将棋小説「背徳の棋譜」人生を賭けた三番勝負⑱ | 藤井七冠応援ブログ

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※登場する人物・団体名等は、架空のもので実在しません。

 

 昼食休憩まであと三十分。局面は膠着状態で、互いが仕掛けのタイミングを推し量っていた。雲母は、玉の堅さを頼りに、仕掛ける決断をした。念入りに手順を確かめるために、このまま昼食休憩に入ることを考えていた。

  十二時、記録係が昼食休憩の時刻であることを告げた。羽柴九段が先に立ち上がり、対局室を出て行った。雲母は、数分盤面を見つめた後、対局室を後にした。
 雲母の勝負メシは「カツ丼御膳」。控え室で一人で食べるのは味気ないことだが、この日ばかりは有り難い気がしていた。箸を運びながらも、頭の中は盤面が占領していた。指し手の枝葉を辿りながら、入念に手順を確認する雲母には、この一番に負けると棋士生命が終わるという悲壮感はなかった。そこには、ただ純粋に最善手を追い求める棋士の姿があった。

 昼食休憩が終わる五分前、雲母は対局室に戻った。程なく、羽柴九段も着座した。十二時四十分、雲母は開戦の狼煙を上げた。もう後戻りはできない。攻めきるか、切らされるか。雲母は、渾身の一手を放った。「そっかあ。」その手を見た羽柴九段は、そう呟いた。
 控え室で検討をしている棋士や錬成会の三段たちは、雲母の決断の一手に驚きの声をあげた。
「おおー。雲母さん行ったなあ!気合いの勝負手だ。」
「この手は、十分成立するなあ。」
「羽柴九段は、当然読んでいたと思うが、指されてみると応手が難しい。」
検討を将棋ソフトで行っていた錬成会員が呟いた。
「この手は、応手を誤ると一気に劣勢になるようですよ。」
この言葉に、皆が注目してパソコン画面をのぞき込んだ。
「何という恐ろしい一手なんだ。」
「雲母さんは、いつからこの局面を考えていたんだろう。」
控え室は、騒然となっていた。



 

 

 

【これまでの主な登場人物】

雲母 岳
35歳独身
ランキング外棋士四段
ランキング外所属10年目で引退が迫る





 
町田 凛子
30歳独身
女流棋士
雲母とは、錬成会の同期
雲母のランキング昇格を心から願う存在
居酒屋「凜」の女将


 
臥龍岡 拓磨
名人位、龍将位、十段位の三つを保持している棋界の第一人者
雲母とは錬成会の同期






 
水原 連
元錬成会三段
東都大学の准教授
将棋AIソフト「水蓮」の作者
雲母の後輩






 

中根 誠
将棋連合会会長
第20世名人
雲母の師匠






 

 

 

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