新聞小説 「カード師」 (9) 中村 文則 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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超あらすじ  (1)~15まで

       15~21(最終)まで

 

朝日 新聞小説 「カード師」(9) 2/5(124)~2/24(142)
作:中村 文則  画:目黒 ケイ

 

感想
佐藤の部屋で読まされる600年以上前の手記。

メインストーリーには関係なく(作者的には関係あるのだろうが)、あらすじ書きにも身が入らない。
青年エテカが、叔父に預けられた一時期、雇われの錬金術師と交流したものだが、後に佐藤が触れている様に、ポイントはプリマ・マテリアなのか。
錬金のための重要なアイテムだが、そもそも釜で作り出すものではなく、添加剤の様なものだという認識だったので、あの白いものがプリマ・マテリアだと言われても、全くピンと来ない。
一体このエピソードで何が言いたいのか・・・謎
今までの中にも、そんな類が多すぎる(ギリシャ神話とか)。

これは作者が単に知識をひけらかしているのか、とも思えるし、後のストーリーに重要な意味を持つかも知れないし。
だからこそあらすじは、あまり手を抜かずに書いてはいるんだけど。

 

挿絵作家も大変ダナ、こんな毎日では(笑)

しかしここに来て、挿絵の類型的表現がちょっと鼻につく。

画面を断ち切る色の帯。初めの頃はシャープで斬新さも感じたが、こう繰り返されるとイマイチ。

そういえば「国宝」の時の挿絵で、顔なし表現に当初喝采したが、延々と続くので結局「顔が描けない作家なんや」と斬り捨てた。

 

 

あらすじ124 ~ 142
<手記 一三八六年 ヨーロッパ中部> 1~19
組織の芳野が以前、佐藤には二人とも会わせるなと言っていた。
そうしていれば、佐藤は困難に陥っただろうか。

また佐藤は胃薬男の死を知っていたのだろうか。

佐藤が数冊の、紐で綴じた冊子を見せた。奇妙な資料だと言った。
元はラテン語だったのが独語、英語となり、最後に佐藤の部下が和訳した。十四世紀、エテカという人物が書いたという。
表紙には「一三八六年 ヨーロッパ中部 錬金術師の記録」と書かれてあった。
読むといい、というのは、今から読めということ。

 

--以下その記録
白煙が漏れる石釜を前にする尊師。私(エテカ)が中に何があるのかを問うと「言っただろ?この世界の全て」だと言い微笑する尊師。


錬金術師という存在を、知ってはいた。幼少期に訪れた工場で作業をしていた男たちは、具体的には何も教えてくれなかった。
尊師も同じく釜の蓋を開けようとしない。
本当に出来るのですか?の問いに頷く尊師だが、見せて下さいとの願いには「今度見せてやる・・・」

 

家庭教師とうまく行かなかった十八歳の私を、叔父が引き受けてくれた。そんな叔父は、錬金術師である尊師を雇っていた。

彼は叔父の指示で、私の仏語の家庭教師も兼ねた。
秘術を教えて下さい、と乞う私。

仏語習うよりも錬金術の弟子にしてほしい。

弟子にするかはこれからのお前にかかっている、と尊師。

高められた精神がなければ秘術は降りてこない。
わからないままに頷く私。

たまに叔父が様子を見に来ると、雇い主にへりくだる尊師。

単なる義務で精進を促す叔父。
誰もが私という存在を持て余している。

 

夜も尊師の家に行った私は、秘術を教えて下さいとせがむ。 
まずは真理の習得だと言って、物質の四元素を言わせる。

火、風、水、土と答えると、本当は五元素だと言う尊師。
五つ目はプリマ・マテリア、と喜びに満ちた声で話す尊師。

プリマ・マテリアは全ての第一物質。

第五元素であると同時に他の四元素を生んだ。
高められた純粋な精神、または幼児だけが捉えられるもの。
プリマ・マテリアは世界の至るところに存在する、全ての物質の本質。
金を作成するのに欠けてはならないのがプリマ・マテリア。
この真理は古代、人の女を愛した堕天使が伝えた。

ゆえに初期の錬金術師には女性が多い。

錬金術師の象徴である蛇の彫刻を見て、アダムとイヴを唆して知恵の実を食べさせた、と蛇が神に背く象徴である事に言及する私。

錬金の行いが神に背くと考えるのは、未熟だからと言う尊師。

 

街に新しい錬金術師が六人雇われた話を聞いても、孤独は瞑想と思索を高めてくれる、と言う尊師。
作業効率は上がるが、人は複数になるほど愚かになる。

愚者のもとには真理は降りて来ない、と続けた。
その一方で彼らのことが気になる尊師。

買出しの助言を求めるとの理由付けで、尊師を街に連れ出した私。

 

錬金術師たちに尊師を紹介すると、彼らが集まって来た。

その中の一人が、尊師を達人と呼んで一枚の絵を差し出した。彼らの師匠が亡くなる寸前に描いたという、森の中で苦しむ龍。
龍は水銀を代表するもの。倒され、腐敗するところから全て始まるのは知っているが、なぜこの龍が苦しんでいるのか知りたい。
尊師が妙な事を言って失笑を買うのが恐ろしい。

尊師が言う。龍は我々。自分の中の龍を打ち倒し、苦しさの果てに精神の高みに到達しなければならない。


達人、仰るとおりです、という同意に尊師の顔が喜びに満ちる。
始められた尊師と錬金術師らとの議論。錬金の割合ではなく人の徳における最も重要なものについて。
例えば勇気と慈悲はどちらが上か。

尊師も、彼らも幸福そうに見え、議論は夜半まで続いた。


尊師が遂に石釜を開けた。

釜の中で沸騰する水銀は、波打つ蛇の群れに見えた。


この中から金が出現する。自分の人生のあらゆる事が、この水銀の起こす奇跡に浄化されると感じた。
貧しい貴族として、農夫たちを重税で追い詰めた父、その劣化複製の兄。しかし自分にも力はなく、戦場に行ってもすぐ死ぬだろう。
だがこの、金が溢れ出す現実があれば、全てが一変する。
この世界はどのような事も可能になるのではないか。 

物質の割合だけで金が発生するのではなく、動因となるものが必要。それがプリマ・マテリア。
別の者はそれを賢者の粉末、賢者の石と呼ぶ。
「それは何ですか?」との問いに、ただ微笑む尊師。


錬金術師らと尊師とが、徳の高さの議論をしている時、奥の部屋から壁職人が出て来る。

同じ部屋から錬金術師の仲間の一人も出て来た。
その男は、鋼より硬い金属の製造を打診された、と慌てて口走った。
なぜ?と聞く尊師の鈍感さに苛立つ私。今は復活祭前の受難の週。ユダヤ人と聞いてようやく気付く尊師。

 

憎悪の対象となっている、ユダヤ人狩りのための武器。
もちろん断ったと言う男に頷いた尊師。

また徳についての議論が再開された。
だが職人と、その錬金術師の男との、部屋での話が長かった事に引っかかる私。 

もし金属硬化技術があっても、あの男は打診を断っただろうか。

ユダヤ人の背後に居るのは私たちの様な貴族。
五年前イングランドで起きた農夫の反乱。

乱を起こした者は、無残に殺された。
街の者が嘲笑する「遍歴楽師」たち家族。

土地を持たない者が受ける蔑視。
その家族から目を逸らした尊師が、別の群集を見て「何だろう?」と尋ねた。見るのはよしましょう、と私。
「盲人競技」。貴族の子弟が、盲人に食事を与えて体力を付けさせ、競技場で豚と戦わせる。

 

始められたその競技ト。

武装させられた十一人の盲目戦士が柵の中にいる。
巨大な豚に追突された者が倒れ、群集が笑う。豚は次々に戦士たちを倒し、皆は棒や盾を振り回して同士討ちも繰り返す。それを見て更に笑いが増幅される。聖職者も、子連れの女も笑った。
青ざめた尊師が「見るべきでない」と立ち去ろうとする。
戦士同士の打ち合いに、割り込む様に豚が突進したのを見て爆発的な笑いが起き、私と尊師は思わず笑う。
そして互いにすぐ目をそらした。
どちらともなくその場を離れる。
「宿を探そうか」と言う尊師に同意する私。しばらくの沈黙。 

 

宿を探す道すがら、尊師はさっき笑った事を、豚の様子が理由だと言い訳した。
「私も同じですから」と追従したことを後で悔やむ私。
その日取った宿は壁がヒビ割れ、崩れそうな安宿。

尊師は意に介さずベッドに入り、意外にもすぐ寝入った。
醜かった尊師の寝顔。
深夜に聞こえた悲鳴。多分ユダヤ人狩り。

人を打つ鈍い音と笑い声。
終わってくれ、と願う。

ユダヤ人の事より、助けに行かない自分を感じないため。 

終わるかと思われた打撃は続いた。
怒りが湧いた。

ユダヤ人を打つ者にではなく、寝たふりの尊師に対して。
本当に寝ているなら、なお許せない。尊師にこの悲鳴を聞かせなければならない。私だけが聞くのは不公平。
ベッドから足を出し、尊師のベッドを押して揺らした。

 

尊師の体が反応した。喜びが広がる。

共犯者がいる安堵。悲鳴は続いた。

 

翌朝、無言で目覚める私たち。

昨夜の痕跡を見ない様にしながら外で、互いに天気の話を交わす。 
歩いて来る子供を見た。

プリマ・マテリアを扱うには、幼児の様に純粋でなければならない。
子供が近づき、真剣に物乞いする姿に興醒めした。

それを無視する私たち。

 

翌日から作業場に籠るようになった尊師。疎外された反発で「金が全てなのですか」と言う私に、金があれば全てが変わる、貴族がなくなると言う尊師。
臓腑が震える思い。そうだ、貴族などなくなってしまえばいい。 

尊師が持つ書物に基づき、様々な試みが繰り返される。色のついた石、満月に一晩照らされた水。それらが増えるにつれて神経も昂る。

 

ついに尊師が叫び、釜の中の白い濁りを指さした。

それは命の素に見えた。
一人にしてくれと言った尊師に従い外に出る。

次第に湧く疑念。あの白色が一体なんだ?
気になる尊師の行動。そして秘術を教えられていない事にも気付く。
尊師を盗み見ると、石釜の前でうずくまって祈っていた。

白い濁りに変化はない。 
祈りを続ける尊師。無力に見えるその後ろ姿に、私の視界も涙でぼやける。
そもそも金の生成が、高められた精神のもとにしか来ないのなら、私たちのもとに来る筈がない。
では一体誰のもとに?

 

気付いた時には遅かった。

私は父に呼び戻された。戦地に行くために。
そして父と叔父の領地の大半が、尊師も含め別の貴族のものになった。
尊師との別れ。金が出現するのを見せられなくて残念だ、と尊師。
あなたに金を作る能力がないから私は戦地に行くのだ、と言いかけて頷く私。

 

新しい雇い主の貴族が、尊師を拘束した事を聞いた。
早急な金の出現の要求に、尊師が秘術開示を拒否したという。 
貴族が、金の生成が出来ないのならそう言えばいいと言い、新たな錬金術師の助手となる道も示した。
だが今までの研究成果の開示も拒否する姿を見て、侮辱を感じた貴族は尊師を牢に入れた。
私は馬で貴族の許まで行き、接見を求めた。
尊師は所有物だと言う貴族が言った、投獄や父の領地召し上げの理由。また尊師を偽物と言った。十八歳だった私は言い返せない。
尊師が囚われている牢に向かう。

骨が浮き出るほど痩せた尊師は、視力も失っていた。
研究成果を開示すればいいではないですか、と私。 

何とか取りなそうとするが尊師は、高められた精神を持たぬ者に真理は明かせない、錬金術は私の人生そのものだと言った。

尊師の腕に、彼の死期を覚った蠅たちが這う。
見かけによらず67歳と高齢だった尊師。

自らの人生に賭けても、錬金術を虚偽と認める事は出来ない。
泣きながら、世界の全てに頷こうとしていた私は、自分が戦争で死ぬことを「つまらない」と言った。
それを否定する様に、尊師が小さい頃の話をする。療養中の神学生から文字を習った後、ある時棚に並ぶ膨大な書物を目にした。世界が無限に広がるようだった。

 

私は泣き続けた。

 

別れ際に尊師は、お前が死ぬまで世界に何も大きなことは起こらない。争いがあるだけだ、と言った。
尊師の処刑を聞き、馬で駆け付けた。吊るされて背筋の伸びた尊師に、小さな誇りを感じた。

 

 

やや唐突に終わった手記。
佐藤に見詰められ、手記に出て来る石釜の白いものが、プリマ・マテリアだと思う、と言った。そんな筈がないのに。
「私もそう思う」と頷く佐藤は手記の背景を話した。
実際にユダヤ人狩りは行われ、盲人競技も開かれた。このエテカも実在する人物で、四度目の出征で死に、彼の一族も離散したという。 

エテカの行動について、錬金術師が死んだ後すぐに作業場へ行けば、白い濁りがあった筈で、それはプリマ・マテリアでなくてはならない、と言った佐藤。
また、この手記を訳した男は、君に興味があり、君を主人公に何か書くかも知れないとも言った。
他にもある手記を、持ち帰るよう言われる。

佐藤の内面を知る資料となるかも。
これら超自然的なものが、物理学と矛盾しないと言う佐藤。

そして以前彼を占った、発狂した物理学者が作ったというタロットを見せて欲しいと言う。
それを受け取り、このカードを作った人間を知っていると言った佐藤。 

「誰ですか」の問いには答えず、いつまでもカードを眺める佐藤。
「これを私に貸すことは?」と聞かれ、頷く僕。

 

秘書の運転する車で送られる。

どれくらい?の問いに二十年と答えた秘書。

佐藤が以前、この秘書は人を殺していると言った。


彼に殺される予感。殺す時、彼も彼の手も無表情に違いない。

そしてすぐ忘れるのだ。