2024年5月9日に敢行した、福井県宿題回収ツアー第二弾。その一発目に訪れた超有名物件・阿曽隧道をご紹介。
この趣味にハマってほどなく…つまり15年以上前からこの物件は認識していた。もちろん、それらを訪ねたい気持ちはずっとあったし、「近場の甘え」を抱えながらも実際そんな機会も何度かあったんだが、なんでここまでの長きにわたって訪ねそびれていたのかというと…。
ひとつは、超有名物件ゆえにそのお姿などすでによく知っちゃっていたこと。何年か前にあの大御所までもがレポを公開するに至り、もう十分やな~って。大御所がこういう有名物件をレポ化したのは純粋に意外だったな~。
が、主な理由はそれではなく、その「アプローチ条件の厳しさ」だった。たぶん皆さん想像されるのと違うベクトルで。
つうわけで、時刻は早朝5時45分。
ターゲット南側の国道8号路肩(場所だいたいこのへん)に駐車。
遠目にこの路肩にトラックが先に停まっているのが見えて青ざめたが、まだ一台分強のスペースは残してくれてたので何とかすべり込んだ。この場所を逃すわけにはイカンので…。
現場は、
敦賀湾を見下ろす崖の中腹。国道8号はここから何本もの隧道とロックシェッドで、険しい海岸線をクリアしていく。
「アプローチ条件の厳しさ」とはまさにこれ。阿曽隧道を訪ねるには、歩道もなにもない狭い二車線の国道8号路肩をずっと歩いて行くことを余儀なくされる。
まずこれだけで嫌なんだが、問題はその交通量。大動脈のひとケタ国道だけに日中の交通量は非常に多く、この狭いところを大型車もガンガン走っている。さらに、なんだかむやみに巡航速度がめっちゃ高いのだ。狭いワインディングなのに。
自転車とかもほぼ見た覚えがないくらいなんで、ここを日中に歩いていくなんて、ほぼ自殺行為。まあ死にはしないだろうとしても、かなり迷惑であろうとも思う。
だからわたくし攻略するには、交通量の少ない早朝に攻めるしかないと考え、そのために前夜から家を出てここに合わせてきたわけだ。
身支度を整え、いざ出発。日中とは比べ物にならないが、この時間でもけっこう車は通り、気を遣う。ほんと、こんなとこ歩いてるやつ見ないもんな~。
200mほど?歩いていくと、
ロックシェッドが登場。
進んでいくとシェッドの先に、隧道が見えてきた。
あれが黒崎隧道。目指す阿曽隧道はあれの旧隧道という位置づけになる。
それにしても…大型車がガンガン肩先をかすめていく中、ここを歩いていくことを想像してみてほしい。やりたくないでしょ~。やっぱ早朝で大正解。やむを得ず万一やるなら、思いっきり目立つ色の服装推奨。
進みながら、シェッドの隙間からチラッと…。
あそこは隧道名となった「黒崎」という名の小さな岬となっており、目指す阿曽隧道はあそこに穿たれているはずだ。見えそうで見えなかったけど。
黒崎隧道の40mほど手前あたりから、
シェッドの外側にこのような余地が現れ、逃げ込むように退避。かなりホッとする。用途不明だが、歩道ではないだろう。
そしてようやく!
隧道手前、旧道入口に到達!
駐車場所からここまで、早足気味に歩いて5分かかった。ちなみに、北側には倍ほども長大なシェッドが控えており、駐車可能(かもしれない)スペースも遠いので、危険な歩行距離は格段に延びる。南側路肩が空いていれば、絶対こちらがベターだと思う。
そういえば、某山神さんとたまごろうさんは、モンキーでここに乗り付けるという飛び道具使用だったなあ。あれはあれで、交通事情によりかなり怖そう…。
さてさて!
念願の旧道へ踏み入れた~。
時節柄、藪の勢いが増し始めているが、このくらいなら全然イケる。
今歩いてきたシェッドを振り返り。
Q地図様によると、お名前は黒崎ロックシェッド、昭和42年製だという。おお、ご同輩。
進み始めてすぐ、
路肩に駒止めを発見。
で、黒崎突端方向へと回り込む右カーブ部分に、
トタン小屋?の残骸があった。改めて先人の過去レポなど見てみると、以前はちゃんと建ってたっぽい。
そいつをかわして、カーブを回り込むと
隧道が目に入って…来るのかと思ってたんだが、そうじゃなかった(笑)。しかしすでに坑門上部は見えている。
それにしても険しい地形。確かに、ここは隧道を掘るよりほかにクリアする手段はなかっただろうと思わされる景だった。
もう少し接近して…
見えた。ネットでは見慣れたあの姿!
先人の秀逸なレポートが多数存在するので、拙ブログではもう完全に「行ってきた」に終始させていただくが、本隧道の完成は1885(明治18)~1887(明治20)年にかけての道路整備においてだということで、我が国の近代道路隧道において最初期のひとつである、ということだけ。
そして、
貫通も無事確認!
大きな地震もあったし、直近の状況が不明だったので少しだけ心配していたが、大きな問題はなさそうか。しかし自分がいるこの隧道南側には巨大な落石が大量にゴロゴロしており、影響は確実にあったことが偲ばれた。
そんな、実に140年近く昔(!)の隧道、しかもこの厳しい立地にもかかわらず、
状態は驚愕するほどに良好。唯一、ここの笠石がひとつ欠損していたくらいか。
坑口前に崩土が堆積しているおかげで、
憧れの(謎)要石タッチだってできちゃうのだ。この要石だって、ウソみたいにきれいじゃないすか?
迫石洞内側になにやら穴が見受けられたが、
なんだろね?
さて、ではいよいよ…
15年ごしに洞内へお邪魔いたします。
【後篇】に続く。