乗代雄介の芥川賞候補作「旅する練習」を読んだ! | とんとん・にっき

とんとん・にっき

来るもの拒まず去る者追わず、
日々、駄文を重ねております。

 

乗代雄介の芥川賞候補作「旅する練習」を読みました。「240枚中篇一挙」とあります。240枚、けっこう読みでがあります。第164回芥川賞の、これが初めて読む候補作です。乗代雄介は「最高の任務」が第162回芥川賞の候補にもなっています。本命だったようですが番狂わせが起きて、その時は古川真人の「背高泡立草」が受賞しています。

古川真人の芥川賞受賞作「背高泡立草」を読んだ!

 

「旅する練習」、目次には、「歩く、書く、蹴る」――。小説家の私はサッカー少女の姪っ子と練習の旅にでる。書くことで世界を見つめる気鋭の意欲作。とあります。

 

小説家である「私」が、中学受験に合格したばかりの姪の「亜美(アビ)」を、コロナ禍による休校に乗じて、我孫子から鹿島まで徒歩で行く「合宿」の旅に連れ出します。サッカー少女の亜美が昨年夏、鹿島の合宿所から無断で持ち帰ってしまった文庫本を返しに行くというのが初めの目的です。亜美は球を蹴りながら、「私」は風景を描写しながら利根川沿いを往く。「歩く、書く、蹴る」、練習の旅です。
 

映画に「ロード・ムービー」というジャンルがあり、定着しています。例えば、フェデリコ・フェリーニの「道」とか、デニス・ホッパー監督の「イージーライダー」、ジェリー・シャッツバーグ監督の「スケアクロウ」とか、山田洋次の「幸せの黄色いハンカチ」や「家族」とか、挙げればきりがないほど、たくさんの名作があります。

 

まあ、そんな感じで、「小説家の私はサッカー少女の姪っ子と練習の旅にでる」わけです。

 

私は、亜美の卒業式が終わったら、鹿島アントラーズのホームゲームを二人で観に行くついでに本を返しに行くという計画を立てた。具体的な日も決まったところで、状況が一変した。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、市立小中学校は臨時休校。亜美のもとへは、どこへも行けないのに中学から宿題が送られてきた。算数と社会と理科は問題集で、国語は日記帳です。試合はできないけど、合宿に行くか。どうやって?歩いて。利根川の堤防道をドリブルで歩く。練習しながら、宿題の日記を書きつつ、鹿島を目指す。そして最後に本を返す。さて、我孫子駅です。二人はここから出発します。。

 

我孫子には先日、動物彫刻展が開かれて、僕は初めて訪れました。

「我孫子動物彫刻展 島田忠幸 プリニウスの動物たち」へ行ってきました!

我孫子市・白樺文学館で「志賀直哉展―山田家コレクションを中心に―」他を観た!

そんなわけで、手賀沼周辺とか、鳥の博物館とか、多少は知っていたので、身をより出して「旅する練習」を読みました。

 

また、Jリーグができた時、僕のお目当てのチームはジーコ率いる「鹿島アントラーズ」でした。TOSTEMに知り合いがいたので、ユニホームとか、さまざまなグッズも手に入れました。アルシンド、活躍しましたね。本田、小柄ですが、活躍しました。小笠原もいました。「アントラーズ」は、チームと地域が一体になってました。Jリーグの理想的なチームでした。

 

旅の途中、リュックにアントラーズのキーホルダーをつけたみどりさんと、「木下貝層」で知り合います。「実は私も鹿島を目指して歩いていくところなの」と。これが唯一、事件らしい事件です。事件じゃないか、出来事です。

 

ジーコはポルトガル語でやせっぽっちを意味する。ジーコはつらかった肉体改造を振り返って、「そのために大事なのは、忍耐を記憶だ」と言ったという。みどりさんはジーコの自伝に、「人生には絶対に忘れてはならない二つの大切なことある。それは忍耐と記憶という言葉だ。忍耐という言葉を忘れない記憶が必要だということさ」。

 

三人の旅が始まった途端、置手紙を残してみどりさんが二人と別れてしまいます。「二日間一緒にいただけど、優しい人だよね」。「何があったかしらないけど、自分のためじゃなくあたしたちの邪魔をしちゃいけないって思っていなくなっちゃったのも、優しいからだよ」。しかし、すぐに馬頭観音でみどりさんと再会することになります。

 

ジーコはテクニックで相手を翻弄する悦びを捨てて「自分は点を取ることで生きる」と決めて単純な練習に明け暮れた。ジーコは右足で左足でひたすらゴールを決め続けている。「誰かを応援するだけじゃなくて、誰かが応援せずにいられないような、そんなかっこいい生き方ができたら、もう少し自分を好きになれたかもしれない」とみどりさんは言う。「みどりさんならあたしたちのことを思って馬頭観音にお参りするって思ってたから―あたしたち、同じことを考えてたから、また会えたんだよ」。

 

僕はこの「旅する練習」を好意的に読みました。そして気持ちよく読めました。芥川賞に値するかどうかは、ここでも問題ではありません。しかし、小説のひとつの典型を示しているように思えました。僕には、評価は難しい。

 

 

乗代雄介:

1986年6月18日北海道江別市生まれ。法政大学社会学部メディア社会学科卒。2015年、「十七八より」で第58回群像新人文学賞を受賞しデビュー。2018年、「本物の読書家」で第40回野間文芸新人賞を受賞。