新聞小説 「カード師」   (17) 中村 文則 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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超あらすじ  (1)~15まで

       15~21(最終)まで

 

朝日 新聞小説 「カード師」(17) 239(6/3)~250/(6/14 )
作:中村 文則  画:目黒 ケイ


感想
またまた始まった「手記」攻撃(笑)
今度は古代の話ではなく、佐藤自身のもの。
しかし子供時代に、ナイフでクラスメイト傷付けたり、ちょっとヤバい奴だったのね。
それに輪をかけてオカシイのが友人のI。

量子力学をねじ曲げて解釈して、過去の改変を夢見る・・・
なんか純文学の位置付けが、どんどん堕ちて行く感じで「切ない」
少女に対する変態性癖を告白してから、英子への愛を語るゲスさ。
何より変態の理由を、幼少期の親の離婚に求める安易さも不快極まりない。
いくら人格の背後には理由があると言っても、こんな底の浅い心理解説では・・・

今しばらくは、耐えて忍ぼう・・・


<佐藤の遺書・あるオカルト者の記録> 1~12
--佐藤の遺書
人生を終えるにあたり、まず浮かぶのはあなたのこと。
英子。あなたの死を私は生涯忘れることがなかった。

英子氏は生きている。どういう事だろう。再び読み始める。

奇妙な癖があった。消しゴムに入った亀裂。

避ける準備をし、裂けたがっている。
カッターナイフで新たな亀裂を入れ、裂いた。
鉛筆、消しゴム、輪ゴム。存在させられている者の解放。
消しゴムを粉になるまで裂いた。緊張から解放されたその姿。


生物と物の区別が良く掴めなかった。

なぜ猫と蚊の価値が等価でないのか。
ドッジボールゲームの意味。次第に彼らが図形化して行った。

吐き気がしたのはその時。
嘔吐の後に感じた恐怖。自分の様な存在がこの世界にいて、その時間が更に続く事に恐怖した。

世界と自分との関係に違和感を持ったが、仮面を付けてやり過ごす発想がなかった。
クラスメイトからの迫害。

数人にぶたれ、蹴られた時、カッターナイフで近くの相手を切った。
皮膚の下から出現した液体に、圧倒的な不潔を感じた。

 
その日から私への暴力はなくなった。1974年、7歳の時の出来事。

電気屋の前のテレビで、ユリ・ゲラーのスプーン曲げを見て衝撃を受けた。やはりそうだった。こんなつまらない世界である筈がない。
盗んだスプーンで、念力をかけてみた。

私の指先からエネルギーが放出される・・・
曲げる事は出来なかったが、それでも構わないと思っていた。

世界がこのようなものでさえなければ。

あの地震で私の人格が豹変したと思わないで欲しい。
大学の食堂で初めて知り合ったI。

私が「神々の沈黙」を読んでいた事に興味を示した。
理学部の物理学科だったIは、経済学部の人間がそれを読むことを「最高だ」と言った。
この本によれば、古代の人間は神の声が聞こえたという。

脳の構造が現在と異なっていた。
彼もその本を読んでいた。

神の声が聞こえなくなった頃から、占いが盛んになった。
今の人間の脳も、未来の人間から見たら疾患を持っている様に映るかも知れない、という私の言葉をIは気に入った様だ。
この世界は一体何であるのか。それが知りたい、とIは何度も言った。世界に対する違和感。

その違和感がどこから来るのか。それを探求する手段が、私の様な哲学やオカルトではなく、彼の場合「科学」
その実験ビデオを見せられた。二重スリット実験

光子一つづつを二つのスリットに放射すると、感光板にはスリット以上の本数の縞模様が映る。
だが途中に検知器を置くと、その縞模様は出来ない。
観測する時と、していない時とで振る舞いを変える光子。

電子でも同じ。
光の過去が変わる。ミクロの世界で展開される、常識を超えた世界。
だから、この世界は面白く、絶望するにはまだ早い、とIは言う。

彼がした別の話。
我々の世界は、実は二次元で全て収まっている。世界の本当の姿は二次元のホログラムの様なもの。脳が三次元として体験しているだけ(ホログラフィック原理


この世界は十次元空間だという学説もある。プレーン宇宙論
テレビ画像は、電気信号からの変換。

 
 

人間の脳でも二次元情報を三次元に変換しているだけ。
古代の人間の世界では神の声が聞こえた。精霊や妖怪だって居た。データを脳が変換しているのなら、それが当時の現実。

現代のUFOは、古代人にとっての妖精や鬼と同じ。
天文学者が星を発見すれば「存在するもの」としてこの世界に出現する。だから俺たちの脳の構造が変化すれば、この現実は変わる。
世界の本当の姿は複雑なデータ記録。
つまり世界はこんな風だ、と一枚のタロットカードを出した。
二次元のこんなものが、十次元空間を漂っているのかも知れない。
俺はここに記されていることが知りたいんだ。

世界の姿と称したカードをひっくり返したI。
こうした時、見える世界はどうなるか。

未来を事前に知る事が出来れば・・・俺はそれを手に入れたい。
神になりたいのか?の問いには占い師だ、と言ったI。

人間は本当に絶望する事は出来ない。

まだこの世界はどの様なものか判らないから。
自分への言葉のようでもあった。
宇宙は広大でも、人は困難の中で出口もなく苦しむ。

彼の弱点は世界への執着。
英子。彼はあなたを一方的に愛していた。

二十一歳の彼が、家庭教師先の十二歳のあなたを。

Iに見せられた二重スリット実験のビデオを再び観たくて、彼のアパートを訪れた。

未施錠の留守宅。たまたまセットされていたテープを回すと、子供の映像。行為者は彼ではない。
すぐ止めたが、当時話題となっていた宮崎勤のイメージがちらついた。
ビデオを観たことに後日気付いた彼は、子供に対する苦痛や悲鳴に性癖を持っている事を告白した。
そして家庭教師先の英子という少女を、真剣に愛しているとも。

Iの話す幼少期。両親の離婚で、どちらについて行くかの選択を迫られた。選択を間違えて、良くない体験をしたと言う。
光の過去と同様、自分の過去を変えたかったのだろうか。

Iは告白する相手を間違えた。
私が彼の「どう思う?」の言葉に何も言えなかった様に、彼も何も言えなかった。
Iは「喉が」と言って冷蔵庫から水の入った瓶を、花でも活けるようにテーブルへ置いた。
そして慎重過ぎる動作でコップに水を注いで、飲んだ。


飲み終わるとまた注ぐ。彼は、瓶が空になるまで水を飲み続けた。