本日ご紹介する物件については、その所在地から数kmのところで育ったわたくし、もう35年ほども前から知っていた。そして、その頃からすでに現在のような姿だった…はず。
もちろん格段の興味もなく、久しく忘れ去っていた。それを「再発見」したのは、この趣味にハマってからの11年ほど前のこと。
ついぞ知らなかった。「アレ」がそんな重要物件だったとは。
そんな「再発見」を経て、現地へ足を運んだのは、2010年1月11日。宝池隧道の記録後にやってきた。
現在地はコチラ。
頭上の橋梁は、叡山電鉄のもの。目前の道路は、京都府道38号京都広河原美山線。観光スポットである貴船、鞍馬へのアクセスルートとして、休日ともなれば観光バスも行きかう。
狭隘なこのあたりは離合渋滞も頻発する難所だったが、2015年3月に二ノ瀬トンネルを含むバイパスが整備されてからは、静かな雰囲気となった。が、それはまだこの数年後の話。
向こうの古びた橋、見えるだろうか。
鞍馬川を渡る、何の変哲もない昭和ミドル橋だ。お名前は
「二の瀬橋」。
そして親柱側面に見つけたお誕生日は、「昭和三十八年三月竣功」。
すでにわたくしよりも年長の橋なのだが、その橋上から下流側を見ると、そこにあるのが
ただならぬオーラを放つ、今宵のお題。旧・二ノ瀬橋である。
スッキリと見えないのが、凄みを一層際立たせる感。
ずっと昔から知っていたのに、まともに見るのはこの日が初めてだった。
なんともけしからんこの橋、再発見したプロフィールとは…
1914(大正3)年建造、本邦最初期の鉄骨コンクリート橋梁(上路ワーレントラス)。土木学会選近代土木遺産Bランク。
いやはや、知った時は驚いた。あそこにあったあの橋が、こんな大ネタだったとは!
2012年3月20日には
なぜか夜に訪問してたりとか(笑)。
その後、2012年6月24日訪問時。
この時はよととさん、ピカさん、おろろんさんと。人物が写ってるほうがサイズ感が伝わるかと思いましてね~。
そうそう、あとこの日には渡橋にもチャレンジした。
ええ、これ橋上の景ですけど何か?
久々にグリーン・ヘルと表現してもよろしいかと。残念ながら、親柱や欄干は現存していない…つうか、わからん(笑)。
そんな旧・二ノ瀬橋、記事にしようと思っては忘れて、を繰り返していたのだが、2019年3月15日、ある大ネタ(当社比)探索に向かう途中に通りかかったので、改めて撮りなおそうかと久々立ち寄り。
結果、これまでの訪問ではやらなかった(やれなかった)ことができた。
【後篇】では、その模様を。