素直である(1)

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素直である  

 いつでも遠廻しに物を言わねばならない人は憂鬱だ。遠慮なく物の言える人、身分のいかんを問わず、対等で話のできる人でなくてはならない。「気兼ねしなければならない」というのは、お互いの中に何かの垣根があるからである。金も、地位も、名誉も、才能も少しも隔てとならずだれをでも人対人で応対のできる人、そう言う人を誰でも好む。

 一方が素直であれば、必ず相手も素直になれる。

 「素直」の二文字を刻んだ碑が、パナソニック大阪本社「歴史館」の玄関に立っています。そして、創業者松下幸之助の著書『道をひらく』にこうあるのです。

  


素直に生きる

 「逆境であれ、順境であれ、その与えれた境涯に素直に生きることである。

素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境は自惚れを生む。

それはそのときのその人に与えられた一つの運命である。

ただその境涯に素直に生きるがよい。

素直さは人を強く正しく聡明にする。

逆境に素直に生き抜いてきた人、順境に素直に伸びてきた人、

その道程は異なっても、同じ強さと正しさと聡明さを持つ」


「正直なhonest」はウソをいわないことですが、「素直なobedient」とは、ひねくれたところがなくあるがままを受け入れることです。それは人として生きる上での永遠の課題とも言えます。

しかし、だれに対しても素直にあるべきとは言っても、実際に受け入れるにはそれぞれ一応の基準があります。むやみに受け入れることがいいわけではないからです。

しかし、その受け入れ範囲のより広い人、より深い人の方が望ましいもの。いつも心に素直の容器を、スペースを広く、深く持ちたいものです。丸目の入れ物の方が何でもうまくよく入り、収まります。

その形は真四角である必要もなく、かなり異型の人をも受け入れる柔軟性ある容器を備えておきたいものです。むしろ、異形の容器の方に個性が溢れています。多くの人が敬遠するようないびつな形にも愛すべき趣があるもの。自分らしい形でいいのです。

しかも、伸び縮み自由であれば、その方がほんとうに素直な容器でありましょう。もちろん、何でも受け入れますという誘いにはちょっと注意する必要がありますが、こんな人間の交際も、親しい中に正直で飾り立てない態度が必要です。

一方では、正直そうな、お人よしそうな、親身になってくれそうな・・・○○そうな人物や事象には注意しましょう。中に紛い物が潜んでいる恐れあり! つまり、見せかけ、装い、○○風、最後には「詐欺」となります。オレオレ詐欺、なりすまし、騙しのテクニックに長けた人達が暗躍する世の中、ネット時代には益々巧妙になり、異次元の秀才悪が闊歩していますので、容易に信じてはいけません。正邪、善悪、良し悪し・・・を見分ける術・・・見えない敵からも身辺を守る智慧が必要となってきます。これを「教養」と言ってもいいのでしょう。