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今回は指定名称が長くて具体的なので学術的な響きを持っていて、なんだか高尚な感じを受ける天然記念物を紹介します。
その名も六合チャツボミゴケ生物群集の鉄鉱生成地です。
とにかく漢字ばかりの名前で、何かとんでもないものがあるのかも?と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。
ただ実際に行ってみたら、お堅いイメージとは違った、水墨画に色が付いたような幻想的な風景が広がっていました。
日本ではとても珍しい現象が目の前で起きている場所なのはわかりましたが、そんな小難しいことは置いといて、まずは淡緑色のコケに覆われた清逸な眺めを堪能しましょう。
ここはかの群馬県の名湯・草津温泉から車で30~40分ほど東へ走ったところにあります。公共交通機関は通ってません。
近年はインスタ映えする観光スポットとして、草津温泉から足を延ばす観光客が増えたとのことです。
現地は環境保護のため、一般の車両は進入禁止になっています。現地から約1kmほど離れた場所に来訪者用駐車場があり、受付事務所や土産物店、ガイダンス施設があります。
ここで入場料を払い、送迎バスで現地まで送迎してもらう形式がとられています。送迎バスを使わなければ、徒歩で訪ねることもできます。その際は受付事務所から遊歩道を1kmほど歩くことになります。
送迎バスを降りると、沢が流れています。この沢沿いに見られるコケがチャツボミゴケです。
しかし、幻想的な風景はもっと先になります。
まずは登り口から沢に沿って、下のような遊歩道を5分ほど歩きます。
やがて、大きな滝が見えてきます。湯滝といいます。この滝は珍しいことに、温泉水が流れ落ちています。
だから湯滝といいます。
さらに進むと、なんとも不可思議な風景が見えてきます。
剥き出しの茶色や黒の岩の間を、静かに流れる沢の水。その岩に張り付くのは、一面のコケ、コケ、コケ…。
まばらに茂る背の高い草がまたワンポイントとなって、なんて水墨画チックな風景なのでしょう。
これこそがチャツボミゴケの巨大群落なのです。このコケが作り出したこの風景が、とても珍しくて貴重なのです。
まず、ここは褐鉄鉱を採掘する鉱山の跡地(群馬鉄山)であり、剥き出しの岩は露天掘りで採掘された名残です。
もともと火山地帯のため、ここから涌出する水は鉄分を含み、硫化水素が溶け込んでいるためpH2.5~2.7という強酸性を示します。
その鉄分が沈着して褐鉄鉱が生じ、その鉄資源が採掘されていました。時は戦時中、まさに資源不足に喘いでいたさなかの話です。
戦争末期の資源不足や戦後復興の資源供給を支えた鉱山でした。しかしここの褐鉄鉱はヒ素を多く含んでいて、そのままでは精錬に向かないことや資源の枯渇のために昭和41(1966)年、群馬鉄山は閉山しました。
採鉱と強酸性の温泉が滾々と湧く土地のため、草木は再生せず荒れた土地となりました。その光景から、ここは「穴地獄」と呼ばれています。
そんな地獄もコケのおかげで、他では見られない珍しい光景が広がっています。そこで一帯は「チャツボミゴケ公園」として整備されました。それがメディアなどで紹介されるようになり、今では知る人ぞ知る観光名所となりました。
さて、このコケとはどんなコケなのでしょう?
その辺に生えているコケとは何が違うのでしょう?
このコケ、数は少ないけれども日本各地で見られるもののようです。ただ特殊な環境を好むため、たくさん見られるものでもないのです。
このコケが好む環境とは、なんと強酸性の環境。そう、まさに湧き出す水が亜硫酸にさらされている、ここ穴地獄のような温泉地にだけ着生します。
しかもこのコケは重金属、それこそ鉄やヒ素、水銀を組織内に吸収して蓄積する性質も持つのです。
穴地獄で見られる褐鉄鉱はチャツボミゴケによって沈着したものだったのです。
つまり、生物によって重金属が蓄積され、鉱物として生成している。しかもそれが現在も目の前で進行中、という現場がこの穴地獄という場所なんです。
日本は各地に温泉地帯がありますので、そういう現象が小規模に観察できる場所は結構あるようです。しかし、これほど大規模に観察できる場所は日本でも少ないため、天然記念物に指定されたのです。
周辺で見られる普通のコケとも比較してみましたので、後ほど見てみます。
このような場所で他によく知られているのは北海道にある「オンネトー湯の滝マンガン酸化物生成地」があります。こちらも天然記念物に指定されています。
天然記念物は大規模な生成地が指定されていますが、
穴地獄も、「チャツボミゴケにおいては日本一大きな群生地かつ生物による大規模な鉱物生成現象が進行中の場所」ということが指定理由のひとつとなっています。
チャツボミゴケを拡大して撮影してみました。
一見するところ普通のコケのようです。
穴地獄の辺りに生えていた、他のコケと比較してみました。
これはチャツボミゴケ公園の周辺で、酸性の環境ではない場所に生えていたものです。
これらは山の中でなくてもあちこちで見られる、普通のコケです。
比較してみると、見た目からして全然違いますね。普通のコケは葉状体(葉っぱのような部分)が比較的大きいです。
チャツボミゴケはそこまで大きく広がっていません。
現地で観察すると、形態もさることながら繁茂する場所もハッキリと違いがあります。
チャツボミゴケが生えている場所は、常に温泉水が掛かるような場所です。だから近づいてみるとコケは常に水に濡れています。
普通のコケは、そこまで湿った場所にありません。
また遠目に見ると、チャツボミゴケが生えたところはやや黄色みが掛かって見えますよ。
そして、周辺の土壌も改めて観察してみました。
岩が風化したような見た目の粗い、砂のような土壌が広がっています。いかにも草が生えにくそうな土です。
表面は黒っぽく、崩落して新鮮な面をさらしている崖の表面は赤茶けています。
遊歩道の路面も赤茶けた、まるで粗い砂のようです。
これ、赤サビと同じものですね。
褐鉄鉱、なんて言いますが、酸化鉄が主成分の天然鉱物の一般名称が“褐鉄鉱”なんです。
酸化鉄だから赤っぽく見えるわけですね。
ここは標高が高いので避暑にはうってつけで、梅雨が明けて猛烈に暑くなる頃に訪ねるのがおススメの場所です。
流れる水も涼しげです(温泉ですが)ので、これからの時期に訪ねることをお勧めします。
なお、流れる沢は温泉とはいえ強酸性のため、金属を腐食させ、皮膚に炎症を起こす可能性があります。環境保護のためにも木道や歩道以外の場所へ入る、水辺へ近づくなどの行為は絶対にやめましょう。
ちなみに、12月~4月は雪や凍結のため閉鎖されるそうです。訪問の際にはご注意ください。
さて今回は、もう一か所、群馬鉱山から産出した鉄鉱石を搬出した鉄道跡、旧太子(おおし)駅も訪ねてみました。
私は決して鉄道ファンではありませんが、鉄道は大好きです(どちらかというと“死に鉄”)。
廃線跡と聞いて、訪ねてまいりました。
チャツボミゴケ公園からは山道を下り、1時間ほどで到着しました。途中には花敷温泉や尻焼温泉といった、群馬の秘湯といわれる温泉郷もありました。
コチラは廃駅の跡を利用して小さな鉄道テーマパーク、というか博物館となっています。
ここから鉄鉱石を搬出していたので貨物営業が主だったそうですが、旅客営業もしていたといいます。
昭和45(1970)年に赤字のため廃止となっています。それもむべなるかな、今でも人家がまばらな山深い場所です。
もともとは群馬鉄山を経営していた日本鋼管(株)(現在はJFEスチール(株))専用線として戦争末期の昭和20(1945)年に開業した太子線の始発駅でした。
戦後、国鉄(現JR東日本)に編入され、現JR吾妻線の太子支線として旅客営業も始まりました。
しかし昭和41年には群馬鉄山が閉山となり、赤字のため旅客営業もその後廃止されたのでした。
鉄鉱石搬出のためのホッパーが風雪にさらされながら往年の姿を伝え、旅客用のホームや駅舎が復元されて現在はマニアだけでなく一般の方にも楽しめる施設として公開されています。
ここにチャツボミゴケの化石(褐鉄鉱の岩塊)が展示されていました。
チャツボミゴケによる褐鉄鉱の沈着の始まりは、炭素14法による年代測定では約1.0万年前に遡れることが分かっています。
この化石はその古い時代のものであり、表面にコケの痕跡(化石)が見られました。
敷地内には旧太子駅の施設が往年のまま保存されていました。
ホッパーは当時から風雪にさらされ、崩壊が進んでいます。
その様子はまるでローマの古代神殿のようです。登録文化財に登録されています。
線路は当時のまま、ホッパーは鉄骨が剥き出しで今にも崩れそうでした。
ホッパーの上り方面からは、群馬鉄山から鉱石を運ぶための索道跡が今でも見通せます。架線柱は撤去されていますが、山の間に谷間となっているところが索道跡です。
索道で運ばれた鉱石はここに集積され、ホッパーで貨物に積まれて長野原方面(現在は長野原草津口駅となっています)まで運ばれていました。
崩れそうになりながらもよく今までその姿を残していました。それにしても保存状態がよくないことは明らかです。登録文化財でしかないので今後の保存に不安を覚えます。これからも群馬鉄山の歴史を恒久的に伝えていってほしいものです。
これで群馬鉄山とその関連の遺構をひととおり巡りました。
この後は、近くにある中之条町六合 赤岩集落へ向かいました。ここは一時、世界遺産の候補にもなった養蚕の里です。現在は伝統的建造物群保存地区に選定されています。
でもその前に一度、草津温泉へ戻って、先ごろ国指定文化財となりました草津温泉 湯畑を紹介したいのです。
というわけで次回は「草津温泉 湯畑」を紹介します。
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六合チャツボミゴケ生物群集の鉄鉱生成地 (平成26年6月 天然記念物、群馬県吾妻郡中之条町入山)
チャツボミゴケ(学名:Jungermannia vrucanicola・ユンゲルマンニア ヴルカニコーラ)は酸性水域の水中や水辺に分布する水生のコケです。耐酸性であることはもちろん、好酸性であり、水銀などの重金属を高濃度に蓄積する性質があることが注目されています。
群馬県中之条町にあるチャツボミゴケの群集地は日本最大の群集地であり、現在も鉄製文やヒ素などの有害成分がコケによって蓄積され鉱石を生成しており、その生成過程が観察できることが貴重であることから天然記念物に指定されました。もともと廃鉱跡であり、人為的な自然破壊行為があった場所が天然記念物に指定されるのは珍しい例です。
参考文献:「銅ゴケの不思議」、佐竹研一・著、株式会社イセブ(2013)