【1】より続く。
うわーお。
すぐに着くと思ってたのに15分も登ってようやく現れた隧道は、いや~これ、ガチですやん。まあ、実際これを期待してたので、ニンマリ(笑)。
道路の状態も、どうですかこれ。さっきの看板から判断するに元々は車道なのだと思われるが、今では…。
さあ着いた。まずは正対。
遠く~にポツンと一点の明かり。無事(?)貫通を確認…って、まさかそんなレベルのガチさとは。ここ、石見の小京都の玄関口たる津和野駅から直線距離で1km弱しか離れてない、そんな場所だというのに。
実質的に廃道&廃隧道だが、こうして封鎖されていない点から、かろうじて現役?と現場では判断したのだが…記事タイトルで(廃?)とした理由は後述。
そして、コンクリポータルの両脇に、いかした舞台装置ふたつ。
「この先通行困難」
いや、とっくに通行困難…いや通行不能でしょうよ。
「トンネル内落盤・崩落の危険あり」
その割にフルオープンですやん!(ていうか、自己責任に委ねてくれて感謝!)
それぞれにしっかりとツッコんでから、まずは観察。
コンクリートのポータルの上に付加されているのは、土留め?
おでこ的な位置にあるポコッとした出っ張り、もしかしたら扁額なのかもしれないが、苔むして何が何やら。
続いて洞内。
コンクリ巻き立ては数mで終了、その先はガチ素掘りのようだ。楽しませてくれますな~。
両側路肩に寝転がってるこのコンクリ板、
なんだろう?もしかして側溝の蓋?それにしちゃあイヤに重厚すぎると思うが。
そして、
一見して気になったこのクラック。ポータル一周までは逝ってないが、よろしい状態ではない。
この隧道、愛と信頼のQ地図様には名前がない。で、トンネルリスト(平成16年度道路施設現況調査)にてお名前が判明した。その名はストレートに「蕪坂(かぶさか)隧道」、スペックは1935(昭和10)年建造、延長214m、幅員2.5m、有効高2.3m、とある。
平成16年度のこのリストでは、この隧道の道路種別は「市町村道その他」と津和野町による管理だったはずで、実際二枚の警告看板は津和野町名義となっている。
だが、令和5年現在で津和野町のトンネル点検・修繕計画一覧表に載っているのは晩越隧道と唐人屋トンネルのみで、この蕪坂隧道は消えている。ということは…すでに公式に廃?なのか?あるいはまさか、管理者が変わった?
実際のところは不明だが、これが記事タイトルで(廃?)とした理由である。
まあ、ごちゃごちゃ書くまでもなく、
その実態は紛うことなき廃隧道。体感的には間違いない。
行ってきますよ~、と
カマドウマ君に声をかけ、いざ、入洞。
…の前に、振り返り~の
鉄板の構図。外光とはしばしお別れ。
いや~…これ、今でも歩く人は、いるんだろうか?
一般ピープル的には相当な気合がないと、そして照明がないと、とても歩けたもんじゃない。でも確かに、車道隧道の幅員だこれは。
…ん?なんだあれ?
左側に、
謎な感じに突き立てられた木の枝。意味不明。
そしてそのすぐ先で、
おお~、ぶら下がったままの碍子。
これはかつて洞内に電線が通されていた名残か。天井部を伝っていたのか。碍子の取り付け場所になっている横木が実にイイ。この一枚しか写真がないが、他にもあったのかここ一ヶ所しかなかったのか、もはや記憶がない。
いやがうえにも盛り上がる我がテンション。しかし、この辺でもうすでに大きく「聞こえ」始めていた。
何が聞こえていたかはたぶん同業者ならお分かりいただけるかと思うが…この聞こえ方、ここまでのはけっこう久々かも(汗)。
まあどうなるか、見てみよう。
【3】に続く。