※登場する人物・団体名等は、架空のもので実在しません。
雲母は、凛子の店の前に立った。しかし、何となく入るには気が進まなかったが、意を決して、暖簾をくぐった。
「岳ちゃん!ダメだったの・・・その顔つきからすると・・・。」
「白星だよ・・・。」
「よかったあ。ダメだったのかと思ったわ。勝ったのに、まるで敗者のような顔・・・。何 かあったの?」
雲母は、ことの顛末を詳しく凛子に話した。そして、深いため息をついた。
「そうだったの・・・。」
凛子は、雲母の複雑な心境が、同じ勝負師として深く理解できた。そして、敢えていつものように明るい声で言った。
「岳ちゃん、今日の勝負は、将棋の神様が『雲母よ、お前はここで終わる人間ではないだろう。』って、チャンスをくれたのよ。将棋の神様にお礼を言わなくちゃねえ。」
努めて明るく接してくれている凛子の気持ちが、雲母には痛いほどにわかった。
「そうだなあ。凜ちゃんの言う通りだよなあ・・・・」
「さあ、飲みましょう。嫌なことは飲んで吹き飛ばすのよ!」
「よーし、飲もう!白星に乾杯だあ!」
「今夜は貸し切り!」
そう言って、凛子は暖簾を取り込んでしまった。凛子は、今日の結果が気になって何も手がつけられない状態だった。だから、嫌な出来事にもかかわらず、報告に来てくれたことが嬉しくて仕方なかったのだ。どのくらい時間が経ったのだろう。雲母は、ほろ酔い気分でカウンターで寝てしまっていた。凛子は、その寝顔を見ながら呟いた。
「岳ちゃん、私は何があってもあなたの見方よ。あなたは、私にとって一番大切な人。頑張ってね・・・。」
そう言った瞬間、雲母が呟いた。
「凜ちゃん、ありがとね。大好きだよ・・・ムニャムャ・・・。」
「えっ、岳ちゃん・・・。寝言かあ・・・。でも最高に幸せな言葉よ!」
凛子の心は、何とも言えない暖かさに包まれていた。
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