一撃筆殺仕事人:佐高信先生追っかけブログ -37ページ目

村山富市元首相が御逝去

本日、村山富市元首相がご逝去されたとのことです。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。合掌。

佐高信さんといえば村山氏と共著がありますが、首相時代はその評価はひどいものでした。一夜にして自衛隊と日米安保条約を認めたことにあるでしょう。

オウム事件のあとに破防法の適用申請をした時は「この男はもはや穂積五一の弟子ではない。民主主義における犯罪者である」とまで罵倒しました。「佐高信の寸鉄刺人」という本にその頃のことが書いてあります。

日本社会党が民主党への合流や社会民主党、新社会党などに分裂して初代社会民主党代表に村山氏が転じた頃から評価が変わって佐高信さんと田中眞紀子さんとの対談「問答有用」では「私トンちゃん大好きです」と言ったのは印象的でした。

2006年に元首相が受勲された時も特にコメントはありませんでした。その後「村山談話とは何か」を出されたのは御存知の通り。

昨年には百歳を迎えられてお元気そうだったんですが、残念です。

(追記)
てなこと書いてたら毎日の米江貴史記者の記事が載っていました。無料公開です。「村山談話とは何か」の出版を持ちかけたのは佐高信さんだそうです。



公明党、自公連立を離脱

まさに25年10月10日は、公明党の斉藤鉄夫代表の決断によって自公連立からの離脱が起こったことについて、佐高信さんの長年の念願が叶った日になりました。

こんな恵比寿顔をされている姿がに浮かびますね。写真は6月発行の「宗教問題」から。





佐高信さんの柄谷行人批判って

佐高信さんの柄谷行人批判「月刊創25年11月号タレント文化人筆刀両断!」が明らかになり、目を通してみましたが、これが惨憺たるものでした。珍しい人選なので、一応は予想を立ててみたんですが


ねえ。




先ず佐高信さんは「柄谷の書くものに全く知的興味がわかない」と、始めからやる気の薄さを言明されて「大江健三郎の追悼の雑誌で大江が柄谷について『きわどいジョーク』を放っていたことに快哉」とします。その大江さんのジョークというのが「柄谷君のペンネームは夏目漱石のタイトルから取ったそうだが『坊っちゃん』の方が良い」と。でもその雑誌というのがいつ発行された何なのかサッパリ不明です。これは不明な編集者の篠田博之氏に問題あり、と思います。

それに柄谷氏のペンネームの由来はkojinという言葉の響きから偶然の思いつき、夏目漱石の小説「行人」ではない、と柄谷氏は主張しているようです。夏目漱石の国民的に愛読されている「坊っちゃん」の内容と単なる比喩的な「お坊ちゃん」とではちょっと意味が違ってくるような気がするのですが。

それはさて置き、続いて俳句界の16年11月号の川本三郎さんとの対談(これはキチンとソースを表示)から川本さんの言葉を引き「物書きが先生など他の職について安定収入があれればヒリヒリ感がなくなる」としています、その前に佐高信さんは川本三郎さんに「佐高さんは大学の先生はしてませんよね?筆一本ですね」に問われ「ええ」と肯定していますが、故郷の酒田の東北公益文科大学で客員教授を勤めていること


を隠しています。確かに報酬とかは少ないでしょうが、虚偽を述べられたわけですね。(かつては竹中平蔵さんや佐々木毅さんと机を並べられていたのも事実) 他の本では学生歌「I'm different」まで作詞されているのを自慢してるのに。


続いて岩波新書の柄谷氏の著作「世界共和国」や「憲法の無意識」を「タイトルだけでノンキな本で読む気がなくなる」と自分のヤル気の無さをボヤかれます。て言うか、比較的読みやすいこの2冊さえも読んでいないのですね?佐高信さん。

次に「法政大教授の柄谷の本を読まねばならなくなって往生した体験」。「文字が立ち上がって来なくて読み進めないのだ」

いつの頃かこれもわかりませんが、NHK週刊ブックレビューという番組での、ゲスト3人が持ち寄った本をそれぞれ議論する企画。作家の久間十義氏が、柄谷氏の本を持って来て、佐高信さんが「つまらなかった」と言うのを久間さんが驚いてそれにまた驚いたって。

また「柄谷を『解説屋』と思っても『批評家』と思ったことはない」と一般向け書籍が主である池上彰並みの低評価を投げつけますが、そのわけは一切書かれておりません。亀井勝一郎賞の「マルクスその可能性の中心」よりも、同じ学生運動経験者なら西部邁の書いたものに刺激があるとも書きますが、その理由説明も一切無し。最後の段落で佐高さんのバイブル「思想のドラマトゥルギー」で師匠の久野収氏が「竹内好、花田清輝、埴谷雄高、久野氏自身」は「ならず者世代」で嫁も子供も語らず、戦争の太鼓を叩かなかったものの、竹内と自分は学校の先生になった点ではダメだ、と言ったことがわかるか?と問いかけ、最後は噂の眞相元編集長の岡留安則の2001年の言葉、吉本隆明と柄谷行人は「編集者の支持がなければ終わっている」でまとめました。

久野氏が学習院で教師をしていなければ、佐高信さんが盗聴に来ることも無く師弟関係になることもなかったと思えますが、、。もう佐高さんにこの調子で全ての大学や高校の教師の著作を否定してほしいと思います。柄谷行人さんと同じ法政大の元総長の田中優子さんとか。

結局、佐高信さんの柄谷行人批判というのは「柄谷の本はつまらないし、読む気がおきない。昔、教師をしていたから駄目だ」2文で終わるような内容でした。興味がある人は買ってあげて下さい。


(追記)

ネットでほとんど反応無しですが、杉山真大さんの意見(せつなりっとくさんの「作者作家の思想というよりは「作者作家が共感して書いてるんだろう」と認識してるんだろうな、とは思う」に対してのレス)


>今月号の『創』に掲載されてる佐高信の柄谷行人批判にも通じる気が。

https://x.com/mtcedar1972/status/1978787584957444374





佐高信さんが柄谷行人氏批判とは?

昨日ぐらいから書店売りが始まっている月刊創25年11月号


で、佐高信ファン御馴染みの「タレント文化人筆刀両断」で佐高信さんが柄谷行人氏を筆刀両断している由が創出版の記事で予告されています。7日現在で未読であります。

普通、タレント文化人筆刀両断では保守派、また新自由主義と思われる人々を斬るのですが、時々リベラル、左翼系の人にツッコミを入れる時もあります。最近では高橋源一郎氏


内田樹氏


、亡くなった森永卓郎氏や谷川俊太郎氏など。高橋氏や内田氏への批判が届いているのかは、分かりませんが、まあ健在の被害者の方も「金持ち喧嘩せず」で微動だにしていないことが多いですね。物故者のファンも特に佐高信さんに反論しては来ないようです。


今回なんでまた柄谷行人氏に?という疑問も湧いてくるのですが、検索してみたところに依ると、もう9年前の岩波書店岩波新書の柄谷著書「憲法の無意識」で憲法9条と1条の関係を論じたことがあって、「9条を守ることが1条を守ること」という主張されているようなのです。もしかして、この辺に佐高信さんはカチンときたのかな?9年もたってから何だ、という感じもしますが、山本太郎氏の当時の天皇への「直訴事件」に8年も経ってから批判してきた前科が佐高信さんにはありますので、予想が当たったとしてもそのへんは「またか」の一言で済ましておこうと思います。


まあ、柄谷行人さんと佐高信さんの議論になれば良いかな、と思います。また、読んだ後で。



写真はこの6月に出た季刊「宗教問題」のインタビュー記事の扉から。佐高信さん、元の大家との裁判を控えているようですが、上機嫌。いい表情ですね。

(追記)

ということで実際に読んでみると惨憺たるものでした。こちらから



自民党総裁に高市早苗氏が当選、「麻生太郎、高市早苗、神谷宗幣」は安全装置?

 

高市早苗氏が10月4日の自民党総裁選挙で小泉進次郎農水相を破って当選ということで、佐高信さんの10月5日14:34のツイート。


高市早苗が総裁になってATMならぬATSが作動する。麻生太郎、高市、神谷宗幣のATSだ。自民党を毒しているのは世襲、裏金、統一教会のSUTだと指摘してきたが、麻生、高市、神谷は見事にこれに当てはまる。高市は総務相時代、電波停止もありうると発言して物議を醸した。単純に危険な女だ。

https://x.com/satakamakoto/status/1974709641742635365


なんていうのがアップされているんですが、佐高信さんATSが一般的には自動列車停止装置の略だということを知らないんじゃないか?という疑念が生じています。「ATM(現金自動受払機)ならぬATS」なんて御自身では上手いこと言ったつもりなのでしょうが。20年前の福知山線事故ではATS不備が事故原因の一つとして盛んに報道されたはずなのですけれどね。佐高信さんは「国鉄民営化とワンマン井手正敬」の責任を叫ぶばかりで具体的な事故原因探求に興味がなかったせいではないか、と思います。

以前、松本創氏の福知山線事故を扱ったルポルタージュ「軌道」を評して民営化、井手正敬への責任追及が弱い (有料記事)


などと言って松本創氏に反論を受けましたが、どこ吹く風でスルーして、再反論などしない佐高信さんです。

しかし、佐高信さんの立場で「高市、麻生、神谷宗幣」を暴走列車でなく安全装置に例えてしまっている、という失態は社民党でも看過されてしまうのでしょうか。