※登場する人物・団体名等は、架空のもので実在しません。
二日後、師匠の中根九段から連絡が入った。次の対局の準備をしていた雲母は、何事かと電話に出た。
「雲母君、実は頼みがあるんだ。君にしか頼める人がいなくてねえ。」
「何でしょう。私ができることならば、何でもお手伝いします。」
「そう言ってくれると助かるよ。今度の名人戦第四局なんだけど、記録係の子が、急病になってねえ。君に頼みたいんだよ。」
「名人戦の記録係ですか・・・」
「急なんだが、何とか頼むよ。」
「承知しました。任せてください。」
「そうか、ありがとう。では、明日十時に、東部会館に来てくれ。打ち合わせをしよう。」
「はい、承知しました。では、明日。」
雲母は、電話を切った後、大きなため息をついた。
「寄りによって、臥龍岡の対局の記録係とは・・・。仕方ない。仕事と思って臨むしかないな。」
他ならぬ師匠の頼みを断れるはずもない。雲母は、師匠のために働くのだと自分に言い聞かせるのだった。
次の日、会館の応接室で打ち合わせが行われた。出席者は、会長の中根九段、立会人の井ノ瀬九段、副立会人の後藤七段、そして、雲母の四人であった。対局者の打ち合わせは既に済んでいた。雲母は、この席に臥龍岡がいないことにほっとしていた。
「雲母君、急な依頼を引き受けてくれてありがとう。本当に助かるよ。」
立会人の井ノ瀬九段がそう言って頭を下げた。
「井ノ瀬先生、精一杯務めさせていただきます。よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
この後、対局に関わる日程やそれぞれの役割について詳しい打ち合わせが行われた。出発は明後日、羽田空港から北海道千歳空港へ。そこから札幌の対局場のホテルへと向かう。対局前日の検分が十五時から行われる予定だ。幸いなことに、雲母は検分には同席する必要はないが、前日から札幌入りしなければならなかった。
雲母が、この仕事で高速されるのは都合三日間。そして、帰ってきた二日後には、運命の大一番の対局が待っている。雲母は、この三日間が、自分の対局に悪影響を与えることがないようにと願うばかりだった。
【これまでの主な登場人物】
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