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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

先日の休み、ゴルフに不具合が出ていたのを見てもらうため、ディーラーに行ってきた。

 

 

 

どんな不具合かというと、

なんか、前回の車検あたりからずっと、時折左フロントのみにこうして空気圧低下の警告が出ていた。

 

センサー異常かなとか思いながらもGSで空気圧を合わせたりしていたんだが、ある時実際どうなのかと思ってしばし放置してみた。するとやっぱり実際に空気減ってるんですな。あかんやん。

 

 

 

折悪しく、車を見てもらってたディーラーが昨年末に閉店しまして、顧客情報を近隣の別ディーラーに引き継いでもらうよう希望したんだが、「できませんでしたのでご自身で」って内容のハガキが届いてそれっきり。なんでやねーん!そんなわけで今年に入ってからはディーラー難民となってた状況だった。

 

 

 

 

 

そんな中で先日また左フロントの空気圧低下警告が鳴り、忙しさにしばらく放置してたら、

あかんあかん、ヤバイヤバイ!実際は写真以上にぺちゃんこで、かなり不安なレベル。

 

 

こんなにゆっくりな「超スローパンクチャー」、もしかしてタイヤの組み付けの問題なのか?とか思ったりもして、これはもう新たなディーラーに診てもらおう、ってことで。ゴルフとかリコール案件も多いので、どこなりと正規ディーラーとつながってないと不安やし。

 

 

 

まあ以上はかなり端折った、またわかりやすいように写真含め時系列も前後した内容だが、そのような経緯で、ようやく重い腰を上げ、別の近隣ディーラーに連絡・訪問した。

その日は予約一杯だったので顧客情報登録だけ。改めて次の休みに見てもらった。その結果…

 

 

「左フロントタイヤに釘が刺さってますね」

 

 

 

…え?

 

 

 

 

これは衝撃だった。パンクって頭は一切なかったので。

 

サンデードライバーたるわたくしの見識が乏しいのだと思うが、こんなにもゆっくりと空気が抜けるパンクってあるんやなと。

だってわたくしのイメージでは、スローパンクチャーといえどもせいぜいもって4~5日程度くらいなのかなってとこだったのに、今回は警告が出て2ヵ月は放置していたというのになんとか自走できるレベルで空気が残ってるとか、釘が刺さってなおそんな状態ってあるんか。知らんかった~。なんか怖ァァァ。

 

 

そんなわけで、通常のパンク修理にてめでたく解消。こうしてようやくスッキリした次第。

 

 

それにしてもいったいいつ刺さったんだろう。この症状が出始めた頃とすれば、もしかしてかれこれ1年近く刺さったままだった可能性あるぞ。そんなにも空気抜けないとか、ピレリタイヤの性能がいいのか、よほどのシンデレラフィットだったのか…。

 

 

 

いうてる場合か(笑)。

 

 

 

2019年4月27日、平成最後の遊撃@紀伊半島の初日。この日のネタで記事にしているのは、貴婦人ゆめさきとんねるゆめみるとんねる九度山町道44号線下筒香の廃管橋昭和のスリー・シックスティ旧・狼橋

 

今宵ご紹介するのは、下筒香の廃管橋に出会う少し前に訪ねた隧道。

 

 

 

ここは国道371号、橋本市北宿地内。

R371…紀伊半島にはR425という酷道界の大御所が存在しているために目立たないが、これまたなかなかの酷な道なのであって。

 

 

 

 

 

起点である河内長野市からだと、和歌山県に入って紀ノ川を渡ってからが「最初の酷道パート」となるのだが、

そんな区間に存在するこの隧道が本日のお題。現在地こちら

 

近年改修(補修)が入ったっぽく、ガッチリとコンクリで固められていた。

 

 

 

 

 

ポータル向かって右半分には、

石積みっぽい線があしらわれた仕様。これもオリジナルかどうかはわからないが。

 

現地には扁額も銘板もないが、お名前は河合隧道。Q地図によれば1934(昭和9)年完成とのことで、そこそこの古洞である。

 

 

 

 

 

内部は、

素掘りのモルタル覆工。

 

 

 

 

 

振り返って、鉄板の構図もどき。

急カーブで進入する悪線形がステキだ。

 

 

 

 

 

では、車で抜ける。

ちなみに延長は、61.9mとのこと。

 

 

 

 

 

そしてこちら、

南側のポータル。おおむね似たようなご面相。

 

 

 

 

 

最後に、こちらも鉄板の構図を。

ああ、久しぶりにこういう道を心ゆくまで走りたいなあ…。

 

 

 

以上。

 

 

 

2020年6月29日、若狭~小浜を徘徊した際に出会った物件をご紹介。この日のネタをまともにやるのはなんと初めてのようで、ビックリした。

 

ただ、これは当日の往路、熊川の人道兼用水路橋の動画を撮りに寄ったのが当日の復路のことだったりはする。

 

 

 

 

はい、こちらが本日のお題。

ロケーション含め、いい感じだ。

 

とはいえ、全国津々浦々の「田舎」(愛をこめてこう表現してる)のどこでも出逢えそうなカジュアルさもあるよね~。現在地こちら

 

 

 

 

 

サイドアングルを見ると、

コンクリ桁かと思いきや、鋼桁だった。

 

 

 

 

 

お名前は、

「茂んぜんはし」。「門前橋」ですな。

 

 

 

 

 

で、左側の親柱なんだが…

初めて見る漢字!川の名前は松永川なんだが、「松」の字が「枩」となっている。

 

まあこれを書くときに実際変換の候補に普通に出てきたから、単にわたくしが無知なだけだと思うのだが、こういう「縦書きの松」があるんだなあ。とりあえず、あらかじめ河川名を知ってなければ読めなかったと思う。

 

 

 

 

 

橋上から望む、上流側。

 

 

 

 

 

そしてこちら、下流側。

向こうに見えているのが、福井県道23号小浜朽木高島線の門前橋。

 

こちらの門前橋を含め前後の道が、県道の旧道ということになるのだと思う。名称はどちらも同じなので、便宜上記事タイトルは「旧」を付けた。

 

 

 

 

 

渡って、正対。

正面奥を横切っているのが、県道現道である。

 

 

 

 

 

左の親柱にはお誕生日。

ちょい見にくくなってるが「昭和六年六月竣功」。

 

 

 

 

 

そして右の親柱は

かなり崩してあるが「門前橋」。

 

 

 

 

 

引きでもう一枚。

いかにも旧県道って感じ、しません?いいなあ~。

 

 

以上…で終わるとこなんだが、実はまだ更なるオプションがあった。上の写真の左端、ポストの近くに立っているのは?

 

 

 

 

 

最初は先代橋の親柱か?と思って接近してみたら…

道路関係のもの?のようだった。

 

全体的に判読困難なんだが、右端にタテで「小浜市場線」と刻まれているのはほぼ間違いないと思う。あとは「道」や「経」の漢字があったりするが、まとまった意味をなさない。

 

でもなあ。「市場」といえば、ここの県道(23号小浜朽木高島線)の起点が「東市場」交差点だが、その周辺?なのであれば、ここ門前地区は、小浜と市場を結んださらに延長線上に位置しているので、なんかルートがよくわからない。

あるいはお隣・若狭町の市場地区のことかもしれないが、その場合もルートに無理がある…。

 

はい、わかりません。

 

 

 

 

 

側面には、

「昭和三年九月吉日」と。旧。門前橋よりさらに3年早く建てられたわけだ。

 

 

 

 

 

そしてそして、さらに気づいてしまったのだが

ポストの横の、謎のコンクリートフェンス。

 

 

 

 

 

これに…

「福井縣」の文字が刻まれていた。

 

 

 

 


県の名前が入っている=県が設置したものだということだろうが、

このコンクリート枡的なものの正体はなんだろう。

 

わたくしの所見は防火水槽だが、皆様はどう思われますか?

 

なんであれ、県名が入ったこういう構造物、初めて見た。そして以降も全く見かけていない。けっこうレアなものじゃないんだろうか。

 

 

 

 

 

最後に、県道の「現」門前橋からの遠望を。

小粒ながらもいい味出してる、そんな橋(と遺構)でありました。

 

 

 

今度こそ、おしまい。

 

 

 

2012年9月22日、信楽~伊賀周辺を徘徊した際のネタ。この日のネタで記事にしているのは、序盤の良い子の橋&大戸川橋と終盤の金橋。どっちも10年以上前に書いてる。

 

今宵ご紹介するのは、中盤に出会った物件。写真の色合いとか夕刻みたいに見えるけど、まだ14時半ごろだ。

 

 

 

とある橋から見えた、あちらが本日のお題。

事前には気にしてなかった物件だったが、ああしてあからさまに見えてしまうと、ねえ。とりあえず近くで見てみようかって。

 

 

 

 

 

てなわけで道が付いてる右岸側を見に行ったのだが、

いや~ええやん(笑)。

 

石積み橋台は、1922(大正11)年開通時のものだろうか?

 

 

 

 

 

適度にヤレたガーダーは、

「昭和58年5月」と意外と新しかった。架け替えられたようだ。

 

お名前もこの銘板で判明。近鉄の名前が入っているのは、当時は近鉄の路線だったからだ。

 

 

 

 

 

本記事執筆時点でこの訪問から12年近く経ち、

そろそろ塗装し直されてたりするかな?と思ってストビューを見てみたら、まだそのままだった。

 

ただなぜか、この川べりの小道の直上部分数mだけが緑色に塗られていた。2015年2月時点では本記事のままながら2018年10月には塗られた姿になっていることから、この間に何かあったんだろう。塗装片が剥落して道に落ちてきたとか?

 

 

 

 

 

 

 

めんどくさいので、左岸側には行かなかった。道もなかったし。

 

 

 

 

 

最後に、久米川橋梁を眺めたこの橋。

そのうち別途記事にするかも(しないかも)。

 

 

 

以上。

 

 

 

これまで何度か「夏の一曲」的なネタを記事にしているけど、また思い出しちゃった。興味ないと思うけど、過去に書いた「夏の一曲」記事はこれこれだけだと思うけど

 

 

ご存じの方(覚えておられる方)もおられるかもしれないFLYING KIDSの”風の吹き抜ける場所へ”。これは1994年だっけか。

 

 

個人的に、ちょうど今くらい…梅雨が明けていよいよ真夏に突入するか?って時期にビタッとハマる楽曲なイメージ。特に大好きで追いかけたってバンドではなかったけど、この曲は好きだったわ~。

 

久々に聴き返したけど、ヴォーカルの浜崎氏の声、イイなあ。歌唱力で圧倒するタイプではないけど、セクシーで、ほのかな熱を帯びていて。浜崎氏、俳優業もやってた気がするけど、今はやってないのかな?

 

 

 

で、お題からは外れるけど、せっかくなんで彼らの曲をもう一発。実はこっちのほうが曲としてはさらに好きだったりする、”僕であるために”。

 

 

これねえ…知る人ぞ知るかもしれんけど、ほんとにいい曲だと思うの。そして、聴き終えた後のじんわりくる幸福感が何とも言えなくて(個人の感想です)。思えばいいバンドだったなあ。