死ぬまでにすべての国宝を肉眼で見る

死ぬまでにすべての国宝を肉眼で見る

2025年12月現在の国宝の総数1,149件。そのうち、美術工芸品916件。これをすべて肉眼で見ようという計画です。関西中心の情報をお届けします。

展示が後期展示へと切り替わった中で、申し訳ないのですが、レポートできていなかった、前期展示の国宝をレポートします💦




・国宝 一遍上人絵伝(一遍聖絵)〈法眼円伊筆/〉より
巻第三
清浄光寺(遊行寺)所有の国宝。鎌倉時代 正安元年(1299年)の作。

鎌倉時代に、"時宗"を広めた僧、"一遍(いっぺん)"の事績を描いた絵巻です。
巻中4m程を、展示していました。
比較的ワイドな、縦30cmはある作品。
"絹本"なので、紙ではなく"絹の布"に描かれています。
大振りながら緻密に描かれ、剥落も少ないので、単眼鏡でじっくり見てみました。

"一遍上人絵伝(一遍聖絵)"は、僧 一遍(いっぺん)の一生を、その事績とともに絵巻で描きながら、一遍が生涯で訪れた様々な土地の風景を、名所絵のごとく描いている、一粒で2度美味しい絵巻になっているんですね〜

この巻第三では、吉野→大峯→熊野へと移動するルートを描いています。
↑まずは、大峯から熊野に向かう途中、僧の一行との出会いがあります。見づらいので拡大・加工します。
↑右側が一遍一行、左側が僧の一行ですが、よ〜く見てください。各キャラの頭の上に名前が書いてます。
↑そうの上には「権現」と書かれていて、熊野権現が旅の僧に姿を変えて、一遍の前に現れたことを意味します。(蔵王権現と吉野権現は別の尊格てす)
↑一方で、一遍の上には「一遍聖」。従者には「超一」「超二」と書かれています。この2人は一遍の妻と子と考えられています。
一遍は、この2人を捨てる(捨離)ことになるのですが、それは後のお話し……

一遍は、この僧に"賦算(ふさん)"、つまりお札を渡そうとするのですが、僧は「?イマイチなんで、いいです……」とやんわり断ります。
一遍は一瞬躊躇しますが「そこをなんとか」とチョット強引に渡しちゃいました💦
それを見ていた周りの人達も、「それなら……」と、皆さんお札を受け取ってくれました。

ここでは、鎌倉時代の装束も見ておきましょう。
↑女性の旅装束は、笠に長〜いベールを付けています。
これは、"日焼けよけ"というよりは、"虫除け"、蚊やヒルから身を守るために機能します😲
↑場面は遠景となり、左にパン(移動)していきます。見えてきたのは、熊野本宮(熊野大社)です。
↑本宮の遠景となり、名所絵のように俯瞰で見せます。先程の場面とは異なり、人物は豆粒のように小さく描かれます。
一部を拡大してみましょう。
↑絵巻物あるあるで、"異時同図法"で描かれています。黒いお坊さんが左右に2人いますね。これ、どちらも一遍なんです。
「2つの異なる時間のできごとを、1つの場面に描く」これが、異時同図法です。
まずは、左の一遍です。
↑本宮の社で、お参りしていた一遍の前に、熊野権現が現れました!なんと、先程の旅の僧はこの熊野権現だったのです!
やり取りはこんな感じ……
熊野権現「君さぁ、さっきボクにチョット強引にお札を渡したろ?」
一遍「あ…、ゴメンナサイ💦」
熊野権現「アレで、いいんだよ」
一遍「???」
熊野権現「人の心を変えようとしてはいけないよ。お札が相手に渡れば、それでその人は幸せになるんだ。賦算(ふさん/お札配りのこと)ってのは、そうゆうもんさ。」
一遍(良かった〜怒られるかと思った……)
熊野権現「これからも、"賦算"頑張りな。」
↑熊野権現が消えると、わらわらと子どもたちが「お札ちょーだい」と、集まってきました。
↑熊野社から新宮へは、船🛶で川を下ります。
↑こちらの船着き場で、船🛶に乗り込み……
↑クネクネと川を下っていきます。
↑川下りの船🛶や、山道を行き交う人が描かれ、見ているだけで、旅行気分が味わえます。これが"名所絵"的なンですよね~
↑船が到着すると、そこには……
↑新宮が描かれています。ここには、一遍は描かれていませんので、まさに"名所絵"ですね〜
↑そして、展示の最後は"那智の滝"で締められます。胡粉の白で、描かれた那智の滝は、清冽です。
↑よく見ると、馬🐴がいるんですよ。
↑右向きの馬🐎がいます。何でこんな所にいるのかな?


「吉野・大峯」の展示では、後半 第3章に吉野から熊野へと、山岳信仰の祈りのリレーを展示していましたので、この一遍聖絵の場面は適当だったのでしょう。


次回は、藤原道長も苦労した、"精進潔斎"についての国宝です。