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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

STAY HOMETOWN@滋賀シリーズ、第九弾。

 

2010年1月11日、実家に行くついでの寄り道探索で訪ねた橋をご紹介。この日のネタで記事にしているのは、宝池隧道旧・二ノ瀬橋S県O市Y町の謎穴

 

 

 

 

まずはこの写真から。

ここは国道367号、花折峠の途中側登り始め付近。地図コチラ

 

最初の大きなコーナー外側に、大抵の人が見逃しそうな分岐がある。この写真は10年以上前だが、今ではもっとステルスな感じになってますぞ。

 

 

 

 

 

 

この道へ進入。

立ち入りを制限するものは何もなかった。今は知らんが。

 

 

 

 

 

 

 

歩くこと100mちょいほど。

…見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

こんなところに

廃橋登場。

 

1975(昭和50)年、花折トンネルの開通により現在のルートとなった花折峠。それ以前の旧道も残っているのだが、この途中側については先程の分岐からこの先の現道との交差点までは廃道となり、現道や砂防ダム工事などに踏んづけられて痕跡も定かでない。

今歩いてきたのは、この廃道部分の取り付き、まだ明らかに辿れる区間。よってこの橋も、旧国道の橋である。 

 

 

 

 

 

サイドぎみアングル。

シンプルな、コンクリート桁橋である。

 

 

 

 

 

 

 

親柱四本のうち、肝心なお名前を刻んだ一本だけが失われていた。が、幸いカナ表記は現存していた。

「とちゆうはし」。なるほど、「途中橋」ね。

 

 

 

 

 

 

 

河川名。

「我迩川」。ちなみに正式な表記は和邇(わに)川。

 

 

 

 

 

 

 

そしてお誕生日は?

「昭和三十年五月竣功」。

 

花折トンネル供用までを現役期間だったとすれば、たったの二十年か。不憫やな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、同じくそれを基準とすれば

探索当日で、一線を退いてすでに三十五年が経過していたわけで、この橋の先から本格的な廃道となっていた。

 

 

 

 

 

 

渡ったところに積み上げられていたこれ、

剥がされたアスファルト?だろうか?かなり古いもののようだ。

 

 

 

 

 

 

 

さらにしばらく進んでみたが、

まったくもって道っぽさも感じられず、すぐに萎えてしまって撤収。

 

もうちょっと追いかけてもよかったな。また行こうかな…。

 

 

 

 

 

 

 

で、引き返した際に、行きには気づかなかった発見。

おお、嬉しい!標識が残ってた~!

 

たぶんこんなとこのやつを今さら撤去しないだろうから、これ今でもあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

ところで当時のわたくし、

こっちからの正対写真を撮ってなかったようだ。残念な人…(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

旧道沿いには、

わかりにくいが石積み擁壁が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

ここは当時としては唯一、路肩が欠損していた箇所。

油断してたら落ちそうですな。

 

 

 

 

 

 

現道へ復帰~。

当時はこんな感じだったが、今はとても車じゃ入れないのでご注意を。あと、車を停めるとこもないので、ちょっと歩く覚悟で。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

STAY HOMETOWN@滋賀シリーズ第八弾。

 

2012年2月26日、翌日の第三次岐阜県探索への移動中に、かねてから気になっていた橋に立ち寄った。

 

 

 

まったくタメなく、いきなりドン!

一見して、どっかで見たような?と思われる方もおられるかも。

 

場所はコチラ。そう、永源寺の参道入り口に架かっている石橋、かつアーチ橋である。なんで石アーチ橋と書かないのか?それは後半で。

 

 

 

 

 

 

正対。

どっしりしたイイ橋。だが、撮り方が悪い。左右の袖高欄が切れちゃってるし…。

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

「大歇橋」。

 

 

 

 

 

 

 

お誕生日は

「大正九年五月竣工」。

 

これたぶん、わたくしが滋賀県内で初めて出会った大正橋梁だったと思う。親柱のみが古いケースを除けば、県内で大正以前かつ竣工年がハッキリしている道路橋梁となると激レアなのだが、神社仏閣参道橋系を含めると、大正以前の石橋は多数存在する。そういう意味では、この永源寺門前の大歇橋も「反則」(笑)である。

 

ただ、この当時はまだ参道系にはほとんど手を出してなかったので、ここが初めて見た大正橋梁となったのだった。もちろん、テンション上がった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

上流側からのサイドアングル。

川の名は、幡桃渓というそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡って、正対。

お食事処の一角と化してる(笑)。

 

ちなみに親柱は、字体こそ違うもののこちらもお名前とお誕生日。なので読み方はこの時点ではわからなかったのだが、これで「だいけつきょう」と読むらしい。

「だいけつ」はまあそうかも、と思ってたが、「きょう」と読ませるのはなかなか珍しい。記事にしてる中で思いつくのは木天蓼橋(またたびきょう)くらいかな。

 

ちなみに京都市内だと渡月橋(とげつきょう)、観月橋(かんげつきょう)なんて有名橋があるけど、全国的にはけっこうあるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

さて、冒頭近くで

石橋ではあるけど石アーチ橋とは書かなかった、その理由だが。

 

 

 

 

 

 

 

この一見石アーチっぽいビジュアル、

実はフェイクなんだな。

 

側面に張り付けてあるだけで、要石も「それ風」な意匠に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

実際はこのように

石組みではない、紛うことなきコンクリートアーチなのだった。

 

やたら化粧石がきれいで新しく感じたので、近年貼り替えたのかもしれない。が、石でなくRCアーチ橋として架けられたことには間違いないはず。この橋、土木学会選近代土木遺産Cランクに列せられている。

 

余談だが、滋賀県内でコンクリートアーチ道路橋はこれまた希少。2020年5月現在でわたくしの知っている範囲ではここを含めて四本だけであり、そのうち大正橋梁(だとハッキリしているもの)は、ここと大橋のみである。

 

 

 

 

 

 

最後に、下流側からのサイドアングル。

改めてよく見ると、三心円アーチである。

 

これはコンクリートならでは。石組みでは三心円アーチは造れないだろう…造れるのか?知らんけど(笑)。まあ難しいのは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

気になってた橋を確認してスッキリ。意気揚々と次のターゲット、麻生田墓下隧道に向かうのであった(笑)。その他この日のネタで記事にしているのは、駅前橋

 

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

【前篇】より続く。

 

 

 

 

南側ポータルに正対。

こちらも北側と同じ仕様だ。

 

ええ感じの倒木(太い枝?)がもたれかかっていて、これが車だと絶妙にプレッシャーなのよね~。ええ、この後車で抜けましたとも。動画は最後に大盛りで(笑)。

 

 

 

 

 

 

扁額もまた、北側と同じ。

同じというか、複製ですな、きっと。完璧に同じに見える。

 

 

 

 

 

 

隧道南側は、

路面状況がよろしくなかった。

 

その後も何度か訪ねているが、ここは常に濡れている。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその先しばらくも、

マディなコンディションが常態のようだ。

 

オフ車や四駆ならなんてことないんだろうが、FFのノートさんの場合、上り勾配となる北行きだと、ここらでもし停車してしまうとスタックしそうな気持ち悪さがある。それが楽しいんだけど(変態)。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと隧道からは脱線するが、

 

この道をずっと進んでいくと、

このような洗掘ありの激坂S字が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

伝わるだろうか、この斜度?

これを登りきると、

 

 

 

 

 

 

 

こんなところに出る。

岩尾池の南に隣接する、大沢池の堰堤上である。

 

あの激坂登りは、そのうちノートさんでチャレンジしようと思ってるのだが、今のところロケハンまでにとどまっている(笑)。

 

ところで今さら思ったんだが、隧道の名称「大澤」ってこの池から採ったんだろうか。その場合普通に考えれば、岩尾池のそばにあるんだから「岩尾隧道」ってなりそうなものだが。あるいはまったくの無関係?不思議。

 

 

 

 

 

 

はい、脱線は終了、再び隧道へ。

南側の引きアングル。

 

 

 

 

 

 

 

地味に、

洞内もダートである。

 

わたくしの知る限り、前後だけじゃなく洞内もダートな道路隧道/トンネルって、滋賀県内でここだけかと。

 

 

 

 

 

 

堪能した、の鉄板の構図。

 

 

 

 

 

 

 

ノートさんはここに待たせていた。

そう、実は今のはロケハンだったんである。この道、常に倒木やら大きな枝が落ちてるやらで、車だと未知数な場面が多いので。今見てきた状態なら、まあ行けるな、と。

 

 

 

 

 

 

…つうわけで、これが当日撮った北行きの動画。スマホが傾いたり、最後には落っことして終わるっていう最低なところはまあご愛敬。のっけから倒木でギリ通過、1分15秒~の倒木のプレッシャーとマディな路面への気の使いよう(笑)が見どころでございます。

 

最低最悪な車載動画ですな(笑)。

 

 

 

 

 

そして、2016年2月28日には三度目の訪問。今記事途中で出した大沢池堰堤側のロケハンのついでに立ち寄り、この際にも北行き、南行きそれぞれ動画を撮っているので、この際全部出してしまおう(笑)。

 

まず南行き。

この日はロケハンなしで突っ込んだら、案の定堰堤奥の直角カーブにデカイ枝が落ちてたし。17秒~あたり、めっちゃ大回りしてギリでかわしております。

そして隧道北側(1分13秒~)、めっちゃデカイ枝が脇に寄せられてて幅寄せがキツイ(笑)。何もなければそれほど激狭ではないんだけども、いつもこんなアトラクションがあるんよねえ…。

通過時に木を引きずる音がするけど、当ててませんよ(笑)。

 

 

 

 

 

 

で、これが戻りの北行き。

枝がお腹を打ちまくりなのがよくわかる。56秒~の隧道南側、「停車してしまったらそのままスタックしそうな感じ」、伝わるだろうか。

1分28秒~のデカイ枝、戻りの方が窮屈感が強かったですな。2分28秒~の最終コーナー(笑)、戻りももちろん、大回りしてクリア。

このまま県道まで撮り続けたらよかったな~、というのは、撮影を止めてから思った(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

その後、2016年9月4日には、

ハルニチさんをご案内して立ち寄った。

 

 

以降も1~2回寄ってるような気がするんだが、何も撮ってないので記録不明。

 

 

 

 

隧道自体はまあ大したことないんだけども、比較的近場でロケーション込みで楽しめるお手頃隧道ということで重宝している(謎)大澤隧道をお送りした。

 

実は、行った回数と写真、動画が多く、どう記事にまとめるか考えるのが面倒だったために、長年手をつけてなかった物件なのだが、STAY HOMEのおかげでようやく記事にできてスッキリした!

 

 

 

 

以上、完結。

 

 

 

 

 

STAY HOMETOWN@滋賀第七弾。今宵ご紹介するのは、甲賀市にあるささやかな…けど案外?知名度の高い隧道であります。

 

 

 

ここにも過去何度か訪問して毎度楽しませてもらってるのだが、

 

まずは初訪問時となる2009年8月3日(この日のネタで記事にしているのは、この後訪れた滝山田隧道へつじ隧道)の写真でスタート。

県道132号から岩尾池という灌漑用溜池(いや、アースダムか?)へと曲がったところ。現在地コチラ

ここから岩尾池の東岸に東海自然歩道が伸びていて、その途中に今宵のお題隧道がある。

 

 

 

 

 

 

 

きれいなところだが、ここで注目なのが

自然越流式の洪水吐。

 

 

 

 

 

 

 

時々見るけど、

これめっちゃ好き。

 

 

 

 

 

 

東海自然歩道は洪水吐にそって進んでいくのだが、

振り返ってよく見ると…おっ。

 

 

 

 

 

 

 

洪水吐が東海自然歩道をくぐるカルバートに扁額が。

「昭和二十九年三月竣功」だそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

ここからは、二度目の訪問となる2014年8月16日(この日のネタで他に記事にしているものナシ…)の写真を中心に構成。

 

岩尾池を右に見て進む、気持ちのいい道。

ちなみに、県道を外れてからはダートとなっている。

 

 

 

 

 

 

 

歩くこと数分で、

「気配」が。

 

 

 

 

 

 

 

左カーブを立ち上がると、

いらっしゃいました~。

 

 

 

 

 

 

 

以下二枚は、初訪問時の写真。

五年経ってるわけだが、全然変わってなかったな。

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

大澤隧道。

 

「昭和二十七年十月竣功」とある。岩尾池のカルバートよりも一年半ほど早いということになる。

 

現在は東海自然歩道となっているわけだが、この道本来はどういう目的で開削されたのだろうか。岩尾池自体は明治年間に造られたようだが、昭和半ばまで存在しなかった道なんだろうか?

 

だから、調べろよと(笑)。まあ、気が向いたら…

 

 

 

 

 

 

 

地味に珍しい、谷積み?のポータル。

他にどこで見た?と考えると、パッと出てこないわ。

 

 

 

 

 

では、洞内へ。

型枠痕がビッシリ。場所打ちコンクリートですな。

 

 

 

 

 

抜ける手前で

鉄板の構図。

 

左側にのしかかる折れ枝。右側には転がってるし。ここ…つうかこの道、いつも枝がめっちゃ落ちてるんよね~。

 

 

 

 

 

【後篇】に続く。

 

 

 

 

STAY HOMETOWN@滋賀シリーズはお休みしまして、音楽ネタ。過去何度となく採りあげた、NIGHTWISHでございます。

 

 

終わりの見えないコロナ禍にココロが疲れているって方も多いと思います。そんな皆様にささげたい、それが今回ご紹介する“Sleeping Sun”。哀しく、そしてとんでもなく美しい楽曲でございます。

 

 

 

 

念のため書いときますが、まったくもってウルサイ音楽ではありませぬ。全ての方に聴いてみていただきたく。

好きなんすよね~、こういう哀惜と慟哭の世界観…。我が汚れたココロ(笑)も、浄化されてゆきます…。

 

 

 

 

 

この曲のライヴ・ヴァージョンがまたねえ、圧巻なのですよ。

やはり素晴らしきターヤ・トゥルネンのクリスタル・ヴォイス。まさに圧倒的。どっか違うところへ連れて行かれそうです(何)。

歌い終わり、素の声で言う「キートス!(フィンランド語で“ありがとう!”)」がまたイイ(笑)。

 

 

 

 

こんだけ好きなのに、なんでまだ音源を持ってないんだろう(笑)。