おととい見た夢    (想いだしたので書きとめておく。)  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

ネットの☂ネタ:今年の動画大賞? 参加中

    
    
喫煙によって死ぬ脳細胞の数を気にしてると 
つい想い出すのが20年前の 
ピート・ハミル の同時通訳によるラジオ・インタヴューの応えなんだけど 
やっぱ、その命その命、年齢と肉体の老化の誤差
脳細胞に流れる血液や酸素の供給 ってもんも 
いま生きていて自分次第 で どうにでもなる…と想う。 
潜在能力や魂に備えられた階級、役割分担、係のちがい、自分の能力 ってもんは 
他人の言葉や考察とか世間の情報の一部が何か参考になったとしても 
それに左右されて生きることは、そこで本来の成長を止めてしまうので 
ピート・ハミルはピート・ハミル 。俺は俺。あなたはあなた。
この時代に生きている人間が生きている人間に対して励ます言葉の究極は 
たとえば、U2のギタリストのエッジさんのように 
 
 自分らしくいてください。どんなことが起っても… 。」 
 
という、そういうことで いいとおもう。
 
いや、あのね、1987年から88年にかけて 
これから世の中どうなるのか?
という大勢の人間が胸に抱いていた不安が、今よりもまだ軽かった時期。
俺は とにかくカネがなくって、U2の『THE JOSHUA TREE 』という、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AA%E3%83%BC
その手の音楽業界ではロック史上の傑作アルバムとされた一枚のCDが 
どうしても欲しくても買えなかったの。
んで、最近になって、それが、スーパー・デラックス・エディションとしてDVD付きで 
    
 ヨシュア・トゥリー~スーパー・デラックス・エディション(初回限定盤)(DVD付)/U2
    
 ¥4,930 Amazon.co.jp 
    
しかも、つい昨日までは限定販売や再発未定になってた当時の
数々のシングル盤CDプレス用(等)のボーナス曲が14曲入りのDisk2でBOXセットになってて 
(1985年『SUN CITYの、キースとロニーのコラボレイト による“ Silver & Gold ”もバッチリ高音質です!) 
定価で¥5,800だったけどカード払いで買ってみたTATSUYA で。
もっともU2のアルバムやシングルCDは既に、ほぼぜんぶを持ってるんだけど 
なんだかねぇ、コレクターの趣味というより 
俺のこの20年の人生。その幾つかの断片が、その3枚組 にダブるもんがあってな。
して、改めて聴きなおしてみると 
やっぱ、ハンパでわない!  
日本語解説書のライナーには、メンバーやプロデューサーほか
このアルバムの製作に携わったメンツの最近のコメントもあって 
「あの頃はヨカッタ。君も若かったの類いの、
U2結成当時から80年代前半のポピュラー・ノスタルジックに浸る感覚とは関係なく 
今の時代の人類において、ロックの基本形態の4人組の、U2というバンドはなんなのか ? 
そういう現在のU2 というバンドの基本姿勢 が、このBOXセット には凝縮されている。
まぁ機会あるとき、チャンスあるときは、ぜひ一度、聴いて観てみて。 チャンスがない奴は どうする  
つーか、アメーバブログでU2 について書いてる人って あんまりいないみてぇなんだけど 
この地球上には こんな場所 もあるのに 
最近の人類ってのは、どうも自分という人間が生かされている場所を 来たぞ来たぞ 
自分自身の精神と共に汚して破壊する方向へ偏ること はできても 
己の肉体と精神のバランスを地球に生息することが可能な人類として整えること ができねぇんだよな。
    
日頃から そういうこと ばっか考えて 生きてたりすると 
ときどきおかしな視たりもする
    
    おとといの朝だった。
    
    今はもう想い出せもしないシーンから切り替わって 
    どうしたことか? 
    この地球上で、いま自分が住んでいる場所
が 
    みるみると海の中へ水没してゆく。 
    水位の上昇。地球温暖化の末期か? 
    それとも、ある一定期間における自然界の整理整頓
の途中経過か? 
    大勢の人々が怯え、慌てふためき、大いなる自然界の変貌 に慄いて 

    逃げ惑い、ある者は船着場までの道を車で飛ばしながらも潮の渦へ呑み混まれ  
    ある者は踏み倒された身体の上を乗り越えて 、そこに生き延びようと足掻き  
    最早、今まで通りには生きられない事実を簡単に受け入れる術もない。
    ところが、俺の家は山の高台にある。
    もう無駄かも知れないけど、残された者に選出されるかどうかも 
    この瞬間を人間として生きる己次第か? 
    家族を連れて家のある山道を登る。 
    ふと、後ろを振り向くと、スグ目の前には凄まじい勢いで
    北から南へ、東から西へ、移動する海流。
    その流れに、着の身 着のまま、人間の姿。
    海の波間にヒトが流される波。
    ただただ激流に委ね、行過ぎるままの、たくさんの遺体もあれば、
    倒壊した建物の戸板や、浮力ある四角く厚い青い物体の上へ乗って 
    食料もなく、暗闇の海が訪れる前に灯りの用意もなく、他へ逃げる場所もなく 
    どこへ流されるかも解らないまま、太陽の没む方角へ… 
    手を差し伸べても無駄だ。男も、女こどもも、老人も、障害ある者や怪我人も 
    最早、彼等には何も聞こえはしない
    とうとう この日が来てしまったのだ! 
    俺たちは山を昇る

    前を見て走る途中、山道の向こう側、山の麓に象や虎などの動物の姿。
    象はサーカス
の衣装を身にまとい、ほかに馬や犬もいたか? 
    「このまま、あと数時間もしないうちに、すべてが海の中へ浸かるかもしれない」
    そんな想いを巡らせながら、自分の家の戸をあける。
    家の中には既に、生き延びようとした他人が駆け込んでいた。
    裏口を見ると、さきほどの象や熊…。その動物たちも庭先を目指し、戸口の前にいた。 
    風呂場には既に縞馬があがりこんで浴槽の水を飲もうとしていた。
    白い虎が家の中へ入ろうとする。 
    珍しがる近所の子供たち。
    「おい、戸を〆ておけよ!」 
    
    そこで眼が醒めた。
    既に夜は明けていた。

    
    
    
    
       Where the streets have no name   
    
       where the streets have no name