新聞小説 「カード師」 (5) 中村 文則 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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超あらすじ  (1)~15まで

       15~21(最終)まで

 

朝日 新聞小説 「カード師」(5)  12/3(62)~1/3(91)
作:中村 文則  画:目黒 ケイ

 

感想
スキを見せた市井の誘いに乗って寝てしまった「僕」はスマホ、PCと佐藤の髪、爪も奪われる。
自宅と占い部屋を別にしているのは、セキュリティの意図もあった筈なのに、何とお粗末な(笑)

 

その落胆の後、ムダに続く過去話。
養護施設における7歳から11歳までの「僕」。
母親は居るが、事情があって同居は出来ない。

父親ではないスポーツ刈りの男の存在。
施設職員「山倉」に教えられたカードが高じて悪魔の呼び出しにのめり込み、山倉の移動を悪魔の仕業と思い込む事で「ブエル」を脳内に飼ってしまった僕。

しかし「トンビが鷹を産む」と「実存は本質に先立つ」の食い付きが悪い。確かに言いたい事は判るが、なんか違和感がある。

 

ブエルの最初の誘いは女性を損なうこと。

対象は施設の前を通る黒髪の女性と、施設内の18歳の女性。
具体的ではなく「穴に落とす」という抽象的な言葉。
女性に対して「損なう」は性的な凌辱か。

まあ11歳の少年には荷が重いわな。
その実行の前に行われた、いじめっ子Kとの度胸だめし。

結局Kはねん挫ですんで、その後どうなったかは放逐されたまま。

次の章でもディオニュソス神(バッカス)の話が続く様で、どうにも作者の意図が読みづらい。

 

自分の行動規範が「ブエル」によるものだと言いたいのか。

四十を前にした、いいオッサンが・・・
こんな過去話や神話ばなしをぐだぐだしているうちに、読者がどんどん離れるってばさ!

以前、新聞小説を良く手掛ける作家の話を聞いたことがあるが、毎日1ケ所、章内で1ケ所、必ず盛り上げる場を意識して進めている、とのこと。
毎日継続して少量読むという「新聞小説」の特殊性をまず理解すべきだろう。

 

オマケ
この章でひとつ象徴的な言葉として「変容」がヒットした。
篠田節子の「絹の変容

養蚕業を継いだ息子に関わった女性が、蚕の品種改良を行った末に、鶏まで襲う蚕を作り出したホラー。
変容という言葉には、これぐらいのパワーを込めてもらいたいものだ。

 

 

あらすじ 62~91

<あなたは肝心なことに気づかない> 1~3
「どうか、しました?」と岸田亜香里の視線。
胃薬の男の家での出来事。まだ報道はない。
男性から食事に誘われたという岸田の話に、占いを始める。
だが胃薬の男の死体が浮かび、喉が圧迫される。
とてもいい運気だと言い、占いに頼らなくても生きて行けると彼女に伝えた。涙を滲ませる岸田。
「ありがとうございます。先生の、お蔭でした」

 

次いでチャイムが鳴る。

前回途中で終わり、無料で見ることになっていた市井の来訪。
肩を出した服に茶色のメッシュ。就職は諦めたか?
僕は、今の市井の状況を見極めようとしていた。
恋愛の相談がしたいと言う市井に、一枚は自身を、二枚目は相手をイメージしてカードを選ばせる。
恥かしいと言う市井に背を向け、再び戻る。
カードの説明をしようとした時、市井が突然手に持っていたカードをめくり柄を見せた。
「私が<世界>。男性が<棒8>」と市井は言い、もう一枚私たちの真ん中に、と言って<愚者>のカードを見せた。

市井が酔っていることに今さら気づいた。
「あなたは肝心なことに気づかない。カードがなければ人のことがわからない」 自分の人生に女を巻き込みたくないなんて、そんなの後で考えればいい、と挑発する市井。
僕は市井の細い手を掴んで ソファベッドに押し倒した。

 

翌朝、目覚めた時に市井はいなかった。
テーブルにメモ 『あなたは肝心なことに気づかない』
与えられていたスマホと、ノートパソコンがなくなっていた。
その場に座り込む。佐藤の髪と爪がない。

 

 

<過去-俺は君でなくてよかった> 1~4

施設に送られた7歳の僕。直線廊下の先にあるドアは灰色で透明ではなく、向こう側を歩く者から隠していた。
職員の男、山倉がドアを開けて、僕を一緒に住む子供たちの前に出す。黙って見つめる彼ら。

彼らもこのひとときを経験している。

寄付されたものの箱を開ける作業。自分を損なうものの予感。

怯える僕の代わりに箱を開けてくれた山倉。

 

何事も悲観的に考える僕に、山倉はトランプを教えた。

カードをめくる時の恐怖。
「大丈夫、君を傷つけるものはいない」と諭す山倉。
初めに教えられたババ抜き。他の子供も交えて始まったゲームは、最後に僕と山倉のみとなり、結局僕のところにジョーカーが残った。
このゲームは、最後までジョーカーを持つことができた者の勝ちだ、と言う山倉。

一人遊びの「ソリティア」「四つ葉のクローバー」などを介してトランプに親しんで行く。並べられたカードに潜む秘密。

なぜ欲しいカードが出ないのか。あるカードが出るのは偶然か。

もうそのカードが何かは決まっている。それは一体どういうことか。

 

山倉でなく、最近入った職員の男の言葉

 「俺は君でなくて本当によかった」
人を決定付けるのは遺伝と環境だと断じる。遺伝とは血。

君の親は、と言いかけて笑う男。
彼は長くはいなかった。入所者に手を出して退職。

山倉が突然「君を占ってあげよう」と言った。初めて聞く言葉。
君の運命がわかる、と言われて怯える僕。

 


<過去-君達の人生にも> 1~3
逃げたかったが、勇気がなかった。

彼を失望させたくない、との思いに押さえ付けられる。
タロットカードと言われたそれは、今思えばウェイト=スミス版。
次々に並べられるカードに魅せられる。
君はいろいろ耐えなければならないが、将来君は凄い人間になる。
そして 「君は幸福になる。絶対だ」 と山倉。
次いでトランプを広げる山倉。これが「社会」だと言う。
カードを使った生き方の指南。

だがパートナーを示すハートのカードが出ず、まごつく山倉。

 

山倉が呼んだ慰問のための手品師。数々のマジックに喜ぶ子供たち。
そして手品師は子供たちに、辛いことがあるかも知れないけど、と言ってカードを投げ上げ「君達の人生にも、もちろん」と言った時にそのカードたちが花に変わり始める。
いつか、こんなことが起こる!と言った時に花たちが一斉に花火のように大きくなった。歓声を上げる僕たち。

 

一時的に自分のアパートへ帰った僕。

記憶にあるのは泣く母親。出て行ったスポーツ刈りの男。
慰めようと、トランプ占いを始めるが、それを払いのける母親。

宙に舞うトランプ。

 


<過去-悪魔> 1~20
舞い上がったカードは、花にはならなかった。

調子にのってはいけないことを、忘れていた。
足りないカードを探し続ける。僕は施設に戻った。

 

小学校では幽霊が見えると言い張っていた僕。

独自で考案したトランプ占いで友人たちの運勢も見た。

場合によりいじめの対象にもなり得たが、当時の「こっくり」さんブームの陰で免れた。

 

「オカルト」は世に定着し、僕は小学5年生になっていた。
こっくりさんの最中に階段から落ちた、クラスの女子。

短い藍色のスカートから、倒れた彼女の足が見えていた。施設の前をよく通る黒髪の女性を連想する。

理科室のミミズクの剥製の耳が、突然立つ事件も起きた。剥製はしまわれ、禁止されたこっくりさんだが、密かに続いた。

 

悪魔を呼び出す知識を得るため、図書館に通う僕。

そして見つけた一冊の本。
魔法陣による悪魔の呼び出し。
呼び出せる悪魔はいくつかあった。バエル、ベヘモト・・・

その中で狙ったのはアスタロト。過去、現在、未来の隠された事全てを知っているという。
呼び出しのための道具を持って、夜中秘密基地の林に出向く。
魔法陣を描きロウソクに火を点け、特定の呪文を唱える。「アグロン・テタグラム・ヴァイケ・・・」それは悪魔を苦しめるためのもの。

 

三度繰り返しても何も起きず、諦めて施設に戻って眠った筈だが、魔法陣の中で目覚める。
出て来たのはブエル。ライオンの頭部に五本の鹿の足が出ている。

 

僕には関係のない悪魔。
助けてくれ、と訴えるブエル。

契約の最中に、悪魔はあらゆる手段で人を騙すという。
動けない僕にブエルは、だから皆君を嫌うと言った。

君のお母さんも・・・・
カードを一枚めくれば世界が出現する、私は本当に存在する。

 

いつもの布団で目覚める。ずっと鼓動は速く、学校が終わるとすぐに秘密基地に向かったが、ブエルはいなかった。
深夜になって天井の角にブエルが現れた。

頭部が縮んでいた。助けてくれない事への恨み節。
こっちに来るといい、と誘うブエル。
願いを叶えると同時に悪魔は魂を要求すると聞いている。

その期限は24年後。
「アグロン・・・」と呪文を唱えると、本当にブエルが苦しみだした。

 

願いを言った僕。山倉という男を遠くに追いやってくれないか。
言いながら僕は泣いていた。
施設の前をよく通る、黒髪の女性。

彼女を秘密基地の穴に落とす感覚に実感があった。

見えなくしてしまおうとする思いと、共に穴に入る思い。
施設内に居る18歳の女性に対しても、その思いがある。

山倉という男は私も嫌いだ、とブエル。だが悪魔との契約では24年後に魂が奪われる。契約せず成就するのがいい。 どうやって?
君が山倉を殺せばいい。裏の林にある毒草をコーヒーに混ぜればいい。君を惑わす黒髪の女性も穴に落として楽しめばいい。
一つお願いがある。君が楽しんだ後、彼女を私にくれないか。

 

翌日、僕はインフルエンザで熱を出した。

その苦しみに快楽に似たものを感じる。
熱が下がり、林に行っても毒草が判らない。

 

学校に行くようになってもぼんやりしている頭。
そんな時、教室にブエルが現れた。背の高い女子生徒に取り付こうとしているブエル。呪文を唱えるが効果がない。

おまけに教師に叱責される僕。
その晩、再び施設に現れたブエル。金縛りにあう僕。
-君の願いを叶えよう。

もういい、と言う僕に山倉を殺すと言い張るブエル。

元々殺せとは言っていないと言う僕。
その願いを叶えよう。その代わり君にとって最も大切なものを奪う。

 

その二週間後、山倉が施設を辞めることになった。

アメリカに行くという。40歳を優に超えているのに。
手品師の出演枠が空いたとの誘い。
別れの時、偶然二人きりになる。

ブエルの事、悪魔が加担しているなどとは言えなかった。
彼をトランプで占い、上手く行くと言うと、山倉は涙ぐみ僕を抱き締めた。


「トンビが鷹を生む」との言葉を与える山倉。

遺伝や性質より何をしたか、どう生きたかが重要。
後にサルトルの「実存は本質に先立つ」の言葉を同じ意味に解釈した。

 

山倉を見送った先にブエルがいた。
願いの代わりに僕から奪うものを聞くと、呪いをかけたと言うブエル。
もう今後一切、君の人生には山倉のような人間は現れない、と。

・・・女性も含めてね。
つまり、山倉を遠くに遠ざけるという願いを拡大解釈した。
あと、君の混乱した欲望を止められない様にした。君が損なった後、その彼女を私にくれ。カードみたいに全てをめくってしまえ。
私に捧げるために彼女達を損なえ、と言ってブエルは消え、僕の脳内に入り込んだ。

 

悪魔がいるなら神もいる。なぜその感覚が湧かなかったのか。
ペストが蔓延したヨーロッパで、キリストに対する信仰が失われた。

税だけ取り、奇跡を起こせぬ教会を捨てた農民たち。
彼らが惹かれたのは、魔力を伴う悪魔。
ガラスの靴、かぼちゃの馬車しかり。変容は、なくてはならない概念。
彼らは深夜に秘密の集会を開き、踊り騒いで乱交した。

様々なものが変容していく。だがそれらはキリスト教に追いやられた。その土地土着の多神教の神々。

 

施設に一度来たカトリックの司祭。

施設の子供を「恵まれない」と断言。
彼の着る服の豪華さにも納得が行かない。
正しさを説かれることが何より嫌だった。

ただ褒めてもらいたかっただけ。

唯一者として僕の内面に住み続けたブエル。

取り除きたかったが、出来なかった。

 

女子たちの主導で始まり、そして終わったこっくりさんブーム。

クラスメイトの嫌がらせ。僕の薄いランドセルが、壊れた棚板の隙間塞ぎとして押し込まれていた。

ブエルと同時に脳内に出来た渦。

不快な事は全てそこに吸い込まれた。

あの黒髪の女性を秘密基地に落とせという、ブエルのそそのかし。
また教室でのいじめリーダーKも損なえ、との命令。
子供の遊びには危険が伴う。無数にあるその機会。

 

窓から校庭を見ているK。さりげなくぶつかり、突き落とすことも出来たが、まだ早い。
学校付近の公園にあるアスレチック遊具。

Kたちが度胸試しに使っている。
そこでのやりとりに「甘いよそれは」と挑発する僕。
「勝負しよう」とアスレチックに登る僕。

追うK。彼に挑発をかわす器用さはない。
Kを誘う、輪の連続の先にある円柱の上。それは完全犯罪だった。

 

「これを渡れるか」 「お前もできないだろ」
渡り始める僕。運動靴の裏に感じる円柱の形。
次いでKも踏み出し、互いに地面から伸びる棒に片手で掴まった。
手を離して同時にジャンプしよう、と提案する僕。

下の者には聞こえない。
言い訳は既に考えていた。Kは自信を持つと急に大胆になる性格。

同時に飛ぶと見せかけて飛ばなかった僕。Kも飛ばなかった。
「・・・卑怯だぞ」の声にはタイミングがずれただけ、との言葉を用意していた。
言った瞬間、飛んだ僕。危ういところで棒を掴み、落下は免れた。


「君の番だ」と言う僕。 Kの顔が汗で濡れている。
彼はもう飛ぶ以外の選択肢がない。

 

Kが飛んだ。着地出来ず、バランスを崩して腹を円柱に打ち付け、そこにぶら下がった。
-踏め と脳内のブエルの声。
Kの片方の手が離れそうになる。彼が落下すれば自分も落下すると思った。殺人者になる事への躊躇。
山倉の言葉を思い出す。
「君はいろいろ耐えなければならないが、将来君は凄い人間になる」
-踏まなければ、君は完全に私に支配される、とブエル。

踏めば自分が人殺しとなり、踏まなければ自分を失う・・・

 

下でうろつく連中に指示を出すが動かないため、自らジムを降りて、着地させるためのタイヤとロープを戻した僕。
何とか足をねん挫した程度で降りることが出来たK。
-君を狂わせる。一人で破滅するといい、とブエルの声。

君はもう何も選ばなくていいからね。

誰が呼んだか、Kの母親が駆け付けて来てKを抱きしめた。
Kの手を踏めばよかった。

そうすればこの場面は、もっと劇的になっただろう。

 

施設前を通る女性。一時髪の色が変わったが、元の黒髪に戻った。
施設内の18歳の女性は大学に合格した。
四月を前に欲望成就の期限が迫る。

その実行をトランプ占いに委ねるが、いつも失敗と出た。
そんな僕も奪う、とブエルは言う。彼による支配、それもいい。

 

図書館の女性職員が教えてくれた、オリンポス12神の紹介絵本。

彼女も穴に落とすリストに入っている。


一番覚え難い神の名を選んだ。手に取る時に感じた、指への抵抗。
ディオニュソス神。別名バッカス。