穴と橋とあれやらこれやら -59ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2022年8月28日、中国地方縦断迷走の最終日。この日のネタで記事にしているのは、朝方の川上橋奥井谷隧道、最終盤の力谷隧道。今宵ご紹介するのは川上橋から35分後に訪ねた、遠征最終日にして初めて遭遇した、アレ。

 

 

ここは、

エントリーからして雰囲気がよかった。

 

 

 

 

 

立派な枝ぶりの木のたもとに

簡易な止水堰。いざという時には現役なのだと思う。

 

 

 

 

 

そして~、

見えてきたけど、その前に。

 

 

 

 

 

右側側壁の上に、

お地蔵様~。

 

…なのだが、コロナ禍中につけられたであろうマスクが汚れて、銀行強盗みたいな感じになっちゃっているではないか。おいたわしいので外してさしあげてほしい…。

 

 

 

 

 

はい、ようやく!

出ました!冠水橋でございます!。現在地はこちら

 

此岸、対岸あわせてきれいなクランク状になってる、好きなタイプ。いいね~。

 

 

 

 

 

もちろん車も通っていて、

イン側を斜めに張り出させた親切設計。

 

 

 

 

 

幅員はこんな感じ。

冠水橋としては十分に広い。両側の地覆がちょっとだけ高くなってるのが脱輪防止に…ならんですな(笑)。

 

てかここ、ゴルフでも全然行けたな。なぜ渡らなかったのか今さらプチ後悔。

 

 

 

 

 

橋脚のとこに、草生えてる。

まあよくあることだけど、こういうの好き。

 

 

 

 

 

橋上から望む上流側。

ちなみに川の名前は三刀屋川という。

 

 

 

 

 

そして下流側。

いやあ、のどかですなあ~。

 

 

 

 

 

渡りきってのスロープ。

少しだけ進んでみた。

 

 

 

 

 

登ったところで左手前からの合流(企業私道と思われる)があり、

そのまままっすぐ国道54号に出られるようだった。

 

 

 

 

 

スロープからの見下ろしが、

いやあ、めっちゃいいね~!(語彙力

 

両岸ともに、橋名その他の情報は一切なかったが、Q地図によればお名前は中原橋、1963(昭和38)年完成だという。

 

 

 

 

 

あとは、いろんな角度から愛でまくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

滞在時間こそ10分ほどだったが、

存分に堪能した。

 

やっぱ冠水橋っていいよね~。特にここは、サイズ感といいロケーションといい、大変結構でありましたわ。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

【6】より続く。

 

 

 

林野庁が建てた、文政スギの案内看板。

平成5年に保護林に設定されたということだが、

 

 

 

 

 

もう少し先には、

その先代と思われる看板が。

 

こちらには調査結果と、裏面にはそれに携わった5名の役職・氏名が書かれていた。こういう種類の「名前の残る仕事」もあるか~。

 

 

保護林として設定されるだけに、確かにこれだけの杉の巨木が群生しているのは見たことがない。足を延ばしてよかった。いいもの見させてもらえた。

 

余談だが、基本的に杉の生えているところは植林地であり、竹の生えているところは(仮に今は何もなくても)かつて人が住んでいた可能性が高い、と認識はしているが。これって100%正しいんだろうか?素朴な疑問。

 

 

 

 

 

さて、なんか名残惜しく、もうちょっとだけ進んでみた。

左に見えているのは

 

 

 

 

 

ハイカー向けの山火注意。

灰皿?が時代を感じる。

 

 

 

 

 

わかりにくいが、

しばらくぶりに登場した、5本目のカーブミラー。

 

 

 

 

 

古めかしい土留め擁壁。

そういえば、池の宿側は文政スギまでは森林軌道が敷設されていたということだったから、おそらくここはもう…軌道跡?

 

もしかして、文政スギて前にあった広場が軌道の終点だったんだろうか?規模はともかく、あんまりそんな雰囲気は感じなかったけど。

 

 

 

 

 

やがて、6本目のカーブミラーとともに、

またぞろ巨木が現れだした。しかも今度は杉ではなかった。

 

 

 

 

 

特に目を奪われたのが、上の写真では左端に見切れている木だった。

どうでしょう。なんかトルネードのような上昇渦を描いてないですかこの木。

 

オーラも大きさも写真では伝わらないかもしれないが、凄いエネルギーを感じてしばしこの木と向き合ってたっけ。抱き着いてみたり(笑)。

 

 

 

 

 

付近に建てられた看板によれば、

この一帯、今度は「大又モミ・ツガ希少個体群保護林」ですと。やはり高齢の巨木が残されている希少さにより、文政スギと同時に保護林に設定されたという。

 

この大又佐渡林道、なんでこんな厳重にシャットアウトするのか疑問に思う面もあったが、こういった保護林の存在もあってのことなんだろうな、きっと。

 

 

 

 

 

その少し先の4.5km地点をもって、引き返すことにした。

ちなみにここまで、文政スギからは3分ほどしか進んではいない。

 

進軍開始からここまで1時間42分。駐車場所がおそらく林道起点から0.3kmほどのところだったと思うので、およそ4.2km歩いてきたことになる。こんな整備された林道なら全然問題なかったな。よかった。

 

 

 

 

 

とりあえず、隧道大又側まで撤収。

 

 

 

 

 

 

 

ここで休憩とした。

そういえば書き忘れていたが、当初目指した谷沿いのショートカットルート、ここ隧道の大又側に至るルートだったが、確かにそのような踏み跡を見つけた。見た感じでは、チャレンジしなくてよかったなと思えた(笑)。

 

 

 

 

 

休憩はおよそ12分。

いつものショットで〆。さようなら、もう来ないかも(笑)。

 

9時10分、帰投作戦へと移行。

 

 

 

 

 

9時37分、

鉄壁ゲート。

 

 

 

 

 

9時43分、

古レールのターン。

 

 

 

 

 

そして9時58分。

無事に駐車場所まで帰投。お疲れ様でした~。

 

往復およそ8.4km、進軍時間3時間と5分。なんら危ない局面のない、穏やかでラクチンな探索だったが、ようやく長年の宿題を片付けた達成感は大きかった。

 

 

 

 

 

最後におまけ。

駐車場所から少し下ったところ、

 

 

 

 

 

逆算してこのへんかな?と目星をつけていたところに、果たして。

「大又佐渡林道(大又林道)起点地点」。興味ないだろうが、だいたいこのあたり

 

 

 

 


ぱっと見、なんでここが起点?と思えるような、何もないところだったが、かたわらにひっそりと

「大又国有林」の看板。よくわからないが、民有林と国有林の境界とかで決まっているんだろう、きっと。

 

 

 

林道起点位置も微妙に気になっていたので、これまたスッキリ!いい気分でこの場を後にした。

 

その足で、ここからほど近い弩級廃隧道にこれまた13年半ぶりの再訪を(まさに)敢行したが、それはまた別の機会に。

 

 

 

 

 

以上、完結。

 

 

 

 

【5】より続く。

 

 

 

では、

大又隧道を後に、進軍再開。

 

どこへ行くのかって?その行き先こそが、文政スギだった。

 

 

 

 

 

その目的はふたつ。ひとつは、杉の巨木の森というものに純粋に興味をかき立てられたこと。そしてもうひとつは…この地図をご覧いただきたい。

右下の道が途切れているところが大又隧道だが、なんということでしょう。文政スギのところも、林道が途切れているような描かれ方をしているじゃあーりませんか。まるで隧道があるかのように。地理院地図ではそんなふうには描かれていないんだけど。

 

まあよく見れば薄い線で道筋も描かれているのだが、わたくしスマホ画面でこれを見たためにそんな細かいところまではわからず、気になったので確認に行こうと思った次第。しかしなんでこんな描き方してるんだろう。

 

 

 

 

 

手抜きで申し訳ないが、文政スギ手前まではコメント最小限、写真メインでご覧あそばせ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中、謎の作業道が分岐。

もちろん?追いかけてない。

 

 

 

 

 

続いての橋からは、

ナメ滝が見渡せた。

 

 

 

 

 

水量があれば

けっこうきれいだったと思うんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隧道から歩くこと12分。

パッと開けて、今日イチで広い広場が登場。いかにも幕間の雰囲気。

 

 

 

 

 

その広場には、

4.2km地点。あれ、また3.9kmが見当たらなかったな。

 

 

 

 

 

そしてその広場を過ぎた先には…

ひときわ「黒い」森。

 

右側には明らかにこれまでとは違う巨木が。どうやら到着したようだ。文政スギに。

 

この位置こそ、Googleマップ(の航空写真モード)で道が消えている地点。もちろん実際に隧道などはなかったわけだが、この景を見てなんか納得してしまった。確かに道が森に飲み込まれたような印象があって。いや、実際そう描かれている理由は不明だけれど。

 

 

 

 

 

足を踏み入れての振り返り。

天蓋のように林道上空を覆い隠す、江戸時代の巨杉。

 

まさに「黒い」森、明らかに空気が変わったのが伝わるかと思う。地図表記の理由が分かった、と思えた気持ちも。

 

 

 

 

 

そんな巨杉天蓋の先に、

何か見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【7】に続く。

 

 

 

 

【4】より続く。

 

 

 

 

徒歩進軍開始から1時間と6分。

13年半ごしにたどり着いた大又隧道。

 

もとよりそのお姿はネットで見て知ってはいて、さして面白い隧道ではないのも先刻承知。いささかもガッカリ感はない(笑)。

 

 

 

 

 

 

もちろん、

ひととおりチェックする。

 

 

 

 

 

扁額。

「大又隧道」。

 

 

 

 

 

銘板がちゃんとあるのがうれしい。

昭和46年12月の完成と。特筆すべきは巻厚まで書かれていることで、これってそこそこ珍しい。

 

 

 

 

 

のぞきこんだ、洞内。

塩対応な殺風景さだが、実は左に見切れた側壁に

 

 

 

 

 

こんな掲示?があるのだ。

内容は各自お読みいただきたいが、重要そうなことが書かれながらも、わたくしがバカなのか、何度読んでもいまいち何が伝えたいのかよくわからない文面じゃないすかこれ。「あっ、そうなんですね~」としか。設置者もわからんし。

 

このような「中途半端解説」看板は、池の宿側の物件にも同じように掲示されていた。記事にする機会にはそれらも見ていただけると思う。

 

唯一有益な情報として読み取ったのは、池の宿側、森林軌道がかつて「文政スギ」まで延びてきていたということ。

 

 

ここで改めて「文政スギ」について。これは文政6(1827)年に植栽された杉の巨木が残されている林分で、「大又文政スギ希少個体群保護林」として平成5年に保護林に指定されたもの。

 

 

 

 

 

もちろん撮りました~、の

鉄板の構図。いいね!

 

 

 

 

 

ではでは、さっそくお邪魔しよう。

こっから見た限りでは何も起こらなそう…に見えた。

 

 

 

 

 

が、進むにつれ、徐々に…

おやおやおや?って感じで、

 

 

 

 

 

たちまち水浸しに。

写真だとこれでも精一杯頑張った方なんだが、天井部から雨のように水が落ちていて、水深こそ大したことなかったものの、池の宿側へ流れ出していた。

 

 

 

 

 

こことか、引きの写真がないんだが

雑な補修の痕跡なのか、変なもんがはみ出してたり。

 

 

 

 

 

池の宿側出口の手前側壁とか、

ちょっといかがなものか状態。

 

 

 

 

 

そんな(どんな?)池の宿側の

鉄板の構図。

 

 

 

 

 

抜けまして正対。

こちらも実用一辺倒な塩対応ポータル。でも苔増量中。

 

 

 

 

 

扁額は

大又側とまったく同じもののようだ。

 

 

 

 

 

隧道の先、まだまだ続く大又佐渡林道。

隧道から流れ出た水を追いかけてみようか。

 

 

 

 

 

そう、目的地はこの大又隧道だったものの、実はこの先にまだ足を延ばした。

 

その目的については次回に書くとして、帰りの大又隧道で動画を撮ったので載せておく。

動画の始まりは、隧道から流れ出た水が谷へと落ちていくところから。これはつまり、池の宿谷の数多い水源地のひとつに大又隧道も含まれると言っていいってことか。ぜひ言いたい(笑)。

 

 

 

【6】に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

【3】より続く。

 

 

 

のっけから申し訳ないが、

山のお友達の落とし物。

 

まあまあフレッシュな感じ。でもこの日特に姿を見かけることはなかった。

 

 

 

 

 

ちょっと建造年代不詳な感じの石垣が現れて、

そしてまたアイツもカーブ外側に。

 

 

 

 

 

2.7km地点。

そういや2.4km地点見当たらなかったな。

 

 

 

 

 

ドでかい落石に遭遇。

しっかりと脇に寄せてあって、落ちてからそれなりに時間が経過している感。

 

 

 

 

 

その先のストレートがちょっとイイ感じだったんだが、

なんか立ってるな。

 

 

 

 

 

近づいてみれば、

「路肩弱し」だった。なんか知らんけど少しガッカリ。

 

 

 

 

 

気付けばこのあたり、山側の擁壁が二重になっていた。

手前のコンクリ擁壁の奥には、先ほどもあった年代不詳の石積み擁壁。

 

おそらくあちらがオリジナルで、改修(崩れたとか?)により路盤が少し谷側に移ったものかと思われる。

 

 

 

 

 

その先で、路盤にもそんな痕跡があって、

地面に埋まったこの列石はかつての路肩、土留めの擁壁の跡だと思われる。谷側に路肩を広げたのだろう。

 

 

 

 

 

上の写真撮影時で、進軍開始より1時間が経過した。


イベント発生ごとに数分その場にとどまりはしたものの、

休憩はなしでゆっくり歩いてきた。

 

 

 

 

 

地図によれば、

隧道まではもうさほどの距離もないはず。

 

この看板もちょうどいいチェックポイントだったなあ。3.0km地点。

 

 

 

 

 

4本目のカーブミラー。

その規則性はいかに?

 

 

 

 

 

もうそろそろ

見えてきてもおかしくないところまで来てるはず。

 

 

 

 

 

…あっ!

キタか?間違いないね?

 

 

 

 

 

よっしゃー、

到着した~!

 

徒歩進軍開始から1時間と6分。13年半ごしにたどり着いた大又隧道、お初にお目にかかります。

 

 

 

 

【5】に続く。