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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2021年9月25日、初の長州遠征初日。この日のネタで記事にしているのは、寂地峡の木馬道隧道群と五竜の滝高鉢山第3トンネル&大滝橋坂折隧道夜打原取水堰堤のコンクリート円弧橋夜打原の吊り橋蕪坂隧道尾無隧道八幡橋平安橋

今宵ご紹介するのは、時系列では高鉢山第3トンネル&大滝橋の後、島根県吉賀町に向けて移動中にたまたま通りかかった物件。

 

 

というのも、

山口/島根県道16号六日市錦線、実は通る予定じゃなかったのだ。

 

もともとは南西側の山口/島根県道120号須川吉賀線で島根入りするべく国道424号を南下してたんだが、分岐まで行って通行止め(理由は忘れた)を知り、ムカつきながら来た道を戻ってこの県道へ入った。

 

まあ誰も興味ないと思うけど、自分の備忘として。

 

 

 

 

 

で、県境をまたぐところで「出会った」。

停車場所がなかったのでいったん渡り、島根県入り。おあつらえ向きなスペースがあった。ラッキー!現在地こちら

 

 

 

 

 

はい、出会ったのはこの橋。

島根県側は最後にちゃんと紹介するとして、まずは山口県側に戻る。

 

橋上のこの感じ、これは…。

 

 

 

 

 

なにかを察しながら、

再度山口県へ。

 

 

 

 

 

通りすがって最初にビビビときたのは、

実は橋手前のこの廃屋だった。

 

 

 

 

 

なんもなければ単体で建造物シリーズとして記事にしてもよかったんだが、

これ実はぜひとも橋と絡めて紹介すべき、ってトピックを通りすがりに見つけちゃってたのだった。

 

 

 

 

 

それが、壁に描かれた(そう、貼られた、ではなく)これ。

残念ながら半分以上が消されてしまっているが、

「山口県立自然公園 深谷大橋 観光お土産(以下見えず)」。

 

そう、深谷大橋というらしいこの橋、なんとお土産物屋がたもとに建つほどの「観光スポット」だったようなのだ。先ほどの写真でも伝わったと思うが、相当高いところに架かっていそうで、その長さも相まって、架橋当時には「わざわざ見に来るほどの橋」だったのだろうか。

 

 

 

 

 

その元お土産屋。

かなりヤバイ状態になっているが、原形はとどめている。

 

 

 

 

 

弊社業務範囲外につき中には入らなかったが、

懐かしいアイスクリーム用ケースと奥には飲み物など冷やしていたであろう引き戸の冷蔵庫、そしてカウンター的な造作物も見える。右手は…靴を脱いで寛げる休憩所的な?

 

 

 

 

 

そんな時代があったのが信じがたいような、

今や車一台もまだ通りかからない深谷大橋に、ようやく正対。

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

最近では珍しく、二日連続アップ。はみ男さんがたまにやってる「変な夢」シリーズが大好きで、たまたま昨晩変な夢を見たので、ちょっとオマージュしてみようかなと。昨日はちと重い内容だったことだし。

 

 

 

なんかパニックホラー的な状況で、窓下まで水に浸かりながらゴルフ(車ね)で何かから逃げたりしてた。なんやかんやあり(記憶なし)、山間のよくわからん施設に連れ(誰だか記憶なし)とともに辿り着いた。

 

するとどこからともなく二十人くらいの人が現れ、彼らもどこかから逃げてきたのかと思ったら、アカン側のヤツらだった。その結果(なのかどうか記憶なし)、とある研修室みたいな部屋に軟禁された。すると、ふわふわと空中を飛ぶ蛍光イエローの謎なクリーチャーが窓から数匹進入してきて、皆(何人かいたはず)でおののいた。

 

その後部屋の隅の高い位置の窓らへんで何かが起こり、脚立を立てて何かをしていると悪の首領的なおっさんが登場。それがなぜかマリオ・アンドレッティだった(知らん人がほとんどだろうから各自お調べを)。しかも二十年前ごろの風貌の。

現れたものの何も起こらずに(記憶なし)いったんいなくなり、続いてなぜかアメリカ合衆国大統領が登場。それがなぜか現在の風貌のジョン・ボン・ジョヴィだった。

 

ボン・ジョヴィ大統領は、「私が来たからにはもう大丈夫だ(何が?)」的な自信に満ちた態度でさっそうと脚立に登ろうとするが、無様に脚立ごとぶっ倒れてしまう(一時期のバイデンさんみたいな)。するとそこに悪党アンドレッティが再登場、無様にもがいているボン・ジョヴィ大統領を尻目に、脚立(いつ立て直した?)に登り、大統領をあざけった。

義憤にかられた私(ここでようやくわたくし登場)は悪党アンドレッティに駆け寄り、「せめて脚立から降りて話してください!」「大統領に敬意を示してください!」とか、袖をつかんで懇願し、引きずり降ろそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…っていう笑

 

 

 

 

ここで目が覚めたので、以上、解説もオチもなし。あ、アンドレッティはレーシングスーツは着てなかった。

(サムネ画像はネットからお借りしました)

 

 

 

昨日12月2日、しばらくぶりの目の経過観察診断に行ってきた。

 

 

この2ヵ月、ずっと左目の異常な視界と付き合ってきて、正直なところ全然よくなってる実感はなかった。ただまあ前回手術で入れたシリコンオイル(網膜を押さえるための)が入った状態だったしそれは当たり前で、この12月の検査で経過がよければ、シリコンオイルを除去してその結果視界がどこまで回復してるか…ってことで、日常生活はもちろん、その結果いかんで年末~年明けからの活動再開も占える、そういう意味でも大事な診断だったんだが…。

 

 

 

結果は…経過が思わしくないため、再手術。

 

 

 

 

いやもうええって~。

 

 

再々手術が決まって病院を後にし、そのまま心をいやすため散歩に出かけた。そのことはインスタではちょいと上げたが、ブログでもやるかは未定。でもいい気分転換になった。

 

 

 

 

それでだ。

 

補足すると、塞いだ穴がまた開いたってことではなく、ざっくり言うと新たに網膜にシワみたいのができて、それが網膜にひっぱり力を加えているために別の穴が開きそうになっており、ほっとくといずれそうなるから対応しよう…みたいなこと。で、今度は「バックリング手術」を受けることとなった。

 

 

まあ手術内容について書くことはしないが、お医者さん曰く、この手術は「しっかり麻酔はするけれど、ちょっと痛いと思います」なんですと。イヤすぎるわ…。

過去二回の手術は、目をいじくられているのがよくわかって気持ち悪さはあったものの、物理的な痛みっていう点ではほとんどなく、それはありがたかったのだが…ついに来るのか…。

 

 

 

手術日は12月19日、お医者さんは日帰りも不可ではないとのことだったが、また2泊3日での入院を申し込んだ。術後の姿勢保持は、自宅に帰るとどうしても気が緩みそうな気がしたのと、以前の記事にそらまめ閣下からいただいた「日帰りで帰ってから痛みが出てキツかった」旨のコメントが忘れられず、確かにそれは非常にイヤやな、と、病院ならもし痛みがひどくなったら対処してもらえるしね。

 

 

仕事は最低一週間は休まないといけないということで、またみんなの協力をもらいながらなんとか調整中。一週間で済めばいいんだが…。まあほんとはこのまま年明けまでずっと休みたいとこなんだが、人的にきついのでそうもいかず。ちなみに年末は30日まで仕事でございます。

 

 

 

以前書いたことを繰り返すが、皆様、身体の異状を感じたら、早めに対応されることを強く推奨する。放置したことによりわたくしのようになったら、目も当てられませんぞ、目だけに。

 

 

 

【前篇】より続く。

 

 

いったん林道に上がり、反対側へ下降。

意外と切り立っており、トラバースしながら降りてきた。

 

 

 

 

 

上の写真は下流側で、

こちらが上流側。

 

もちろん上を横切る平場が林道…すなわち春日野道でなんだが、あらら?吐口が見えないぞ?さっき反対側からはちゃんと貫通が確認できてたから、どうやらかくれんぼしてるらしい…。

 

 

 

 

 

接近してみれば、果たして。

倒木に遮られて隠された吐口発見!とても正対しての撮影はできない状態だった。

 

 

 

 

 

こちらはのっけから石アーチだが、

これは…崩れた、のかな?

 

 

 

 

 

アーチ端部が、

このようにギザギザに。

 

クラックも入ってるし、これは一部崩落した後の姿なんだろうと思うのだが、うーん。実はこの吐口側は斜めってるんですな。煉瓦アーチだったらねじりまんぽになってそうな。だから、意外とこれが元々の姿なのかもしれなかったり。マジ?

 

 

 

 

 

内部は、反対側と同じ…に見えるが、

側壁とアーチの境目の謎な段は見られない。あれば勾配に関連してのものだったんだろうか。

 

 

 

 

 

もうちょい進んで、フラッシュオン。

もしこの石アーチがオリジナルなのならば、1885(明治18)~1887(明治20)年という整備時期から考えて、なんと140年近くも昔のものだという可能性があるわけだ。目地にはモルタルっぽいものが見られるが、果たして?

 

 

こっちに関してはマジでなんでだか記憶がないが、あまり奥に進んでいくこともしなかった。やっぱ水深の問題だったかな?それとも、単に気が乗らなかった?わかんね~。

 

 

 

 

 

吐口側、鉄板の構図。

倒木のひどさもさることながら、側壁の端部の位置から坑口が斜めってるの、伝わるだろうか。

 

 

 

 

 

意匠といわれたら、

ウソやん?とか思いながらも下手すりゃ実際そうなのか?とも思えてしまう、非常に微妙なセンだ。

 

 

 

 

 

最後に改めて、

左右から吐口を舐めるように鑑賞。

 

 

 

 

 

さてさて、

これやっぱりずらして積んであるようにも見えるな。果たして崩落の果ての姿か、あるいは意外と元々か。あなた、どう思います~

 

 

なんにせよ、個性的な物件であることは確かだ。いや~楽しめた。いいもん見た。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

2024年5月9日に敢行した、福井県宿題回収ツアー第二弾。この日のネタで記事にしているのは阿曽隧道

 

 

そこから二か所ほどの立ち寄り地点を経て、

次なるターゲットへやってきた。場所はこちら

 

 

 

 

 

なぜか引きの写真とか全然撮ってなかったので補足として、お世話になりまくりストビュー画像を。国道8号、具谷第一隧道を抜けてほどなくの林道に入ったところだ。

ここに行ったってことは、ここの次に行くのはどこなのか、当該エリアに土地勘ある同業者は一発でわかるだろうが、まあそれはまたいつか改めて。

 

で、ここの林道直下にある暗渠が石造であるというのはだいぶ以前から知っていて、まさに宿題回収の一環として立ち寄った次第だ。

 

 

この林道、実はただの林道ではない。阿曽隧道の記事でも少し書いたが、1885(明治18)~1887(明治20)年にかけて整備された道路=春日野道の一部なのである。つまり、石造の暗渠があったとしても年代的には不自然ではないということで。

 

 

 

 

 

つうわけで、まずは林道から北側斜面を降り、

不法投棄まみれな平場を横切り

 

 

 

 

 

流れに到達した。

名称不明の河野川支流。ちなみに写真左上の平場が、奥にのびていく林道である。

 

 

 

 

 

で、視線を右へと移すと、

あった!あれだ。

 

意外と林道から遠いところに呑口があった。これけっこう長そうだ。暗渠ってよりは水路隧道に近いかも(というわけで、記事のテーマ分類もそれで)

 

 

 

 

 

もちろん長靴着用済み、

流れに降りて正対。

 

今のところ石造には見えない。奥がそうなってるのか。

 

 

 

 

 

さっそくお邪魔すると…地味に情報量が多いぞ。(見にくいので画像明度を上げてる、これでも)

やっぱり全然石造じゃなくて、コンクリ側壁に波型ライナープレートのアーチ。あれ?

 

で、足もとの石に注目。これ、床面に固定されている。何のために?たぶん保守などで入った際に足がかりにするため?わかりにくいがちょっと下り勾配になっているので。

 

そしてよく見ていただくと、この先で右に曲がっているのがわかると思う。

 

 

 

 

 

その右カーブを曲がると、

先が見通せた。やっぱ長い!

 

 

 

 

 

そして、ここからが石アーチだった。

しかしこれ、どういう状況?ここまでは開削工法で造られたってことだろうか。

 

 

 

 

 

そしてコンクリ側壁は改修の結果だろうが、

側壁とアーチ部の境目…すなわちスプリングラインが、これどうなってんの?

 

 

 

 

 

切石にも見えないよくわからない石材が一段見えるんだが、

これがオリジナルの側壁の痕跡なんだろうか。なんか激しくひび割れてるんだが、大丈夫?

 

ここで一旦撤収して反対側に回ることとした。記憶が定かでないが、確かこの先長靴では無理な水深になったのだと思う(しっかり下り勾配がついてる関係で洞床がフラットではなく、段差的な構造になっているためだと思われる)。

 

 

 

 

 

脱出時に、ローアングルにて。

やっぱりこの石が埋め込まれてるところ、歩廊的な使われ方をしてるんだと思う。誰が管理しているのかわからないけど。

 

 

 

 

 

呑口の鉄板の構図。

この後林道へ登り返して、反対側へ再下降。

 

 

 

【後篇】に続く。