今宵はめっちゃ脱力系な一発ネタを。
スマホにバンバン入ってくる迷惑メール。たまってきたら一括削除してるんだが、こないだ削除するときになんか面白いの来てないかな~?とパラパラ見てたら…ありましたよ、ちょっと見慣れない方からの。
これがケッサクでしたね~。
あえて何も書きませんので、心行くまで反芻していただきたいです。つうか、いろいろ豪快過ぎんかこれ。イヤッフォー!
ちなみにわたくしのメアドが出ちゃっているが、これは情報提供お願いします、とプロフィール内にも載せてるものなので、無問題。
2014年5月25日、北陸OFF最終日。この日のネタで記事にしているのは、東口橋、のこぎり橋、納戸橋と納戸小橋(仮)、炎のDH、和佐谷橋と、解散後の無患子隧道、ハニベ前バス停、無くなっていたヒナ谷の隧道。
今宵ご紹介するのは、時系列ではのこぎり橋と納戸橋の間に訪ねた逸品。
とりあえず、
入口の場所だけ。
南方向へ、こんな感じで藪漕ぎすることおよそ15分…。
藪が薄くなり…見えた。
接近して(ほぼ)正対。
ここまで歩いてきたのは、1919(大正8)年開業、1977(昭和52)年の廃止まで走り続けた尾小屋鉄道の路盤跡であり、これは当路線にふたつ存在した隧道のうちのひとつ、第一隧道である。
特段名称はなかったらしいのだが、ネット上では倉谷隧道、または倉谷口隧道などとも呼ばれているものだ。
汚れて見にくくなっているが、
そのポータルはたぶん石造…かな?少なくともアーチ環は切石で間違いない…はず。たぶん。
さっそくお邪魔しましての、
鉄板の構図。このあたりはモルタル補修されている。
そのかわり…ってわけでもないのだが、
枕木とバラストがきっちり現存。これは嬉しい!
そして洞内。
出ました、コンクリブロック。
同じ位置で、ノンフラッシュ・ヴァージョン。
やっぱこっちのほうが好きだな。いつも書いてるけど。
で、皆様お気づきだろうが、
アレですよアレ。テクニカルタームが出てこない。碍子が三つともついたまだった。
中央付近のここらあたり、これもコンクリブロック?
なんか、異常にきれいじゃないかね?補修された部分なんだろうか。
枕木は途切れずにずっと残っていた。
枕木が残ってる廃線隧道ってそんなにないので貴重だ。
そして天井が…
なんか、やたらとカッコよかった。
お気に入りのローアングルも忘れずに。
手前に落ちてるのってなんだっけ?
抜けましての南側ポータル。
こっちもまた、アーチ環以外は確認しづらい~。
これは…切石か?コンクリブロックか?どっちに見えます?
いずれにせよ、重厚な雰囲気はしっかりと醸し出してる。
最後に、お気に入りのローアングルかつノンフラッシュ。
あのシルエットはよとと隊長。カッコよろしいな!
以上。
以下余談。
本記事は「鉄道トンネル・隧道」テーマで投稿するが、その基準をちょっと書いとく。
鉄道由来のトンネルが道路転用されている場合は「道路トンネル・隧道」とするが、道路転用後にその道路もまた廃化している場合は、「鉄道トンネル・隧道」に含める。ただし道路転用時に大きく改修されている場合は、廃化した後も「道路トンネル・隧道」に含める。
…まあ気まぐれで変えるかもしれんが。
2019年11月23日、鹿児島出張最終日の仕事がなくなるという神様からのプレゼント(笑)を有効に活かすべく敢行した「駅から探索」。
今宵ご紹介するのは、伊集院でのターゲット5つのうち2つめ。ちなみに御門前橋、城山隧道が4つめと5つめだったりする。他にこれまで記事にしているこの日のネタは、永安橋。
見えてきましたね~。
あれが、今宵のお題。
東側(上の写真では右側)の道からアプローチし、
たもとから正対。現在地こちら。
5t制限標識の存在感がなかなか。やたらのっぽに見えるのは、実際にのっぽだから、だけではない。
左側の親柱、まずはお誕生日。
「昭和三十四年二月完成」。
そして右の親柱は
「ひがしかわはし」。
上流側からのサイドアングル。
非常にスッキリとした橋だ。
橋上から望む上流側。
大きく川が東に曲がっている。
そしてこちら下流側。
んー、アレを言いたい…でももうちょい我慢。
渡って西側より。
イヤほんとスッキリしてるわ~。
左の親柱、
「神之川」。
右の親柱、
「東川橋」。
で、言いたいけど我慢してたことが、ここに掲示されていた。
きをつけて!!
はしのてすりがひくいよ!!
そう!それなのよ!
この令和の世の中で、市役所にもほど近い市街地の橋としては、異例に欄干が低い。だからこそ、スッキリと端正に見えるんだな~。
こういうのは今やレアケースなので、とっても新鮮に感じた。
逆光気味サイドアングル。
記事を書いてる今感じたが、曲線が存在しないのも、スッキリ感の一因かもしれないな~と。あと橋脚もまたスッキリタイプだし。
本記事執筆時点で最新のストビュー(2023年7月撮影)でも、そのお姿は変わっていない。このマイルドな世の中で、気を抜いたら落ちそうな欄干で頑張り続けてほしいものだ…って、なんだこのシメ。
以上。
2019年4月、仕事の出先近くを歩いていて見つけた看板をご紹介。
イイ感じの路地を歩いていて、目に留まった。
左の家屋の軒下に何やら見慣れないものが…。
これは…相当古い看板か?
看板と言ってもイチから創られた一点ものっぽい。一体いつごろのものなんだろうか。そして「本生掛」とは一体なに?
調べてみると、これは「和ろうそく」…の製作技法らしい。というよりも、高級和ろうそくのシンボルとして「本生掛」と謳っているのかと。そうとわかって見れば、確かに赤い部分、蝋燭を象ってあるんだな。
かつてここはろうそく職人の仕事場だったか、あるいは小売りをしていた商店のどっちかだったのだろう。すでに商売はやめて久しい感じだったが、美麗な看板からは往年の空気が感じられるようで感動したっけ。
ロケ地:大阪府泉南市
2023年7月8日、11年ぶりの大分探索第1日目。この日のネタで記事にしているのは深江隧道、臼津隧道と強烈オプション。今宵ご紹介するのはこの日の一発目に訪ねた市街地物件。
事前にお断りしておくが、写真が全体に白っぽい。当日は薄曇りかつ極めて湿気の高い、まさにうだるような暑さで、特に序盤はどこで撮っても湿気のせいかこのような感じになった。修正しようかとも思ったんだが、まあ当日の記憶を残すという意味でそのままにしております。
いきなり、ドン。
なんとなくのサイズ感、伝わるだろうか。
野趣あふれる素掘り隧道だが、
この立地が特筆ものなのだ。
辺境の山中にあるのかと思いきや、
表示されている地図のど真ん中にこの隧道はある。
かつては文字通り辺境の山の中だったのだろうが、宅地開発が進んで今や住宅街の真ん中に。こういうの大好き。一応マピオンでも現在地を貼っとく。
何より萌える(今はエモいって言うべきなのか)のが、
この立地でこの洞内!鑿痕ビッシリの完全素掘りとは、素敵すぎるぞこれ。
この道は大分市道。逆に言えば、管理者たる大分市がこの状態で供用し続けられるほどに状態よく安定しているってことになる。
改めてこの隧道、Q地図様によれば寒田(そうだ)隧道という。完成年は不明、延長は74mとのこと。
振り返りの、鉄板の構図。
素掘りなのにこの美しいアーチ曲線はどうかね。素晴らしいね。
では、車で抜ける。
軽自動車なので余裕だが、普通車ならそれなりに窮屈だろうな。
で、抜ける手前で異変が。
おおっと、ここへきてコンクリ巻きか。
抜けたところが広くなっていたのでそこへ車を突っ込み、
西側坑口を観察。
隧道上が広い切り通しみたいに見える。実際かつてはそうだったのかもしれないが、今では隧道上を横切る道なんかもあるので、どんな風になっているのか。
で、このガッツリコンクリ補修だ。
洞内の安定ぶりとは裏腹に、ここ西側坑口付近は安定しなかったのかもしれない。さっき見えた土被りの薄さが関係あるのか否か。
ここまで固められてるってことは、崩落が発生した可能性が高いかな。
「補修補強材の変状」「補済」。まだ段階的な補修の途中なのかもしれない。
かたや洞内は安定感バリバリ。
メリハリ凄いな。
わたくし気に入っているのが、こちらの鉄板の構図。
小高い山の上から団地を見下ろす景。いにしえの景はどんなものだったのだろうか。田畑が広がっていたのかな。
これ、当時ダイジェストにも使った写真だったと思うのだが、
これもけっこうお気に入りだ。しかしここ、ミラーの一本くらいはあったほうがいいかも。
隧道から下っていく道も、隧道と同じ幅員で。
ここも古い道の雰囲気が残っていた。昔は田畑のへりをくだっていくような道だったんだろう。
いや~、市街地物件としては最高レベルな逸品だった。これでマイナー物件だってんだから、さすが大分、ってところか。
以上。