この世の天使 | ジョン・コルトレーン John Coltrane

この世の天使

ジョン・コルトレーンの性格、その強迫的側面〈4〉


喪の作業、そして強迫的儀礼としての?〈14〉


コルトレーン、ヘロインを断つ その46



内気、物静か/穏やか、平穏を好む


母方の祖父ブレア牧師はアクティヴで外向的な性格だった。対照的にコルトレーンの父親は無口で余計なことは言わず、一日中自分の店「プレッシング・クラブ」に籠って仕事に精を出した(*)。コルトレーンの見た目は母親に似ていたらしいが(**)、性格は父親に似ていたのかもしれない。内気で物静か(***)、そして穏やかで平穏を好む、という特徴はどのバイオグラフィーでも一致している。この性格も前項の「凝り性・徹底性・熱中性」と共に後々まで変わることはなかった。ヘロイン依存のさなかにあってさえ(****)。


(*)Porter, p.11-13。前出オーガスト・ブルームによるインタヴューでコルトレーン自身が述べたもの。


(**)Porter, p.17。従妹メアリーの証言。


(***)『コルトレーンの生涯』p.21、Simpkins, p.8(シンプキンスは内気ではなく「考え深い」だけど)、Porter, p.250-252。その他『マイルス・デイヴィス自叙伝Ⅱ』p.12。


(****)Porter, p.62



ルイス・ポーターのバイオグラフィーで、コルトレーンのパーソナリティーのために割かれた一章、The Man: "A Quiet, Shy Guy"(*)から、この性格特徴を指示した言葉を拾い出して補足してみる。


(*)Porter, p.250-252。14人の証言者による。


・口数が少ない、無駄話はしない、天気の話はしない(時候の挨拶はしない)。


・恥ずかしがり屋、内気、内省的。


・品が良い、友好的、親切、穏やかな態度・物腰。


・自惚れがない、謙虚、謙遜、慎み深い思いやり。


・人の悪口を言わない、貶さない、声を荒げない。


・考え深い。



コルトレーンがいかに良い性格だったかを伝える友人知人たちの証言やエピソードは多い。およそミュージシャンらしからぬ、稀に見るホントにいい人(こんな風に言うとまるでミュージシャンが人間のクズみたいだが)。



物静か・非攻撃性・同調性といった傾向は、うつの病前性格として強迫スペクトルの一領域を成しているが、コルトレーンの「穏やかさ」はその帯域を遥かに超え出て全く異なる趣を呈している。「強迫性人格障害」からの隔たりはいかばかりか。



コルトレーンの死後、エルヴィン・ジョーンズはそんなコルトレーンを「天使 angel のようだった」と形容し(*)、アリス・コルトレーンは「慈悲・憐れみ Omnedaruth = compassion」の人と称えた(**)。そして and しかし、イエス・キリスト Jesus Christ = J.C. = John Coltrane とイニシャルが同じだと指摘されると、気分を害して快からず思う程、コルトレーン自身は謙虚だった(***)。


(*)Porter, p.296、及び、Some Thoughts On Music, Culture, Grammys, Humanity, and Fantasy 参照。


(**)Porter, p.297-298


(***)Porter, p.276



滅多に怒らないし、キレるなんてとんでもない。人を怒らせるような出来事に対して、悲しむ、とか、残念に思う、とかいった反応を示す。1963年9月15日のアラバマでのテロに対する受け止め方がそうだし(*)、ベトナム戦争について話し合えば、人間が争い合うことの不条理を泣かんばかりに訴えた(**)。ある意味イノセントでナイーヴな平和主義(***)。当然、コルトレーンも人種差別を経験しているわけで、リアルな悪意に触れて人間にそういう側面があることを認識していないわけではないのだろうが、そのような経験によってはなかなか修正されない、つまりは遺伝的な気質、という面もあるのかもしれない。


(*)『コルトレーンの生涯』p.321-322


(**)『コルトレーンの生涯』p.367-368


(***)『ジョン・コルトレーン・ライヴ・イン・ジャパン』のブックレット、p.6。1966年来日時の7月7日のインタヴュー。



ただ、この性格傾向が常に良いことばかりをもたらすとは限らない。


時代状況によっては、他者との葛藤を回避する同調性・対他配慮が、音楽的成長を阻むこともある。



周知の通り、1940年代後半から1950年代前半にかけて、ニューヨークをはじめとする東海岸のジャズ・シーンは朝鮮戦争の軍需で潤う西海岸に圧されて沈滞しており、多くのジャズ・ミュージシャンがより実入りのいい R&B に手を染めたし、当時コルトレーンが在籍していたガレスピーのバンドも例外ではなかった。



中にはそんなバンド・リーダーの思惑を意に掛けず、給料を貰いながらバンドの方向性から逸脱するような好き勝手をする者もいたのだが、コルトレーンはそのような態度を当時は好ましくないものと見なしていた。



後年のコルトレーンの音楽的な歩みからするとかなり違和感のあることだが(時代状況を閑却するとね)、この頃のコルトレーンは追随者としての自分に満足し、聴衆受けの悪い新しい試みなどは極力避ける消極主義に徹していたと後に振り返っている(*)。


(*)植草甚一『マイルスとコルトレーンの日々』「またもやコルトレーンが話しかける」p.183、Francois Postif, “John Coltrane: Une Interview.” Jazz Hot, January 1962.



但し、この同調性は経済的な安定を保証してもいたわけで、一概にネガティヴなものと決め付けることはできないのだが、他方で音楽的な停滞をもたらしたのも確かなことのように思われる。この時期のことについては後に再び触れることになるだろう。 (つづく)




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マイルス、コルトレーンをパンチ!? その1

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コルトレーンとヘロイン その2 : ヘロインとアルコールの関係1

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ヘロインの禁断症状 : コルトレーン、ヘロインを断つ その4
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強迫性を診断してみる : コルトレーン、ヘロインを断つ その42


ジャズ・ミュージシャンと精神障害 : コルトレーン、ヘロインを断つ 番外1

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真面目で良心的/少年時代の生活環境 : コルトレーン、ヘロインを断つ その44

父親は服の仕立職。その遺伝? : コルトレーン、ヘロインを建つ その45

この世の天使: コルトレーン、ヘロインを断つ その46




◆ジョン・コルトレーンに関連してその他


『ジョン・コルトレーン 『至上の愛』の真実』 / 『コルトレーンを聴け!』


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Trane's Works 55, 56 / ジョン・コルトレーン年譜