おいしい銀杏も「ほどほど」がいい
こんにちは。橋本です。
秋になると食べたくなるもののひとつが銀杏 (ぎんなん)。
これが茶碗蒸しに入っていただかないと、なんだか物足りなく感じる、という方も多いのではないかと。
かくいう私も、地元の近く、愛知県祖父江町(そぶえちょう:今の稲沢市)が銀杏の名産地なので、秋になると毎年よく食べさせてもらっています。
もちもちした食感がおいしく、ついつい手が伸びてしまうんですよね。
しかし、この銀杏。
とくに子どもでは、「食べ過ぎ」に注意したほうがいい食べ物のひとつ。
なぜなら、場合によっては中毒をおこすことが知られている からです。
秋の食卓をいろどる宝石
「銀杏?……ああ、枝豆に似たようなやつね」
なんて、せっかくの風情そっちのけの人もいますが、たしかに混ぜご飯なんかに、まぎれていたら、枝豆と銀杏、どっちがどっちか、見分けがつかなくなります。
とはいえ、銀杏の色合いや食感、味わいは、ほかにはない独特なもの。
白くおおわれた硬い殻をカチ破ると、中からは、ツヤツヤとしたエメラルドグリーンが、美しく冴え渡ります。
透き通ったような美しい緑色……かと思えば。
火の通し方によって、深緑、ウグイス色、黄色と変化し、不思議な美しさを見せます。
茶碗蒸し、炊き込みご飯、炊き合わせ。
その中で顔をのぞかせる、深い黄色をした銀杏も、秋を感じさせる料理のいいアクセントになりますよね。
噛んだ時の弾力、身の砕け具合、何ともいえないネットリ感のある舌触り……。
ほかの食材では代わりができない、料理の名脇役です。
銀杏(ぎんなん)は、イチョウの種
銀杏は、よく街路樹としても植えられているイチョウの種です。
イチョウの種には、果肉のようなものがあるのですが、秋になって種が熟してくると、この部分が悪臭を放ちます。
イチョウの木にサクランボのように実っている銀杏が、熟して地面に落ちる。
その下を歩いて、靴で踏みつぶしてしまうと、この匂いが臭くてたまらないんですよね。
ただ、この果肉のような部分は食用にできません。
果肉状の部分は、人によってはかぶれることがある ためです。
スーパーに並んでいるのは、この果肉状の部分を取り除いて乾燥させたもの。
白く硬い殻におおわれた、まさにイチョウの種ですね。
銀杏は、古くから食用、薬用にされてきているのですが、食べ過ぎると中毒をおこすことが知られています。
銀杏を食べて数時間後、けいれん症状が起きたら銀杏中毒の可能性があり です。
終戦後の食糧難の時代には、そうした事故がよくおこり、死亡例も報告されています。
子どもにおこりやすい銀杏中毒
銀杏による中毒は、終戦後だけの出来事ではなく、今でも毎年10件前後はおきているとみられています 1) 。
報告されたものをみていくと、とくに5歳未満の子どもに多いことがわかります。
子どもでは、6個ほどを食べて中毒をおこした例(1953年)もあったようです 2) 。
それに対して、大人の場合には、かなり多量に摂取した場合に限られています。
中毒がおこるのは銀杏を「食べてすぐ」ではなく、食べてから数時間後におこるというのがいちばん多いケ-スです。
実際におこる症状は、けいれん 、嘔吐 (おうと)、めまい 、下痢など です。
最近になってわかった有毒成分
はるか昔から食べられてきた銀杏。
その長い歴史に比べて、中毒のメカニズムがわかったのは、意外にもごく最近になってからのこと。
昔からの言い伝えでは、銀杏の有毒成分は、青梅に含まれる毒素と同じであるといわれてきました。
しかし、そのことに日本の研究者が疑問を持ったのです。
そこから始まった研究の結果、1985年になってやっと、銀杏に含まれる4'-O-メチルピロドキシン (よん・オー・メチルピリドキシン)という成分が、中毒の原因になっていることが特定されました 3) 。
この有毒成分、4'-O-メチルピロドキシンは、ギンコトキシン ともよばれています。
銀杏で中毒がおこるメカニズム
このギンコトキシンは、構造がビタミンB6に良く似ています。
ここが実は、銀杏で中毒がおこる原因なんですね。
ビタミンB6は、体内でエネルギーを作り出すのを助けたり、皮膚や粘膜、神経伝達の健康維持に深く関わっている栄養素 として知られています。
このように様々あるビタミンB6の役割の中でも、銀杏中毒に関係があるのは「神経伝達」の部分です。
普段、食事からビタミンB6が十分に摂れていれば……いや、摂れているからこそ、神経伝達がスムーズにおこなわれています。
しかし。
銀杏を大量に食べることで、ギンコトキシンを多く摂り入れると、ビタミンB6の代わりにギンコトキシンが、体内で利用される ことになります。
そうすると、ビタミンB6が足りない「ビタミンB6欠乏症」と同じような状態になるのです。
実際には、ビタミンB6が足りているのに、です。
普通は、ビタミンB6がサポートしている神経伝達物質の生成を、ビタミンB6と似た形をしたギンコトキシンが邪魔をしてしまう。
ニセの「ビタミンB6欠乏症」ともいえるわけです。
銀杏中毒でおこる、ニセの「ビタミンB6欠乏症」で、いちばん典型的なのが、「けいれん」などです。
銀杏中毒の治療
もし、銀杏中毒が起こった場合は、このニセの「ビタミンB6欠乏症」を解消する必要があります。
実際に、報告されている事故の例では、ビタミンB6製剤を投与する治療がおこなわれ、症状が改善されている ようです。
また、吐かせると、けいれんを誘発するので、無理に吐かせないほうがいい ようです。
子どもが少量で中毒をおこしやすい理由
ニセの「ビタミンB6欠乏症」が、銀杏中毒のメカニズム。
そのために、普段からビタミンB6が欠乏した状態にあると、銀杏を大量に食べることで中毒をおこす可能性が高くなります。
しかし、現在の日本でごく普通の食事生活する分には、ビタミンB6が欠乏することは、まずありません。
終戦後の食糧難の時代に銀杏中毒の事故が多かったのも、日頃の食生活で栄養が不足していたことが関係していたのかもしれません。
そして、子どもが少量の銀杏で中毒をおこしやすいのは、体内でのビタミンB6の蓄積が、大人よりも少ないためとも考えられます。
実際の症状の報告
銀杏による中毒は、今でも毎年、数件はおきているようです。
たとえば、次のような事例が報告されています。
2歳の女の子 (日本) が炒った銀杏を50~60個 食べた約7時間後に嘔吐と下痢 、9時間後にけいれん をともなう銀杏中毒をおこした(2002年) 4)
2歳の男の子 (日本) が焼いた銀杏を大量に食べた4時間後、嘔吐、けいれん をおこした(2006年) 5)
28歳男性 (日本) が銀杏を約50個 食べた後、けいれんと嘔吐 をともなう銀杏中毒をおこした(2008年) 6)
2歳1か月の男の子 (日本)が、オーブンで加熱調理した銀杏を20~30個 食べ、約10時間後 より、嘔吐、全身にけいれん などがあらわれた(2009年) 7)
1歳3か月の男の子 (日本) が、いった銀杏を約50個 食べ、7時間後、けいれん、意識障害 をともなう銀杏中毒をおこした(2009年) 8)
41歳女性 (日本) が、いった銀杏を60個 食べ、4時間後 から嘔吐、下痢、めまい、両腕の震え、寒気 をともなう銀杏中毒をおこした(2010年) 9)
アレルギーや接触皮膚炎(かぶれ)がおきたケースも
また、栄養的な中毒だけでなく、アレルギー や接触皮膚炎 (かぶれ)が関係している事例も、少なからず報告されています。
25歳女性 (フランス)がローストした銀杏を食べたところ、前腕のほてりやはれ、赤み、顔や首、太ももに湿疹 があらわれた(1988年) 10)
過去に高血圧症、肺腺がんなどの病歴があり、40年間1日5~10個ほど の銀杏を食べていた62歳女性 (日本)が、銀杏の外種皮(がいしゅひ:果肉)を素手で触ったところ、約1週間後 に脚のかゆみをともなう赤み 、顔面にも赤みをともなうはれやむくみ があられ、接触皮膚炎 (かぶれ)と診断された。
その4日後、銀杏を50個以上 食べたところ、数時間後より顔面に赤み、はれ、意味不明の言動など がおこった。
ビタミンB6の投与により回復 し、パッチテストにより銀杏が陽性であったため、銀杏によるアレルギー性接触皮膚炎後におこった銀杏中毒と診断された(2006年) 11)
大量に食べれば危ないのか?
銀杏を大量に食べると中毒をおこす可能性はあるものの、「この量を食べると中毒をおこしますよ」とはなかなか言えません。
人によっては少量で中毒をおこす場合もあるし、大量に食べておこさない場合もある んですね。
実際に中毒をおこす量には、幅があるわけです。
過去の報告された事例から、中毒をおこした量をみる 2) と……
・ 子どもでは、約6~150個
・ 大人では、約40~300個
と、かなりの幅があることがわかります。
スーパーなどで生の銀杏をまとめて買うと、なかなか使い切れず、つい大量に料理にしまいがち。
ですが、一回の食事に使うのは、 小さな子どもでは、5個程度 、大人では10~20個程度 というぐらいにおさえておいたほうが良さそう です。
また、有毒成分であるギンコトキシンは、熱に強く、煮たり焼いたり、加熱してもほとんど変化しない といわれています 2) 。
「天然のものだから安全」とは限らない
食べる量によっては、体に害を及ぼすものは、何も銀杏だけではありません。
銀杏以外にも、身近な食材にも、けっこうあるものです。
たとえば、生の大豆、青い梅、生のワラビ、ジャガイモの芽とか。
そのほかにもピーナッツ、お米、トウモロコシなど、食材につくカビ。
食用ではないものでも、ヤマゴボウ、キョウチクトウ、スイセン、モロヘイヤの種、アジサイの葉、トマトの葉、生のウナギなどなど。
身近な食材でも、毒を含んでいるものは少なくありません。
「天然のものなら、どれだけ食べても安全」とは限らないんですね。
あまりにも過剰に心配する必要はないんですが、食べ方を間違えると中毒をおこす ことは知っておいても損はありません。
危険を「なくす」よりも「教える」ことの大切さ
もちろん、中毒が怖いからといっても、銀杏を世の中からなくすことは不可能です。
そして何より、銀杏はただの毒ではなく、メリットもあります。
普通に、常識の範囲内で食べるなら、銀杏には何の問題もなく、食生活を豊かにすることができる というメリットです。
それが日本の食文化の良さ、懐の深さでもあるわけです。
「危険性が少しでもあれば、なくすべき」
そうしたルールにしたがって、子どもに一切食べさせないのが安全、という考え方もあります。
たしかに、食べなければ、中毒をおこす可能性はゼロです。
しかし、だからといって世の中から、このような食べ物をなくすことはできません。
それどころか、子どもに
身近にあるもの、自然の恵みでも、食べ過ぎると良くないものもある
というのを教えるのには、銀杏は「具体例」として使えるんですね。
ただ危険を「なくす」よりも、「教える」ことのほうが大切 な場合もあるわけです。
関連記事:
「とびひ」って、どういう病気?
アトピーの湿疹、かゆみに対応できる道具を持っていますか?
「虫刺されの薬」のように、ステロイドを使ってはいけない
1) Wada K, Haga M: Food Poisoning by Ginkgo biloba Seeds. Ginkgo biloba-A Global Treasure, Springer-Verlag Tokyo, Japan: p.309-321, 1997.
2) Takano T, Kobayashi M, Wada I: Study on Gin-nan food poisoning in experimental animals (in Japanese). Jui Chikusan Shinpo 109: 353-357, 1953.
3) Wada K, Ishigaki S, Ueda K, et al: An antivitamin B6, 4'-methoxypyridoxine from the seed of Ginkgo biloba L. Chem. Pharm. Bull. 33: 3555-3557, 1985.
4) Kajiyama Y, Fujii K, Takeuchi H, et al: Ginkgo seed poisoning. Pediatrics 109(2): 325-327, 2002.
5) Hasegawa S, Oda Y, Ichiyama T, et al: Ginkgo nut intoxication in a 2-year-old male. Pediatr Neurol 35(4): 275-276, 2006.
6) 入江 洋正, 山下 茂樹, 新庄 泰孝, ほか: 中毒物質濃度を測定した成人銀杏中毒の1例. ICUとCCU 32(2): 167-172, 2008.
7) 木下 真理子: 症例 銀杏中毒の1例. 小児科 50(12), 2079-2082, 2009.
8) 五十嵐 公洋: 症例報告 痙攣で発症した銀杏中毒の1幼児例. 秋田県医師会雑誌 60(1): 43-45, 2009.
9) 宮崎 大, 久保田 哲史, 林下 浩士, ほか. 健常成人に発症した銀杏中毒の1例. 日本救急医学会雑誌 21(12): 956-960, 2010.
10) Tomb RR, Foussereau J, Sell Y: Mini-epidemic of contact dermatitis from ginkgo tree fruit (Ginkgo biloba L.). Contact Dermatitis 19(4): 281-283, 1988.
11) 久保田 由美子, 中山 樹一郎: 銀杏皮膚炎の既往により早期診断できた銀杏中毒. 西日皮膚 68(3): 269-273, 2006.