Dreams Comes Trues,  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

嘘のような話だけど、
かつて俺は、
「世の中のすべてのことが解る」
という人の下で働いていた。
人の世では、かつての中村天風さんのような人も
そういう部類だったのかも知れないが、
その人は特に、“人間と自然界について”のすべてを知っていた。
新興宗教の教祖連中が狸のように人を化かす時代、
年老いた政治家連中が自分達で撒いた種の後始末を拒む世の中で、
今想えば、
分相応に、選ばれた階級に位置すべき存在だったのかも知れないが、
欲はまったくなく、それ故、世間の末端にいる人々との付き合い、
心と心のつながりを重んじ、20世紀最期の年に消えてしまった命だった。
生前の本人 曰く、
「やりたいことやって、云いたいこと云って、堂々と生きて、
そういう人間やってるから、
死ぬのが恐いなんて思ったこともないし、
自然界が味方で、世界中の人がぜんぶ友達みたいなもんだから、
ちっとも“孤独”なんてないよ、オレは。
オレ、本当のことは本当に云うもん。
臭いものは臭いって。嫌なことは嫌だよって。
みんなは違うじゃない。
女房にも子供にも本当のことを本当に云えなくて、
職場でも家庭でも、自分が生きてる場所で雁字搦めになって。
それじゃあ、孤独じゃない…。」
それは、人柄というより、
人間として当り前の在り方を我々に見せていた姿だった。そして、
これからの困難な時代を
一人一人がどうやって生きて行けばいいのか?
それを教え、また一人でも多くの人に気づかせようと・・・・
ある意味では、そういう生き方の人だった。
 
 
   mind resolve : chapter 011 (前頁http://ameblo.jp/badlife/entry-10002850328.html のつづき)
 
   仮題: すべてを解る存在 ~ Dreams Comes Trues, Based on the truth.    2005-07-15 公開分より再編集
        
          
自然界に於ける人間の眠りと目覚め。その道理については、
初版『人間の設計図 』の100頁~105頁、
「人はなぜ眠るのか」「人はなぜ目覚めるのか」に詳細が記されている。
それによれば、人の手も足も、顔の筋肉も臓器も、
全身の筋肉が動くために必要な血液。
その血液を貯蔵している人間の肝臓は、
腎臓で瀘過された血液を蓄えてから心臓へ送る。
この出し入れのリズムは
日の出・日の入りによって司られているということだが、
人が、日の出と日没に従って眠る・目覚めるという所までは、
かつて米国で、アル・カポネも収容されていたという
アルカトラズ刑務所のD監房で実験された記録もあるという。
ただ、人が眠り、目覚めるまでの意識の中、
その間に観ている“夢”ということについては、
初版の『人間の設計図』では触れられていない。
以前、俺がそれについてを“創った側の人”に尋ねたことがある。
自分が寝ている時に観る夢をよく覚えていて、
その内容が自分でも異様に思えることと、     (http://ameblo.jp/badlife/entry-10002850328.html)
そうした夢を頻繁に観るのはなぜか? 
という質問に『自然と人間の設計図』の著者が応えてくれた。
 
 
「頻繁に夢を観るって…。
う~ん、俺はまず見ないんね。夢なんて、ちっとも。
…見ているんかも知れないけど覚えてないんね。
そんなことは。…そんなによく見るわけ? 
見てそれを覚えているわけ?」
「はい、オールカラーで。ほとんど毎日のように…」
「ええっ、カラーで? 色も付いてるの。ふ~ん。
…俺も見てみたいんね。カラーで」
「いやぁ、他の人も見てるもんだと思ってたんですけど。
色、ついてませんか? いつも」
「色なんて…だって見ないもん、夢なんて」
「先生、寝てて、夢、見ないんですか?」
「うん、見たことない。見ても覚えてらんないよ。普通なら」
「…ああ、普通は見ない…」
「いや、見ることもあるだろうけど、
そんなに頻繁には見ていないと思うよ。
…あのぉぅっ。それは、ものすごく肝臓に問題がある」
「カンゾウ…ですか?」
「うん、そのぉ、ねぇ。肝臓が悪いわけでもないんだけど、
その肝臓の仕事が悪い…。…全身の筋肉がまず、おかしいんね。
ものすごく疲れてるんですよ。その人は」
「誰? 俺…、自分の肝臓が?」
「肝臓だけじゃなくて、筋肉が。全身の筋肉が悪い」
「ああ、身体全体がぁ…。…じゃぁ、ぜんぶ悪いんだ俺は…」
「いや、いま云ったのは肝臓そのものだけじゃないよ。
筋肉だよ。よく聞いててみて。」
「はい」
「筋肉だよ、ぜんぶ、人間の体は。何で出来ていると云ったら、
それこそ筋肉だ。心臓も、肝臓も、どこも。
筋肉でしょ、見た目の部分ばかりだけじゃなく、全部が」
「ああ、全体の65パーセントが筋肉という意味で、ぜんぶが筋肉…」
「そうだよ。全体の65パーセントが筋肉…いつも自分でもそう云ってるじゃない。
“筋肉なんだ”って」
「はい」
「それで筋肉はなに? 血管でしょ、血液だよ。
ちゃんと血液が流れてるから動いていられるんでしょ。
生きているんでしょ。筋肉は…じゃなくて、人間は」
「はい」
「じゃぁ、その血液はどこにある? 肝臓だよ。
心臓よりも先に肝臓にあるんだよ。…もう肝臓なんて、ぜんぶ、
血管の塊みたいなもんだ。ぜんぶそこへ血液が蓄えられてある。
だから筋肉は肝臓の持分なんだよ。人間の肝臓というのは。…判るよねぇ」
「はい」
「判るでしょ。それで肝臓は物事を考える臓器だって、
前にも俺…、私、云ったことあるよねぇ」
「あ、はい。モノを考える臓器。人間の脳とは別に」
「うん、脳とは別に。肝臓が考えた事は胆嚢に命令が下されて、
胆嚢はそれを実行するために胆汁を分泌する。その関係。
その肝臓の持分が筋肉なんでしょ。
筋肉に血液がちゃんと流れていさえすれば、
力を入れた時以外は みんな柔らかいよ。筋肉は。
で、自分の場合は、どう? 硬いでしょ、筋肉が」
「あ、はい。普通の人に比べて身体は硬い方かも知れない。
牛肉で例えれば和牛じゃなくてアメリカ輸入牛肉に近いか…」
「なぁにぃ?」
「いや、硬いです。全体に」
「ね。硬いんですよ、この子の身体は…。
私なんか見てよ、ほら。
触ってみればいいじゃない、ほら」
と、着物の袖を捲って腕を出すので、ちょっと触ってみた。
「ああ、柔らかい」
「ねぇ、これが筋肉なん。血液はここ(からだ全体の筋肉の中の血管)へ
24秒間に一回転する速さでちゃんと回ってる。少しも滞りがない。
だから筋肉が柔らかい。死んだ人はみんな、硬く、冷たくなってる。
血液が流れてないから」
「・・・・」
「…だから大変なんですよ」
「?。死んだ人が?」
「何? 死んだ人? そうじゃなくて、この子の体…自分の体がだよ。
だってそうでしょ、考えたことがちっとも実行できてないじゃない。何もかも。
それは筋肉が硬いからだよ。自分でも判るでしょ」
「はい」
「それはいま云ったように、筋肉に血液がちゃんと回っていない。
で、肝臓という臓器。それは自然界の日の出、日の入り…。
朝、太陽が東の空に昇ってきた時から人間は足の方から血液が回ってきて、
その時に肝臓は心臓に(体が起きて動くために必要な量の)血液を送る。
心臓は肝臓から送られて来た血液を血管を通して全身の筋肉へ送る。
それで人間は目が覚めて起きていられる。夜になると血液はまた、
必要な量を回して)肝臓へ還ってくる。それほど肝臓という臓器は
常に血液を蓄えている。“肝は血を蔵す”っていう…。そして“五志五臓”。
臓器の中で肝臓は物事を考える臓器。
人間の顔にある眼と関係している。
だから “目は口ほどに物を云う”という言葉もそこから来た言葉なん。
そして肝臓は、いちばん丈夫な…例えば、
『この人、心臓が止ってしまって今ここで死んだよ』ということになっても、
肝臓だけは動いている。それほど強い、丈夫な臓器なん。肝臓という臓器は。
五臓の中では将軍の位を持っている。
ところが、朝になってもなかなか起きらんないという人、
筋肉に必要な燃料である血液が回ってこないという人というのは、
起きてからも午前中はボーッとしてる。午後になって、
ようやく目が覚めて何とか動き出すことはできたとしても、
夜になると眠らんない。
そういう人は今いっぱいいますよ」
「筋肉が硬いと夢を観るんですか?」
「えぇ? 筋肉が硬いと夢を観るかって? 
そうでなくって、筋肉が硬いから肝臓に負担が掛かってるわけでしょ。常に。
血の巡りが悪いために。だから、
常日頃から考えたことも実行できなくて、頭の中が悶々としている。
眠ってる時もだよ。
なにかっ、こう常に考えている。物事は考えてはいるんだけど、
そのうちの実行できたかって云ったら何にも…
なんにもってこともないだろうけど、ほとんどが実行できてないじゃない。
それは身体が大変なんですよ。その人は…。この子もそうなん。
今これを聞いてみて、この話を聞いてみてどうなの? 自分は?」
「・・・・」(返す言葉がない
「…そういう人は、夢を見るでしょうし、見た夢を覚えてる…。
…覚えてるって、それは夢なんでしょ。
自分で眠っている時に見た夢なんでしょ」
「はい」
「だからそれは困ってるってことでもないんでしょうけど。
臓表【ぞうひょう】
今、この人の臓器のここに何か問題があるよってことを知らせてる。
それは目に見える体の表面に現れて出てくるもんばかりじゃなくって、
そういう“夢”にも表れてる」
「臓器の支障が?」
「うん。いや、臓器の支障ってこともないんだけど。
…だって肝臓だよ。さっき云った、
いま云ったように肝臓ほど強い臓器はないんだから、
肝臓そのものが悪いってことは有り得ない。
医学も肝臓だけを診て『肝臓が悪い』って言ってるみたいだけど、
臓器そのものが悪いってことはまずないんですよ、これは。
先天性なものは別としても、人間の創られ方というのはそうではない。
部品と部品の組み合わせではない。だから、
肝臓だけ、目だけ、どこか痛いという所だけを診ても
それは(その原因は)解らないし、治さんないん。
医学はだよ。私は・・・」
「筋肉は硬いけど、酒を飲むと柔らかくなるというか、
硬いのが取れてくるような感じもするんですけど…それは…」
「うん。だってそれは回るからでしょ。アルコールによって、血液が。
そうすると、その時は体が楽になってくるわけでしょ」
「あぁ、なるほど」
「だから、うんと酒が好きなん、この子は。…だよね」
「ああ、そうです。大好きです」
「それと甘い物」
「はい、チョコレートとか大好きです」
「私もそうなん。甘いものは大好き。沼田の俵最中たわらもなかなんて、
見たらもう、10個あれば10個、まるごと食べてもまだ……
10個たべて、やっと、
う~んなんか甘いもの食べたような気ぃするなぁ…って思うんですよ。
だからまた、その横に違う甘いモンあれば、
ドラ焼きだったらドラ焼きをまた食べる。
それは身体が要求するから・・・」
「そんなに食べて気持ち悪くならないんですか?」
「何が? ぜんぜん。気持ち悪いなんてこれっぽっちもない…あぁ、なんかぁ、
そんなこと云ってたら、なにか甘い物、食べたくなって来たんねぇ。
なんかなぁい?」
と、違う場所にいた秘書に催促していた。
「でも先生は筋肉が柔らかいのに何で体が要求して…
僕が酒が好きなのは判るんですけど、筋肉が硬いから…。先生は?」
「…うぅん、なんででしょうねぇー…」
と、事務所の台所で何か用意される音が気になり、
もう甘い物を喰わないと話しにならない様子だったので、
話は中断してしまった。しばらくして、
「…どうぞ、食べてみて」
と、俺が16歳の時から10年近くの知り合いでありながら、
わざわざ他人行儀にそう云いつつも、
目の前に出された饅頭を嬉しそうにほおばって、
いつものお茶を呑む姿があった。
「で、なんだっけ?」
「いや、その、筋肉が硬いから酒で回して楽になってるって…」
「うん。ああ、それね。で、どうなの? 今は?」
「はい、今は楽です」
「…ねぇ。私とこうして話シしてる時は楽なんですよね」
「はい」
「それは他のみんなもおんなじなんだけど、この子の場合は特にそうなん。
それは筋肉に必要な血液を回してくれるから。だから酒もそうですよ。
…それ以外はもぉ、ぜんぜん硬くって、話す言葉も考えてることも…」
「え、何がですか?(考えたことを実行できないでいる)頭がですか?」
「頭でなくって体が。からだ全体の筋肉が硬いわけでしょ。だから中身も堅い。
考え方もそう。落ち着きはないし、じっとしてらんない。
常に…こぉう、動いている。そうやって筋肉に血液を回してる。
じゃ、動いていればいい。ずうっと。
でもそういうわけにも行かなくなってくると、それをもっと、
どこかで回さなければ疲れてくる。筋肉が硬直してしまう。回らないから…。
そうすると甘い物も欲しくなるでしょうし、それだけじゃ効かなくなってくる。
それは肝臓が要求している。
五味五臓。肝臓は五臓の中でも甘い物を好む。
同じように酒も、筋肉が硬いから、
その硬い筋肉を監督している肝臓が要求するわけでしょ」
「あ、肝硬変っていうのも、それで酒を呑み過ぎてなっちゃうわけですか?」
「いや、あれはそればっかりじゃないんだけど。その人…そういう人は常に、
呑んでないといらんないわけでしょ。あれは。
あれはって、あの病名を付けられた人っていうのは…。」
「あ、はい。たぶん」
「あれは心の問題ですよ」
「心? 魂ですか?」
「何? 魂? そうではなくって、心が満たされないわけでしょ。常に。
呑んでいないと。…まぁ、考えたことを実行できなくって、
それはさっき云ったことと同じような処もあるかも知れないけど、
一人一人が違うんですよ」
「違う? 何が?」
「何がって、心がだよ。…だからその人に聞いてみる、
聞いてみなければ判らないし、治さんない。(標準語:治せない・の意)」
「でも、あの病気は一度なるとなかなか治らないまま、
結局は死んでしまうって聞いたんですけど」
「何が?」
「肝硬変が…」
「でもそれは病院の医者でしょ。医学が言ったわけでしょ。
そんなことないですよ。
治せますよ…って云うか、治りますよ、そんなものは…。
医学は治せないって云ってるかどうかは知らないけど、
本人に『お前、酒 やめれ』って言ってるわけでしょ、
医学、病院の先生は。
で、止められない人が死んでる。
簡単に云ってしまうと」
「はい」
「私は『やめれ』とは云わない。『どんどん呑め』って云う。
別に無理して薦めるわけじゃないけど、
その代わり、治るようにもって行くよ」
「治るように?」
「うん、だから本人とゆっくりお話をしてみて、
どこがどうなったのかをぜんぶ聞いてみて、
そこから治す。…治すって、本人がだよ。
医学はそんなことしないで、ただ肝臓なら肝臓、
胆嚢なら胆嚢だけを診て手術するわけでしょ」
「はい、黄疸が出たら薬を打つとか、まぁそういった…」
「で、その人は悪いのは肝臓ではなくって腎臓だよ」
「腎臓?」
「うん、さっきも云った、肝臓だけが悪いってことはない。
人間には肝臓独自の病気はない。医学では『ある』ってしてる。
目もおんなじ。目だけ、目独自の病気なんてない。どこにも。
肝臓が悪くなる前に腎臓。腎臓という臓器の仕事に問題がある。それは、
腎臓は血液を濾過している臓器。腰に背負ってる。
そのきれいに濾過されるはずの血液が、
そうではなくて汚れたまま肝臓に行ってしまう」
「掃除されないで?」
「うん、早い話がそう。掃除が終らんないまんま、
汚れた血液が腎臓から肝臓へ入って行って、
肝臓はドロドロに汚れてくる。それで、ガチガチに固まってしまって
最期には死ぬわけ…」
「じゃ、腎臓を治せば…」
「いや、なにも腎臓だけが悪いんじゃないよ。ぜんぶ繋がってる」
「あ、はい」
「腎臓は膀胱と表裏を成していて、膀胱の先は男女両性の性器がある。
また腎臓を背負っている場所。それは腰の筋肉、それから脚。
両足の小指からはじまって踵の所を通って、脹脛、膝の裏、太腿の裏、
腰、背中、肩、首の後ろ、目の瞼の処まで…
そういった流れを善くしないと、
それを視て判ってあげらんないと…」
「筋肉全体を…」。
「うん、そう。ぜんぶ筋肉だ。筋肉が悪いために人は病気になってる。
でも医学には“筋肉科”という科がない。…なければ作ればいいんだけど。
解らないわけでしょ、医学では。人間の体を、創られ方を…。
要するに、“肉体は心の容器”って云ったのも私だけなんだけど。今までいない。
私だけですよ。『筋肉科ないと駄目だ』って云っているのも…。
それで人間の体の(成人にしておよそ)全体の65パーセントが筋肉で出来ていて、
その容器を司るための心が、なんなのかだよ。これも医学では解らない。
それを私は、この子ならこの子のぜんぶを視て云っているわけだから…。」
「中に入ってるモノも?」
「うん、魂から何からぜんぶだよ」
「あ、見えない部分の中身まで、入ってる全部を…」
「そうだよ。全部だよ。…簡単だよ、そんなの…」
「…何が入ってるんですか?」
「ナニガって、そんなこと今ここで訊いて知ってみてどうするの?
何が入っているのかは本人に解らないように創ってあるのが人間だよ。
解ってしまったら大変だよ。生きた数…。
いま生きている人間の数より死んだ人間の数の方が多いんだから」
「はぁ」
「一度、死んだ者の魂も、三世を回って
再び今生へ出てくるまでには次に順番があっても、それは、
受胎の瞬間に直属の先祖霊五千人が、この人ならこの人の中へ入ってくる。
もしそれが暴かれて…というか、もしも解ってしまったならば、
かつてこの人とこの人は、過去に於いて敵同士だったかも知れない。
殺しあった中だったかも知れない。それが出て来たとなると、
もう生きてはいらんないですよ。それほど人間の…」
「それは絶対に解らないことなんですか?」
と、よく話の途中で切り返すのは俺も含めて他の人にもある悪い癖だった。
   
「うん、絶対に解らない。解るようには創ってないもん、最初っから…」
「でも先生は解る?」
「…先生はワカルって、・・・・解るよ。」
「なんでですか?」
「…さぁて、なんでだろうねぇ」
「視えてくるんですか?」
「視エテクルって…う~ん。
別に視ようと思って視えてはないんね。そんなものは」
「視えてない」
「視えるけど、いちいち視てらんない。常に自然だ。
何も思っても考えてもないですよ、私は。
頭の中は いつも空っぽなん。
ただ相手がこぉ、云うことにだけ返してる。」
「返してる?」
「そう、質問すれば何でも出てくるん、この頭の中からは…」
「出てくる? 自然に?」
「そう、自然に出て来る。だから人間だけじゃないよ、すべての、
それこそ山に生えてる草一本でも、『これはなんだ?』
と言われれば応えられる。いつでも。」
「どんなことでも?」
「どんなことでも。…あのぉっ、他の人は、他の人というか、
例えば世の中の学者なら学者の、草でも木でも
植物を研究してるとかっていう博士なら博士、
そういう人達は、ただ一つの分野に的を搾って、
それを題材にして勉強しながら努力に努力を積み重ねているわけでしょ。
世の中の学者というもんはだよ。
俺はそんなことしないんね。
間違っても勉強なんてこれっぽっちもしない。
でも出てくるんですよ。不思議なんだけど、これが。
だからどんなにたくさん勉強した学者が集まって、
どんなにナニナニ博士号とかいう人達を目の前に並べてみても
ビクっともしないんですよ。
世の中の医学博士を千人、一万人でもいいよ、
ここへ目の前へ置いて『なんか言えることがあったら言ってみな』
というのが私なん」
「…それで実際にさっき云われた魂の仇同士の問題を、
あれを夢で観たというか観てしまった
ことがあるんですけど…それはぁ…」
「何を? 誰が?」
「いや自分が…」
「自分が視たの? 魂を?」
「いや、魂でなくて夢を観た話で…」
「ああ、夢ね。夢で見たわけね。夢の話の続きをしてたわけね。
…それで何を見たって?」
と、ここからは前述した例の“殺しあう夢”の内容 を打ち明けてみた。すると、
   
「…そういう夢なんだぁ。いつ頃?」
「もうだいぶ前、十代の後半だったか。ここへ来るちょっと前、
…二年くらい前かな。そうすると17の時だったか…」
「そう、それを、その見た夢をまだ覚えてるわけ?」
「あ、はい。気持ち悪いっていうか印象的な夢だったんで…」
「で、どうなの?」
「は?」
「どうなのって、その時の自分と今の自分では?
何か心境の変化でもあったの?」
「いやこれといって今はそんなに気にはしてないですけど、
それを観た時には、なんかゾッとして、
人とはあまり話ができなくなったような気もするけど。
夢なんでスグに切り替えて、夢だなって、
頭の中にしまっておいたというか…」
「だから夢なんでしょ、それは」
「はい」
「夢なんだけど、そういうことが “ある”って気がしたわけでしょ、そん時は?」
「…そうなのかな…あるんですか?」
「あるんですよ、あるんですよって云い方はおかしいかも知れないけど、
あるんですよね…このあとも…」
「ええっ!? あるんですか? そんな映画みたいな、
爪で人の喉を掻き切って追いかけまわるような殺し合いが? これから?」
「そうではなくって、そういう…魂の中に入っている解らないことが
部分的に視えて、判るようになってしまうっていうことが…」
「ああそういう意味の…。えっ、それは世の中の人達がですか?」
「うん、これから。…別に一人の人がここにいて、
それが目に視えて判ってそうなってくるということじゃないんだけど、
これからいっぱい出てくるっていう…、もう出てくるよ。
そんなに経たないうちに。スグだ。そういうことが…」
「世の中全体に? 社会の中にですか?」
「そう、『これは何なんだろう?』って人々が、みんなが思うような。
でもそれは誰がどう考えてみても解らないんですよ。絶対に。
だから解決されない、解決できないような問題が、もういっぱい出てくる」
「でも夢なんですよねぇ。僕が観たのは…」
「夢だよ。夢なんだけど観たじゃない、そういう夢を。だから知ってたじゃない。
ここへ来る、なん年も前から自分の中で。それは何なのか? 果たして
自分なのか、自分じゃなかったことなのか…。でも知ってたんでしょ、それを…」
「はぁ…」
「ハァって、自分の心でそう感じてたわけでしょ。その夢を観てみて」
「心で?」
「三世を回って、ここ自分の肉体に入った魂だよ。
過去も未来も現在も観て知ってるから、
ここ今生に生きていられるんですよ」
「でも観てはいけないっていうか、解ってはならないんですよねぇ」
「うん、そうなんだけど、
観てしまって視えてしまったことはしょうがないじゃない。
事実なんだから…」
「えっ? それは夢がですか?」 
「夢は夢でいいんですよ、夢なんだから、それは。
夢は誰でも見るし、覚えているのは
目が覚める寸前まで見ていた夢だということは、
多くの人が経験あるとは思うんだけど。夢と現実は別でしょ。
夢に出てきたことが、それがそのまま現実になったなんて、いないよ。
『いないよ』って、中には『いた』という人もいたかも知れないけど、
それは人間ではないですよ」
「人間じゃない?」
「うん、人間の格好をした…。そんなのどうだっていいことなんだけど。
…まぁそれは、八卦というか御伽噺の世界でしょ。
そういう人の言ってる内容にあることは、どれも。
それに巧く乗っかって、巧く乗っけられて騙されているのが
新興宗教だったかも知れないし、自分が霊能者だと言ってた人かも知れないし。
そういう絵に描いた餅みたいなことになってるわけでしょ、世間では

俺が云ってることはそうではなくって、
現実にあることがだよ。現実にあるそれが何なのかだよ。
今度、これから出て来て、みんなが悩み苦しむようになるという意味であって。

今までは、今までというか、つい最近までは、狐が人間に化けて…というか、
狐でも狸でもそういった動物の霊によって頭ん中、散々にされたような者が
人々をバカしてたわけでしょ、宗教による破壊も、すべてが。
これからは一人一人の頭がそうなって来るんですよ…」
「動物にやられちゃう訳ですか? 人間の頭が?」
「動物にヤラレチャウノカって、もぉ…。動物なんてもう死んでいないよ、
そんなものの霊は。どっかへ行ってるって、そんなのはもう。
とっくの昔に終った話だよ。世の中の新興宗教とか霊能者の言ってたことは。
始めっから嘘を並べてただけなんだから。それは判るでしょ」
「はい」
「だから今度は、いま云ってるのは、肉体が駄目になってそこに、
その中に居られなくなって、居ずらくなった魂が動き出す話だよ。
今度のこれは…。
別のモノが入って来て、それがその人を操ったような格好で
何か悪いことするようなことは、まだ少し続くかも知れないけど、
今度はもう、そればっかりじゃなくなるんですよ。
そうなるともう世の中は大変なことになるんですよ。…楽しみにしてるよ」
「誰が?」
「私なら私が…。…みんなが悩んで、苦しくて苦しくって、どうにもならなくって
自分ではもうどうすることもできない。医者も学者も宗教の教祖も政治家も、
みんなが、『もう解らないよ、お手上げだよ…』
ってなった時には、素直になって、
ここへ訊きに来ればいいんですよ。私の処へ。そうすると解るから。
私なら何でも答えられるから。応えられるし、治すもん、私は」
「…ああ。…それで、世の中は具体的にはどうなっちゃうんですか?」
「…まぁねぇ。ドウナッチャウカって云ってもそれは…。
まず、殺った人が何なのかだよ」
「ヤッタヒト?」
「うん、事件を起こして、それをやってしまった人がもう、大きな問題になる。
『なんでなんだろう? どうして、なんなのこれは…』というくらい、
世間が騒いで…それはもう大変な騒ぎになる。
報道から何から、もうメッチャクチャになって…」
「そんなに変ってしまうんですか? 世の中の人が?」
「うん、もうこれは、成ってみるまで誰にも想像はつかないって、
もぉそれくらい・・・」
「視えてくる訳ですか、先生には? そうした映像が?」
「うん。いや、視えてくるんではなくてねぇ。解るんですよ、視なくても。
視て、観ようとしてるんではなくって、だんだんそうなって来るのが解る。
…知ってるんですよね、既にもう。この頭が…」
「じゃあ、さっき云ってた話にあったように、
僕が以前に夢で観て既に知っていたということと同じように、
そういうことじゃ・・・」

「いや、それとは違うんね。
だって私は見ないもん、夢なんて。見ていても覚えてない」
「ああ、はい」
「それは筋肉が柔らかいから。
それに考えたことは必ず実行するし、やらないことは考えない。
だから私は夢なんて見たことない。そういうふうに創られている。
でも私は常に、こうしている時も気を出している。
それでいてちっとも、疲れるとか
『あぁ今日は疲れたなぁ』なんてない。
ないんだけど気は血液と一緒に回ってるから、常に、
頭の天辺から脚の爪先まで全身を24秒間で一回転する速さという、
規則正しく血液が回ってる。それは気と一緒に回ってる。
もうそれは一秒の狂いもなく、決められた通りに気血が回って、
常にこうしている(気を出している)。
だから、側にいる人も必ず、そうなって来るようになって動いてる。
人間には“静”ということはないんですよ。常に“動”だ。
それほど筋肉を使って生きている。
だから肝臓は甘い物を欲しくなるし、どんなに食べても直ぐに、
常に回せるから、何ともない」
「ああ、それでモナカを10個食べても平気でいられる…」
「うん、平気だよ、そんなの。
…自分なんてなに、最中10個も食べられる元気もないじゃない」
「…別に10個は食べなくても…」
「10個は食べなくてもいいけど、
もし食べたとしても回さんないでしょ、この体では?」
「えぇ、まぁ…。その前に死にそうな気もするけど…」
「まぁ、それは云い過ぎかも知れないけど、一年中、硬くって。
考え方にしてみても、こぉ常に物事を堅く硬く考えていくわけでしょ。 
それがどうしてなのかだよ。
もうねぇ、とにかく硬いんですよ。
『豆腐の角へアタマぶつけて死んでしまえ!』
というくらい硬いん。」
「はい。…云われてみるとそうですね」
「ねぇ、この子は。ホンにそうなん。
それが時には いいときもあったかも知れないけど、
硬くて硬くて…。 
たとえば、何か一つのことをはじめるにも、
誰よりも考えて考えて、考え抜いてから、 
ぜんぶ最初から終わりまでの計画を立てないと気が済まないわけでしょ。
「…はい」
「それほど考えてしまうんですよ、この子の場合は。
それでその考えたことを途中で、『ああダメだ!』って判ると
そこで全部を投げ出してしまうんですよ。なにもかも。
どうしてそういうことをするん?」

「…。」
「普通の人は…普通の人って、世間一般の大勢の人は、 
そんなに物事を深く考えたりはしないよ。みんなは。」
「そうなんですか?」
「そうだよ。誰でも人は、考える前に先にやるん。
で、やってみてはじめて、何かにぶつかってみて、 
そこではじめて、考えてみるんですよ。世の中の人は。『ああ、どうしようかなぁ』って。
俺でもそうだよ。この私にしたって、
やってみるまでは分からんないん。何事も。
そんな、考えてらんないよ、普通は。
目の前に最中があったら考える前に食べるん!
食べてから考えるん! 人間ていうのは。
それをこの子の場合は、形にある物を見て、いろいろと考えるわけでしょ。 
それこそ、毒が入ってるのかも知れないというほど、そういうふうに思うわけでしょ。
そうしたらもう何も食べられないですよ。生きてらんない。
よく生きてられるんねぇー。私だったら生きてられないですよ。」
「…。」

「それはどうしてなのか。
自分でも考えてみて…考えなくてもいいけど、
今までの自分を思い出してみて、分かるでしょ。
いま私が云ったことの意味が」

「はい」
「それは、筋肉が硬いからでしょ。
そのために物事を深く深く追究して、
それでも納得できないのに、ずっと考えてるんですよ。いちねんじゅう。」
「やめられないわけですか?」
「え?」
「いや、そういう…、考えなくてもいいのに考えることが、この身体では?」 
「…だって、苦しいでしょ。その状態では。
考えてやってみても何一つ実行できなかったじゃない。今までの自分では。
どうしてそんな考えるん? 考えてみて何か解るんかい?」 (少々怒り気味な様子で)
「…。」 
「考えれば考えるほど自分が苦しくなるわけでしょ」 
「…。」
 
「それは一時も早く この身体に血液を回さないと。
でないと苦しいまんまですよ。」

「ええ? じゃぁ、血液が回って全身の筋肉が柔らかくなれば 
もう考えなくてもいいわけですか?」

「うん、そうだよ。
筋肉が硬いばっかりに考え方も堅いまんま、今日までずっと来たわけでしょ。
それで自分の体も思うようになれなくって、
考えたことも思ったことも実行できないでいる。
それは筋肉カタイからでしょ。
そうすると、本来ならば視えては困る、解らなくてもいいことが
出てくるかも知れない。
それと一緒ですよ。
世の中の、これから起こる様々に出てくることというのは…
それは世の中の教育によって破壊されたことなんだ。
何もこの子だけが、本人達だけが悪いばっかりじゃなくて、
教育が間違って来たから今日このようになってしまったの…。だから…、
ああ、もうこんな時間だ。帰んなきゃ…」
「・・・。」
   
「いま幾つになったの?」
「はい、今年で26です」(当時の年齢
「26デスって、そぉんな…。俺なんか67だよ、まだ。しかも現役だよ。
なのに26で今からそんな格好でどうする?」
「いや…」
しばらく間をおいて。
「……ねぇっ。でも今日はせっかく来たんだから、
明日、あさって(6月1日)からまたここへ来て、
今度こそ自分のために生きて、そうなって行けるようになるんだから、
体も治してね。元気にならなくちゃだよ。
元気なんだけど…もうちょっとね。
俺…、私、今日はちょっと用事があるから先に帰るけど。ごめんねぇ。
…だから筋肉が硬いなんて云ってらんないよ、もう。
最中、10個食べられるようになって…
…じゃぁねぇ。」
   
と、はんぶん冗談を云いながら、その日は先に帰って行った。
そんなふうに話を切り上げられたあとだったが、
その前の時間に気を補う指導も受けていたので、
俺はその日、安心して眠ることができた。
 
 
初版『人間の設計図 』の原稿が出来あがったのは、
それから約一年後のことだった。
 
 
 
 
                           以上の内容の一部は、西暦1992年5月の録音テープより。