第164回令和2年下半期芥川賞選評を読んだ! | とんとん・にっき

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第164回令和2年下半期芥川賞選評を読みました。

 

第164回 芥川賞発表

推し、燃ゆ 宇佐見りん
'99年生まれ、21歳の現役大学生が描く、令和の寄る辺なき青春
<受賞者インタビュー>世界文学全集が一番の娯楽だった

 

選評
小川洋子、奥泉 光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一

 

後だしじゃんけん、ではないですが、僕は宇佐見りんの「推し、燃ゆ」を消極的ながら受賞作の本命とし、乗代雄介の「旅する練習」を対抗馬として予測しました。まあまあ当たっていたので、一安心しました。砂川文次の「小隊」は、僕はないと思っていたところ、選考委員の何人かが強く推していたのには驚き、己の不明を恥じました。

 

芥川賞選評

 

川上弘美

一番無謀なことに挑もうとしているのは、砂川文次さん。「小隊」の舞台は北海道。語り手は自衛隊の小隊長。どのような経緯でかの説明は何もなしに突然ロシアとの戦闘が始まります。直前までの日々、語り手は戦闘に備えた演習を行ってきました。戦闘が始まるとは予想もせずに。語り手の心は、戦闘という現実についてゆけません。・・・作者は、自分の作りだした語り手に優しくありません。かといって厳しいというのでもない。作者は、ただ描写しているのです。突然の理不尽がふりかかった時、人はどのように苦しみ怒り耐え放心しそれでも生き続けるかを示すために。

 

奥泉光

砂川文次「小隊」は、自分が一番注目し、また推したい作品だった。ロシア軍が北海道に侵攻してきた状況下で戦う自衛隊を描いた一篇は、いかなる経緯でロシアが攻めてきたかなどの情報は一切書かれず、戦闘の細部だけが徹底して描かれる。つまり戦争小説ではなく、戦闘小説なのだが、政治状況がどうあろうが、戦う義務があるから戦うのだと思い定め――というほどの決意もないまま、演習の延長のような形で凄惨な戦いに突入する職業兵士の姿は、われわれの日常に対する高い批評性を放つ。

 

松浦寿輝

宇佐見りん「推し、燃ゆ」の主人公は、生き辛さをアイドルの追っかけで辛うじて凌いでいる若い女性で、わたしなどにとっては、正直のところ、まあ異星人のようなものである。・・・にもかかわらず、リズム感の良い文章を読み進めて、その救いの喪失が語られ、引退した「推し」の住むマンションを主人公が見に行くあたりまで来て、不意にじわりと目頭が熱くなってしまったのは、いったいどういうわけなのか。共感とも感情移入ともまったく無縁な心の震えに、自分でも途惑わざるをえなかった。宇佐見氏の的確な筆遣いによって、どこか人間性の普遍に届いているからだろう。

 

島田雅彦

「推し、燃ゆ」は不器用で、何事もうまくいかない少女とアイドルの「リモート」的関わりの馴れ始めから決別までを描きつつ、ヒロインが自意識からのエクソダスを図るという物語であるが、無意識から意識が立ち上がるその発語のスリリングな瞬間が連続しており、その躍動感に自分まで少女になったような錯覚を覚えた。不愉快な現実からの逃避として一括整理されがちな「追っかけ」の心理の解剖としても一級の資料的価値がある。感情と分かちがたく結びついた論理がレディメイドの文章の型を踏み外してゆくその発展形を是非観てみたい。

 

小川洋子

今回、候補作の中に登場した少女たちの中で、「推し、燃ゆ」の”あたし”の声が、最も生々しく届いてきた。彼女はいつでも”あたし”のための言葉で語っていた。アイドルと二人だけの狭い世界にしか居場所を持っていないその声は、自らを映し出す鏡となっている推しに反射し、さらに彼女の肉体を通して読者の胸に響いてくる。本作に心を惹かれたの推 しとの関係が単なる空想の世界に留まるのではなく、肉体の痛みとともに描かれている点だった。彼女逃れられずにいる。は自分のからだへの違和感から逃れられずにいる。誰かに勝手にややこしい存在にされてしまったような、苛立ちを抱えている。

 

山田詠美

驚いた。候補になった五作品の内、四つが少女を主人公にしたり、重要なモチーフとして使ったりしている。偶然なのか、はやりの「このご時世」ってやつなのか。それとも・・・「推し、燃ゆ」。今回、出会った何人かの少女の中で、この<あかりちゃん>だけが私にとって生きていた。確かの文学体験に裏打ちされた文章は、若い書き手にありがちな、雰囲気で誤魔化すところがみじんもない。完成度は高いが、このまま固まらずに、どんどん色々な雑誌で書いて世界を広げてほしい。に、しても、次は、大人同士の話が読みたいです。

 

平野啓一郎

私は「推し、燃ゆ」を推した。「けざやか」という古語を何となく思い出したが、文体は既に熟達しており、年齢的にも目を見張る才能で、綿矢りさ・金原ひとみ両氏の同時受賞を想起した。しかし、正直に言うと、寄る辺なき実存の依存先という主題は、今更と言っていいほど新味がなく、「推し」を使った現代的な更新は極めて巧みだが、うまく書けて当然なのではないかという気もする。結末もまた心憎いが、本当に主人公のような境遇の女性に相応しいのだろうかと、疑問が残った。もっとうまく書けない領域に作者の筆が進んで行った時に、圧倒されるような傑作が生まれる予感がある。

 

堀江敏幸

宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」は、その燃え滓に自重のかかった強い作品だ。生活の絶対的な中心であり、背骨であったアイドルの醜聞から引退と、高校中退後の現在までを重ね合わせていく筆致は必ずしも滑らかではない。病名のついている心身が、我々に「推し」の影の軽さと釣り合わなくなる。バランスの崩れた身体を、最後の最後、自分の骨に見立てた綿棒をぶちまけ、それを拾いながら四つん這いで支えて先を異生きようと決意する場面が鮮烈だ。鮮やかに決まりすぎていることに対する書き手のうしろめたさまで拾い上げたくなるような、得がたい結びだった。

 

吉田修一

「旅する練習」。非常に面白かった。おそらくこれからコロナ禍を舞台にした様々な小説が出てくると思うが、コロナに対して極端に過敏でもなく、かといって露悪的に鈍感でもない、いわゆる平均的な人々がこの時期をどのように生きたかが、この小説の中にはあるように思う。この穏やかな旅行記では、コロナ禍という非日常だからこそ見つかる普遍的なものがキラキラと輝いている。そして同時に我々はこの時期に何かを失ってもいるはずで、それがもし「健やかなサッカー少女」だったとすれば、その損失は計り知れない。

 

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