人格障害って何? | ジョン・コルトレーン John Coltrane

人格障害って何?

喪の作業、そして強迫的儀礼としての?〈6〉


コルトレーン、ヘロインを断つ その38



強迫性障害に続き、強迫性人格障害とは何かをお勉強しなければなりませぬが、その前に、「人格障害」とは何かについて、おおまかなところを頭に入れておく必要があります。


うーん、お勉強が続いてしまうな。あのー、知ってる人は飛ばしちゃってください。おれ知らなかったの「人格障害」って。やんちゃな若衆連中を指して「境界例」とか「ボーダーライン」とか言ってるのを耳にしたり目にしたりしたことはなんとなくあったんだけど。その説明を以下に記します。



・人格特性に柔軟性がなく、著しく偏って非適応的であり、そのために自分もしくは他人を悩ませる、というのが人格障害の核心部分。これに青年期・成人早期に始まる、長期的持続、他の精神疾患に原因が求められない、等の基準が加わる。


全体は3グループに大別され、


・風変わりで自閉的なクラスターA:
妄想性人格障害、分裂病質人格障害、分裂病型人格障害


・感情の混乱や過剰を特徴とするタイプのクラスターB:
反社会性人格障害、境界性人格障害、演技性人格障害、自己愛性人格障害


・不安の強さを中心とするクラスターC:
回避性人格障害、依存性人格障害、強迫性人格障害


以上の10種が挙げられている。


詳細はここを参照。→「人格障害」
各人格障害類型の診断基準も掲げられていて、便利。


これは先の強迫性障害と同じくアメリカ精神医学会発行の『精神障害の診断と統計マニュアル第4版』略してDSM-Ⅳによる定義。


こんな風な説明だと、あたかも「人格障害」という精神の病気、人格の病があるかのような印象を抱いちゃうが、人格障害って他の精神障害、例えば強迫性障害が分類されている不安障害などと比べると非常にあやふやな概念で、実は批判も少なくない。



すれすれのところでで人格障害についてとても考えさせられる良い本に出会うことができた。


・精神科医鈴木茂の『人格障害とは何か』(2001, 岩波書店)
・精神科医高岡健の『人格障害論の虚像』(2003, 雲母出版)
・高岡健+岡村達也偏『人格障害のカルテ』(2004, 批評社)


この3冊。それでまた時間を食ってしまったが、避けては通れないし、面白いし、「人格障害」を鵜呑みにせずに済んだ。ざっと目を通してみる。



『人格障害とは何か』


「人格」概念を精神医学の領域に持ち込むことの不可避性と困難を確認し、「障害」という名称の不備を指摘しつつ「異常」によって代替することを提言するが、「正常/異常(或いは病)」の対概念を綿密に検討してその使用に際して発生するであろう問題点を諄々と説いてもいる。


この「人格障害」を巡る鈴木茂の丁寧な考察を読むと、動機不明の凶悪犯罪に人格障害のレッテルを貼って安心させたりしたりする態度は最早自明のものではなくなるし、人格は他の要因と相俟って障害や病理を惹き起こす条件の一つとなることはあるが、人格そのものが病理であるとか、単独で障害を成すとかいった考え方が至極疑わしいものであることがよく納得できる。



『人格障害論の虚像』 『人格障害のカルテ』


高岡によると、人格障害概念は純粋に学術的に成立したのではなく、社会矛盾を弥縫する役割を担って作り出さてきたという歴史があり(*)、本来非行や依存といった社会問題や家族関係の問題として扱うべき事柄の一切を個人の病理に還元してしまうし(**)、境界性人格障害や分裂病型人格障害に至ってはアメリカの医療需要を喚起するために作られた虚像である(***)、とまで痛烈に批判している。


(*)『人格障害論の虚像』p.120-125、及び『人格障害のカルテ』(批評社)森山公夫「人格障害論の史的展開」参照。


・その前史として19世紀に端を発する精神病質 psychopathie 論を持つ人格障害概念が装いを新たに再びクローズアップされたのは20世紀半ばから後半にかけて。


・社会的価値規範への同調圧力とそれへの異和が極点に達して「家族神話」からはじき出された人々、極端な場合は子殺し親殺しといった事件を惹き起こす人々を排除隔離するために要請されたのが人格障害概念であり、対するに高岡は「家族離散論」を以ってする。


・戦後のアメリカの住宅問題から説き起こし、戦後日本の居住モデルと家族関係の成立、そして人格障害概念の輸入批判に及ぶその論調はとてもスリリング。一読の価値あり。


(**)『人格障害論の虚像』p.65-67、p.116-117等。
(***)同上、p.167-170、及び『人格障害のカルテ』p.31-32。



個々の類型への批判にまで立ち入っているとあまりにも本筋から逸れ過ぎちゃうから深入りしないが、「反社会性人格障害」ってなんかネーミングがすごい。医学じゃないみたい。ちょっとずつカテゴリーのずれたタームがコンバインされている感じ。で、これの診断基準 を見てみると、確かに「人格」と言いつつ「行動」の記述になっているし、心理学的な認識よりも道徳的な価値判断が優勢だ(*)。


(*)『人格障害の虚像』p.143-145、及び『人格障害のカルテ』p.38-40、鈴木茂「人格認識自体がもたらす『障害』について」p.57。

・高岡は“行動”をコミュニケーションとして捉え直すことを提言。



そしてそもそも、10個の類型は起源を異にする概念(それぞれに異なる歴史がある)の寄せ集めであり、全体を統合する原理がない(*)。


(*)『人格障害のカルテ』森山公夫「人格障害論の史的展開」p.128、大下顕「人格障害と英国の新しい立法」p.158。



「人格障害」の診断という命名行為によって「医原的」に病が作られてしまうという側面がある一方、しかし他方で、他の精神障害の類型に当て嵌まらぬ扱いの難しい困った人々が沢山いるのも事実だし、診察なしに外野から不用意に「診断」して高岡に批判されてしまった町沢静夫が言うように、背景に人格的な問題がある抑鬱やアルコール依存症の場合はやはりどうしても人格を扱わなければならないという(*)。


(*)『自己分析と他者分析』p.85-87


無論高岡も批判するだけではなくてちゃんと代案を提示している(実際の是非はどうだか判らぬが素人目には非常に魅力的。詳細は『人格障害の虚像』を読んでください)。


つまり、「人格障害」は未だ過渡的な概念というわけらしく、だからミュージシャンの誰それは反社会性人格障害だ、いや境界性人格障害だ、などとみだりに精神科医ごっこするのは慎まなければならん、ということじゃ。



ただ、われわれニセ医者は、専門家による批判をも鵜呑みにしてはいけないのかもしれない。素人から見ると人格障害の診断基準ってまるで12星座占いの星座ごとの性格類型みたいでさ、僕は「反社会性人格障害」、で、君は? うーん、私は「自己愛性人格障害」と「境界性人格障害」のミックスかしら、なんて無責任に遊んでみたくなったりもするけど、臨床経験豊富で有能な精神科医がDSMの診断基準を杓子定規に参照するなんてことはまずないだろうからさ。


当り前のことだけど同じ対象でも素人と専門家ではそこから読み取りうる意味の厚みは雲泥の差なわけで(つまんないこと言っちゃったかな)、便宜的にDSMの診断基準を使っている精神科医をおれは批判できないし、しようとも思いません。


でも診察なしに診断ってのは問題だけど。高岡らの批判が功を奏したのか、最近テレビのコメンテーターに精神科医あんまり出てないね。そういや柄谷も『倫理21』で批判してたっけが。



そそくさとしか紹介できなかったので、『人格障害とは何か』 、『人格障害論の虚像』、 『人格障害のカルテ』に興味を持った人は以下のブログでレヴューされているので是非参照してください。とても充実した良いブログで、思わぬ方向へといざなってくれたりもします。


人格障害という命名の暴力と位置関係


人格障害という輸入概念と文化心理学的解釈



というわけでDSM-Ⅳに則して強迫性人格障害がどんなものかのぞいてみるのがやりにくくなってしまったが、そのままお医者さんごっこを続けます。というのも、強迫性人格障害(強迫的性格)は強迫神経症と共に語られてきた、という他の人格障害のタイプとは若干違った経緯があるし、どういうわけか高岡を始め「人格障害」の批判者たちは強迫性人格障害についてはほとんど批判していないからだ。と言うか、言及すらしていない(*)。


(*)高岡が批判的に言及しているのは、妄想性人格障害、 分裂病質人格障害、 分裂病型人格障害、 反社会性人格障害、 境界性人格障害、 演技性人格障害、 自己愛性人格障害、 回避性人格障害の8つ。依存性人格障害と強迫性人格障害については言及なし。小出浩之(精神科医・ラカンの翻訳者)によるものを発展させた臨床像の変化を表した象限にその文字が見えるのみ。リネームもされていないのはなぜ?


なぜだろう。強迫性人格障害の人ってアクティング・アウトしてド派手な「事件」とか起こさないから?


或いは結構妥当性を持っているから?


或いは全く逆で、回避性人格障害同様、正常とされる人間にも少なからず認められ、それをことさら「障害」とするのは妥当ではないから?


それではどのような強迫性人格障害の特徴がDSM-Ⅳには列挙されているのかを実際にみてみましょう。 (つづく)




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・Dakar / John Coltrane [The Prestige All Stars] ('57, 4/20)



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◆ジョン・コルトレーンに関連してその他


『ジョン・コルトレーン 『至上の愛』の真実』 / 『コルトレーンを聴け!』



◆ジョン・コルトレーン・サイト


Trane's Works 55, 56 / ジョン・コルトレーン年譜