遠野遥の芥川賞受賞作「破局」(河出書房新社:2020年7月30日初版発行)を読みました。
出版社のサイトによると、以下のようにあります。
遠野遥「破局」で第163回芥川賞を受賞しました。2019年、美に執着し女装する大学生を描いた「改良」で第56回文藝賞を受賞しデビュー。受賞後第一作「破局」で芥川賞に初ノミネートされ、そのまま受賞となりました。「破局」は元高校ラグビー部員の大学生のストイックでリア充、だけどどこか奇妙なキャンパスライフを描いた傑作。リア充の青春小説かと思いきや、思わぬ場所に連れていかれる、著者の真骨頂です。
ちなみに「リア充(リアじゅう)」は、リアル(現実)の生活が充実している人物を指す2ちゃんねる発祥のインターネットスラング、だそうです。知らなかった~
真っ赤な表紙には、以下のようにあります。
第163回芥川賞候補作(この本を購入したときは受賞していました)
私を阻むものは、私自身にほかならない。
ラグビー、筋トレ、恋とセックス――
ふたりの女を行き来するいびつなキャンパスライフ。
28歳の鬼才が放つ、新時代の虚無。
物語は、母校の高校ラグビー部でコーチをしつつ、公務員試験の準備に励む大学四年生の陽介の一人語りで進みます。政治家を目指す彼女の麻衣子と、お笑いライブで出会った灯(あかり)との間で気持ちが揺れ動きます。しかし、自分の感情を疑い、どこまでも冷めています。
「日吉には1年前まで住んでいた。3年に上がるとキャンパスが日吉から三田に変わるので、それで三田に引っ越した」とあり、まさにケイオーボーイです。しかも「純粋培養」されたケイオーボーイです。
朝の自慰の解説は、バカバカしいほど詳細を極めます。時間を短縮するだの、射精した後も少量の精液が出るだの、下着が汚れるからシャワーを浴びる前に自慰したほうがいいだの、なに言ってんだかわけわかんない。極めつけは、「私はもともと、セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちがいいからだ。セックスほど気持ちのいいことは知らない」。なんじゃ、これは、噴飯ものですよ、小説家がこんな陳腐なセックス感を書いた小説は、古今東西、見たことがありません。
「灯がまだいなかったときは麻衣子がいたし、その前だって、アオイだとかミサキだとかユミコだとか、とにかく別の女がいて、みんな私によくしてくれた。その上、私は自分が稼いだわけではない金で私立のいい大学に通い、筋肉の鎧に覆われた健康な肉体を持っていた」。おぼっちゃん気質丸出しです。そんなこと自慢しても、どうなるもんでもない。
「灯の性欲は近頃一層強くなり、ついていくのが難しかった。精がつくと聞いた牡蠣やナッツ、ニンニクやオクラなどの食べ物を積極的に摂取し、ドラッグストアで売られているサプリメントにも手を出した。一定の効果はあった。私の精力や持久力は若干の向上が見られた。それでも灯を満足させるには足りなかった」。陽介と初めてだった灯は、とんでもなく急成長。なにしろ灯は、セックスをしないと物事にうまく集中できないらしい。
ラグビーの練習が終わって帰り道、顧問の佐々木の車の同乗し、佐々木の家まで行き、肉を食う。陽介と佐々木の関係が今一つよくわからない。佐々木には「いまだに会うたびに体が仕上がっていくじゃないか。そんなに鍛えてどうするんだ?」と言われる始末。思い出したように挟み込まれる警察官の犯罪、がどういう意味を持つものかは、僕にはまったくわかりません。自分だけがいい子になって正義を振り回している陽介です。
麻衣子と灯は、偶然?町で会い、カフェでお茶をしたという。麻衣子に新しい恋人がいると、灯から聞きます。終電を逃して陽介の家へ泊ったことも、灯は麻衣子から聞き出します。陽介君が初めて私の家に来たときだって、陽介君はまだ麻衣子さんと付き合っていたんですもんね。違うんだと私は言った。正直言って、私は相手が陽介君じゃなくてもいいと考えるようになっていたんです。筋肉質の男の人を見ると、あ、抱いて欲しい、って自然に考えるようになっていたんです。心の中で思うだけでも陽介君に対する裏切りになると思ってたんです。
だから私はいつもポケットに安全ピンを入れておいて、そういうことを考えそうになると、それを自分の指先に刺していたんです。でも私がそうやって我慢していたのに、陽介君は我慢しなかったんですよね。私、陽介君のこと許せない。灯は席を立ち、駅とは反対の方向へ歩き出した。走りながら、待ってくれと言った。灯の前に回り込み、聞いてくれと言った。スポーツウェアを着た男が、こちらを振り返った。私の存在を認めると、私から灯を隠すように、私の正面に立った。男ははなから私を暴漢か何かと決めつけているのが声の出し方でわかった。男は腕の中で激しく暴れ、その拍子に私の肘が男の顎を打った。男はゆっくりと転がった。
ライターの武田砂鉄は、以下のように言う。
「吐き出した言葉を、次の瞬間に疑い始めるようなが反復が、それが物語の凹凸をつくり出すことなく、むしろ平坦に続く」。「欲に動かされる自分を客観視し、今の時代ってこんな感じでしょ、と言わんばかりに社会の規範を自らにぶつけ、言動を具体的に制御する」。
選考委員の吉田修一は、以下のように言う。
「主人公が変な倫理観や世の中のマナーをすごく意識していて、その割には行動にまったく出てこない。人間としてのアンバランスな感じが魅力的に読めた」。
「人間としてのアンバランスな感じ」、さあ、これが魅力的とみるか、はたまた逆にみるかで評価は大きく分かれます。これが芥川賞か、驚きです。
朝日新聞:2020年7月?
朝日新聞:2020年7月22日
朝日新聞:2020年8月1日
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