山見博康(バリューインテグレーター)のブログ【善言励言】
  • 29May
    • 第二条 嘘うそを言わない

      第二条 嘘を言わない 嘘の必要があったら黙っている、その位頑固に嘘を言わない人、差し支えがあったら、それは差し支えがある、言わせる方が無理だと言い張れる人、嫌を嫌と素直に言える人は、絶対に信用される。こう言う頑固は嫌われない。 見栄があったら正直にはできない。裸になれる勇気のある人、言いそびれたら、もう一度元気を出して思うことを言い出せる人、嘘を言わないで損をしない賢い人、知恵のある強い人間。私たちは、毎日のようにウソを言いたくなる場面に出くわすことが多いものです。約束の時間に少し遅れた時に、交通渋滞や電車の遅れを言い訳にすることはいつものこと。車で遅れると「少し車が混んで・・・」と少し顔をしかめ、相当遅れた時には「前の方で事故があったようで」と勝手に事故を起こさせたりもします。 また、朝、家を出るときは早く帰る予定だったのに、“やむなく”遅くなる場合には、帰宅途中に、どんな言い訳が最も効果的かを冷静に判断します。たとえば「上司から誘われて・・・」「ちょっと友だちが尋ねて来て・・」「帰る途中に先輩にばったりお会いして・・・」などですね。 そして、勇を決して電話した時「あ、ソー」などとすんなり信じてもらった時の安堵感といったら最高で、ほっとした気持ちで一杯になります。しかし、その心地よさが次のウソを誘うことになるのです。ところが、それが裏目にでた時のつらさ!。あれほど気まずく、どぎまぎ”することはそうはありません。人間は、永久にウソをつき続けることはできないのです。夏目漱石は「嘘は河豚汁である。その場限りで祟りがなければこれ程旨いものはない。しかしあたったが最後苦しい血も吐かねばならぬ」(『虞美人草』)と厳しく突き放します。企業においても、何か不祥事でもあれば、マスコミや顧客からの問い合わせに対応します。そのとき、どこまでどんな情報を開示するかについて、企業ビジョンや倫理観あるいはコンプライアンスの考え方などの企業防衛との狭間で悩むのです。とはいえ誤解してはならないのは、何でも情報を出すことが情報開示ではないということです。情報を「今、明らかにできること」と、「“今は”、明らかにできないこと」をきちんと分けて、その都度、ことの進み具合を見て、言われなくても記者会見して誠実な対応を心がけることであります。ウソを言わざるを得なくなるのは、誠実な経営の姿勢・透明性の高い広報体制が日頃から整っていないからなのです。つまりつねに新鮮な水と清らかな空気(情報)を組織に注入し、水はけと風通しがよい土壌を造ることにより、滋養分の高い栄養素や健康を損ねる毒素(情報)を吸い上げるのです。                      嘘を言わないに越したことはありません。しかし、ウソなしには、人生は成り立ちにくいことも事実です。人間はその時々では、「真心の嘘」を発する必要も多々あるのです。ウソが思いやり・温情で、ホントは冷酷・非情の場合は少なくないのです。だから、芥川竜之介も「わたしは不幸にも知っている。時として嘘による外は語られぬ真実もあることを」(『侏儒のことば』)とつぶやくのです。誰しも、身内が死に至る病に冒された時、本人に告知するかしないか?で人生で最も大きな苦しみと深い悩みを味わうことでしょう。これは明らかにウソを言うか言わないか?ではないでしょうか。告知しない場合にはすべてを徹底的にウソで固めることになるのです。これが許される極限のウソとすれば許されない極限、つまり真実を言うべき時に言うウソは絶対に許されないことになります。ところが真実を述べるべき極限ともいえる裁判においてさえ、悲しいかな、双方でウソのつきあいと暴きあいのバトルが展開されています。腕のいい弁護士や検事であればあるほどいかに巧みに嘘を暴き、嘘を暴かれないかの勝負とも言えましょう。とはいえ、まっとうに生きていく上において、ウソを言うつもりはなくても、結果的にウソになるケースもあります。以前、若くして独立したある友人が、その日の生活にも困るようになり、「こここ数日ちゃんと食べてない。来月入金のあてがあり、きっと返すから、少しでも・・・」というので、何がしか都合したことがあります。まだ、うまく行かないようで心配です。でも、居所は報せてくるので頑張っているのでしょう。このように、本当に返すつもりで借り、心は返したくとも、実際に返せない場合だってあります。そういえば、ほとんどの言い訳の素とは「つもりちがいのウソ」ではないでしょうか。その「つもり」をどの程度にみるかによってウソの度合いが変わってくるようですね。ただ、最初から返すつもりがなくて返さない人は“詐欺師”と呼ばれます。人生は、すべて本当のことだけを言えばうまく行くかというと、むしろそうではなく、いかに本当のことを言うべきタイミングと言い方を学ぶことといっても過言ではないでしょう。また、儀礼を守ろうとすればどうしても一部分はあいまいにせざるを得ないことが多いものです。杓子定規に真実しかいえない人は、誠実なようでほんとうは冷たい人でもあります。人のちょっとした失敗に対し、知らないと言えること、知らないふりをしてあげることなどは、ウソというより思いやりなのだと思います。 日常生活においても、、今は言わない方がよいことや、ほんとうは言わないでおく、つまり、小さなウソで紛らしていた方が時には人間的であったり、あるいは円滑にものごとが進むことが多いはずです。世の中は白か黒の二色ではありません。人生はすべていろんなグレーでもあり、多色カラーでもあるのです。つまり、刻々目の前に現れる微妙なグレーゾーンやカラーエリアをいかに切り抜けるかで人生は大きく違ってきます。その処し方に人生の妙技があると言えましょう。嘘は人生の潤滑剤でもあるのです。「今日ほめて明日わるく云う人の口    泣くも笑うもうその世の中」(一休)「善いウソの言えない・・・だから、嫌われる」

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  • 26Apr
    • 第一条 約束を守れ(続き)

       30代の初め、神戸製鋼に勤務していた私は、中東のカタールに製鉄所を建設するため首都ドーハに2年間住み、イスラム教に浸りました。アラブの人は、約束の後や別れ際に必ず「インシャラー」(神の思し召しがあれば)と付け加えます。つまり、どんな約束も守れるかどうか判らないことを前提に約束しているのです。アラブ人はいい加減だという人もいますが、日中五十℃を越すような厳しい酷暑の中東に住めば、何ごとも自分の意志だけではどうにもならないことが、肌身で判ります。たとえ隣町の友だちに会う約束があっても、突然砂嵐が来たり、急にらくだが病気になれば行けないのですから。 それは現代社会でも同じ、約束はいくつかの前提条件が揃ってこそ守ることができるのです。したがい、いつもそれらのバランスを考えて言動している人がきちんと約束を果せる人になるのでしょう。 ナポレオンでさえ「約束を守る最上の手段は決して約束をしないことである」とすべての約束は守れないと諦めているのです。 破られる確率が一番高い約束は恋愛の約束でしょう。「好きだ」「愛してる」という言葉は、口から出た瞬間から宙を舞っています。といって、前に「いついつまでは」とくっつけると興ざめですが・・・。 時には、度胸やその場の勢いでしてしまう約束もあります。あるいはできないとわかっていても、過去のいきさつやその場の雰囲気から約束せざるを得ないこともあるのです。 絶対に守れる約束しかしない人がいいのか?、努力目標でも約束してあげる人がいいのか? なかなか難しい問題ですが、後者の度合いが強い人ほど、人間味のある人のように感じます。ただし、その場合には、守れる度合いをことばで表しておくと親切です。「とにかく、努力はしてみます・・・」 「あまり期待しないで待っててね」 「ま、運がよければ・・・」 「まあ、7、8割は大丈夫ですけど・・・」 「かなり難しいとは思いますど・・・」 「私も幸運を祈るばかりです・・・」 「相手の方がどういわれますか・・・それ次第ですね・・・」」等です。 14世紀に生きた兼好も「人の志を頼むべからず。必ず変ず。約をも頼むべからず。信あること少なし」(『徒然草』)と言い、「人の厚意もあてにしてはいけない。人の気持ちは必ず変わるものだ。約束もあてにしてはいけない。信義が守られることは少ない」と諦めているようです。 だから、小さな約束でもきちんと守る人は珠玉の人なのです。  軽く約束、軽く破る・・・だから嫌われる  

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  • 23Apr
    • 『だから嫌われる』第1条「軽く約束、軽く破る・・・だから嫌われる」

      第一条 約束を守れどんな小さな約束でも片っぱしから守る人、これほど気持ちのよい人はいない。それだけに守れる約束をしなければ駄目だ。やさしい様でむづかしい。と同時に困難の多い約束をきちんと果してみせる事、しかも重苦しくなく楽々と果す事、恩にきせない淡々たる態度で約束すれば必ず果す人、しかもはじめの約束より実の入った果し方をする人、見事な人であるコペルニクスは「太陽は宇宙の中心であって不動であり、太陽の運動と見えるものはすべて実は地球の運動である」(『天体の回転について』)ことを発見しました。宇宙の約束事は、地球は太陽の周りを回り、かつ自転し、太陽は東から昇り、西へ沈むことなどの自然現象です。毎日の生活は、ある自然の約束の下に成り立っています。まずはこの自然が果してくれる約束への感謝の念が必要です。ところが、自然と言っても、空気があること・草木があることなどは地域によっては大きく異なります。また、自然はいつもその約束を守ってくれるわけではありません。最大の約束破りは、お天気ですね。 私たちの日常生活は、人間として社会的に生きていく上での約束事で成り立っています。その約束といってもピンからキリまであります。家族間の約束や友人間・異性間の約束、会社内での約束から会社間の約束、個人と国家あるいは国家間の約束など、私たちは実にさまざまな約束をしつつ、それを互いに守ることによって毎日を生きているといってもいいでしょう。つまり、社会は約束事で成り立っているのです。約束の相手もいろいろですが、その種類や軽重となるともっとバラエティに富んでいます。それらの約束を片っぱしから守っていくことが人に好かれる第一条とすれば、守れる約束だけをすればいいことになります。しかし、これがなかなかむづかしい。なぜなら、約束を守ろうとしても、自分でコントロールできることと、コントロールできないことがあるからです。そのバランスで前者が多ければ約束を守る確率は上がり、後者が多ければ下がることは必然です。もちろん、自分でコントロールできることも守れないようなことでは、お話になりません。約束を守る確率を上げるには、前もってよく計算することが大切です。といっても算数ではなく、双方を天秤に掛けるのです。 近年、不祥事や事件に際して「Compliance 法令順守」の重要性が叫ばれますが、法律を守るのは国民としての最低のルールであり、「これさえ守ればいい」というのは、人間としては恥ずかしいことです。ドイツの社会学者ジンメルもそんな人間は「倫理的異常者」と断じます。守るべきは、本来の人間としての「道徳」であり、「倫理」です。新渡戸稲造も「武士道は成文法ではない。(不言不文の)“道徳の掟”で実行を強く求める力があり、武士の心に刻まれている律法である」(『武士道』)とその崇高さを誇るのです。コンプライアンスは、我が国では「倫理(道徳)・法令順守」と訳すべきです。法令を守るのは国民としての義務、倫理道徳を守るのは人間としての義務です。私たちはこれを「いかに上回るか」を競って誇り、「倫理的正常者」の増加を図るべきです。それによって徳や品格の高揚を促し、本来の日本人の心を取り戻したいものです。山見博康

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  • 16Apr
    • 新刊書『ニュースリリース大全集』上梓

      去る3月30日19冊目の著作『ニュースリリース大全集』(実例210を一挙公開)を日本能率協会マネジメントセンターより、出版、店頭に並んだ所です。コンサルやセミナー等で多様な分野の作品を数多く見て分ったことは次の3点: 実に“不親切”。当然「記載すべき項目」の欠落多く記者に迷惑をかけている 正しい作成法を学ぶ機会なく悩んでいる若手、社の伝統に縛られてか過去のニュースリリースから脱皮できない経験者も多い 広報の真の意味を解せず“少なく記載し問合せに対応”との誤った考えが蔓延。そこで本書の必要性と有用性を確信したのです。 第1部ニュースリリースの基本実務          1.ニュースリリースの基本要素                2.社外文書としてのニュースリリース            3.メディア側のニュースリリース採用のポイント                        4.情報発信とフォローの方法 第2部210の実例から学ぶ   経営、総務人事、販売、キャンペーン・イベント 技術商品開発、CSR環境 自治体(県)、自治体(市)学校、各種団体 第3部 ニュースリリースを 受け取るメディアからの要望 Ⅰ.メディア要望&アドバイス纏め Ⅱ.メディア要望&アドバイス集 Ⅲ.「ニュースリリース作成の心得&戒め帳」作成の奨め 【本書の特長(USP)& 差別点(UDP)】       1.210の用途別に分類されたニュースリリースを、辞典的に活用可能な700頁近くの書籍は皆無                                2.著者推奨「Yes2+But1」3ポイント付の多彩多様な分野のニュースリリースを見て、異なった観点から学べる                         3.50のメディア幹部の要望&アドバイスから直接示唆を得る 【お読み頂きたい方】                        NRを作成し始める広報新人や更なる向上を図りたい経験者                                広報・広告、メディアに関心のある一般ビジネス人                広報・広告、メディアに関心のある学生諸君            

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  • 24Jan
    • 日本初!魂に響く手書き志書楽コミュニケーションセミナー

      日本初「魂を伝える手書き志書楽(ししょがく)コミュニケーションセミナー開催●2月12日(金)葉書編10-17時+懇親会●2月26日(金)封書編10ー17時+懇親会●場所:日本プレスセンター(東京内幸町)●私が自分広報ブランド化と手書き伝達の重要性を話し山   園書家が具体的な筆ペンで書き方指南。 清書後ポスト投函式迄。1.相手の心を掴むコミュニケーション術を広報・コミュニケーションコンサルタントの私と新進気鋭の書家山園和彦先生が教授し、文字と文章が個別指導で同時に学べます。2.相手のより深い想いを伝える3.アポイントがライバル以上に取れる。特にB2C関係の方4.公私共に信頼関係が深まる5.日本志書楽文化院修了証授与●1人参加:1日のみ49,800円、両日89,640円●2人以上:1日のみ29,800円、両日53,640円※両日参加で、更なるコミュニケーション能力の向上が図れます。●セミナーの流れ1.魂を伝えるコミュニケーションと手書きの真髄(山見)2.綺麗な整った字を書くための正確な運筆法(山園)3思いやりに満ちた文と字の書き方を個別指導(山園)4.実際に伝えたい人宛のはがき・封書の清書と投函式5.講師の総評、及び交流会(山見・山園)●こんな方に最適、お勧め1.魂に響く文章を学びたい方2.品格ある典雅な文字を書きたい方3.誰かに想いを的確に伝えたい方4.ライバルと差別化したい方5.思いやり力と集中力と人格を高めたい方●(広報コミュニケーションコンサルタント)山見博康略歴1968年九州大(経)卒、(株)神戸製鋼所入社。広報部長、ドイツ・デュッセルドルフ事務所長を歴任。2002年山見インテグレーター(株)設立。広報・PR関連の書籍多数。日本志書楽文化院理事日本志書楽文化院 代表理事●書家山園和彦先生略歴2004年九州大(経)卒、大企業にて経営企画・財務に従事。2012年独立。2016年日本志書楽文化院を設立。企業内・一般向けセミナーを開催し、初級から上級まで幅広く指導。ペン字練習帳を出版。

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  • 02Nov
    • メディアPRで今の10倍稼ぐセミナー

      来る11/17(火)に【社長のためのマーケティング力養成講座特別編】「メディアPRで、今の10倍稼ぐ技術」http://eliesbook.co.jp/archives/4168特に中小企業社長の経営としての広報の基本的考え方について、そのエキスを判り易く理解してもらい、すぐさま演習。すぐ役立つ実践講座です。多くの方々に受講頂きたく存じます。ご不明な点は、携帯:090-3206-8335迄ご遠慮なくどうぞ・・・講師 山見博康広報・危機対応コンサルタント一般社団法人企業価値協会理事代表取締役山見インテグレーター株式会社

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  • 22Mar
    • 人に好かれる法

      「人に好かれようとせずに好かれ、嫌われていヽものに嫌われる。自分の好む所に自分をおいて好むものに取りまかれ、何の技巧も努力もなく気儘に振舞って嫌われない。自分より高いものに好かれて硬くならず、自分より低い者に好かれて汚されず、人の嫌悪を超越して悠々自分の仕事をし、生活を楽しむ。天もよく、地もよく、人もよく、すべてが自分のためにあると満足して愛して行く、こう言う好き方好かれ方がその極致だ」(近藤信緒著、山見博康編『人に好かれる法』)このような好かれ方であれば誰にも迷惑をかけず、自分の心の平穏が保たれよう。理想的な人生の過ごし方である。

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  • 16Jan
    • 嘘をついているとの疑惑を感じたら信じているふりをせよ。すると相手はますます大胆になって嘘をつき、遂に化けの皮が剥がれるものだ。

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  • 07Jan
    • 欠陥の発見に成長あり

      我々は他人の文章の中に、文体上の欠陥を発見すべきである。それは自分でものを書く際にそのような欠陥に陥らない為である。気付きが多い程成長の余地が多くなる。反省して自分の向上や改善につなぐことができる回数が増え深くなるからである。他人が見えない人に自分は盲目である。自分の欠陥には自分は寛容寛大過ぎるからだ。他人の欠陥を見出だしてあげられる人は、思いやりの深い人だ。自分の子供や恋人に対する自分を考えると判る。優れた人だ。その欠陥を適切に傷つけずに改善向上を促すことができる人は、もっと優れた人である。コ-チは多く気付きその中から適切な指摘とアドバイスができる人。優れたコ-チは思いやりが原点!

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  • 04Jan
    • 幸福とは

      あい幸福とは自分の優れた能力を、自由自在に発揮するひある。幸福は自分が幸福と思う人のものである。としれば、勇気がでる。何でもに挑戦意欲も沸いてくる。失敗しても失敗にならない。挑戦の機会があるのにしないことこそ大失敗である。

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  • 01Jan
    • 真の教養を身に着けよう

      すべての者が限りなく求めて止まないもの、それは生きる悦びである。何かの生きがいを、悦びを求めて人生をさまよう。これがありのままの人の姿なのである。金も力も地位も名誉もすべて、生きがいを、悦びを得るための備えに過ぎない。どのような思想も信仰も。はたまた芸術も、科学も、政治もこの線を外れてあるということはない。またあってはならないのだ。だが理論と実際は常に一致しがたく、こと志にそわぬ矛盾の中でわれわれは苦しむ。知識も才能も富も地位もみな、われわれの生活を悦びにつなぐ導火線でなくてはならない。しかるに、われわれは地位や才能をもって不幸を招き、知識や財産でもって苦悩に引きかえる。何かそこに錯誤がある。その錯誤矛盾を解決するもの、それは真の教養である。教養とは単なる物知りでもなければ程度の高い教育と言うことでもない。真の教養とはいかなる条件の中にあっても、自己の尊厳をくずさず相手の立場を理解してこれに善処し得る能力である。この能力あってはじめて、一切のものを生かし、相互に生活を豊かにし、生きる悦びを享受し得るのである」池田敏子(山見博康『だから嫌われる』)教養は学歴ではない。本来誰でも持てるものだ。いかなる場合にも、自己の尊厳を崩さず物事を善処できること! これが理想である。今年は、真の教養を少しでも身につけるべく、日々身辺で発生する多種多様な事象に対処し、そのための精進をする所存である。 

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  • 31Dec
    • 些細な時

      人は弱者に対する言葉や態度、地位の低い者に対して言う言葉や態度にそれは現れる。普段は隠そうと意識しているが、ふとそれを忘れる時!たった一回でもそれが本質だ。自らもそれを忘れるな!

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    • 正体の暴露

      緊張を要しないような些細なことに、人間はかえってその性格を現すものだが、こういう時にかりそめの行為やちょっとした態度に、他人をいささかも顧みない底抜けの利己主義を十分に伺うことができ、後に大きな問題にぶつかると、事実その利己主義が、仮面はかぶっていても、おのずから現れるものだという点である。だから、こうした機会は見逃さないようにするがよい。このショウペンハウエルの訓えをいつも心に秘めて、回りの人を観察してみれば普段見逃していたことがよく見えるようになる。表面に現れないこと、現したくないことでも、些細な発言や動作のどこかに潜んでいるものだ。何気ない会話、重要でないと思っている時が相手の本質を感じるチャンス!

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  • 27Dec
    • 友情

      友情は数限りない大きな美点をもっているが、疑いもなく最大の美点は、良き希望で未来を照らし、魂が力を失い挫けることのないようにする、ということだ。それは、真の友人を見つめる者は、いわば自分の似姿を見つめることになるからだ。それ故、友人は、その場にいなくても現前し、貧しくとも富者に、弱くても壮者になるし、これは更に曰く言い難いことだが、死んでも生きているのだ。というのは古代ローマの哲人キケロ―だ。人を判断する場合は友人を見よ、というのも自分の似姿であるとの言葉から判る。いい友人を持ちたいし、又そうならなければならない。

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  • 26Dec
    • 自分の考えを大切に

      量では断然見劣りしても、いくども考え抜いた知識であればその価値は遥かに高い。我々が徹底的に考えることができるのは自分で知っていることだけである。従って、自分の考えに自信を持ち、余り他人に迎合しないこと。とはいっても、自分の考えの狭量さや偏狭さにも謙虚に省みること。

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    • モノとコトの要諦

      少量の思想を伝達する為に多量の言葉を使用するのは、一般に、凡庸の印と見て間違いない。これに対して、頭脳の卓抜さを示す印は、多量の思想を少量の言葉に収めることである。とのショウペンハウエルの至言を私は金科玉条としている。話す時、書く時、行う時等々いつでもこの至言に照らす。思想を仕事に、言葉を時間に置き換えれば生産性向上になる。同様に、多量の機能を少量のスペースに、とすれば、車やバソコンになる。

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  • 22Dec
    • 人生は一回の碁

      人生は、日々変化する相手との格闘故、なかなかマニュアル的対応とは最も程遠い。人生は一回の碁ともいい、布石からその後の展開まで無限にあると思えばどんな人生でも一つの人生。幸福とは本人が幸福と思えば幸福だ、と哲学者の箴言にある。「誰でも自分自身にとって一番良いもの、一番大事なものは自分自身であり、一番良いこと、一番大事なことをしてくれるのも自分自身である。この一番良くて大事なものが多ければ多いほど、従って享楽の源泉が自分自身の内に得られれば得られる程それだけ幸福になる。だからアリストテレスは、幸福とは自ら足れりとする人のものである、と言っているのは全くその通りである」(ショウペンハウエル『幸福について』)自分は自分だけの人生だ。大切にしよう。何ものにもかけがえのない自分だけの人生だ。誰にも非難されるべきではない・・・。但し、自分が非難するべきだ。その自分批判精神を決して無くしてはならない。それが無くなると、独りよがり、傲慢、思いやりなし、不親切・・・と変貌する。自分を客観的に俯瞰する=観る心がけを忘れまい。要注意!

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  • 20Dec
    • 「人を知る法」第45条「身の程知らぬ親切」

      世の中には見栄のためでのなければ、欲のためでもなく、唯々その時の感傷で(自分の心を痛め、たまらなくなって)身に余る親切をする人がある。これは非常に美しい行為だと誰でも思う。ところがこういう親切は丁度親の物を盗み出して人に施すような人で、結局は自分も人に迷惑をかける人である。多くは自分の血と汗で働いた金だけで生活している人でなく、何か、誰かの力で生活している人だ。こういう人とは本当には手が握れない。親切とは、自分の気持ちの納得に過ぎないことが普通と思っていると間違いが少ない。真の親切とは何かはとても難しい。通常、親切をしようと思うときの自分の心情を胸に手を当てて、いや聴診器でないと聞こえない心奥の声を聴けば、どういうであろうか? 相手の弱みに同情し、それに何らかの手心を加えようとする行為は、その親切で、相手に少しでも良く思われて後で自分が何らかの形で有利になるであろうことを期待している自分に気づくであろう。問題はそれが叶わなかった時、それが普通であるが、むしろ損した気分になり何だあいつはあれだけしてやったのに、礼儀を知らん! とか、不親切だ!とか妙なことになる。お返しというのがそれだ。お返しを期待していないが、しなければ礼儀を知らんとなるので、半分返しとかをやる。おかしなことだ。 

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  • 14Dec
    • 愛を知る

      真に自由な人とは愛を知る人だけである。なぜなら、愛を知る人のみが、如何なる現象に出会っても、過去の因縁や既成の事実によって何一つ制限されぬ能力や傾向のままに、現象に即して、或いは受容し、或いは評価し、或いは現象の全価値を残りなく監督するという態度で対するから、懐疑的な人、理論上の先入見のない人は、事情が違う。(ジンメル『愛の断層』)愛を知る人は、他人との内的関係において自由無碍である・・・世間では似たことが無法者にのみ見られる。私達は、どんな場合でも相手に対して何がしかの愛を感じて対処すると、殆どの場合、巧く善処できるのではないか? 日々発生する刻々変わる事態に対処する時、どこかに愛を抱いて如何に善処できるかにその人の社会的価値がかかっている。

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  • 13Dec
    • 勘違い

      人は判断力の欠如で結婚し、忍耐力の欠如で離婚し、記憶力の欠如で再婚する。そして寛容力の欠如で悔恨し、決断力の欠如で継続し、創造力の欠如で無為な人生を送る。或いは???山見

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