穴と橋とあれやらこれやら -9ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2022年8月26日、中国地方縦断迷走・初日。この日のネタで記事にしているのは、稲荷橋旦土の橋三代記横部橋簗瀬橋広瀬隧道。今宵ご紹介するのは、時系列では稲荷橋と旦土大橋の間、まだまだ序盤に訪ねた物件。

 

 

この手前にある隧道をチェックに来た際に、地図上でもうちょい先にある橋~すなわち今宵のお題~が気になり、ついでに見にきた次第。つまり下調べなしだったんだが、

 

おお~~。

なんか好き。明るくて開放的で。現在地こちら

 

 

 

 

左の親柱の銘板は失われていた。で右側は、

見えにくいですな。ていうか、このデカい親柱もどこか可愛くないですか?バナナみたいで(病

 

 

 

 

これ、予備知識がないと読めませんな。

先ほど訪ねた隧道と同じ名前だからかろうじて判読できた。「稲目橋」だ。

 

 

 

 

橋上で、山側を見る。

アーチを連ねたシンプルな欄干がイイ。

 

 

 

 

そして川側。…川側ってのも変だが、

実際こうなってるのよな~。

 

これは旭川だが、下流にある旭川ダムに堰き止められたこの一帯は旭川湖と呼ばれているようだ…何回旭川って言うねん。

 

 

 

 

それにしても、この欄干。

低くてシンプルな意匠が、開放的なロケーションにベストマッチ。

 

 

 

 

天候もあっただろうが、

最高に気持ち良かった。

 

 

 

 

渡りきって振り返り。

ちなみにこの道は、主要地方道である岡山県道30号落合建部線。

 

それを考えると、現代においてこの欄干の低さは特筆ものだ。たいていは無粋なフェンスが後付けされてたりするものだが…。願わくば、ぜひこのままで。

 

 

 

 

これまた判読しづらいが、

「旭川」だった。

 

 

 

 

うん、やっぱ好き。

理屈じゃないんだよな~。

 

 

 

 

思わず、こんなん撮ったり。

好きなんだ、こういうの。

 

 

 

 

さて、往復してきた後で改めてサイドアングルから見てみれば…おお!

開腹アーチ橋だった。

 

 

 

 

白くて優美なアーチと、シンプルな機能美高欄。

惚れ直した~。

 

Q地図によればこの橋、1953(昭和28)年完成だそうだ。しかし現地で見た印象ではそんな古そうには見えなかった。なんというか…年齢よりも若く見える壮健な人、みたいな。いや、橋を擬人化し始めたら病は重篤なのよ。

 

たまたまニオイを感じて見にきた橋だったが、個人的大当たりだった。直感は大事だな。

 

 

 

以上。

 

 

2015年1月11日、年始の奈良県徘徊。この日のネタで記事にしているのは、御座橋大滝の暗渠小倉橋旧・国栖隧道。今宵ご紹介するのは御座橋から18分後、ノーマークで見つけた物件。

 

 

気になった別の橋を見に行った際に、上流側にチラ見えしたもんだから、さっそくチェック。

 

おお…これは、

吊り橋だ!

 

 

 

 

しかも渡った先は、

完全に個人宅。それもかなり立派な。これはいわゆるプライベート吊り橋ですやん!よって地図は割愛。

 

 

 

 

しかしながらこの橋、一見してボロい。

木製主塔も傾いているし、主索も左が緩んでいるようだ。そもそも渡れないように封鎖されている。見たところ対岸のお宅、比較的最近(探索日起点で)に住む人がいなくなったようだ。

 

 

 

 

もろもろ総合して、

無理に渡ることはしなかった…って、当たり前?床版も霜が降りてめっちゃスベりそうだし。

 

 

 

 

これやっぱり、

対岸のお宅の住人が自費で架けたのかな、実際。

 

 

 

 

上流側から引きで。

この時はまだ、全然原型をとどめていたが…。

 

 

記事を書くにあたり、改めてストビューを見てみたら、最新の2024年12月撮影分ではけっこう自然に還りつつある感じで、ごついベニヤ板で封鎖されて完全なる廃橋となっていた。大きなお宅も朽ち始めている感じで、なにか物悲しいな…。

 

 

以上。

 

 

【前篇】より続く。

 

 

隧道を抜けると…いや、抜ける前から見えてた。

なんか良さげなものがありますな。

 

 

 

 

まずは振り返って正対。

前回書いたとおり通行止め措置も何もなかったが、しばらく車両は通行してないのか轍さえもない。これはわたくしの好きなリビングデッド隧道状態か?

 

まったくの余談だけど、「リビングデッド」って正確には「(一度死んだが)甦った死体」を指すらしいので、そこが「ゾンビ」とは違うらしい。よってわたくしが意図する「半死半生」とは定義が異なるようなのだが、そこはまあ…ご容赦を。マジで余談。

 

 

 

 

で、反対側にもチープなライトがあったが、

ここにも。なんだこれ。

 

でもこの旧道に沿って電線が通っているのは確かで、その保守もあって封鎖されていないのかもしれない。

 

 

 

 

さて、改めて「良さげなもの」を正面から。

なんと、洞内からはひとつしか気づいてなかったが、接近したらふたつあった!

 

 

 

 

まずは旧本匠村の白看。入ってきた方が旧宇目町で、

この隧道を町村界としていたようだ。いずれも2005年3月の大合併で佐伯市の一部となって消滅した。

 

 

 

 

そしてこちら。

「隧道付近にあって嬉しいものランキング」不動の1位!隧道紀念碑であります!(弊社調べ

 

 

 

 

ホント、あったら嬉しくなる。

こんなん、なんぼあってもイイですからね~(ミルクボーイ)

 

けっこう撮りまくったんだが、うまく写ってない&似たようなのばかりなので、最低限チョイス。まず表には、上の写真にも一部写っているが、寄附者の芳名がズラリと。

 

 

 

 

左サイドには、「因尾村」の文字。

調べてみたら、さらにさかのぼって1955年6月に中野村と合併し、本匠村へと発展的に消滅した村だった。

 

 

 

 

右サイドには、

「大正五年十二月成」。これが、ほぼ隧道の完成時期と見ていいのだろう。

 

ちなみに、「平成16年道路施設現況調査」によれば、隧道の完成年は昭和20年となっているが…これはどういうことだろう。さすがにモルタル吹き付けはもっと後年だと思うので、拡幅改修されたタイミング?いやしかし、終戦の年って…そんなんしてる場合でもないだろうし。謎だ。

本土決戦に向けての軍事的な需要でもあったなら話は別だが…。同じ県内の丸塚隧道みたいに。まあ丸塚は日露戦争に向けてというもっと古い話だけれど。

 

 

 

 

話を戻して、さらにその下には、

「石工 大野●●」と。

 

名前が苔のために判読できないが、我が脳内補完によれば…傳吉?傳蔵?「傳」は間違いないと思うんだけどな~。ちょっと調べてみたけど、わからなかった。

 

 

なぜか、裏面を全然撮ってなかった。撮影失敗とかじゃなく、撮った形跡がない。何も刻まれてなかったのか?だと思いたいが、ポンコツ発動しちゃってた可能性も高いな…。

 

 

 

 

隧道の先の旧道。

日が長い時期だったとはいえ、すでに17時20分。

 

 

 

 

さずがに旧道を全部辿る余裕はなく、

ここで引き返した。

 

 

 

 

これ、同業者ならひゃくパーこのアングルで撮る説。

たまたまの出逢いとしては極上の部類に入る、ステキ物件だった。

 

 

 

 

最後に、戻りに撮った動画をどうぞ。

動画でも記念碑の裏面を撮ってないので、やはり何も刻まれていなかったのだろう。…たぶん…。

 

 

 

 

戻りもサクサクと。

アプローチも容易だし、時間がない時におススメ!(なんやねん

 

 

 

 

以上。

 

 

 

2023年7月8日、11年ぶりの大分探索第1日目。この日のネタで記事にしているのは寒田隧道深江隧道臼津隧道と強烈オプション大宮隧道

今宵ご紹介するのはそれらよりも後、17時をまわってたまたま出会えた物件。

 

 

レンタカーは2日間借りたので、この初日には返却時間を気にする必要はなく、さてどこまで攻めるか…とか考えながら大分県道53号野津宇目線を南下していた…ところで、

気になる分岐を発見。この先にトンネルがあるのはわかってたので、その旧道っぽいな…。

 

 

 

 

そして現れたトンネル。

面白くもない近代トンネル。

 

 

 

 

なのでもともとはスルーするつもりだったのだが、お名前が…

新井の内トンネル。「新」だと。「新」と付くならば、この上に「旧」があるのは必定。

 

 

 

 

ここは全然事前情報を得てなかったが、

あー見える。さっきの旧道が隧道上に。これは行かない選択肢はない!

 

…が、さっきの旧道分岐には駐車スペースがあまりなかった。いったんトンネルを抜けて、反対側の様子を見よう…。

 

 

 

 

で…ビンゴ!

(見切れているが)広い路肩と、めっちゃキレイな旧道入口!

 

…こんなにキレイなら、普通に車で入ったらよかったんちゃうん?っていうのは、後から思った。

 

 

 

 

…というわけで、

たかだか248mしかないトンネルの、シンプルな線形っぽい旧道。距離は大したことないはずだし、ってことで、車を置いて、徒歩で旧道へ。

 

 

 

 

果たして、さくさく歩くことわずか2分で、

お出まし!やっぱこれなら車で来れた!

 

 

 

 

そしてそのお姿は…

素掘りだ。イイねぇ~!現在地こちら

 

 

 

県道の隧道(だった)だけあって、さすがに洞内はモルタル覆工されているが、

 

隧道前の側壁の掘りっぱなし岩盤が素晴らしかった。

 

 

 

 

土被りは、

けっこう薄い感じ。

 

 

 

 

続いて洞内は、

素人目には大きな問題はなさそうな。…ってか、このめっちゃチープなライトはなんだ?

 

 

 

 

点検時のものと思われる書き込みはあったものの、

まだ現役隧道としての面目を保っているように思えた。実際旧道入口も隧道も、なんら封鎖も通行制限もなかったしな。

 

 

 

 

洞内で振り返って、

南側の鉄板の構図。よろしいですな~。

 

 

 

 

向き直って、

さらに雰囲気のいい、北側の鉄板の構図。

 

こちらには、素晴らしいオプションが待っていた。

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

2023年3月9日、武蔵五日市駅周辺散策。この日のネタで記事にしているのは、この日の最終ネタかつ思わぬ広がりを見せた、深沢川沿いの謎の遊歩道と意外な遺構のみ。

 

本日ご紹介するのは、中盤で訪ねた橋。

 

 

 

見えてきた瞬間に、

あー、いい感じ。と、思わず1枚。

 

 

 

 

接近して正対。

シンプルだけど、いかにも古そうな橋。好き。現在地こちら

 

 

 

 

お名前は、

幸神橋。親柱への直彫り、いいねえ。

 

 

 

 

お誕生日もすぐさま判明。

「昭和九年十二月成」。ひとケタ橋だったか。

 

 

 

 

その年代テイストな高欄、

イイですな~。

 

 

 

 

サイドアングルも、

雰囲気良し佳し。

 

 

 

 

渡って振り返った景も、

よろしいですやんか~。

 

そばにあるのはなんの木だろう。花でもほころんでいたらなお雰囲気イイだろうな~。

 

 

 

 

かなでの橋名は…

よくわからない。

 

変体仮名も混じってそうだが、わたくし的には「さちかみはし」と読んだ。でもウソか誠か、Q地図では「しゃじかみはし」だって。それはどうかなあ~。

ちなみに日の出町橋梁長寿命化修繕計画を参照すると、「サジカミハシ」となっている。全部違うんかい。

 

 

 

 

川床からのサイドアングル。

必要以上にイジられてない川道もイイね。東京でもこんな川あるんだな~。

 

ちなみに、河川名も橋と同じ幸神川というようだ。

 

 

 

 

橋台。

オリジナルっぽい。90年経ってるんだな~。

 

 

 

 

最後に、ちょっと引きで。

のどか~。

 

我々田舎者的に、東京って聞くとどうしても大都会をイメージするけど、当然こういう素敵なエリアもあるわけだもんな。

 

 

…と、アホみたいな感想で終わる。