レジャーはなかった/オール・オア・ナッシング
ジョン・コルトレーンの性格、その強迫的側面〈7〉
喪の作業、そして強迫的儀礼としての?〈17〉
コルトレーン、ヘロインを断つ その49
前回までコルトレーンの少年期における性格特徴とその後の消長を確認してきた。今回以降は青年期以後に顕著だった傾向に焦点を合わせる。
◆青年期◆
レジャーなし・仕事への没頭
1949年、ガレスピーのビッグ・バンドで一緒だったピアニストのジェームズ・フォアマンの証言。ツアー先で金を節約するために、フォアマンはコルトレーンとよく一緒の部屋に寝泊りしていたのだが、コルトレーンは四六時中音楽について考えていて観光さえしようとせず、たった一度だけ博物館に連れて行くことができたのみだった、という(*)。
(*)Porter, p.251
こんな話もある。1954年、ジョニー・ホッジスとツアー中、ワシントン・D・Cでのこと。ギタリストのビル・ハリスは、ホテルの自室でコルトレーンが練習するのをよく廊下で何時間も聴いていた(*)。やっぱほっつき歩かないで練習してる。
(*)『コルトレーンの生涯』p.257
下って1966年、来日時のインタヴュー。音楽を離れた余暇はどう過ごしているのかと問われ、この15年間、ろくに休暇は取れず、仮に取れたとしても疲れ切って2週間ほどゴロンとしているが、大抵の時間は音楽について考えている、と答えている(*)。ちなみに『コルトレーンの生涯』p.411では「この15年間、私にレジャーはなかった。」と幾分ニュアンスが異なるフレーズになっている。
(*)“John Coltrane Live in Japan” ブックレット、p.6.
若干の説明が必要かもしれない。1966年は死の前年で、「2週間ほどゴロンとしている」という仮定は、病がかなり進行していたための発言とも取れる。それ以前だったら、自由になる時間が得られた場合、音楽に費やされなければ読書に充てていたんじゃなかろうか(*)。それはともかくとして、ガレスピーの所にいた時以来、レジャーなしの傾向は一貫している。
(*)『コルトレーンの生涯』p.226-227
休暇が取りたくても取れなかったのか、それとも取りたいとも思わなかったのか、或いはなんらかの信念で退けたのか、色々な可能性が考えられるが、コルトレーンが行楽地の散策を楽しいと思うような男だったとはちょっと思えない。逆にイライラするんじゃないかな、そんなことしてると。例えばディズニー・ランドを積極的に嫌悪しないまでも、ほとんど関心なんかなかったんじゃないか。
継娘サイーダを映画に連れて行ったり(*)、ナイーマ、サイーダと連れだって日曜日にはドライヴ旅行をしたり(**)というエピソードもチラホラ見かけるので、レジャーが皆無だったわけではない。対他配慮性による家族サービス? しかし夫として、父親として、それすら危うかったのではないかと推測されるナイーマの証言もあり(***)、ワーカホリック(仕事中毒・仕事依存症)の疑惑も濃厚。そうなると強迫的な性格傾向だけでは説明がつかなくなってくるので、今はここで留め、ヘロイン依存克服後の強迫性を考える際に改めて取り挙げることにする。
(*)『コルトレーンの生涯』p.216
(**)同上p.228
(***)今はないしょ。
全てか無か、という二分法的認知傾向
これは以前、コルトレーンがどんなヘロインの使い方をしていたのかを推測した時に触れた(*)。ヘロインは打つ量が少ないとすぐに激しい禁断症状が待ち構えているし、量を過ごせば死に至る。ヘロインとうまく付き合うには回数と分量に細心の注意を払うという中庸をわきまえたストイシズムが必要。コルトレーンにはそれができなかったのではないか、という。
(*)「とんだ豚野郎 : コルトレーン、ヘロインを断つ その5」
この傾向についての具体的な証言はドラマーのルイス・ヘイスとマネージャーのハロルド・ラベットによるもの。後者はコルトレーン自身の述懐が引かれている(*)。オール・オア・ナッシングのどっちかで、ほどほど大嫌い。コードへのオブセッションや猛練習等、コルトレーンの音楽的歩みにはこの傾向が非常に顕著だし、物事のとらえ方、物事への処し方からも窺うことができる。
(*)『コルトレーンの生涯』p.200
例えばハイスクール時代の音楽と勉強。既に触れた通り、コルトレーンは小学校では優等生だったが、ハイスクールに入って音楽を始めてからはC平均に下がって卒業までそのままだった(*)。家庭の事情(**)で大学進学はちょっと無理だったろうから、それもあるだろうが、ともかく音楽と勉強を両立させようとは考えていなかった。5段階でCだったとするとそれ程悪くはないけど、熱心に打ち込んでいたとはもちろん言えない。
(*)『コルトレーンの生涯』p.41。
(**)「相継ぐ近親者の死」
参照。
そしてアヘンは宗教である(?)。信仰を離れてヘロイン地獄へ真っ逆さま。そしてヘロインを克服してまた再び信仰を獲得。宗教かアヘンかどっちか。ほどほどはない。
1955年、マイルス・デイヴィスに抜擢されいよいよジャズの表舞台に立つも、1956年、ファンや評論家の批判に曝されるわ、一端やめたヘロインをまた始めてしまうわで悲観し、ミュージシャンを辞めて郵便局員になることを考えた(*)。やっぱ極端。
(*)Simpkins, p.55。1956年のいつのことか、シンプキンスの記述は明確ではないが、或いは10月のカフェ・ボヘミアで一時クインテットを外された時の突発的な考えかもしれない。
主に60年代前半から半ばまでのこと。ミディアム~アップ・テンポでは即興するが、スロー・バラードでは即興せずに、専らテーマ・メロディ+端々に装飾音を吹くだけ、という極端さ。1959年にはナイーマに、バラードを演れない、と洩らしていたこともあった(*)。コルトレーンは自分から進んでロリンズのようにバラードを歌い上げて即興するようなことはなかった(あくまでもある時期、ね)。これはこの先で取り挙げるトピックでもあるので、ここではその推測される理由の一端は述べない。
(*)Simpkins, p.162
(つづく)
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★ index ★
◆ジョン・コルトレーンのレコーディング、アルバム
・A Blowin' Session / Johnny Griffin
('57, 4/6)
・Thelonious Himself / Thelonious Monk
('57, 4/16)
・The Cats / Tommy Flanagan [The Prestige All Stars]
('57, 4/18)
・Mal-2 / Mal Waldron
('57, 4/19)
・Dakar / John Coltrane [The Prestige All Stars]
('57, 4/20)
◆ジョン・コルトレーン・エピソード集
二つの疑問 : A Blowin' Session の背景について
コルトレーンとヘロイン その2 : ヘロインとアルコールの関係1
コルトレーンとヘロイン その3 : ヘロインとアルコールの関係2
コルトレーン、ヘロインを断つ その1 : Well You Needn't?
フィラデルフィアでコールド・ターキー : コルトレーン、ヘロインを断つ その2
コルトレーン、アルコールを断つ : コルトレーン、ヘロインを断つ その3
ヘロインの禁断症状 : コルトレーン、ヘロインを断つ その4
とんだ豚野郎 : コルトレーン、ヘロインを断つ その5
麻薬規制法?1956年 : コルトレーン、ヘロインを断つ その6
"Coltrane: a biography" の補足:コルトレーン、ヘロインを断つ その7
回復の一過程としての依存の再発:コルトレーン、ヘロインを断つ その8
ファースト・リーダー・アルバムの意義:コルトレーン、ヘロインを断つ その9
神の恩寵による霊的覚醒?:コルトレーン、ヘロインを断つ その10
12ステップ・プログラムと信仰:コルトレーン、ヘロインを断つ その12
ウィリアム・バロウズ、ジャンキーの倫理〈1〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その13
ウィリアム・バロウズ、ジャンキーの倫理〈2〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その14
ジャンキーの倫理と信仰の質:コルトレーン、ヘロインを断つ その15
報酬系・ドーパミン・渇望:コルトレーン、ヘロインを断つ その16
ジャイアント・ステップスの萌芽:コルトレーン、ヘロインを断つ その17
信仰と渇望のモニタリング<1>導入:コルトレーン、ヘロインを断つ その18
ど忘れ:信仰と渇望のモニタリング〈2〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その19
――意志の行使を差し控えることの効用<1>
発見・発明・創造的思考・問題解決:信仰と渇望のモニタリング〈3〉
:コルトレーン、ヘロインを断つ その20
――意志の行使を差し控えることの効用<2>
:コルトレーン、ヘロインを断つ その21
――意志の行使を差し控えることの効用<3>
:コルトレーン、ヘロインを断つ その22
:信仰と渇望のモニタリング〈6〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その23
:信仰と渇望のモニタリング〈7〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その24
:信仰と渇望のモニタリング〈8〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その26
:信仰と渇望のモニタリング〈9〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その26
:信仰と渇望のモニタリング〈10〉:コルトレーン、ヘロインを断つ その27
:コルトレーン、ヘロインを断つ その28
:コルトレーン、ヘロインを断つ その29
:コルトレーン、ヘロインを断つ その30
コルトレーン初期の楽歴とレコーディング :コルトレーン、ヘロインを断つ その31
独自性の獲得とキャリア前半の消極性 :コルトレーン、ヘロインを断つ その32
相継ぐ近親者の死 :コルトレーン、ヘロインを断つ その33
強迫症状を抱えた著名人 :コルトレーン、ヘロインを断つ その34
症例ミケランジェリ :コルトレーン、ヘロインを断つ その35
症例狼女=エレーヌ・グリモー :コルトレーン、ヘロインを断つ その36
強迫性障害(強迫神経症) :コルトレーン、ヘロインを断つ その37
人格障害って何? :コルトレーン、ヘロインを断つ その38
肛門性格、なんじゃそりゃ : コルトレーン、ヘロインを断つ その39
強迫性人格障害 : コルトレーン、ヘロインを断つ その40
うつの病前性格と脅迫スペクトル : コルトレーン、ヘロインを断つ その41
強迫性を診断してみる : コルトレーン、ヘロインを断つ その42
ジャズ・ミュージシャンと精神障害 : コルトレーン、ヘロインを断つ 番外1
ジャズを対象に精神科医ごっこは可能か? : コルトレーン、ヘロインを断つ 番外2
コルトレーンはどのように診断されたか : コルトレーン、ヘロインを断つ 番外3
コルトレーンは強迫性障害ではない、という反論 : コルトレーン、ヘロインを断つ 番外4
几帳面だった少年時代 : コルトレーン、ヘロインを断つ その43
真面目で良心的/少年時代の生活環境 : コルトレーン、ヘロインを断つ その44
父親は服の仕立職。その遺伝? : コルトレーン、ヘロインを建つ その45
この世の天使 : コルトレーン、ヘロインを断つ その46
マイルス・デイヴィス・バンドの辞め際 : コルトレーン、ヘロインを断つ その47
いい人コルトレーンの良くない話 : コルトレーン、ヘロインを断つ その48
レジャーはなかった/オール・オア・ナッシング: コルトレーン、ヘロインを断つ その49
◆ジョン・コルトレーンに関連してその他
『ジョン・コルトレーン 『至上の愛』の真実』 / 『コルトレーンを聴け!』
◆ジョン・コルトレーン・サイト
Trane's Works 55, 56 / ジョン・コルトレーン年譜