甚だ不完全ながら。
とりあえずわかったところまでをやっとこうかな。
【1】に続く。
オジー・オズボーンがパーキンソン病と闘病中であることを公表しましたね。
厄介な病気です。すでに齢70を超えたオジーには非常に厳しい闘いかもしれません。しかし、わたくしの知る限り、何回も死にかけては蘇ってきてるんですよね。
またツアーをやれとは言いませんが、誰かのステージに飛び入りするとか、そんなことがあれば…素晴らしいですな。
“Flying High Again”…もう一度、高く。今一度、ステージに立つオジーを見たいものであります。
で、オジーといえばBLACK SABBATHを抜きには語れませんが。
これよりも好きな曲はいくつかあるけど、ここはやはりオジーの鉄人ぶりに望みをかけて、“Iron Man”で。
オジー・オズボーン、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラー、そしてビル・ワード。みんな若い。そしてなんだこのカッコよさ。まさに名実ともにロック・レジェンド。
ちなみにこの曲、ロード・ウォリアーズの入場テーマでしたな(笑)。
つうわけで、闘え、オジー!
2017年6月15日、福岡出張の仕事前に訪ねた大濠公園で橋をチェック。
観月橋に続いて現れたのは、
こんな橋。これまたイイ感じですやん~。場所コチラ。
お名前は
松月橋。
太鼓橋っぽいフォルムのこの橋、サイド気味に見てみると、
コンクリート製の二連リブアーチ…かな。
お誕生日は、
昭和二年三月竣工。
当時主流になりつつあった、コンクリートという素材。
石や煉瓦と違って組構造にする必要がなく、自由に成形できるというその特性を十分に活かした、素晴らしい意匠だと思う。とっても洒落てる。
渡って、南側より。
これ見よがしでない、軽やかな印象。公園の橋って観点からも素晴らしいと思う。
最後に、西側対岸からの遠望サイドアングルで。
うむ、言うことなし!
以上。
今宵ご紹介するのは、押角駅を後にして峠を登ること10分。
国道340号の宮古市/岩泉町境に穿たれた隧道である。現在地コチラ。
手前にあるのはもちろん
隧道竣功碑なのだが…
残念なことに
激しく損壊してしまっている(泣)。
何らかの事故によるものか、あるいは人為的なものかは不明だが、いずれにせよ悲しい状態に変わりない。大きめのサイズで貼ったので、興味ある方はご覧あれ。
ちなみに最上部には「隧道竣功碑」ではなく、篆書で「記念碑」(もちろん右書き)と刻まれている。
改めて、隧道に正対。
石積みポータルと、切石のアーチ環。
不思議と重厚さよりも軽やかさを感じる。それは笠石のリズミカルさが素敵だからかも。まあ、個人の意見である(笑)。
扁額。そういえばちゃんと名前を出してなかったが、
雄鹿戸隧道。左端には揮毫者として「英彦」と刻まれている。
誰も見てないだろうが(笑)、先ほどの記念碑左端にもあったその名。
「昭和十年三月十六日 岩手縣知事従四位勲三等 石黒英彦」
つうわけでこの隧道、昭和十年建造の古洞だった。ちなみに土木学会選近代土木遺産のCランク物件である。
ところで先ほど訪ねた押角駅とこの隧道、いずれも読みは「おしかど」。この峠の名前も「押角峠」なので、「雄鹿戸」は何か意味を込めて字を当てた表記なのかも。
洞内の様子。
そのスペックは、延長580m、幅員5.1m、有効高4.5m。昭和十年製にしてはひたすらに立派だ。
では、反対側へと向かおう…と振り返って、
なんかこの景にグッときた。「峠」ってこうだよね、みたいな。
で、抜けて岩泉側へ。
ポータルデザインは宮古側と共通のようだ。扁額も然り。
岩泉側には記念碑はないものの、
違うものが二つあった。
まずはこれ。
山神さんに捧ぐ(笑)。いやいや。
昭和十年とあるので、隧道竣功直後に建立されたものだ。建立したのは…工定組。
工定組ってなんぞ?という疑問が、こちらで解ける。
この隧道の工事を請け負ったのが、岩泉の「工定組」だったということで、この安全祈念碑が当時のものとは思えないが、こうしてちゃんとモニュメント的に残されているのは印象的だ。
先ほどの山神碑は、隧道工事一人の死者も出さずに完了(当時の大規模土木工事としては珍しいことだったのだろう)できたことを山の神に感謝して建立されたものだという。いい話だ。
ちなみに工定組は、横屋建設株式会社と名を変えて、現在も存続しているという。
2014年4月(わたくしが訪ねた1年後だ)にJR岩泉線が廃止された際、この峠を貫く押角トンネルは岩手県に無償譲渡された。これを拡幅して国道340号の新トンネルとすることになっていたが、廃止から五年後となる2019年6月5日、この「国道340号押角トンネル(仮称)」も貫通式が開催された。
2020年度内の開通を目指すという新トンネルが供用開始されれば、この雄鹿戸隧道は旧道の隧道となるわけで、その後の処遇が気になるところではある。
紆余曲折を経て、道路は快適に便利になっていくが、ここ雄鹿戸峠の場合は役目を終えた(終えさせられた)鉄路の遺志も継いだ、新しく生まれ変わったトンネルが誕生しようとしている。岩泉線にも思い入れのあるわたくしとしては、ちょっと胸アツな展開。いつか叶うなら、ここに再訪してみたい。
この岩泉側もまた、
なんかグッときた。
どうってことないと言えばそうなのかもしれないが。
…あー、遠くへ行きたくなってきた(笑)。
以上。
2019年4月28日、平成最後の遊撃@紀伊半島の2日目。この日のネタで記事にしているのは、加財バス停のみ。つまり、まともな記事は初めてってことだ。
時刻は6時56分。
ここは奈良県道735号龍神十津川線・十津川村出谷地内。場所コチラ。
なぜにこんなところに停まってるのかねキミぃ?
実はここ、地図で見て気になっていたところだったのだ。
この赤丸のとこなんだが、点線表記道が上湯川を渡っている。
ここにどんな橋が架かっているのか確かめるために…まあ吊り橋だったらいいなあ、という期待、いや予測を持って停まったのだが…
目指す場所にあったのは、
「お知らせ ここから川へおりられます 十津川村漁業」。
素敵な予感しかしない看板が。これは期待できる…。
で、確かにあった。
川へと降りていく細道が。
うむ、吊り橋フラグが立ちまくってきた(笑)。そう思った。
しかし、2分後に見えてきたものは…
屋根。
普通ならば水神かなにかの祠か?と思われる状況だが、実際に思ったことは違った。
「マジか?あれ本物じゃないのか!?」
ドキドキしながら降りてみれば…
キタコレ。
予感的中。
これは野猿(やえん)だ。しかもガチの。
野猿、ご存じだろうか。解説は十津川村観光協会のこのページを参照いただきたいが、実はここに来る途中に、上記のHPにも掲載されている観光用の野猿があるのを見つけ、見学してきたばかりだったのだ。なので、上からこの屋根を見つけた瞬間に、「ガチ野猿だ!」とときめいたのだった。
HPにあるように、もともと野猿は交通手段あるいは輸送手段として永らく村民の生活を支えてきたインフラ設備。「ガチ野猿」とはすなわち「観光用じゃないやつ」という意味であり、この野猿はまさにそれだ。
おそらくは山仕事用?あるいは県道にあった看板に「漁業」の文字があったことを考えると、川魚を獲る場所へ行くためのものとか?
「人力ロープウェイ」とはよく言ったもので、
そのアンカーは野猿本体のすぐ背後。
固定されたメインケーブルと…滑車?
メインケーブルは
左右の柱(滑車内蔵)を貫通して対岸へ延びている。
手前左の柱に結わえられているものと野猿内をスルーして対岸へ延びているものが、滑車から延びているケーブルである。
この野猿内のケーブルを手でたぐることで、
野猿を動かすわけだ。
板は薄そうだが、人ひとり乗るには十分な感じ。うん、これ完全に一人乗りですな。なんか、座布団敷いて正座で乗りたい感(笑)。
屋根はこのように、
更新されてさほど経たない感じの真新しさ。完全に現役の野猿だ。
いや、実際のところ、
これに乗って対岸へ往復するかどうか、マジで悩んだ。
悩んだが、ここは自重した。全く乗ったことないのにいらんことして好ましからぬ事態を招くリスクは冒せなかった。とは言え、たぶんソロじゃなければ、乗ってたかと思う。
うーん、こういうすぐに「ブレーキをかけるとこ」がわたくしの限界であり、またある意味イイ部分でもあると思うのよ。自称慎重派なのでね…(笑)。
実際の利用者以外でこの野猿を見つける人間は、
きっとおかしい人だ。言うなれば変態だ。
変態でよかった、わたくし(笑)。
以上。
*テーマ分類に困るが、一応道路橋・橋梁にしとこう。