中学校1年の4月でリタイアした彼は、家庭学習で学力を上げていった。からの続き
彼にとって、教室という沢山の人がいる環境より、自由に好きなように勉強することは、学習というよりゲームのような感じだったという。
コミュニケーションスキルは、母親の変化とともに、彼に影響を与えていった。
母親の心配や不安でいっぱいだった思考は、本当の自分を生きることとともに減っていった。
発達障害。。。。
不登校。。。。
人の目や世間の評価が気になっていた母親は、4か月もすると、自分軸ははっきりし、ちょっとしたことではブレなくなっていた。
その親にサポートしてもらっている子供が、変わらないわけがないwww
こんにちは
自分を認め自己肯定感をあげる簡単な方法を伝授
なおたまです。
中学3年になり、本人は高校に行きたいと言った。
・3年間の不登校でなかなか行ける高校がなかったこと
・発達障害の未熟な部分が、学校という組織に適応するかどうか。。。
「学校は向いてないから高校は行かなくてもいいよ」
進学を相談されたとき、私は彼にそう話した。
学校という組織が向いていない子供が、学校に行ったところで、リタイアの可能性は高くなる。
ならば、自由のきく通信高校で、彼の才能を伸ばせばいいと思った。
ADHDを発達障害ととらえるのではなく。。。
「うまく自分を使えていないだけ」
「未発達の部分を工夫する」
「自分自身を操れるようになってからでも遅くない」
と言うことで、彼は通信制の高校に通った。
ルールが最低限の通信制の高校は、ある意味「無理のない高校生活」を送ることが出来た。
その中でルールを学び、母親との関わりの中で、円滑なコミュニケーションを学んだ。
そして、2022年4月。
彼は、国公立の大学に進学をした。
ADHDだとか
発達障害だとか
不登校だとか
それすら自らの枠であり、世間の価値観なのではないだろうか。
自らの全てを理解し、どう扱っていくか。
それは、誰にでも当てはまることだ。
事実、母親が自分を理解し、本当の自分を扱うことが出来るようになったからこそ、子供の全てを認めることが出来るようになり、現実が変わっていったのだ。
小手先のテクニックでは、自分は変わらない。
本人が本人を活かせる環境。
まずは、自分がどんな人間かを知ってみよう。
6年間不登校だったADHD診断の男児は、3月国公立大学に合格
全ては、本当の自分を生きることが出来るようになった母親のサポートがあったからだ。
「思考が自分の世界を作るというが、どうしたら変えられるのか具体的に教えてはくれなかった」に続く
お金の問題が解決
理解し実感するまでお付き合い
正しい問題解決の方法を探し、気が付くと破産寸前になっていた。
「それ」を知るだけで、問題が解決できるのに、他の講師は何故「それ」を伝えないのか。
他の人が伝えない「それ」を、小学生に理解できるまで、紐解いて試してもらった。
小学生が理解出来る事は、大人が理解出来ないことは無かった。
そして、その人が行きたいゴールを明確にし、そこに向かうこと。
中途半端な講座ばかりの結果だった。
だから、「理解し実感するまでお付き合いします」
完全無料