本谷有希子の芥川受賞作「異類婚姻譚」を読んだ! | とんとん・にっき

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本谷有希子の芥川受賞作「異類婚姻譚」(講談社:2016年1月20日第1刷発行)を読みました。受賞が決まった時に「芥川賞受賞おめでとう」という記事をこのブログに書きました。その後、単行本を購入し、「異類婚姻譚」を読みました。読んでからブログを書きあぐねていると、今朝の朝日新聞「文化・文芸」欄に、本谷有希子が「あらがえぬ日常の息吹」と題して寄稿していました。そこには、受賞会見の日に起こった興奮冷めやらぬ「非日常」が過ぎて「日常」が息を吹き返したことで、以下のようにありました。


今回、私は「異類婚姻譚」という小説の中で、人間ならざるものに変容していく夫をあっさり受け入れてしまう妻の話を書いたのだが、いつのまにか自分も小説の世界に引き込まれてしまったのかもしれない。自分の身に起きたあれほどのことを、わんこそばでもツルッと呑み込むように、すっかり受け入れてヘーゼンとしているのだ。


しかし、この世に日常に打ち勝てるものなどあるだろうか。この世に、わんこそばにならない悲しみや喜びがあるのだろうか。胃の中に入れたものを胃液に消化しないでくれと頼んだって無駄である。日常に抗うこともまた無駄な気がして仕方がない。


本の帯には、以下のようにあります。

子供もなく職にも就かず、安楽な結婚生活を送る専業主婦の私は、ある日、自分の顔が夫の顔とそっくりになっていることに気付く。「俺は家では何も考えたくない男だ。」と宣言する夫は大量の揚げ物作りに熱中し、いつの間にか夫婦の輪郭がまじりあって…。


「異類婚姻譚」は、次のように始まります。


「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。偶然、パソコンに溜まった写真を整理していて、ふと、そう思ったのである。・・・どこがどういうふうにと説明できるほどでもない。が、見れば見るほど旦那が私に。私が旦那に近づいているようで、なんだか薄気味悪かった」。


サンちゃん(私)は結婚してもうすぐ4年。「新婚まもなく、話があるからと座らされ、居住まいを正した旦那に私はこう言われた。サンちゃん。『おれは、テレビを一日三時間観たい男だ』」と。「私は初婚だが、旦那はすでに一度結婚に失敗している。前の奥さんの前ではだらしなさを隠し、いろいろ格好をつけてしまったせいで疲れてしまったらしい。それで、サンちゃんには本当の俺を見せたい。偉く真剣に打ち明けるので、私もうっかり喜んでしまった」。この夫婦は、なぜか子供を作りません。そんな旦那に元妻からシリメツレツなメールが来たりします。


「ハコネちゃん、そろそろセンタと結婚しないの?」と聞くと、もう少し別々の人間でいたい、という。そのハコネちゃんが、「おねえさん、蛇ボールの話、知ってます?」と聞きます。「二匹の蛇がね、相手のしっぽをお互い、共喰いしていくんです。どんどん同じだけ食べていって、最後、頭と頭だけのボールみたいになって、そのあと、どっちも食べられてきれいにいなくなるんです。なんか結婚って、私のなかでああいうイメージなのかもしれない」と。


ハコネちゃんの話には、ひそかに感心させられた。「相手の思考や、相手の趣味、相手の言動がいつのまにか自分のそれに取って代わり、もともとそういう自分であったかのように振る舞っていることに気付くたび、いつも、ぞっとした。やめようとしても、やめられなかった。おそらく、振る舞っている、というような生易しいものではなかったのだろう」。


「蛇ボールの話をハコネちゃんから聞かされて、私はこれまでずっともやもやしていたことが、ようやく腑に落ちたと感じた。おそらく私は男たちに自分を食わせ続けてきたのだ。今の私は何匹もの蛇に食われ続けてきた蛇の亡霊のようなもので、旦那に呑み込まれる前から、本来の自分の体などとっくに失っていたのだ。だから私は、一緒に住む相手が旦那であろうが、旦那のようなものであろうが、それほど気にせずにいられるのではないか」。


「暗闇の中で旦那は、手早く私のパジャマの下だけを脱がせた。やがてもそもそと自分の上で動き出したものが、旦那なのか、旦那らしきものなのか考えると恐ろしくなり、私はひたすら目を瞑り続けた。・・・あっ、これは蛇ボールではないかっ。私はとぐろを巻き始めるような感覚をやり過ごそうと、ますます目を固く瞑った。・・・気付けば、私は自分から、せっせと旦那に体を食べさせてやっているのだった。旦那があまりにおいしそうに私の体を呑み込むので、その味覚が自分にも伝染し、私は自分が味わっているような気分になった」。


同じマンションの知人宅に飼われているネコ・サンショ、粗相するようになったので群馬の山中へ捨てに行ったりもします。「『私にへばり付いたって、意味ないョ』。私は旦那の背中に向かって話しかけた。・・・そうまでして女房になりたいか。・・・『旦那はもう、山の生きものになりなさいっ』と鋭く命じた」。「積み上げたバスタオルの背後には、一輪の山芍薬が咲いていた。旦那とは似ても似つかない、透けるように白い花びらをつけた山芍薬だった。あの人、こんなかわいいものになりたかったのか」。


「夫婦というものは不思議なものである。これほど近くにいながら、毎日寝起きを共にしながら、私は彼が山芍薬になりたがっていたことなど、露も知らなかった。夜が明けてから、私はその山芍薬を山まで還しに行った。・・・よく陽のあたる静かな場所に、ひとりでは寂しがるだろうと思い、近くに咲いていた紫色の竜胆と並べて植えてやった」。


「翌年の晩春、私は山芍薬になった旦那に会いに行った。・・・心ゆくまで過ごし、さあそろそろと立ち上がると、どちらが旦那なのか分からないほど、二輪の花がよく似ていることに気が付いた。じっと見るうち寒気がしてきて、私は逃げるように岩場を離れ、一度も振り返らずに、山を下りた」。


選考委員の奥泉光は本谷作品について、次のように言う。「説話の構造を現代小説に生かすことに成功している。夫婦間の不気味な関係を巧みに描いた」と。果たして二人は異類なのか、それとも同類なのか?


本谷有希子(もとや・ゆきこ)
1979年生まれ。2000年、「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。2006年上演の戯曲『遭難、』により第10回鶴屋南北戯曲賞を史上最年少で受賞。2008年上演の戯曲『幸せ最高ありがとうマジで!』により第53回岸田國士戯曲賞受賞。2011年に小説『ぬるい毒』で第33回野間文芸新人賞、2013年には『嵐のピクニック』で第7回大江健三郎賞を受賞。他の著書に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』『あの子の考えることは変』『生きてるだけで、愛』『グ、ア、ム』など多数。


朝日新聞:2016年2月5日朝刊
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