭環境でも、(毒)親でも、ご先祖さまでもない。・・・自分自身の足元(=マインドセットの中で「自分の信念」だと思い込んでいる部分。)だと思う。自分が赤ちゃんだったとき、窮地の中で、つたない手で積み重ねてきた土台の部分に向かって、「自分も背が伸びてちゃんと立てるようになったかな? 目の前の人のコトをしっかりと自分ゴトのように想い、少しは支えになれているかな? 自分はこれからどう成長したいかな?」と問うてみる。「曇りなき眼でソレを見定めるなら、あるいはその呪いを断つ道が見つかるかもしれぬ。・・・ただ待つか自ら赴くかは決められる。」と、かしこみかしこみ思う。・・・<つづく>

  • 05Oct
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      アダルトチルドレンがハマる利他の誤解、もののけ姫にみる危うさ ①

      <イラスト:みふねたかしさん / いらすとや 他>【成長のきっかけになる「利他」とは?】前回赤毛のアンの中で、マシュウの言葉が家族の成長のきっかけになったと言った。少し補足する。そもそもマシュウは心臓が悪く、マリラはひどい頭痛持ち。二人は畑仕事の支えがほしくて「男の子」を引き取るつもりだった。ところが来たのは「女の子」。・・・このトラブルに腹を立てているところへ、日頃女性と会話もできない兄が、いきなり女の子を孤児院へ送り返すのはかわいそうだと言い出す。・・・マリラは驚いて「あの子がわたしらに、何の役にたつというんです?」と問いただす。するとマシュウは「わしらのほうであの子になにか役にたつかもしれんよ」と答える。・・・このときマシュウの関心が自分自身から他者に移る。つまり、利他的になる。これをきっかけに「Anne of Green Gables」(=安全基地)が誕生し、三人の急成長が始まる。そう聞けば、「なるほど。じゃあ『利他的』になればいいのね。」と、おサルさんも行動を起こすかもしれない。・・・が、ここに危険なワナがある。「利他」には本物と偽物がある。本物はアダルトチルドレンを回復に向かわせるが、偽物は破滅に向かわせる。しかも、アダルトチルドレンは大抵、偽物を掴む。今回は、誤解されることの多い「利他」について考察する。【なんで月にうさぎがいるの?】「チコちゃんに叱られる!」(NHK、2019年9月13日放送)で、「なんで月にうさぎがいるか?」が出題された。・・・その答えは、「うさぎは自分を犠牲にしてでも人を救おうとする美しい心の持ち主だったから」だった。これはインドの「ジャータカ」という古い(仏教以前の)経典に残る伝説にまつわる。あらましは、ヒマラヤで老人が行き倒れる。彼を助けようと動物たちが食べ物を持って集まる。が、うさぎだけ何も採れず無力さにうなだれる。うさぎは老人に火を起こしてもらうと、突然炎の中に飛び込み自らの身を捧げる。・・・その姿が昇華して月のうさぎになる。・・・この場面は、手塚治虫さんのマンガ「ブッダ」の冒頭でも描かれ、アニメにもなっている。それを観ると少なからず衝撃を受けると思う。それでも、多くの日本人は、利他ってそういう「自己犠牲の精神」のコトなんだよねと言うだろう。チコちゃんでも「美しい心」と言っており、それが日本人の美徳にもなっている。・・・しかし、実はこの社会通念がアダルトチルドレンや多くの日本人を追い詰めることになる。【アダルトチルドレンの暴走】ここで、「もののけ姫」(宮崎駿監督)の登場人物について考えてみる。・・・(「たぶんこうだったんじゃないか劇場」みたいに。)もののけ姫 [DVD]Amazon(アマゾン)4,084円まず主人公の「アシタカ」は非の打ち所がない正義の味方に見える。一方、タタリ神となった「ナゴノ守」は恐ろしい化けモノで悪者にしか見えない。・・・が、ブリキにはこの二人が同じ人物に見える。・・・突如、みんなと暮らしていた森に悪魔のような外敵(=人間ども)が現れる。たくさんの仲間を殺され、森も焼き尽くされる。それを食い止めようと抗うが、石火矢に撃たれ酷い苦しみを受ける。・・・ナゴノ守が何か悪いコトした?・・・(まるっきり「アシタカは村を守り、乙女らを守ったのですぞ」の場面と同じ気持ちになる。)また、ふつう瀕死の重傷を負った者は帰巣本能でホーム(=味方の地)に戻ろうとする。が、なぜかナゴノ守はアウェイ(=無縁の地)に向かって走った。・・・これを痛みと恐怖から闇雲に逃走しただけと思うかもしれないが、ブリキの解釈は違う。ナゴノ守は、気が狂いつつも、自分がタタリ神になったと知り、仲間に「祟り」を移したくない、みんなを守りたいと覚悟する。だから、一人でアウェイを目指したんだと思う。・・・アシタカがカヤに「触れるな!」と言ったように。たぶんこの二人には肉親がいない。(アシタカの村の場面で、それらしい人物が出てこない。) それでも小さい頃からリーダー的な頭角を現し、周囲に期待され、立派に応えてきた。つまり、ヒーロータイプのアダルトチルドレンだと思う。二人共、周囲の者は傷つけず大切にし絶対に救おうとする。が、自分の身は傷つくことを厭わず粗末にし絶対に救いを求めない。・・・まさに月のうさぎのような「利他」の観念に囚われている。しかも曇りなき眼で、一心不乱にその道を突き進む。その信念によって、ナゴノ守はタタリ神になってしまう。また、アシタカも、普通なら(=主人公でなければ)2、3回は死んでる。ように見える。(←スーパーマリオ並みに命の扱いが軽い。)自ら、「自己犠牲が正解なんだ」と思い込んでるので、身を滅ぼすのは当然の結果だと言える。つまり、二人共その認識ではダメでしょ。と言いたい。・・・<つづく>

  • 16Sep
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      アダルトチルドレンに安全基地を、赤毛のアンに学ぶ回復のヒント

      <画像:house (c)schantalao / Freepik>【ここから抜け出せるのか?】前回アダルトチルドレンの苦しみは大抵一生続くと話した。三つ子の魂百までのようにと。では、そこから抜け出せないのか? 救いはないのか?・・・今回はこの問いについて、ブリキの思ってることを書く。・・・先ず、アダルトチルドレンとはいったい何なのかと言えば、「アダルトチルドレンは病気(=不調)」だと思っている。何の病気かと言うと、「家族の病気」であり、さらに突き詰めると成長の不調・・・つまり、「子育ての病気」だと思っている。治るのか治らないのかで言えば、「治る」と思っている。どうすれば治るのかと言えば、「成長すればいい」と思っている。・・・子どもでいられなかったのが原因なので、改めてそのプロセスを進めれば(=成長すれば)治ると。だったら、話しは簡単かと言うと、残念ながら「言うほど簡単じゃない」と思っている。【苦難の旅】なにせ、人間が成長(=成熟)するには、二十年弱もかかる。(←子どもでいる期間)・・・そもそも大変な課題というわけだ。その上、アダルトチルドレンの場合には、次のような難しさが加わる。(1)お手本にすべき人物がいない。学習器で教師信号がない状況は致命的だ。(2)生物の成長には適切な時期(=敏感期)があり、その期を逃すと成長しづらくなる。(3)サバイバルに必要だったスキル(=回避パターン)は成長に逆行するため、それを手放し、再学習する必要がある。(4)未熟な親たち(&未成熟な現代社会、間違った常識)による妨害を上手く回避する必要がある。おサルさんの話しなら、岩山に封じ込められている処へ「妖怪たちの待つ苦難の旅に出るなら、そこから出してあげる。」と告げられる場面か。・・・もし便利な呪文や筋斗雲があったとしても使えない。目的が「成長」なので、楽をしても意味がない。自分の足で歩き、ときに闘い、ときに逃げ、ときに許し、ときに許されながら前へ進むことが求められる。つまり、この課題は、生きるということそのものなんだと思う。【安全基地がない】この生きるという当然の課題を前にして、アダルトチルドレンは「よし分かった。それなら旅に出る!」と言うだろうか?・・・残念ながら、そうはならない。岩山に囚われ続ける方を選ぶ。つまり苦しみ続けることを選ぶ。大概、自ら、一生。・・・アダルトチルドレンがそう選ぶのには理由(わけ)がある。・・・それは、その子たちに安全基地が無いからだ。安全基地とは、例えると、プールの上げ底(=プールフロア)みたいなイメージになる。エバニュー アクアフロア 調節式 EHB282Amazon(アマゾン)79,235円大人用の深いプールに上げ底を敷き詰めれば、子どもでも安心して入れる。このとき、上げ底の上が安全基地だと言える。一方それがない状態で、子どもを深いプールに入れるのはとても危険で無謀だ。・・・が、アダルトチルドレンはそこにいる。その中で、足が届かず、泳ぎ方も知らず、なんとか溺れまいとモガイている。・・・ある子は何かにしがみ付き固まっている。またある子は手足を激しく動かしジタバタしている。・・・その子たちに向かって、「さぁ、プールの真ん中に出て来て泳ぐんだ! それが人生なんだ!」と告げるのか?・・・【グリン・ゲイブルスのアン】このように、安全基地は、大人用の環境(=実社会)を子どもの成長段階に合った環境に換えて、子どもが子どもでいることを支援する機能だと言える。ここで子どもでいるには、足が底に着いているのがポイントになる。種の発根(はっこん)や卵子の着床のように、地に足が着けば成長が進み、離れれば止まる。・・・つまり、「安全基地」は、子どもの成長のスイッチになっているわけだ。・・・ただし、これは安全基地の一つの側面に過ぎず、また別の側面がある。それを「赤毛のアン」(ルーシー・モード・モンゴメリ著)が教えてくれる。赤毛のアン (新装版) (講談社青い鳥文庫)Amazon(アマゾン)858円主人公のアンは個性的で、発達凸凹な子として描かれている。たとえば、生後三ヶ月で両親を亡くし、大人びた話し方をしたり、肩に力が入り過ぎてよく失敗したりする。アンは、マシュウとマリラが住む緑の切妻屋根の家(=グリン・ゲイブルス)に引き取られる。そこが「安全基地」となりアンは急成長していく。まるで魔法の豆の木のように。ちなみに、作者のモンゴメリも1歳のときに母親を亡くし、父親とも離れて暮らしていた。原題は「 Anne of Green Gables」と名付けられた。【育つ力の作用と反作用】でも、ここで注目するのはアンではなく、マシュウとマリラの方だ。二人共未婚のまま初老を迎え、兄妹で暮らしていた。この二人も何か凸凹を抱えている。・・・マシュウはとても気が小さく、人目を避けるようにして生きている。マリラは堅苦しく、周囲に笑ったり頼ったりするところがない。そんな二人もグリン・ゲイブルスという「安全基地」の下で、アンと共に急成長していく。・・・これが安全基地のもう一つの側面だ。 つまり、安全基地は、子どもだけでなく親(=養育者)の方も成長させるわけだ。ここで安全基地のイメージを見直す。・・・再び例えるなら、今まで台(=上げ底)だと思っていたモノは、実はただの板だった。となる。・・・重要なのは、その板の裏側で誰か(=親、裏方さん)が、それを支え適度な力で押し返してくれていたというコトだ。つまり、安全基地はモノじゃなく人だった。・・・「板」を挟んで向かい合う力は同じ力だった。・・・そして、子どもがジャンプするとき親も一緒にジャンプしてくれていた。・・・だから、親も同じ分だけ育つわけだ。【オセロみたいに裏表をひっくり返す】この育つ力の作用(と反作用)を活用すると、先に挙げたアダルトチルドレンの(2)と(3)の障害を上手く乗り越えられる。・・・つまり、子育ては、親が新たな環境でやり直し、回復し、子どもと共により良く成長するチャンスだと言える。アダルトチルドレンに限らず、人類は世代を超えて成長して行ける。(負の連鎖ができるのだから、正の連鎖もできる。)・・・やがて、発達障害も、差別も、戦争もない成熟した社会を築ける。・・・かもしれない。だから、みんながこの力の作用に気づき、ひとりひとりが子育てを楽しみ、みんなで少しずつ成長できたらいいなと思う。【補足1:息を合わせる】子どもは成長しようと「板」を蹴ってくる。その「板」の裏側で、親が絶妙に押し返す。このバランスが合えば「板」は「安全基地」になるが、ちぐはぐ(=凸凹)ならば「危険地帯」または「泥仕合」になる。細かく見ると、子どもが「板」を押してくるタイミング、位置(=ポイント)、力の向き、力の強さを把握してないと上手くバランスをとれない。(ラケットでボールを打ち返すみたいに。)だから、親が赤ちゃんをしっかりと見ていないと「安全基地」は作れない。(ボールから目を離したら打てないように。)また、これをパッと築き上げる便利な呪文はなく、コツコツと反復練習しながら作るしかない。(子育て中の人は、併せて「抱っこ」や「夜泣き」も読んでほしい。)【補足2:「赤毛のアン」を教えてくれた大切な本】「赤毛のアン」が発達凸凹をテーマにしていることについては、茂木健一郎さんが「100分 de 名著(2018年10月) モンゴメリ『赤毛のアン』」で解説されている。・・・ので、凸凹を抱えている人はぜひ読んでみてほしい。特に、アンを孤児院に送り返そうとするマリラに、マシュウが返す言葉。・・・彼が利他的になり、三人が成長を始めるきっかけとなる言葉にグッとくる。【補足3:子育ての機会がなくても・・・】子育ての機会がない人たちはどうすればいいのか?・・・は、「板」の向こう側は自分の子どもじゃなくてもいいし、できそうなところからでいい。となる。もし、そんな機会も無ければ、本を読むのでもいい。実は本も「板」のうちで、作者と読者が向き合える。グリン・ゲイブルスに来る前、アンの友達は2人だけだった。しかも、その一人「ケティ・モーリス」は棚のガラスに映る自分(=アン)の姿で、もう一人「ヴィオレッタ」は近くの谷に住むこだまだった。・・・そこでも、アンは本を読み、自分にできること(=アンの場合は、想像や子守りなど)をして乗り切ってきた。・・・ぜひ、茂木さんの解説やモンゴメリの原作を読んで、向こう側から支えてくれる力を感じ、回復のヒントを見つけてもらえたらいいなと思う。

  • 14Aug
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      アダルトチルドレンの発達凸凹なところ

      <イラスト:DESIGNALIKIE>【劇的な成長期】『イモムシ』は『サナギ』になり、やがて『チョウ』になる。・・・その成長過程はとても劇的で「変態」(= メタモルフォーシス、蛹化や羽化)と呼ばれる。同じように、ヒトも『赤ちゃん』から『子ども』になり、やがて『大人』になる。「赤ちゃん」から「子ども」に変わるのは生後3年くらいの間で、「三つ子の魂百まで」と呼ばれるとても重要な時期となる。(ちなみに、「子ども」から「大人」に変わるのは中学卒業後3年くらいの間で、こちらも重要な時期となる。)ヒトの場合、外見上、羽や手足が生えたりシッポが無くなったりするわけじゃない。・・・でも、アタマの中ではイモムシがチョウになるほどの劇的な変化が起きてると思える。【子どもになれない子たち】このとき、わけあって上手く「赤ちゃん」から「子ども」になれない子たちがいる。・・・その子たちは「アダルトチルドレン」と呼ばれる。日本語に訳すと「成熟した子どもたち」となる。・・・それは、この子らが、子どもっぽく見えないからだろう。が、それは上辺(=擬態)に過ぎない。本質的には、「子どもでいるコトが許されない子たち」だろう。ちなみに、子どもになれなかった子らは、大人にもなれない。イモムシもサナギを経なければ、チョウに成れない。・・・子どもという成長過程は、ヒトが大人になる(=成熟する)ために必要だから存在する。だからアダルトチルドレンは、子どものときだけでなく大人になってからも苦しむ。大抵、一生その苦しみを背負うことになる。・・・三つ子の魂百までなので。歳を重ねる毎に何とも言いようのない苦しさと凸凹のレッテルが雪だるま式に積み重なっていく。【成長という大玉】では、なぜ、この子たちは「(ただの)チルドレン」ではなく、「アダルトチルドレン」になるのか?・・・それは、親(=養育者)が「成熟した親」ではなく「未熟な親」だから。・・・そもそも「アダルト(=成熟した)」という修飾語は、子ではなく親の方に付くべきだろう。それが、子の方に転嫁(=丸投げ?)されて「アダルトチルドレン」になっている。実際、この子たちには、「赤ちゃんから子どもになる」という本来の課題に加え、「親の代わりに大人になる」という無茶苦茶な課題まで課されている。しかもその親たちの、子らに対する関心や期待は、無茶苦茶な方に偏っている。なぜなら、親の方が(子らに)甘えたいと思っているから。親自身が第一の課題をクリアしていないから、どうしても利己的(=親の自己中)になってしまい、利他的(=赤ちゃん中心)になれない。だから、赤ちゃんや子どもたちに「無償の愛」や「安全基地」を与えられない。これを以てその親たちのコトを、カラダは大人かもしれないが、アタマは大人(=成熟した人、アダルト)じゃない。と言いたいわけだ。そうした親たちによる養育環境(=家庭環境)を「機能不全家族」という。【いったい何が凸凹なのか?】このような養育環境の下では、子の成長・発達が遅れたり、凸凹になったりする。(←そーならない方がオカシいと思える。)そして、この子たちは、周囲から「アダルトチルドレン」、「発達障害」、「自閉っ子」、「発達凸凹」などと呼ばれるようになる。・・・が、いったい何がへこんでいて、何がでっぱっているのか?・・・本当にこの社会で言われるように、この子たちの因子(=遺伝子)の問題なのか?・・・ここで、どう見ても悪玉としか思えないアダルトチルドレンの凸凹に注目しながら、その問いを追いかけていく。・・・たとえば、≪子どもになれなかった人は大人にもなれない?・・・世代を超えて同じことを繰り返している?・・・大玉送り競技のように、何か大きな玉を世代間で次から次へと送っている?・・・何の玉を送ってるんだ?・・・あぁ~コレね。≫と、そして赤ちゃんのときには担いきれなかったその大玉にあらためて向き合う。長年積み重ねてしまった覆い(=回避パターン)を一つひとつ引き剥がしながら。・・・すると、「利他的」って何?「成熟した人」ってどんな人?「親になる」ってどういうこと?・・・など、ずっと探し求めてたモノが、人が生きるうえで大切なモノが、偽りじゃない本モノが、次々と現れ救い出されてくる。そして、≪あぁ、ただの悪玉じゃなかったんだ。ここへ辿り着くためにへこんだりでっぱったりしてきたんだ。≫と気づく。・・・と思う。だから、この凸凹について、もう一度考えてもらえたらいいなと思う。

  • 03May
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      アダルトチルドレンのひとしずく、いま、できること

      <イラスト:kotobukingdomさん / Illust AC>【感じる力、共感する力】「自分の気持ちが分からない」と言ったらオカシイと思うだろうか。「周りの人の気持ちが分からない」と言ったらヒドイと思うだろうか。人間にとって「感じる力、共感する力(=社会性)」は、とても大切なスキルだと思う。でも、それは生まれつき備わっているわけじゃない。周りの人と接しながら学び、励まされたり傷つけられたりしながら時間をかけて身につける必要がある。わけあってこのスキルの基礎を習わず、つまずき、身につけられなかった者は、大概ヒドくてオカシイ人になる。・・・≪本当は教えなかった人の方がヒドくてオカシイと思うが・・・≫また、その人は、このスキルを子どもたちに教えられない。泳げない人が泳ぎを教えられないように。・・・だから、伝言ゲームのように一人がミスればオカシさやヒドさが子々孫々にまで連鎖していく。【必死の追いかけっこ】ブリキはこれを「ややこしい呪い」と呼び、このブログのテーマにしている。この呪いには、舌切り雀のツヅラのようにあらゆる苦しみが詰っている。心理学者のアルフレッド・アドラーは「人間が抱える問題は、すべて対人関係の問題である」と言ったが、それを濃縮して造った結晶のようだ。極めつけは「早く解かなければ、次は自分がその呪いを親しい人に掛け、むごい苦しみを与えてしまうコト(=世代間連鎖)」だ。被害者から加害者へ・・・その死線を越えれば連鎖の礎と化す。それを避けたくて、ブリキは子どもたちと必死に追いかけっこしている。ふと気づくと周回遅れのインナーチャイルドも一緒に駆けている。まるで「ちびくろサンボ」でトラたちが木の周りをグルグルと回り、バターに成ってしまうように。この必死のグルグルが、ブリキの子育てになっている。ちびくろ・さんぼAmazon(アマゾン)1,100円【ミラーシステムという小人】この連鎖には、情動伝染(ミラーシステム)という仕組み(小人)が関わっている。この小人により、スマホのファームウェア更新のように重要なプログラムが伝送され、簡単には書き換えられない記憶域に書き込まれる。本来この小人は、生きるうえで大切なスキル(=人類の叡智、ソーシャルスキル)を伝えるために、親子や恋人など親しく信頼できる人同士の間で働く。親が正しいスキルを身に付けていれば、後は小人が子孫たちへと伝承してくれる。が、親が正しいスキルを身に付けておらず、プログラムにバグ(不具合、つまり呪い)が含まれていたらどうなるのか?おそらくバグの有無や親の善意/悪意とは関係なく元のプログラム(親のスキル)がそのまま複製(ミラーリング)され、赤ちゃんに伝送され刷り込まれる。つまり問題は仕組み(ハード)ではなく、中身(=ソフト、コンテンツ、スキル)にある。・・・と言いたい。《ん、どーするオレ?》。【地の果てまで飛んでみせる?】この問題を解くために統計や人工知能(AI)の考え方が参考になる。すなわち、自分や家族に問題(=データの偏り)があるなら、もっと参照範囲を広げればいい。そこで視野を「自分」→「家族」→「コミュニティー、たとえば近所・学校・会社」→「国」→「世界」と広げてみる。が、偏りは解消しない。(まるで三蔵法師が正しい教えを求めて旅をすれども、なぜか妖怪ばかり出てくる。・・・みたいな展開。)ここで、諦めずにもう一歩進める。「奇跡のリンゴ」の木村さんのように。要は視野を「人間社会」から「自然」へと広げてみる。すると偏りが解消し、問題が収束し始める。この隔たりに正否を分ける境界線(=壁)があり、呪いの根源があると思える。「都市と地方をかきまぜる 『食べる通信』の奇跡」(高橋博之さん著、光文社新書)でも「都市(=現代社会)」と「地方(=自然)」の隔たりが指摘されている。人間は、獣や自然災害から身を守るために都市という要塞を築き上げてきた。・・・が、それに守られているうちにいつしか「自分が自然の一部であること」や「独りでは生きていけないこと」を忘れてしまった、と。・・・それで生きられるなら、もはや社会性もいらない・・・?ためしに、文明(=現代社会、都市、資本主義、産業、ネット、兵器、原発、巨大堤防、農薬、粉ミルク・・・)を筋斗雲に、自然の摂理をお釈迦さまの手のひらに、人間をおサルさんに見立てると、有名な場面が頭に浮かんでくる。壁は、外敵から身を守れってくれれば「要塞」になるが、邪魔なだけなら「檻」になってしまう。【事業仕分けのように】ブリキは当初この「ややこしい呪い」をアダルトチルドレン(=少数派)の問題だと思っていた。アダルトチルドレンはどうしたら周囲の人たち(=多数派、現代人)に追いつけるのだろうかと。ところが、現代人に目を向けると、彼ら/彼女らも同じ問題を抱えていた。どうしたら、この閉塞感から抜け出し、より幸せに生きることができるのだろうかと。現代人を苦しめている壁が、もともとは自ら(先人たち)が、外敵から身を守るために築き上げたモノだったのなら、アダルトチルドレンを苦しめている壁も、実は自ら築き上げたモノなのかもしれない。すなわち、虐待、ネグレクト、依存症による家庭崩壊等(=逆境的小児期体験)から身を守るために解離する(=トラウマにかかる)必要があったんだろう。でも、その壁が邪魔になったのなら維持する必要はない。自分たちで築き上げたのなら取り外すのも自分たちでできるハズだ。(というより、自分自身にしか外せないのだろう。)だから、先ず自らのスキルを見直さなければならない・・・と思う。おサルさんは、自慢の筋斗雲から降りて、自らの足で天竺を目指した。【いま、できること】次の本では、森火事に一滴ずつ水を運ぶハチドリの話しとそれに共感する人たちの話しが集められている。ハチドリのひとしずく いま、私にできることAmazon(アマゾン)1,257円 地球温暖化、戦争、飢餓・・・。ぼくたちの生きている世界は深刻な問題でいっぱいです。しかしぼくは、これらの重大な問題よりさらに大きな問題があるという気がします。 それは、「これらの問題に対して、自分にできることなんか何もない」とぼくたちがあきらめを感じてしまっていること。 もしもこの無力感を吹き払うことができたら、つまり、「私にもできることがある」と思えたら、その瞬間、ぼくたちの問題の半分はすでに解決しているのではないでしょうか。いま、ブリキにできるのは、目の前の、このブリキの子育てに取り組むことだ。そうして、必死に追いかけっこしてるうちにこの呪いの正体は「人権侵害」だと思えてきた。だから、これほど根深く、関わる問題の範囲が広く、あらゆる苦しみが詰まっているのではないかと。であれば、この呪いを解いて連鎖を止めることができれば、アダルトチルドレンの問題だけでなく、イジメ、差別、貧困、凶悪事件、テロ、戦争など、ぼくたち(現代社会)が抱える深刻な問題も無くせるのかもしれない。・・・とグルグルする。

  • 26Apr
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      離乳食とアトピー、今そこにある危機

      <イラスト:sharipanさん / Illust AC>【母乳よりも大変?】今回は、離乳食の話しをする。生まれてからずーっと授乳し続けてきた親にとって、赤ちゃんが始めて物を口にするというのは感慨深いと思う。ブリキの体験上、離乳食は母乳以上に難しいと感じる。「えっあの大変な母乳よりも?」と思うかもしれない。まずは、「おっぱいを叫ぶ ①」で紹介した桶谷式の内容を紹介する。 一つずつ食品の味を覚えさせたうえで、次の食品に進み、食べられるものを増やしていきます。・・・ 最初に与えるものは、重湯(または)野菜スープから始めるのが適当です。・・・初めはだしも使わない素材の味からスタートします。にんじん、じゃがいもといった野菜には自然の風味があり、それだけでおいしいので、まずそれを覚えてもらいます。・・・素材の味に飽きてきたら次に塩味・・・そしてしょうゆ味からみそ味へと進めます。 ・・・新しい食品に挑戦したときは、便の状態をよく観察してください。という。シンプルで、そんなに難しそうには見えない。【手が抜けない、気が抜けない】ところが、 実際にやってみるとこれが結構大変だと気づく。なるべく安全な食材を手に入れ、おかゆやや大根などやわらかくして用意する。外出する際それを小さなタッパーに詰めて持ち歩き、食事時になると「あぁ~ん。」などと言いながらスプーンを口元へ持って行く・・・が、赤ちゃんの食い付はよくない。自分で味見してみても美味しくはない。(ブリキは加工食品付けなので。)赤ちゃんには、「美味しいねぇ~」などと声を掛けるが、内心では、動物園のふれあいコーナーで小動物に生野菜を食べさせているような気分だ。この味気ない食べ物よりも、周囲に気を取られてキョロキョロしている小動物の口へスプーンを運ぶだけでも一苦労だ。命中率は低く、口元や服さらにはテーブルまでぐちゃぐちゃになり、食べさせ終えるころにはクタクタになる。また、シンプルな分、作り置きしづらく、毎食用意するのに結構手間がかかる。そして、便利で簡単な既製品の誘惑に襲われる。でも、市販のベビーフードを与えると取り返しが付かない。一度味を占めた赤ちゃんは、素材の味しかしない離乳食を嫌がるようになる。そんな綱渡り的なところが、母乳哺育よりも難しいと感じる。【奇妙なアトピー】ブリキの子どもたちは、二人のうち一人は素材の味をお好むようになり、もう一人は濃い味(化学調味料)を好むようになった。(・・・ゴメンね。)そして、ジャンキーな方は、アトピーと言うほどではないが、少し皮膚にトラブルを抱えている。知りたがり屋のブリキとしては、少し気になって調べてみた・・・。その仕組みが興味深いので、本「アトピー治療のW戦略―腸内正常化と毒出し」から引用して紹介する。ただし、食物アレルギーは重篤な症状がでることもある。ブリキは門外漢であり、鵜呑みにしないよう注意してほしい。「アトピー」とは、ギリシャ語で「奇妙な」という意味で、原因がよくわからない病気とのこと。腸(小腸)は必要な栄養を消化・吸収すると共に、あらゆる病原菌や有害物質にさらされ、それらから身体を守る器官だ。その腸の機能が弱い(未発達を含む。)と、体内に毒素が入り蓄積されてしまう。すると、腸に代わり皮膚の新陳代謝の機能を使って、その毒素を体外へ排泄しようとする・・・。それがアトピー性皮膚炎だという。(つまり、自分で治そうとしている自然治癒力なわけだ。)なお、ステロイドを使用すると、一見アトピー性皮膚炎の症状を改善するが、毒素が体内に閉じ込められ、反って病状を長引かせてしまう。なんだか一般的な認識とこの善悪とがあべこべになっている。【今そこにある危機・・・】昔のパンは日持ちせず、すぐカビてしまったが、最近そんなパンを見たことがない。それはパンに練り込まれた添加物のおかげだろう。その便利な添加物が毒素になる。身の周りの食品で、添加物が入ってないものを見つける方が難しい。(詳しくは、「食品の裏側―みんな大好きな食品添加物」を読んでみてほしい。) しかも、大人より、子どもたちにその影響が出やすい。さらに、食品添加物だけでなく、天然・自然食品でも、食物アレルギーが問題になることがある。近年、学校給食で事故(重篤な症状のアナフィラキシーショック)が起きたと度々ニュースになる。【奇跡なのはリンゴだけ?】この問題を考えるうえで、「奇跡のリンゴ」の木村秋則さんの取り組みがヒントになると思う。奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録Amazon(アマゾン)1,280円木村さんのリンゴ畑では、次から次へと問題が起きる。害虫が大発生したり、葉が病気にかかったりして全滅しそうになる。この過酷な状況にさらされているリンゴたちの姿は今の子どもたちと、そしてそれを見守り苦闘する木村さんの姿は現代の親や先生たちとダブって見える。たとえば、アナフィラキシーショックは、生物相が減少した中でバランスを崩し、害虫や疫病が大発生した仕組みと、また同様にステロイド治療の中止に取り組む親子の壮絶な体験などと重なって見える。一番注目したいのは、岩木山の気づきの後、それまで見えていなかった虫たちの顔や土や下草などの細やかな変化に気づかれたことを、うれしそうに紹介している場面だ。それは、桶谷そとみ先生らが勧める赤ちゃんとの接し方と重なって見える。決して、ほったらかしにして自然に任せさえすればいいと言っているわけではない。 もっともそこは畑であって、自然の野山ではない。木村が自然を観察したのは、リンゴの木を育てるためだ。・・・そのためにはリンゴの木と畑の生態系を調和させる必要があるわけで、それが木村の重要な仕事だった。・・・ ・・・リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている生きものなわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。・・・農薬を使うことの一番の問題は、本当はそこのところにあるんだよ。農薬を使わない分、手間がかかる。決して便利でも、簡単でもない。でも、その一つ一つに向き合うことで、初めて身の回りで奇跡が折り重なっていることに気づける。それはリンゴ畑に限った話しではないはずだ・・・。身近な子育ての中で些細でも、たくさんの奇跡に気づけたらいいなと思う。(その瞬間を見過ごせば、二度とは出会えないかもしれない奇跡に。)そして、気づきの分だけ、ちょっとでも子どもたちや社会が良くなったらいいなと思う。

  • 18Mar
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      お母さんにしてもらいたいこと、抱っこのすゝめ

      【叔母からのアドバイス】まだ赤ちゃんが生まれるずっと前のこと。叔母から「ベビーカーなんか使っちゃダメ。抱っこしなさい。」と薦められた。内心≪最近のベビーカーは軽くてカッコイイのになぁ・・・≫と思った。が、叔母は、「大切な赤ちゃんを、街中の一番悪い環境(車のライトが射し、ホコリが舞う高さ)で寝かせてはダメ。抱けるのは幸せなことよ。それはアッと言う間。子どもが十代、二十代になれば、したくてもできない。 だからできるうちは面倒がらず、その機会を大切にしなさい。」という。後に赤ちゃんが生まれると、流されやすいブリキは、いつも赤ちゃんを抱っこして出かけた。・・・これが、ブリキのインナーチャイルドの回復に繋がっていく。・・・叔母が残してくれた言葉のおかげで、その機会を逃さずに済んだ。 ベビーキャリア オリジナル スピリット ブラックダイアモンド 7,980円 Amazon 【お母さんの出番】ブリキは、これまで「出産は赤ちゃんが主役」「妊娠は胎盤に任せ、授乳はおっぱいに任せればいい」とお母さんの御株を奪ってきた。では、お母さんの本領はどこか? それは「抱っこ」だと思う。「えっ、それだけ?」と思うかもしれないが、実は「胎盤」や「おっぱい」と同じくらいスゴいと思う。抱っこならお父さんにもできる。でも、赤ちゃんにとってお母さんは特別な存在。だから、できればお母さんにしてもらえたらいいなと思う。なお今回は主に抱っこされる側(=赤ちゃん側)について考察する。【残念な実験】まず、抱っこに関わる実験を紹介する。『幸せになる脳はだっこで育つ。』(山口創さん著、廣済堂出版)より、 一三世紀の神聖ローマ帝国で、皇帝フリードリッヒ二世の命令により、五〇人の赤ちゃんに対して実験が行われました。 内容は「おっぱいを飲ませ、おむつを替え、お風呂に入れ、寝かせてよいが、抱いてかわいがることやひと言も話しかけることを禁じる」というものでした。・・・十分に栄養を与えられ環境も清潔だったにもかかわらず、五〇人全員が一歳の誕生日を待たずに亡くなってしまったというのです。残酷な結果に驚くが、抱っこの影響力に注目してほしい。もう一つ、心理学者ハリー・ハーロウによるサルの代理母(やわらかい布製と針金製の模型による比較)の実験(下の表紙は別の著書)でも、「体は育っても社会的には正常に成長できなかった」という。≪・・・ブリキには他人事と思えない。≫ 愛を科学で測った男―異端の心理学者ハリー・ハーロウとサル実験の真実 3,240円 Amazon 【社会性の出発点・・・アタッチメント】前に赤ちゃんが泣く意味を考えた。この時期の赤ちゃんの泣き声を言葉にするなら「SOS、メーデー、助けて!」だろう。また、ドラえもんの体形について、赤ちゃんは大人とまったく違う存在だと言った。生まれたての赤ちゃんは、「刷り込み」と呼ばれる特別な学習に取り組んでいる。例えば、卵から孵(かえ)ったヒナは最初に見たモノを親ドリだと学び、ついて行く。(この記憶は読出し専用メモリーに保存され、容易に修正できなくなる・・・)では、人間が最初に身につけようとしているのは何か? それは「社会性」、すなわち「人と人とが助け合って生きていくためのプログラム」だと思う。この時期の赤ちゃんはまだ何もできず、泣いて周りの人に救難信号(=アラート)を発することしかできない。このとき、この救難信号が慢性的に無視されると、赤ちゃんの内面で何が起きるのか・・・。一見、大人には大したこと無くても、赤ちゃんにとっては死活問題であり、人生の基礎(=生きるための土台)を築くうえで最も重要な局面を迎えていると思える。【抱っこは、根っこ?】そもそも、なぜ抱っこなのか? 前述の『幸せになる脳はだっこで育つ』によると、目・耳・鼻・舌の五感に係る器官は、すべて皮膚が進化したモノだという。赤ちゃんの感覚器の発達順は、肌→舌→鼻→耳→目で、年を取ると逆の順に衰える。だから、赤ちゃんやお年寄りほどスキンシップ(赤ちゃんの場合は抱っことおっぱい)が重要になる。また、「脳」と「皮膚」は、同じ「外肺葉」からできるという。内側に潜り込んで「脳」になり、外側に広がって「皮膚」になると。ここで奇跡のリンゴの木村さんの言葉(『土の学校』(幻冬舎))がアタマに浮かぶ。・・・ (植物の種・タネ)を植えたら、いちばん最初に出るのは何でしょう。芽ではありません。根です。・・・よく考えてみれば、根の方が先なのが当り前です。成長するにはまず、根っ子から水や養分を吸い上げなければいけないのです。たぶん、脳の発達に、豊かなスキンシップの体験(=栄養)が必要なんだと思う。また、学習上、レスポンス・タイム(応答時間)がとても重要になる。赤ちゃんにとって「泣いて救難信号を出す」のと「それにどう応えてもらえるのか」は対になってる。すなわち、赤ちゃんの泣き声を補足すると、「ここは救難信号に必ず応えてくれる安全なトコ?/それとも無視する危険なトコ?」と訳せる。反応が早く心地よければ前者(=幸福感)、悪ければ後者(=絶望感)として学習する。そして、『さーどっち?どっちどっち?』と問うように泣いている。このとき、すかさずしっかりと対応してもらえると、それが栄養になる。それをたっぷりと吸収して豊かな(=他人を信じ、自分を信じる)芽を出し、しなやかに育っていく。・・・とブリキには想える。だから抱っこしてほしい。特に赤ちゃんが救難信号を出し、助けを求めたときに。もし、手が放せず、すぐに抱っこできないときは、(ゼロ歳児でも)「ゴメンね~。ちょっと待っててね~。これが終わったら直ぐ行くからね。」と声を掛けてほしい。声がけも抱っこのうちだから。【蛇足1:ブリキの根っこ?】ブリキは小さい頃、十分に抱っこしてもらえず、実験のおサルさんのように安全毛布(ライナスの毛布)を手放せなかった。 UDF ウルトラディテールフィギュア No.458 PEANUTSシリーズ9 ライナス & ス... 1,230円 Amazon 安全毛布や偏食は、スキンシップが足りてないサインなので、子どもが大きくなっていても抱きしめてあげてほしい。ちなみに、ブリキは最近母から「あなたを育ててたとき、『スポック博士の育児書』の影響で、抱き癖を付けないように抱かなかったのよ。泣くのを無視するのも辛いのよね~。」と明かされた・・・。≪えーーーっ。そっ、そんな理由・・・。≫ブリキにとってこの問題(=アダルトチルドレン、愛着障害)はとても深刻で、一生掛けて解こうとしているのだが、呪いを掛ける側はこんな調子だったのかと拍子抜けした。≪・・・これが大人と赤ちゃんの差だ。・・・ざっ、残酷すぎる。・・・≫ここで、≪大人たちの強大な力が悪い方へ働いてしまうのは「無知」だから。≫だと思う。皇帝にも母にも悪気はなかった。ちなみに、皇帝は単に「人類が誕生したときに何語(ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語・・・)を話すのか知りたかっただけ」という。ブリキの母も子どもに良かれと思っていた。・・・だから、「無知のままではマズいでしょ。」と思う。【蛇足2:おっぱいで学習】人間の授乳が頻回な理由について、以前おっぱいセンサーのためと言った。今回の記事を書く中で、もう一つ別な理由に気づいた。脳の仕組みとして学習には沢山のデータ(ビックデータ)が必要になる。授乳間隔を1時間半として1日16回、1年間で4840回にもなる。一方、睡眠(←学習に必要なプロセス)の1サイクルに要する時間は1時間半と言われる。つまり、これ以上は短縮できない。こうして見ると、学習に必要なデータ数を最短で獲得できるように授乳(=さーどっち問答)をギリギリまで頻回にして、一刻も早くこの社会性を学ぼうとしているように思える。

  • 10Mar
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      寝不足ニモマケズ、夜泣きニモマケズ

      <イラスト:麦さん / Illust AC>【嵐のような夜泣き】出産からひと月ほど経ち、授乳にも慣れてきたころ、次の嵐がやってくる。おっぱいをあげても、オムツを替えても、どういうわけか赤ちゃんは泣き止まず、むずかる。親の心子知らずで、お母さんは困るばかりだ。出産からずーっと慣れないことが続き、そのうえ授乳による寝不足でクタクタになっている処へこんな嵐がやってくると、お母さんも「も~、いい加減にして!」と苛立ってしまう。もし、目の前で夫がのほほーんとしていようものなら、ただでは済まされない・・・。そんな「夜泣き」や「疳(かん)の虫」と呼ばれる、嵐のような時期について考察する。【どーして泣くの?】なぜ、赤ちゃんは一見意味もなく泣き続けるのか?少し話が逸れるが、ブリキが出産に立ち合ったとき、わけあって上手く産声を上げられず、赤ちゃんの体温が下がりヒヤリとする場面があった。つまり、赤ちゃんにとって産声は、呼吸による全身運動になっていて、体温を維持する(上げる)役目があるわけだ。だから、産科の先生方は、生まれたばかりの赤ちゃんが産声を上げないとわざと刺激を与え、大きな声で泣き出すように仕向ける。(「立ち合ってみた」で「出産は呼吸だ!」と述べた。それにはこの産声も含まれる。また生きるとは息をすることとも言う。ただし、今回は「呼吸」ではなく、「泣く」の方に注目する。)このように赤ちゃんが泣く理由は、お腹が空いたり、お尻が気持ち悪かったりするだけではない。このとき、生まれ出た瞬間から、自分の力で息(呼吸)をし、体温を維持しなければ生きていけない。だから懸命に泣く。また、それまで温かい羊水に包まれ守られていた優しい世界から、肌寒く個として切り離された厳しい世界へ出て来たことに驚き、戸惑っているのかもしれない。その大変さを思えば、全力で泣くのも分かる気がする。【赤ちゃんの取り組み】1歳になる頃、赤ちゃんは目覚ましく成長する。例えば、おしゃべりができるようになったり、立ったり、歩いたりできるようになってくる。でも、いきなりそうした事ができるようになるわけじゃない。音や光に反応したり、首や腰が据わったり、足をバタバタしたり、寝返りできるようになったり、手で物をつかんだり、お座りしたり、ハイハイしたり・・・と、ちょっとずつ、一つずつできることが増え、それらが積み重なり、やがておしゃべりや立ったり、歩いたりできるようになる。ここで、赤ちゃんになったつもりで、その内面で起きていることを想像してみる。(子の心親知らずかもしれないので)生まれて間もなくは、まどろむような幸せの世界の中にいる。そこへ音の感覚が芽生えてくる。ふとガヤガヤとした音が聞こえていることに気づく。最初はその音の聞こえてくる方向が変化することに気づく。やがて遠近感にも気づく。(お母さんの気配(音)が遠くになると不安になる。)こんなふうに芽生えた感覚は、一旦気になり出すとしばらく頭から離れず、とても不快になる。(大人でも不慣れなコトはストレスになる。)このとき赤ちゃんの頭の中では、音や言葉の規則性(意味)をフル回転で学習している。しばらく経つと、なんとなく、そしてちょっとずつ意味が分かるようになってくる。それにつれて新しい世界が広がっていく。各機能は、赤ちゃんが効率よく学習できるように順番に発達する仕掛けになっていて、次から次へと新しい感覚が芽生えていく。その度に、難しい教科を教わるときのように、モヤモヤとしたイヤな感覚(違和感)が押し寄せてくる。【頑張りを表すバロメーター】今までできなかったことが、しばらく時が経つと、できるようになる。その間には、ちょっと大変なコト(=学習)に取り組む必要がある。単に時間をやり過ごしただけでは、この「できるようになる」という変化(=成長)は訪れない。「夜泣き」や「疳の虫」は、赤ちゃんがまさにそれらに取り組んでいるコトを示すバロメーター(計器)になっている。(まだ、話しのできない赤ちゃんが発するこの泣き声を言葉にするとしたら、「ボク今ものすごいコトに取り組んでいるよ。だから応援してね。ちゃんと見守っていてね。」と翻訳できるだろうか。)すると嵐に思えていた「夜泣き」が始まったとき、親は、反対にドキドキ、ワクワクしてくる。「おっ。また始まったな。今度は何に取り組んでいるのかな? これを乗り越えると、今度は何ができるようになるのかな?」と楽しみになる。しかも、それが1、2日でおさまらず、1、2週間も長引くと、「お~っ。一体どんな凄いことに取り組んでいるんだろう? 何ができるようになるんだろう?」と期待も大きくなる。そんなふうにこのバロメータを眺めつつ赤ちゃんを見守っていると・・・、いつのまにか嵐は過ぎ去り、そのあとで「お~っ!」と驚くことになる。と思う。【そういう者に、私は成りたい?】ここで紹介した内容は、次の本に気づかせてもらった。 0歳児の心の秘密がわかる本―赤ちゃんて、どうして泣きやんでくれないの? Amazon ただし、この本に書かれている具体的な説明(赤ちゃんの発達項目など)には、個人差が考慮されていないため注意が必要だ。ブリキの子どもたちの発達時期や順番とはだいぶ異なっていた。その点を踏まえつつ参考にしてほしい。クタクタになって子育てしているお母さんやお父さんにとって、この嵐のような時期が、ワクワク、ドキドキの時期になればいいなぁ~と思う。

  • 17Feb
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      世界の中心で、おっぱいを叫ぶ ②

      【粉ミルクの凄さ】前回に続き、今回も母乳哺育について考察する・・・が、なぜか社会問題や世界平和の話になる。まずはじめに、「お母さんは、どうして母乳が不足してると心配し、粉ミルクで補おうとするのか?」について考える。一つ目の理由は、粉ミルクの場合は、哺乳瓶が透明なので飲む量や様子が目に見え、把握しやすい。一方、母乳の場合は、目視で確認できず、(最初のうちは)ちゃんと飲ませられている!と、実感(確信)できないから。このとき、まだ産院に居れば、乳児用の体重計で授乳前後の体重を測り、その差分を計算して赤ちゃんが飲んだ母乳の量を確認することができる。・・・そうまでしなければ把握できない。二つ目の理由は、粉ミルクだと3時間程(説明のために数字を書いた。無論個人差等があるので、あまり気にしないで欲しい。)は眠るのに、母乳だと半分の1時間半程で目を覚ましてしまうから。この泣き出す間隔の差は、母乳と粉ミルクの分量ではなく、消化吸収速度の差によって起きている。でも、そうとは知らず、母乳の量(=出)が足りてないと勘違いしてしまう。(粉ミルクは、腹持ちをよくするため、意図的に消化に時間がかかるように調整されているのだろう。その方が便利だから。)なお、お母さんにとってこの差は大きい。先の例で一日の授乳回数を計算すると、母乳が16回、粉ミルクが8回になる。仮にお母さんの睡眠時間を6時間とすると、その間に1、2回起こされるのと、3、4回起こされるのではシンドさが違うだろう。しかも、それが1年間も続く。(いずれにしても大変な作業だ。)粉ミルクであれば夫と分担できるが、母乳はお母さんにしかできない。お母さんは、当然寝不足になり、まるで裸族のよう(身支度に限らず、赤ちゃん以外のことに構ってられない原始的な生活)になる。核家族で、共働きで、夫は仕事に忙しく、毎日時間に追われている都市型の生活の中で、粉ミルクを使わず母乳だけで育てるなんて、もはやミッション・インポッシブル(無茶で無謀な任務)に思えてくる。【人間を形作っているもの】でもここで、もう一度前回紹介した「おっぱいの凄さとその意味」を思い出して欲しい。「人間は、何のためにこれほど頻回に授乳するのか?」と。(一日の授乳回数にドン引きしたかもしれないので少し補足する。授乳回数は、たった2週間で延べ200回を超える。不慣れな母子でもすぐに慣れ上手くなる。数か月後、妻は眠りながら授乳できるようになっていた。それも頻回のおかげだろう。)また、前回触れた、お母さんや赤ちゃんの目、鼻、口、乳房、腕の話も思い出して欲しい。これら人間を形作るパーツがどのようにデザインされているか考えたとき、「授乳」という行為がとても重視されていると気づく。(ちなみに、ドラえもんのようなデザインにも意味がある。「まだ一人では何もできないよ。だから目を離さないでね。」だ。親はまんまとその術中にハマる。≪機能美だなぁ~≫と感心する。)これらの意味は、現代人が重要視している忙しさや便利さよりも、軽いコトなのだろうか?【見直すべきは・・・?】粉ミルクが今日のように広く(健康なお母さんたちにまで)利用されるようになったのは最近のコト。二度の世界大戦後、女性の社会参加や経済発展が助長されるようになってからだろう。ここでブリキは、≪今の社会に合わせて、人間(育児)のスタイルを変えるのではなく、人間(育児)に合わせて、社会のスタイルを変えるべきでは?≫と思う。「社会を変える?」と思うかも知れないが、今の社会の仕組みは、既に100年も前(植民地主義の終わり頃)から限界にきていて、ずっと見直しが求められている。少し唐突だが、本を引用してそんな議論があるのを紹介する。 資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書) 799円 Amazon もはや利潤をあげる空間がないところで無理やり利潤を追求すれば、そのしわ寄せは格差や貧困という形をとって弱者に集中します。・・・ 本来ならば、「地理的・物的空間」での利潤低下に直面した一九七〇年代半ばの段階で、先進各国は資本主義に代わる新たなシステムを模索すべきでした。しかし、アメリカは、近代システムに代わる新たなシステムを構築するのではなく、別の「空間」を生み出すことで資本主義の延命を図りました。という。ちなみに別な空間とは金融やITを指す。そして、この延命によって今も格差が拡大しているという。また、『もしドラ』で知られるピーター・ドラッカー氏の考えをまとめた「ドラッカー マネジメント(NHK「100分de名著」ブックス)」では、 資本主義にも社会主義にも希望を見出せなくなったヨーロッパの人々は、自分たちを幸せに導いてくれる次なる「イズム」見つけあぐねていました。 そんなときに登場したのが、ヒトラーが提唱する国家社会主義だったのです。・・・当時用意されていた「脱経済至上主義」といえば、国家社会主義という名の「ファシズム全体主義」しかなかった。・・・ 今は資本主義社会から新しい社会への移行の時期・・・という。つまり、社会は変えられる・・・というより、変えなくてはならないと言っている。【世界の中心で、おっぱいを叫ぶ】おっぱいから社会問題や世界平和の話をするなんて、飛躍しすぎだと思うかもしれない。でも、「人間は哺乳動物なんだ。」と思い出だせば、「母乳哺育は人間の根本なんだ。」と腑に落ちないだろうか。そして「人類はそんなことも忘れてしまって、便利さばかりを追い求めていて、いったい何処へ向かっているんだろう?」と疑問に思わないだろうか。ここで進むべき道を間違えれば、人類はまた大きな過ちを繰り返してしまうかもしれないし、正しい道へ踏み出せれば、人類は新しい社会を手に入れられるかもしれない・・・。桶谷そとみ先生の教え(人間が人間であるために必要なこと)は、その根本原理なんだと思う。だから、世界中の人たちに向けて、「もっと先生のコトやその教えを知ってください。」と叫びたい。まずは、「先生の話が、小学校の教科書に載ったらいいなぁ~、また朝ドラになったらいいなぁ~」と呟いてみる。

  • 29Jan
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      世界の中心で、おっぱいを叫ぶ ①

      【不思議の国の子育て】人と関わるのが苦手なブリキにとって、赤ちゃんを相手にする子育てはとても刺激的だ。たとえば、生まれて間もない赤ちゃんを座布団の上に寝かせてみる。すると体全体が座布団からはみ出さず、すっぽりと納まる。≪へ~小さいなぁ。≫となる。ふと見ると、万歳する手の先が耳の辺りまでしか届いていない。≪ん? この子は自分の手で頭のてっぺんを触れないのか?・・・何コレ?・・・ドラえもん?≫となる。日常では考えられない光景が、目の前でスヤスヤと寝息を立てつつ現れる。まるで不思議の国のようだ。なかでも「母乳哺育・おっぱい」の話は、本当にびっくりするコトばかりだった。その不思議な仕組みを知れば知るほど、母乳哺育がとても大切なコトだと気づかされる。【おっぱいの凄さ】「母乳で育てたいけどおっぱいが出ない」という方、あるいは心配な方には、助産師桶谷そとみ先生(1913-2004)の教えが参考になる。そのさわり部分を紹介する。先ず母乳は粉ミルクと違い、赤ちゃん一人一人に、きめ細かに調整されたスペシャルドリンクになっている。大きな枠から見ると、母乳は、動物の種類毎に成分が異なる。例えば、アザラシなどの寒冷地に住む動物の母乳には、寒さに耐えられるように脂肪分が多く含まれている。では、人間の母乳の特徴は何か?・・・その答えは、赤ちゃんの脳(=神経組織)の発達にあるハズ。また、同じ人間といっても、個人(母子)毎でも成分が異なる。仮に授乳室に居合わせた母子を交換しても、簡単には母乳を与えられない。さらに、同じ母子でも、時によって成分が変わる。母乳に含まれる脂肪は、赤ちゃんが成長するにつれて徐々に薄くなる。そればかりか一日の中では朝から夜になるにつれて薄くなり、一回の授乳の中では飲み始めから終わりにかけて濃くなるという。≪秀吉を感服させた三献茶どころではない。≫極めつけは、赤ちゃんが風邪等にかかると、母体で抗体を作り、母乳に混ぜて与えるという。つまり、薬の役割まである!《しかも処方薬だ。想像を越えている・・・。》おまけに、母体にもメリットがある。たとえば、産後の子宮の回復、授乳中のリラックス、ダイエットや美肌の効果、そして将来の女性特有のがんのリスクを低減するなど様々な病気から守ってくれるらしい。先生はこれらの仕組みやメリットを「母子一体性の理念」と呼び、提唱された。(おっぱいも凄いが、気づかれた先生も凄い!)【おっぱいセンサー】薬の機能があると言ったが、どうしてそんなことができるのか?おっぱいには、赤ちゃんの健康状態を監視するセンサーが付いてる。≪これは元々母体自身の健康を維持するための「病原菌の侵入を検知する仕組み」が、乳首の周りに配され、赤ちゃんのだ液を監視しているのだろう。ブリキはこれをおっぱいセンサーと呼ぶ。≫赤ちゃんはおっぱいを飲むとき、ヨダレやハナを垂らしながら乳首に吸いつく。もし赤ちゃんが病気に掛かっていれば、おっぱいセンサーが病原菌を検知し、急いで抗体を生成し、母乳に含ませ、赤ちゃんに与えられるようになってる。(授乳間隔が短く、頻回なのはこのためだろう。)≪つまり、お母さんが気づかないうちに、おっぱいはフル回転して働いてる。まるで「小人の靴屋」の小人のように。おっぱいが「第二の胎盤」と言われるのもうなずける。≫誤解を恐れずに言うと、この時点で赤ちゃんを育てているのは「お母さん」じゃなく、「胎盤」や「おっぱい」という小人たちだと思う。また、人間のおっぱいが(腹ではなく)胸にあるのにも理由がある。抱っこして授乳するとき、お母さんと赤ちゃんの顔が向かい合い、ちょうど見つめ合える。≪この辺りから(小人たちではなく)お母さんの出番になると思う。≫そして、赤ちゃんにとっては、指先よりも口の方が発達していて最も敏感なセンサーになっている。だから何でも口に入れて、身の回りのモノを探ろうとする。その最も敏感なセンサー同士を触れ合わせて、ダイレクトに、かつ濃密にコミュニケーションを取り合っている。【小人たちに任せる】先生は、おっぱいが出なくなる原因についても明らかにされている。まず、お母さんが「母乳の出が悪い」と心配して、ミルクで補おうとする。ミルクを与えるとき、おっぱいセンサーは赤ちゃんに触れることができない。するとおっぱいは、「もはや赤ちゃんは母乳を必要としていないな!」と勘違いし、母乳を作らないよう調整する。後は、この繰り返しで、ミルクで補えば補うほど、母乳は出なくなる。という仕掛けになっている。これを避けるためには、ただおっぱい(の小人)を信じ、任せるだけでいい。(ちなみに、妊娠中も第一の胎盤という小人に任せてたでしょ?)つまり、母乳哺育で重要なのは、おっぱいセンサーと赤ちゃんの口を触れ合わせ、大切なコミュニケーションを邪魔してはいけないということだ。ちなみに靴屋の小人は、職人よりも靴造りが上手い。それでは職人の立場がないと思うかもしれない。でも実は、小人は職人よりずっと長生きで経験豊かなんだと思う。そして、「胎盤」や「おっぱい」も同じレベルの妖精たちで、お母さん一人の知識や経験をはるかに超えた存在なんだと思う。だから、お母さんがするべきことは、赤ちゃんが求めたときに抱っこしてあげること。そして、おっぱいを口にくわえさせてあげることだと思う。(あと、妊娠中と同様、食事に気を付けること。)【子育てを楽しむガイド】ここで紹介した内容は、先生方の教えのほんの一部に過ぎない。興味を持った方は、ぜひ次の本を読んでみて欲しい。桶谷式 母乳ですくすく育てる本Amazon(アマゾン)1,650円この本は、まるでテーマパークのガイドブックのようだ。「子育て」を何倍も楽しむガイドブックだ。特に月齢が低いときほど赤ちゃんの変化が速く、見逃せない場面が続く。こうしたガイドで下調べしておかないと、その場面を見逃してしまうかもしれない。(残念ながら、その瞬間には二度と出会えない。)この本の「退院から1カ月の過ごし方」や「月齢別 赤ちゃんの成長」の項にはそんな時期の様子が詳細に載っている。読むだけでも楽しく、幸せな気持ちになれる。 (②へつづく)

  • 06Jan
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      アスペルガーの夫が、妻の出産に立ち合ってみた ②

      <イラスト:麦さん / Illust AC>【出産が面白い?】前回は、出産中の妻(母親)の想いがスゴいと書いた。 今回は、立ち合いによる気づきから、もう一つの隠れた想いをサルベージする。陣痛が起きたときの状況から振り返る。妻:「痛いっ、痛いっ、痛いっ~~~・・・んっ・・・。」心音:「ドグドグドグドグドグドグッ」ブリキ:「赤ちゃんに酸素をあげよう。深呼吸しよう。」妻:「ス~~ッ、ハ~~ッ」心音:「トクン、トクン、トクン」ブリキ:≪お~、面白っ!》と、ブリキの中で好奇心の玉が未知のゾーンへと転がっていく・・・。 たぶん何がどう面白いのか、さっぱり伝わっていないと思うので、順にひも解いていく。【アンビリカルケーブル】『未来少年コナン』(宮崎駿監督, NHK)に、送気式潜水の場面が出てくる。送気式潜水とは、潜水服と地上とが空気供給用のチューブ(命綱でもある?)で結ばれていて、地上でポンプを漕いで潜水士へ酸素を送る方式のコトだ。このチューブは臍の緒に由来するアンビリカルケーブルと呼ばれる。ちなみに『新世紀エヴァンゲリオン』(庵野秀明監督, テレビ東京)の外部電源ケーブルはこのオマージュだと思う。 未来少年コナン Blu-rayメモリアルボックス 24,192円 Amazon 名前の由来のとおり妊娠中の母子の関係とこの潜水の仕組みはよく似ている。地上のポンプを止めれば、当然酸素供給が断たれ、潜水士は息が苦しくなり危険な状態に陥る。目の前の妻の姿と赤ちゃんの心音から、赤ちゃんの置かれている状態がアタマの中でありありと浮ぶ。【真打ち登場!】そして、陣痛と、母親のイキみと、赤ちゃんの心音の変化とが、『同時』に起きていることに驚く?!てっきり、臍の緒の中身は、(酸素も含む)栄養補給用ゼリーみたいな感じだと思っていた。まさか母親が息を止めた瞬間に胎児への酸素供給が断たれるとは思っていなかった。この驚きに端を発して、アタマの中でピタゴラ装置みたいに玉が転がって行く。こんな感じで、≪(1)胎児と母親(母体)の呼吸は、完全にシンクロしているんだ。(2)もしかすると、陣痛のトリガーを引いているのは、母親じゃなくて、赤ちゃんの方かもしれない。(3)だとしたら、母親は、赤ちゃんの活動を助けるために陣痛(収縮活動)を起こしているんだ。(4)つまり、出産は、母親が産むと言うより、赤ちゃんが自ら生まれる行為なんだ。(・・・この世界に出たいという、あの母親よりも強い想いがあった! この渦の中心を見つけた!)(5)であれば、赤ちゃんが一番酸素を必要とするのは、懸命に生まれ出ようとするタイミングだ。つまり陣痛のときだ。(6)このとき、母体から、酸素を貰えれば支援(勇気づけ)になるが、酸素を止められれば妨害(勇気くずし)になるだろう。(7)だから、本の中であんなに分娩時の母親の呼吸(イキんで止めないコト)が強調されてたんだ。(8)だから、仮に出産の途中で胎児が疲れて眠ってしまうと、出産も休止せざるを得ないんだ。(9)支援の関係は、夫→妻(母親)→赤ちゃん、になってるんだ。(・・・その後の子育てにも通じる。)≫と一気にいろんなことが分かり腑に落ちてきて、思わず《面白っ!》となったわけだ。【そうと分かれば・・・】このときのルーティーンを整理する。①赤ちゃんが生まれ出ようとアクションを起こす。②それを支援するために陣痛(子宮の収縮)が起きる。③母親が痛みに伴いイキむ(息を止める)。④赤ちゃんに酸素が供給されなくなり、心音が苦しそうに鳴る。⑤すかさず「赤ちゃんに酸素をあげよう!」と声をかける。⑥母親(母体)に酸素が供給されて楽になる。⑦赤ちゃんにも酸素が供給されて楽になる。⑧二人が楽になったのを見て嬉しくなる。これを陣痛の度に繰り返す。周りから見るとブリキのやっているコトは何も変わらない。でも、内面ではまったく違う。声をかけている相手が1人から2人に変化している。 生まれる前からすでに家族になっている。生まれるところからすでに家族の共同作業が始まっている。《ん?! コレって共感?・・・》途中陣痛室から分娩室へ移る。母子の状態をモニタリングする装置が外される(機械さん、ありがとう)。でもルーティーンは変わらない。さらに陣痛の間隔が短くなり、ほどなく無事に出産/誕生することができた。【夫が立ち合い出産でできること】立ち合い出産で、夫にしかできないことがあると思う。 陣痛のとき、妊婦さんが独りで息をコントロールすのは難しいと思う。また、夫とお医者さんの立場・役割はまったく違う。一方、夫にとっても立ち合い出産は貴重な機会だと思う。 産科医でもなければ、夫が出産に立ち合えるチャンスは一生に1、2回あるかないか。仮に希望しても運がなければ実現しない。これらの体験は、その後の子育てや生き方にも大きく影響すると思う。多くの方々が、立ち合い出産で素晴らしい体験ができたらいいなと思う。そしてみんなが安全に、そして幸せな誕生・出産を迎えられたらいいなと願う。