※登場する人物・団体名等は、架空のもので実在しません。
昼食休憩中、雲母は局面の打開策を見出せないまま、午後の対局が始まった。難解な局面が続き、形勢は後手が有利な状況へと変わっていった。100手目。後手は、98に飛車を打ち下ろした。この時点では、後手の優勢がはっきりしていた。雲母は、78角と王手を受けた。控え室では検討が進められていて、後手の勝勢が語られていた。
「77銀と打たれて、角を取りながら飛車成で勝負あったという感じですか?」
「そうですねえ。取った角を合駒に使えますから、後手玉には詰みはないですか。」
「ですねえ。この角合いが絶妙ですね。際どいけれど、後手玉は詰みません。」
「後手の勝ちがはっきりしてきましたか・・・」
この局面では、雲母自身も77銀と打たれて角を取られれば、勝ち目がないことを理解していた。「ここまでか・・・」と心の中で呟いた。検討ソフトの形勢判断は、9対91で後手の勝勢を示していた。雲母は気持ちを整えながら、後手の次の一手を待った。少考の末、後手が駒台から77に駒を置いた。その瞬間、雲母を疑った。控え室では、悲鳴に近い声が上がった。
「歩でいいのですか?」
「後手玉は大丈夫なのですか?」
「えっ。これ、後手玉詰んでませんか。」
「詰みですか?」
この77歩の瞬間、検討ソフトの形勢判断は、99対1へと先手勝ちとの評価に変わっていた。後手玉は、63桂成からの29手詰を示していたのだ。しかし、後手の表情は変わらず、余裕さえ感じさせるものであった。検討室では、先手63桂成後の指し手が並べられていた。
「君家先生は、自玉の詰みに気づいていない感じですね。」
「ですねえ。この77歩は、痛恨の一手ですね。」
「この頓死は辛いですねえ。」
控え室の検討は、先手の勝ちということで打ち切られた。77歩を見た雲母は、差し手を確かめるかのように盤上を凝視した。そして数分後、63桂成から82飛と王手をした。後手は、銀合い。ここで、銀の代わりに角であれば詰まなかったのである。115手目。君家二冠が投了した。
同時に、報道関係者が大勢対局室に流れ込んできた。
「雲母五段、名人戦挑戦権獲得、おめでとうございます。ご感想をお聞かせ下さい。」
「はい、終盤は随分追い込まれた状況で、際どいながらも、少し足りないなと思っていまし た。最後、詰みがあったのは幸運でした。」
「ランキング下位からの名人挑戦は、初めてのことになるのですが、その点はいかがですか。」「そうですねえ。どの局も難しい将棋ばかりで、ここまでこれたことに、自分でも驚いてい ます。」約二十分ほどインタビューが続き、その後、感想戦が行われた。77歩の局面が焦点となり、両者の意見が交わされた。
「77銀と打たれた後のことばかり考えていました。」
「そうですか。私は、77歩のところでは勝っているのかなあと思いながら指していたので すが、詰みがあるのには気づいてなかったですねえ。」感想戦は、一時間ほどで終わった。名人戦挑戦権獲得で、規定により、雲母は即日七段に昇段した。世紀の大一番を制し、心底疲れ切った雲母であったが、夢の大舞台への気持ちが、その疲れを忘れさせるのだった。
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