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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2021年7月18日、YSGO(吉野・下市・五條・大淀)周遊。この日のネタで記事にしているのは、地蔵寺橋五反田橋梁鷲本橋

 

今宵から3回に分けてご紹介するのは、当日朝に訪ねた、特に印象深かったステキ橋。最愛の橋を一つに絞ることは難しいが、現時点でマイランキングのかなり上にいることは確かなお気に入り橋である。

 

実のところ3回に分けるほどでもないんだけども、そこはまあこってりと紹介したいのと、気力体力の都合により…(笑)。

 

 

 

まずはこれ。

この一瞬で、持っていかれた。

 

この橋は、事前に地図を眺めていて気になった橋。Q地図も参照したものの、あえてどんなのなのかは見ないで来たが、正解だった。やっぱ新鮮さが違う。

 

 

 

 

 

ちょっとズームで。


これは間違いない。我がどストライクなやつだ。テンションが四割増しで上昇!

 

 

 

 

 

そしておよそ6分後、

現地へ。現在地はこちら

 

 

 

 

 

おもむろにステキ橋と正対

…なんだがその前に、重大な情報がめっちゃ見えにくい。

 

 

 

 

 

標識曰く、

「小特を除く この先150m」

「二輪車・小型特殊自動車以外は通行できません」

 

わたくしの記憶が確かならば(念のためストビューも見返したがやはり)、この橋南側(下市町側)には、ここに至るまでに車止めも同様の標識も全然なかった…と思う。なんなら、車止めは最後までなし。ナビで間違って案内されるとかは…ないのかな。

実際わたくし知らずにここまで突っ込んできて、標識を見て戻った次第なんだが、まあわざわざここを渡ろうなんて車、そうそうないか。

 

ちなみに、この橋に30分ほど滞在していたが、通行していったのは自転車とバイクが数台だけ、間違って入ってきたような車はなかった。

 

 

 

 

 

まずはツカミとして、このアングルで。

こんだけ堂々たる橋で自動車が通行できないとか、「この先150m」に何があるんだ!?

 

…って、もうわかってたけどね(笑)。皆様も地図をご覧になればすぐわかるはず。

 

 

 

 

 

改めて、親柱チェック。

お名前は「つばきはし」。

 

 

 

 

 

左の親柱には

「よしのがわ」。

 

 

 

 

 

うん、

極めてイイネ!

 

 

 

 

次回【2】、舐めるようにご紹介(笑)。

 

 

 

わたくし in パラダイス(笑)。

 

 

今でもよく覚えている、この橋との邂逅。あれは幸せな時間だったな~。

 

 

 

皆様にも…伝わるのでしょうか、果たして?

 

 

 

 

 

 

 

【1】に続く。

 

 

 

 

一昨日のじゃなくてその前の県内徘徊である2022年8月9日、気分転換で訪ねた、Q地図で見つけた橋をご紹介。

 

 

後で地図を出すけど、けっこうややこしい狭小路を抜けて…

見えてきた~。

 

 

 

 

 

おお~。なんかいいね!

改めて場所はこちら。見ていただくとわかるように、右に見えるのは国道161号(湖西道路)。

 

なぜこの橋を見に来たかといえば、ストビューで見たこの橋が、あんまり我がホーム・滋賀県では見たことないテイストだったから。

 

 

 

 

 

どんなんかな~?(桂小枝ふう)

こんなんです~。

 

 

 

 

 

トラス組みの高欄と、

グレーチングの床版…っていうか、はい、これはあの~…いわゆる仮設橋…っすよね?

 


 

 

 

災害現場や工事現場などで一定期間のみ使用される前提の、

分解・組み立て自在な、文字通り仮設用の橋。

 

しかしながら、Q地図によるとこの橋、1955(昭和30)年架設だという。マジか?

 

湖西道路のこのあたりは、1985(昭和60)年ごろの建設。立地的に工事用道路だったのかと思いきや、なんとその30年も前から存在したとは驚き。

 

 

 

 

 

吊り橋以外でグレーチングとか、

なかなかないですぞ~。

 

 

 

 

 

渡った先は、

またちょっとそそる感じに…。

 

 

 

 

 

仮設橋ながら、

永久橋として堂々たる姿。クズの絡まる高欄(っていうのか?)がいい。

 

ふと思ったのだが、こういう橋の耐用年数ってどんな感じなんだろう。ちなみに大津市の橋梁点検結果は「2」(予防保全段階)。

 

 

 

 

 

サイドアングルは、時節柄こんな感じ。

これも中路トラス橋とか呼びたいが、いかんせん単なる仮設橋なんですな(笑)。

 

 

 

 

 

ちなみにこの橋のストビューはないのだが、Q地図でのリンクより湖西道路上からのお姿が拝める。

 

これがかなり良く、わたくしひと目見てビビビと来てしまった(古)

貼っとくので、左へぐりっと、どうぞ~。

 

 

 

 

 

この橋、とても下には降りられそうになかったんだが、

無事見上げアングルもゲット~。

 

この行程含むオプションは、プチ探索として楽しめたので、いつか別建てで記事にするつもりでござる。ヤマビルに喰われたけど(笑)。

 

 

 

 

 

そのオプションには、

こちら方向も含まれる。が、今記事ではここまで。

 

 

 

 

 

マジで今さらなんだが、

Q地図によるとこの橋のお名前は「山手線橋」。じゃあこの道路の路線名が山手線なのかというと、「大津市道幹1115線」だとか。

 

けど、昭和30年架設ということを考えれば、当時の路線名は山手線だったのかもしれない。知らんけど。

 

 

 

 

 

あの坂を登れば、

そこはもう栗原の集落外れ。けど、どこか隔絶された土地のような、そんな印象を受けた。

 

 

 

 

以上。

 

 

昨日2022年9月11日、滋賀県湖東~湖北…というか、彦根・米原・長浜エリアの気になっていたところやシバキ残しを回収してきた。とりあえずダイジェストを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一部、「ここ見覚えあるけど」って方もおられるかと思う。まあ、大したネタはなかったんだが、唯一、新発見の吊り橋を確認できたのはよかった。

 

 

しかし、結構暑かった。まあまあヘロヘロになっちゃったわ。

 

 

 

で、帰って来てから思い出したのだが、そういえばこの日(11日)まで金居原で土倉鉱山の写真展が開催されていたんだった!手前まで行ってたのに、しくったーー!!この最終日も何名かのお知り合いが訪問されてた様子で、かえすがえすも失策。あーあ。

 

 

 

 

 

今回のですぐに記事にするものはないかと思うが、どうかな。

 

 

2012年2月3日、第三次伊豆探索。この日のネタで記事にしているのは観魚洞隧道曽我浦片隧道五号&四号網代隧道御石ヶ沢トンネル旧廃道柏嶺隧道京入道橋

 

今宵ご紹介するのは、時系列では網代隧道の前に訪ねた、ちょっとデリケートな物件。入口まではストビューでもカバーしてるから問題ないとは思うが、一応所在地と詳細地図は控えておくことにする。

 

 

 

つうわけで、いきなりドン!

ちょっと狭いが、これだけ見たらさほどのデリケートさは感じられないと思う。鎌倉にあるような、ポストの付いたガチなプライベートトンネルよりはだいぶソフト。

 

 

 

 

 

無骨なコンクリートポータルだが、

切石のアーチ環ふう意匠が施されているのがポイント。

 

 

 

 

 

 

扁額や銘板はなく、

延長はこの程度。

 

 

 

 

 

さてこのトンネル、何がデリケートかと申すと、手前にある(落ちてる)この看板の内容が…。

危険

落石・崩落のおそれがあります。

トンネルに近寄らないで下さい!!

持主

 

持主!持主ってことは、このトンネルは公道ではなく私道…つまりプライベートトンネルってことになる。憧れのプライベートトンネル…(笑)。

 

 

 

 

 

実はここ、急勾配の狭小路を登り詰めたところにあり、トンネルを抜けてすぐに行き止まりになっているのが県別マップルにもきっちりと載ってたので見に来た次第。

 

ごく局地的な地図をご覧あれ。

「持主」とは、トンネル手前のお屋敷の住人か、あるいは抜けた先の建物の所有者か(ていうか、それって同一人物かも)。

 

 

 

 

 

とりあえず、落石はともかく崩落の危険性があるようにはとても見えないが、持主さんの警告に注意を払いつつ、自己責任にて入洞。

入口側の鉄板の構図…でもフラッシュ焚いちゃ台無し。

 

向こうの擁壁切れ目にある白いものが、例の看板である。

 

 

 

 

 

で、こちら、

ドン詰まり方向の鉄板の構図。

 

一台車が停まってる…が、あれはわたくしが乗ってきたレンタカー。そう、転回できるのか不安を感じつつも突っ込んじゃったんですな(笑)。

 

 

 

 

 

で、どん詰まり側抗口が

こちら~。

 

 

 

 

 

入口と同じく、

アーチ環ふう意匠が。

 

このトンネル、ビジュアル的には昭和20~30年代くらいのものではないかと推測されるが、プライベートトンネルとなると、それこそ直近のお屋敷で聞き込むのが最速かつ確実なんだろう。まあこの立地じゃ不審者過ぎて、当時も今もやらないだろうけど(笑)。

 

 

 

 

 

抜けた先ではこんな駐車スペースがあったので、一瞬だけお借り。

ここらの写真をちゃんと撮ってないのが悔やまれる。

 

 

 

 

 

最後に、

道のどん詰まり近くからの一枚。

 

こうして見ると、お屋敷と山の隙間を抜いた、洞門みたいな感じですな~。この写真左側の建物があったが、普通の住宅だったか空き家だったかそれ以外だったか、さすがに記憶がない。

 

 

 

今昔マップなど見ても、細かい場所過ぎて判然としない。

いつ、誰が、どういう目的で、行き止まり道路のどん詰まりにトンネルを穿ったのか。

こういうミステリアスな物件もよいですな。

 

気になる方は、探してみてくだされ。すぐに見つかると思う(笑)。

 

 

 

 

以上。