【家を追い出されたばーちゃん】がウチに来ちゃった!
~★介護日記★~
☆認知症ばーちゃん&うつ病長女&心身症孫
のドタバタ話 →こちらから
☆姑はなぜ自分の家を追い出されたのか?
→こちら (発端)
次男夫婦と同居するため家を建ててあげたのに、同居したら鬼嫁👹にひどい扱いをされ、最後はその家を鬼嫁👹に追い出されて、わが家に引っ越して来たばーちゃん(姑)の、ワガママカマッテチャンぶりについては、こちらを見てね
じーちゃん(義父)の話の続きです🙇
「伯母にだけ義母の末路が見えた訳」のつづきです
☆これまでのお話
じーちゃん(夫の父親)は、67歳の冬
「脳の中の大きな動脈瘤が、いつ破裂してもおかしくない危険な状態」
と言われて手術。
脳動脈瘤への血流をクリップで止める手術は成功、じーちゃんは手術後、後遺症で記憶障害が出ていたけど、1年でそれもほぼ改善されてほっとしたのもつかの間、肺がんが見つかる。入院して抗がん剤投与したけど、あまり効果が出ず。。。
じーちゃんはそのまま入院することになり
ガンが広がるスピードは、想像より速かった。。。
毎朝感じる、言葉では表せない気持ち
若かった頃
(っていうか、ほんの10年ほど前まで)
(正確には、夫の悪性リンパ腫が発覚するまで)
朝目覚めたとき![]()
今日は一日何をしようか?
どんな一日になるかな?
とワクワクしていた![]()
67歳の今
言葉では説明できない感情。。。
焦り? 漠然とした不安? 嫌な予感?
う~ん、どの言葉もしっくりこない![]()
今確実に言えることは
昨日と同じ今日、今日と同じ明日があるとは限らないってこと。
病気も、事故も、災害も、突然ぱっくり開いた落とし穴にはまり込むように
まったく前触れなくやって来て、何気ない日常が突然崩れ去る![]()
父が倒れた時がそうだった↓↓↓
兄が交通事故に遭った時もそうだった↓↓↓
じーちゃん(義父)の健康寿命が終わった年と同じ年齢になった私達夫婦。
じーちゃんがそうだったように、夫は今もフルで働いている。
「もしこれで今倒れたら、オレは何も楽しまないで人生が終わってしまう」
と夫は時々言う。
実際じーちゃんは、「老後ばーちゃんと車で色々な所へ行く」と言っていたけど、叶わなかった↓↓↓
☆迷う夫に私も
「仕事を辞めるならそれでも私はいいよ、反対しない。貯金もある程度あるし」
と言うけど、でも、ちょっと不安が。。。
夫は仕事をやめたら色々したい事があると言いながら、
毎日ダラダラ、テレビの前で過ごす様子が目に浮かぶ。
絶対ジムには行かない。
ストレッチも絶対しない。👈そういう所、ばーちゃんそっくり![]()
それでは健康寿命がさらに縮んでしまう![]()
・毎日を大切に過ごす
・やりたいことは「いつか」ではなく「今」やる
・積極的に体を動かす
・神様仏様に、毎日何事もなく無事過ごせたことに感謝して、
「事故や病気から家族を遠ざけてください」とお願いする。
後悔しないように、意識して色々しているつもりなのだけど。。。
それでも、何か漠然としたモヤモヤがどうしても離れない![]()
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つづく🙇![]()
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☆姑の足が動かなくなってから特養に行くまで
「姑と私の母の介護から考える理想の老後」
「95歳姑が突然入院、重篤な状態」
「突然ですが…ばーちゃんが・・・」
「介護ベッドを買ってはいけない!」
「姑の49日終わり遺産相続の話へ」
「姑を追い出した鬼嫁に下った天罰」
「胸を締め付ける後悔の念」
「限られた健康寿命をどう過ごす?」
「健康寿命:夫の父親の場合」
「義父が脳神経外科で検査した結果」
「義父はいよいよ脳神経外科手術へ」
「脳の手術は成功したが翌日に異変」
「義父脳手術後心無い義弟の言葉」
「孫の刺激で義父の記憶障害改善」
「義父の癌を夫のせいにする義弟」
「義父入院、抗がん剤投与へ」
←こちらから(アメトピに掲載されました❣)
「私達が義父の健康寿命を縮めた?」
「見舞いの度病状悪化している義父」
「看病で弱る義母の心を操る義弟」
「鬼嫁と結婚後変わった義弟の性格」
「孫に義父の見舞に来るなと言う義母」
「癌最末期でも意識はしっかりある」
「孫連れて義父との最後の面会へ」
「最愛の孫に残した義父最後の言葉」
「義母が孫に初めて背を向けた理由」
「終末期の義父横で相続話する義弟」
「追い出される引き金自ら引いた姑」
「家の建替で誰も幸せになってない」
「実現しなかった義父の夢」
「夢実現できなかった義父の思いは」
「相続話されて逝った義父の心の中」
「義母は家の名義を自分にせず後悔?」
「姑の末路を早くから見抜いた伯母」
「伯母にだけ義母の末路が見えた訳」

