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前回まで長野県にある長野盆地周辺の前期前方後円墳を訪問してました。
今回も長野盆地の古墳なのですが、今回は長野盆地西側にある古墳時代後期の群集墳、大室古墳群を訪ねました。
何でここが国指定史跡となっているのでしょうか![]()
それはもちろん分布の規模もあるでしょうが、やはり「朝鮮半島からの文化の影響とみられる、積石塚古墳と合掌形石棺が見られる」からだと思います。
私がその存在を知ったのは故・白石太一郎先生の著書を読んでからでした。
積石塚古墳は北信地方に多く、特に合掌形石棺は長野盆地の周辺でしか見られないといい、局地的な分布をしています。
「積石塚」と「合掌形石棺」、どんなものなのでしょう
一度見てみたい、と長年気にかけていました。
年を重ねて体力的に厳しくなってきた身なので、今のうちに見に行く必要があると、この古墳群を訪ねることにしました。
大室古墳群を訪ねる
大室古墳群へは、かつて長野電鉄の駅が最寄でした。
この路線が廃止されてしまったため、今は路線バスがしなの鉄道「屋代駅」、あるいは長野電鉄「須坂駅」から出ていますので、それを利用することになります。
路線バス「大室駅」から、山のほうへ向かって歩くこと20分ほどで、麓にある「大室古墳館」にたどり着きます。
自動車なら、長野自動車道「長野IC」か「須坂長野東IC」から15分ほどです。
アプローチする道路は地元の生活道路なので、歩行者や自転車に注意してください。
大室古墳館
大室古墳館は周辺の長閑な風景にはおよそ似合わない、周りからはちょっと浮いた感じのきれいな建物でした。
古墳群に関するガイダンス施設で、中では大室古墳群の出土品や古墳群からの出土品が展示されていました。
ここで簡単に古墳群の情報を仕入れて、いよいよ大室古墳群へ向かって外に出ます。
目の前には善光寺平とも呼ばれる長野盆地が広がっていました。
大室古墳館から見た長野盆地
大室古墳群はこの長野市大室地区に広がる古墳群で、おおむねA~C群に分けられます。
その中でも特に古墳の数の規模と保存状態が良い「C群」が、国指定史跡に指定されています。
そのC群は古墳館周辺の整備された広場と、その背後の「大室谷」と呼ばれる山中の沢沿いに分布しています。
ちなみに白石先生が著書で紹介されていた合掌形石棺を持つ古墳はB群に属する古墳でした。
B群は農業大学校の敷地から山のほうに向かって分布しているそうですが、農大の敷地内の古墳は整備されているものの、ほとんどの古墳は未整備とのことで今回は見てきませんでした。
大室谷 この谷地の奥に向かって古墳が分布している
大室古墳群は熊も出る山の中にあった
まずは古墳広場に整備された古墳をみてまわりました。
この広場にある古墳は土で築造された横穴式石室を持つ古墳が多いです
なかでも第235号墳は、開墾のため破壊が進んでいました。
しかし、そのおかげで石室の築造方法がよくわかる状態となっていました。
そのため、その状態のまま整備されていたのです。
第235号墳
第235号墳 羨道から見た横穴式石室
第235号墳 奥壁側から見た横穴式石室 石室の築造方法がわかる 手前には天井石が転がっていた
大室古墳群はこんな感じでC群だけでも200基以上の古墳があるのですが、それぞれ土盛りで築造された古墳、積石塚、土石混合墳があり、主体部も箱式石棺、合掌形石棺、横穴式石室のものがありました。
さらに横穴式石室にも無袖式、片袖式、両袖式の各形式があり、それはまるで古墳の展示場のようです。
古墳マニアなら、何度も訪ねたくなるような古墳群です。
ただしここでは熊が出没するそうで、ハンターが山に入ることもあるそうです。
古墳群最奥のドウサン地区は本当に山の中であり、ここまで行くならそれなりの装備と覚悟が必要です。
訪問時にはご注意ください。
山の中の古墳たち
広場は遊歩道が整備されていますが、山中へは林道が続いています。
一般車は通行止めですが、たまに作業者が登ってくるみたいです。
古墳群をすべて見るために、登っていきましょう。
道はすぐに、植林された山の中に入ります。
大室谷下流の古墳
上の写真は、大室谷の下流付近の写真です。
一見、ただの杉林に見えるでしょう。
しかし、この一枚の中にすでに古墳が数基、写ってます(道沿いに1基、奥のほうに3基ほど)。
驚くほどの密集度。
しかし、こんなのはまだ序の口。
さらに登っていくと、もっと驚きの光景がありました。
大室谷の中腹「ムジナゴーロ」と呼ばれる付近まで登ると、こんな光景が。
199号墳付近 土石混合墳の集中が見られる
古墳が密集しているのがよくわかります。しかも墳丘に石が見られます。
葺石ではありません。これは土と石が混ざった墳丘です。
土石混合墳というやつですね。
積石塚とは違うんですね。
この先に積石塚があるのでしょう。
期待が高まります。
もっと登ったら、古墳が密集しすぎて一つ一つの古墳の境界が全く分からない場所に出ました
ムジナゴーロ 189号墳を中心に 積石塚が集中する付近
しかも憧れていた、積石塚です。
最初見たときは、猪垣かと思いました。クマやシカ、イノシシが里山に降りてこないように石垣を築くヤツです。
私が住む埼玉県内では比企や秩父郡、また関東以外で有名なものは山梨県の山奥で見られます。
ところが違いました。これらがすべて古墳でした。
もう、どこからどこまでが一つの古墳なんだかわからない。
ちょっと異次元レベル…
ここを過ぎると、谷の左岸にも土石混合墳の集中域がありました。
ムジナゴーロ 162号墳付近 土石混合墳の集中地区
この辺りが大室古墳群で一番の見どころが集まっている地域です。
例えばこちら、155号墳は積石塚で箱式石棺を有する古墳ですが、発見当初の状態を保った状態で整備されていました。
155号墳 積石塚
155号墳の箱式石棺
また196号墳も積石塚ですが、箱式石棺がほぼ剥き出しの状態になっていて破壊が進んだ状態で整備されていました。
これは逆に、普段なら見えない場所まで見られるわけです。
196号墳 箱式石棺
184号墳も積石塚で崩れかけた横穴式石室がありましたが、こちらも半崩壊状態でした。
だからこそ、その築造方法がよくわかります。
184号墳 半崩壊状態の横穴式石室
174号墳は土石混合墳で、元の状態にきれいに復元されていました。
174号墳 土石混合墳の墳丘
こちらは復元整備されているので、横穴式石室が普通の状態で見ることができました。
174号墳 石室内部
こういうのが比較しながら見られるのも、大室古墳群のいいところです。
そしていよいよ、合掌形石棺に出会う
そして大室古墳群C群での一番の見所、合掌形石棺が最も良い状態が保存されている168号墳に出会いました。
合掌形石棺、どんなものなのでしょう![]()
…見えてきました。168号墳です。
168号墳
積石塚ですね。
墳頂に何か大きな石が盛り上がって見えます。
そう、これこそが合掌形石棺でした。
168号墳の合掌形石棺 北側から
168号墳の合掌形石棺 南側から
これが見たかったんだよ![]()
本当に手を合わせたような屋根が設けられてる![]()
たしかに珍しいです。
見られてよかった![]()
しかし冷静に考えてみれば、一枚の石で蓋すればよくない![]()
朝鮮半島の影響といわれているけど、わざわざ労力を割いて2枚の石で切妻屋根のようにしているの、労力と石材の無駄では![]()
![]()
そこまで考えて造ってないかぁ…![]()
さらに古墳群の最奥を目指して…
そして、大室古墳群で整備が進んでいるのはここまでです。
しかし、古墳群はさらに山の上まで続いています。
そうであれば、古墳群の最奥まで進んでみようじゃぁありませんか
というわけで、整備は進んでいませんが古墳群の最上部を目指してさらに登りました。
ムジナゴーロからさらに登った先はマルヤマ地区です。
この辺りはまだ、古墳らしい盛り上がりが道の両側にちらほら見られました。
マルヤマ付近 137号墳
さらに登った先が古墳群最上部、ドウサン地区です。
ドウサン付近 大室谷上流 古墳群最奥部
上および下の写真では古墳のある様子がわかりにくいですが、写真の先の草むらの中に数基の古墳が見えています。
いや、ごめんなさい。ホントは現地でも全く分かりませんでした。
大室古墳館で配布しているガイドマップと照らし合わせてもこの辺りに古墳があるはずなのですが、現地での確認は難しかったです。
藪が深過ぎます。
ドウサン付近 古墳群最奥部 中央左下に移る標識に『ここは「ドウサン」 史跡の頂上』の文字がある
しかしこれで大室古墳群はすべて踏査できました。
印象に残っているのはやはり合掌形石棺です。
ただ、合掌形石室がもっと見られると思っていたから、ちょっと物足りない気もしています。
でも、半島系の文化とされる積石塚と石棺を見られたので、満足です。
次回は世界最古のピラミッドといわれた山(いわれただけですが、気になっていました)と、合掌形石棺がさらに発展したといわれる「合掌形横穴式石室」を有する古墳を紹介します。






















