※登場する人物・団体名等は、架空のもので実在しません。
翌朝八時、雲母は東部将棋会館のロビーにいた。コーヒーを飲みながら、九時の対局開始に備えていた。暫くすると、凛子がエントランスに現れた。黒いスーツに身を包み、エレベーターに向かった。凛子の顔は、昨夜とは一変して勝負師そのものであった。雲母は、その姿に心地よささえ覚えた。同時に、勇気を貰えたと感じたのだった。
八時四五分、雲母は携帯電話を記録係に預け、対局室へ入った。既に、対戦相手の笹野七段が座っていた。
「おはようございます。よろしくお願いします」
「おはようございます。」
互いに挨拶を交わし、駒並べが始まった。
「本日の対局は、持ち時間各四時間、使い切ると一手六〇秒以内の秒読みです。それでは、 雲母四段の先手で始めてください。」
記録係の乾いた声が響いた。一礼後、雲母はお茶を口にして、暫く盤面を見つめた後、飛車先の歩を突いた。
後手の笹野七段は、五〇歳の大ベテランで、居飛車振り飛車の両刀遣いの強豪だ。雲母は、後手が角道を開けるのか、飛車先を突くのかと考えながら、静かに指し手を待った。二分の考慮で、後手も飛車先を突いた。互いに飛車先の歩を中段まで突き合った。雲母は、角道を開け、角換わりへと誘導した。後手も角換わりを受け入れ、戦型が決まった。
序盤は、ほぼ定跡の手順で進み、局面は難解な中盤戦へと移った。形勢は互角。互いに仕掛けのタイミングを図る手順が続いた。雲母は、攻め時とみて、45桂と跳ね、後手の銀の動きを催促した。後手は、22銀と引き、壁銀の悪形を選んだ。雲母は、Ⅰ筋の歩を突き捨てた。局面は、一手間違えば即地獄という激しいものになっていった。
時刻は十一時五十五分。手番の雲母は、昼食休憩に入ることを告げた。昼食時間中もじっくり考えたいと思ったのだ。
【これまでの登場人物】
雲母 岳 35歳独身 ランキング外棋士四段 ランキング外所属10年目で引退が迫る |
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町田 凛子 30歳独身 女流棋士 雲母とは、錬成会の同期 雲母のランキング昇格を心から願う存在 居酒屋「凜」の女将 |
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臥龍岡 拓磨 名人位、龍将位、十段位の三つを保持している棋界の第一人者 雲母とは錬成会の同期 |
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