※登場する人物・団体名等は、架空のもので実在しません。
昼食休憩まであと三十分。局面は膠着状態で、互いが仕掛けのタイミングを推し量っていた。雲母は、玉の堅さを頼りに、仕掛ける決断をした。念入りに手順を確かめるために、このまま昼食休憩に入ることを考えていた。
十二時、記録係が昼食休憩の時刻であることを告げた。羽柴九段が先に立ち上がり、対局室を出て行った。雲母は、数分盤面を見つめた後、対局室を後にした。
雲母の勝負メシは「カツ丼御膳」。控え室で一人で食べるのは味気ないことだが、この日ばかりは有り難い気がしていた。箸を運びながらも、頭の中は盤面が占領していた。指し手の枝葉を辿りながら、入念に手順を確認する雲母には、この一番に負けると棋士生命が終わるという悲壮感はなかった。そこには、ただ純粋に最善手を追い求める棋士の姿があった。
昼食休憩が終わる五分前、雲母は対局室に戻った。程なく、羽柴九段も着座した。十二時四十分、雲母は開戦の狼煙を上げた。もう後戻りはできない。攻めきるか、切らされるか。雲母は、渾身の一手を放った。「そっかあ。」その手を見た羽柴九段は、そう呟いた。
控え室で検討をしている棋士や錬成会の三段たちは、雲母の決断の一手に驚きの声をあげた。
「おおー。雲母さん行ったなあ!気合いの勝負手だ。」
「この手は、十分成立するなあ。」
「羽柴九段は、当然読んでいたと思うが、指されてみると応手が難しい。」
検討を将棋ソフトで行っていた錬成会員が呟いた。
「この手は、応手を誤ると一気に劣勢になるようですよ。」
この言葉に、皆が注目してパソコン画面をのぞき込んだ。
「何という恐ろしい一手なんだ。」
「雲母さんは、いつからこの局面を考えていたんだろう。」
控え室は、騒然となっていた。
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