※登場する人物・団体名等は、架空のもので実在しません。
控え室に入室した雲母は、用意された昼食を食べようとした。
「今日の昼は用意されたものかあ。勝負飯にカツ丼が食べたかったなあ~。」
とぼやく雲母であった。その時、携帯電話が鳴った。凛子からだった。
「岳ちゃん、もうお昼終わった?」
「今、用意された弁当を食べようとしたところだよ。」
「そう、間に合ってよかった。今、特別なお昼を持ってきたところよ。何処にいるの?」
「会館の控え室だよ。」
すると、ドアがいきなり開いた。
「はーい、お待たせ!」
「凜ちゃん!もう来ていたのかあ!」
「へへ。きっと午後からも対局だと思ってね~。ここにいるところを見ると、午前の対局は 勝ちね。」
「はっはは。凄い動きだねえ。凜ちゃん。」
「さあ、勝負飯よ。これを食べて連勝と行きましょう!」
「おお!特製のカツ丼だあ!ありがとう。食べたかったんだ!」
「じゃあ、このお弁当は持って行くわね。私も午後から仕事なの。じゃあ、頑張ってね。」
「ありがとう。最高のお昼だよ。ああ、それと中根会長はピンピンしてたよ。」
「それはよかった。じゃあね。」
「うん。」
思いも寄らない展開に驚きながらも、凛子が用意してくれたカツ丼を楽しむ雲母であった。
午後の対局が始まった。先手は雲母。対戦相手は、新進気鋭の田原五段。純粋の居飛車党で、いずれはタイトルを取るだろうと言われる若手であった。雲母は、いつものように飛車先を突いた。後手も応じるように、戦型は角換わりとなった。互いに角を手持ちにしたまま、中盤へと流れ込んだ。局面は、六十手を過ぎても互角の展開となっていた。難解な中盤戦が続き、局面は終盤へと進んだ。136手目、後手が3五の金を4五に寄った。ここでは3二角と王手で迫れば、先手が優勢となる局面であった。しかし、雲母が選んだ手は、最悪の5七角打つであった。互いに一分将棋の中では、この手を責めることはできない。指した後、雲母は愕然としたのだった。
「3五銀と王手されたら・・・」
記録係の声が響く。
「50秒、1、2,3・・・」
乾いた声には感情が全くない。容赦なく秒読みは続く。雲母は、負けを覚悟した。そして、指された次の一手は、何と4六歩。大悪手の一手であった。九死に一生を得た雲母は、3二角の王手から後手玉を追い詰めていった。155手目、雲母の3六金打つを見て、後手の田原六段が投了を告げた。田原六段は、額に手を当てて身動きできない状態だった。雲母も、長手数の1分将棋の疲れから、盤面を見つめるのが精一杯であった。しばらく無言の状態が続いた後、雲母から声をかけた。
「4六歩で、3五銀と打たれたら・・・」
「ああ、3五銀ですかあ。見えていなかったですねえ・・・」
「3二角といっても届かなかったように・・・」
「なるほど、3五銀かあ・・・」
感想戦は、この局面に集中して行われた。駒の片付けが終わり、礼をかわした後、田原六段が退出しても雲母は身動きできない状況だった。気を取り直し対局室を出ると、記者たちが待ち構えていた。
「雲母先生、おめでとうございます。これで27連勝ですね。大記録更新が現実のものと 成りそうですが、ご感想をお願いします。」
「いやあ、何と言えばいいのか・・・」
「あと3連勝で大記録達成ですが・・・」
「そうですねえ。兎に角、全力で進むしかありませんから。」
「将棋フアンも大注目しています。ご検討をお祈りします。」
「ありがとうございます。」
ごった返す中、向こうに中根会長と凛子の笑顔が見えた。その瞬間、心がぐっと温かくなるのを感じた雲母であった。
新作です。オリジナル・ジャズバラードです。
【これまでの主な登場人物】
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