強迫性障害(強迫神経症)
喪の作業、そして強迫的儀礼としての?〈5〉
コルトレーン、ヘロインを断つ その37
以上のごとく、ミケランジェリ
とエレーヌ・グリモー
とではそのタイプがかなり異なっており、一口に強迫性、と言っても一様ではないのがわかる。やはりここらではっきりとした病像について知っておかにゃーならないかもしれない、とかまととぶるのも最早もどかしい。明らかに精神疾患として診断される場合の病像が分かれば、いくらかでもコルトレーンの強迫性を明確にするための基準が得られるだろう。めんどーくさいが、押えるべき最低限のことはだけは押えておこう。
強迫性障害と強迫性人格障害
かつては強迫観念・強迫行為といった症状と、強迫的性格は明確に区別されず、両者は相関するとも考えられ、強迫神経症という呼称で一括りにされたりしていたが、現在では前者は強迫性障害、後者は強迫性人格障害として便宜的に区別されている(*)。というのも、強迫的性格を持たない人間が強迫性障害になったり、強迫症状を呈さない強迫性人格障害者が現に存在したりするからだ。ただ強迫性人格障害の延長上に強迫性障害が生じるケースも結構あるという。
(*)アメリカ精神医学会発行の『精神障害の診断と統計マニュアル』(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の診断基準による。立場を超えて共有しうる診断基準、ということで一応広く普及している。その妥当性については……まあ、宿題にしときます。強迫性障害は第Ⅰ軸 AXISⅠ(臨床的症状に基づく精神障害)に、強迫性人格障害は第Ⅱ軸 AXISⅡ(人格障害および精神遅滞)に、いわば別物として分類、そして別物同士の合併はあり、ということらしい。
まずは強迫性障害のお勉強。
Obsessive Compulsive Disorder、略してOCD。
先述した通り、Obsessive/Obsession には強迫的な観念を、Compulsive/Compulsion には強迫的な行為を指示させて区別。
症状1: 強迫行為
家を出て暫くして玄関の鍵をちゃんと掛けたか、或いはガスの栓をちゃんと締めたか不安になって確認しに戻る、というのは普通にあることだ。しかし強迫性障害の場合、確かに鍵が掛かっているのを確認し、改めて何度も繰り返し掛け直すがそれでも確かに鍵を掛けたという確信が得られない、これは確認強迫。
それと洗浄強迫ってのもよく知られている。何がなし落ち着かないので心行くまでにぎりきんたまをした後、そのままで食事をするのはさすがに不衛生だから手を洗うのはごく普通のことだが、いくら洗ってもきれいになった気がせず、手荒れするまで洗い続け、ひと月の水道代も馬鹿にならないようなケース。
その他整理整頓にまつわるもの等いろいろあるが、行為に強迫性が出るのが強迫行為。
症状2: 強迫観念
強迫観念の場合は自分が誰かを加害してしまうのではないか、或いはもう既に加害してしまったのではないかと過剰に心配するようなタイプ。
ネガティヴな考えが自分の意思とは無関係に突然意識を占有してしつこく繰り返されるのを侵入思考という。
性にまつわるものも多い。好きでもない相手、たまたまバスに乗り合わせた異性との性行為のイメージに苛まれるとか、自分は幼児に性的虐待をしているのではないかとか、ホモになってしまうのではないかとか……etc。
また、自動車を運転中に道路の段差をガクンと感じた後、誰かを轢いてしまったのではないか、という強迫観念に襲われて居たたまれなくなり、わざわざ戻って確かめに行くという強迫観念と強迫行為がセットになる場合もある。これをOCDループという。
強迫性障害を持つ人々は多かれ少なかれ自分の行為や考えが行過ぎたものであり常軌を逸しているという自覚があるし、自らの症状を嫌悪してもいる。つまり彼らは自分ではコントロールできない衝動にコントロールされたくないやり方でコントロールされており、このような症状に対する自我異和性(エゴ・エイリアン ego alien)がその多様な症状に共通する特徴。
さらに、強迫行為や強迫観念に対する甚だしい苦痛の自覚、症状のために1日1時間以上の時間の浪費がある、或いは通常の生活・職業・学業・人間関係への無視できぬ支障、といったところが診断基準とされている。
治療
強迫症状は不安やストレスに対する反応・防衛だとする識者もいるが、原因はまだはっきりしていない。遺伝、脳内神経伝達物質セロトニンの量、厳格なしつけ等がよく挙げられる。治療には薬物療法か行動療法・認知行動療法が有効で、それらの併用はさらに効果的。精神分析はあんまり効かないらしい。
薬物療法で使われるのはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗鬱薬。
シナプス間隙に放出されたセロトニンの余剰分を回収再利用するトランスポーターを抑制し、脳内のセロトニン濃度を高く維持する。
強迫性障害の患者の7割が SSRI で症状が改善するというからちょっと驚き。
薬で強迫観念や強迫行動が消えちゃうんだから。
でも副作用もあって性機能障害(オルガスムが得られにくくなる)と引き換え。
セロトニン
セロトニンは穏やかな覚醒を維持し、ノルアドレナリン系の興奮を抑制、癒しや安堵感をもたらす。
ニュートラルな平常心を演出、鎮痛効果もあり。
セロトニン神経は脳幹の縫線核にあって視床下部、大脳辺縁系、大脳皮質、前頭前野へと投射。
セロトニンが欠乏するとキレやすくなったり鬱になったりする。つまり、怒りにせよ悲しみにせよ、ストレスに対する情動反応に歯止めが効かなくなる。過剰な衝動買いやパニック障害もセロトニンの欠乏によるらしい。
そして恐らく、依存症の渇望に対する反応にもセロトニンの多寡が関係しているんじゃないかと思う。セロトニン神経は歩行、腹式呼吸、ガムを噛むなどのリズム運動で活性化される。ヴィパッサナー瞑想による渇望のモニタリングと腹式呼吸の組み合わせが有効な理由はその辺にあるんでしょう、きっと。
余談を一つだけ。
幻覚剤(サイケデリックス)の LSD(コルトレーンはこれをやって『オム』 "Om" をレコーディングしたと言われている)はセロトニン受容体に結合するから、セロトニンも幻覚に関係していて、坐禅の魔境 は腹式呼吸でセロトニン神経が活性化されるために生じるらしい。
もっとも幻覚はセロトニンの抑制のためだという説明もあって、セロトニン関連で幻覚を生じるその機序はむつかしすぎてよくわからない、おれには、いまんところ。 (つづく)
参考文献:
・リー・ベアー『強迫性障害からの脱出』(晶文社)
・有田秀穂『セロトニン欠乏脳』(日本放送出版局)
・強迫性障害(強迫神経症:OCD)の案内板
→症状
→診断基準
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('57, 4/6)
・Thelonious Himself / Thelonious Monk
('57, 4/16)
・The Cats / Tommy Flanagan [The Prestige All Stars]
('57, 4/18)
・Mal-2 / Mal Waldron
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◆ジョン・コルトレーン・エピソード集
二つの疑問 : A Blowin' Session の背景について
コルトレーンとヘロイン その2 : ヘロインとアルコールの関係1
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フィラデルフィアでコールド・ターキー : コルトレーン、ヘロインを断つ その2
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――意志の行使を差し控えることの効用<1>
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◆ジョン・コルトレーンに関連してその他
『ジョン・コルトレーン 『至上の愛』の真実』 / 『コルトレーンを聴け!』
◆ジョン・コルトレーン・サイト
Trane's Works 55, 56 / ジョン・コルトレーン年譜