菜食のおかず・609(大和芋) | 神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

神産巣日神(かみむすびのかみ)のブログ

古来、日本では、「愛」と云う字を使わないで、「産巣日(むすび)」と言いました。「むすび」と云う言葉は、「愛」と云う言葉よりも非常に深遠な意味を含んでいるのです。ときに、神産巣日神は「造化の三神」の内の一柱の神であり、獨神(ひとりがみ)で御座います。唯々感謝。

 このブログ(英語:blog)に御訪問頂き、誠にありがとうございます。

 リンクを らせて頂いております。紫色のブログ・タイトルをクリック(英語:click)(もしくは タップ[英語:tap])して頂きますと、過去のブログ記事に移行します。(^O^)


 さて、去る 8年前の12月4日(金)の「 占守島 しゅむしゅとう 」のブログ の中段やや上に、 

「(前略)話を その 占守島 しゅむしゅとう の戦いのことに戻しますが、当初 ソ連軍は この島を 一日で占領する予定でした。ところが、日本軍の抵抗により 六日間 足止めされました。冒頭に  硫黄島 いおうとう の戦いことを言及させて頂きましたが、この戦いと同様の働きの お かげ で 北海道に侵攻されることが おく れました。スターリンは、北海道を二分割して 北東部(釧路-留萌を結んだ直線以北)半分を ソ連のものにしようと考えていました。あわよくば、北海道全体以上を考えていたかもしれません。御承知のように、戦後、連合国によって 日本を四分割統治する計画があったわけでありますからね。仮に、千島列島と同様に ソ連軍に上陸されて 実効支配されていましたら、少なくても 北・北海道に 日本民主主義人民共和国が誕生していたかもしれません。実際に、 ドイツ 、朝鮮 そして ベトナムでは そうであったのですからね。(後略)」と記させて頂きました。仮に、上記のように 北海道を二分割されていましたら、納豆の原料となる 北海道産の 大豆は、入手しにくかったかもしれません。

 

  つぎ に、去る 一昨々年さきおととしの11月19日(木)の「うなぎ蒲焼かばやき・786(野菜スープ・カレーうどん・父親の食事)」のブログの中段やや下に、

「(前略)一昨日おととい すなわち 11月17日(火)の『うなぎ蒲焼かばやき・784(カレーうどん・父親の食事)』のブログの中段やや下に、

『(前略)一昨々日さきおととい すなわち 11月14日(土)の【うなぎ蒲焼かばやき・781(カレーうどん・父親の食事)】のブログの中段やや上に、

【(前略)一昨日おととい すなわち 11月12日(木)の〖消火器のリサイクル・続報〗のブログの中段やや下に、

〖(前略)本日 すなわち 11月13日(金)の〔父親の食事(カレーうどん)、洗濯 そして 入浴・190〕のブログの下段やや上に、

〔(前略)一昨日おととい すなわち 11月11日(水)の〘うなぎ蒲焼かばやき・779(カレーうどん・父親の食事)〙のブログの下段やや上に、

〘(前略)昨日も、その宅配食の配達員 そして その宅配便の配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように いつもの りんごりんごの100%ジュース と 飲み物(乳酸菌飲料)を あげました。(後略)〙と記させて頂きました。昨日も、その宅配食の配達員 そして その宅配便の配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように いつもの りんごりんごの100%ジュース と 飲み物(乳酸菌飲料)を あげました。(後略)〕と記させて頂きました。今回も 同様に、運搬作業員 二人ふたりに それぞれ 上記のように いつもの りんごりんごの100%ジュース と 飲み物(乳酸菌飲料)を あげました。

 

 

感謝の印として 上記のように 直接 青森から取り寄せた りんごりんごの100%ジュース そして 乳酸菌飲料など

 

 

感謝の印として 持ち帰り易いように 袋に詰めて 作業員に 手渡した お土産みやげ

 

 

 

(後略)〗と記させて頂きました。昨日も、その某・新聞の集金人(通常 26日集金ですが、今回は 昨日 すなわち 13日、すなわち、18日も 集金が おく れました。それで、みません とのことでした)、その宅配食の配達員 そして その宅配便の配達員 すなわち 三人さんにんに それぞれ 上記のように いつもの りんごりんごの100%ジュース と 飲み物(乳酸菌飲料)を あげました。(後略)】と記させて頂きました。昨日も、その宅配食の配達員 そして その宅配便の配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように いつもの りんごりんごの100%ジュース と 飲み物(乳酸菌飲料)を あげました。(後略)』と記させて頂きました。昨日も、その宅配食の配達員 そして その宅配便の配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように いつもの りんごりんごの100%ジュース と 飲み物(乳酸菌飲料)を あげました。(後略)」と記させて頂きました。

 ならびに、去る11月12日(日)の「菜食のおかず・604(ピーマン と 茄子)」のブログの上段やや下に、

「(前略)去る11月8日(水)の『菜食のおかず・600(小松菜)・洗濯物』のブログの上段やや下に、

『(前略)去る11月4日(土)の【菜食のおかず・595(味噌汁)】のブログの上段やや下に、

【(前略)今回も、その宅配便の配達員 そして 郵便配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように 説明を しっかりして いつもの りんごりんごの100%ジュースを あげました。(後略)】と記させて頂きました。今回も、その宅配便の配達員 そして 郵便配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように 説明を しっかりして いつもの りんごりんごの100%ジュースを あげました。(後略)』と記させて頂きました。今回も、その宅配便の配達員 そして 郵便配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように 説明を しっかりして いつもの 上記のりんごりんごの100%ジュースと 同じ会社の 自然の甘さの 人参にんじんが含まれた りんごりんごの100%ジュースを あげました。(後略)」と記させて頂きました。今回も、その宅配便の配達員 そして 郵便配達員 すなわち 二人ふたりに それぞれ 上記のように 説明を しっかりして いつもの 上記のりんごりんごの100%ジュースと 同じ会社の 自然の甘さの 人参にんじんが含まれた りんごりんごの100%ジュースを あげました。ちな みに、「池田」というその宅配便の配達員からは、本日の午前8時25分に 電話が入りました。それで、通常のように ぐに来るのかと思いましたら、まだまだ 全然 センターを出れない これから出るとのむね でありました。それで、午前中には間に合うとのことでありました。そこで、結局のところ 午前10時から11時の間ですかと きましたら、午前10時前になるかもしれないとのことでありました。そして、みませんとのことでありました。そうして、午前9時42分に来ました。それで、同じ おかたに来てもらいたいが、そういうわけには いかないよねと話しましたら、誠に有り難いことに、笑って うなずいていました。そこで、あっちこっち回っているとのことでありました。なお、スリッパを置いておきましたら、誠に有り難いことに、くついで運んでくれました。そして、また みませんとのことでありました。

 

 ときに、去る 一昨々年さきおととしの7月29日(水)の「うなぎ蒲焼かばやき・689(カレーうどん・父親の食事)」のブログ去る 一昨々年さきおととしの7月19日(日)の「うなぎ蒲焼かばやき・680(カレーうどん・父親の食事)」のブログ去る 一昨々年さきおととしの3月3日(火)の「桃の節句(うなぎ蒲焼かばやき・562[カレーうどん・父親の食事])」のブログ去る 4年前の11月23日(土)の「勤労感謝の日(うなぎ蒲焼かばやき・476[カレーうどん・父親の食事])」のブログ去る 4年前の10月24日(木)の「甘え(うなぎ蒲焼かばやき・451[カレーうどん・父親の食事])」のブログ去る 4年前の10月8日(火)の「精神安定剤(うなぎ蒲焼かばやき・437[カレーうどん・父親の食事])」のブログ去る 4年前の10月1日(火)の「ちょううなぎ蒲焼かばやき・431[カレーうどん・父親の食事])」のブログ去る 4年前の9月21日(土)の「光明思想(うなぎ蒲焼かばやき・422[カレーうどん・父親の食事])」のブログ去る 4年前の9月4日(水)の「父親の訴え(うなぎ蒲焼かばやき・408[(カレーうどん・父親の食事])」のブログ そして 去る 4年前の8月15日(木)の「終戦の日(うなぎ蒲焼かばやき・391[カレーうどん・父親の食事])」のブログなどの中段やや上に、

「(前略)去る7月22日(月)の『うなぎ蒲焼かばやき・370(カレーうどん・父親の食事)』のブログの中段やや上に、

『(前略)去る7月20日(土)の『うなぎ蒲焼かばやき・368(カレーうどん・父親の食事)』のブログの中段に、

『(前略)去る 一昨年おととしの9月27日(火)の【母親の入院・続報4】のブログの中段に、

【(前略)去る 昨年の1月21日(水)の〖ボランティア・高尾山登山・その2〗のブログなどで記させて頂きました高尾山の山頂付近で、山の芋ヤマノイモ( 自然薯ジネンジョ そして 山芋ヤマイモとも言われます)がよく売られていましたので、購入して来て、去る  一昨年おととしの10月18日(土)の〖心身医学会〗のブログ で言及させて頂きました〖心身医学を学ぶ人のために〗の編者への お 土産みやげにしたりしました。母親によりますと、薯蕷芋とろろイモも父親の好物です。(後略)】と記させて頂きました。そして、昨日 父親によりますと この薯蕷芋とろろイモを食べたい とのことでしたが、家政婦によりますと おろすのが たいへんとのことでした。(後略)』と記させて頂きました。それで、人 と 時を考えて、父親のために 好物の薯蕷芋とろろイモを用意しました。それでも、家政婦によりますと おろすのが たいへんとのことでした。(後略)」と記させて頂きました。なお、去る 8年前の10月16日(木) の「身土不二しんどふじ」のブログ  の中段やや上に、

「(前略)仏教書にも書かれていて、『身土不二しんどふじ』、すなわち、 身体からだと土壌とは  ふたつにあらず、という考えかたがあります。『身土不二しんどふじ』を説明するだけでも、一冊の本になりますが、簡単に お伝え申しますと、その土地に住むにあたっては、その土地で れた野菜を 摂取ることがいい、とする 考えかたがあります。 たとえば、熱帯で れた果物(バナナ、パパイヤ、マンゴ、ドリアン、そして、パイナップル  など)は、すべて  身体からだを冷やします。その反対に、寒い所で栽培される  蕎麦そばは 身体からだを温めます。(中略)

 その土地で、生活するためには、その土地で れた物を 摂取ることが適しているという、合目的といいますか、目的に かなっている、と思われる働きがあるように思われます。

 小松菜は、東京都江戸川区小松川周辺が原産地です。関東に住むので 御座ございましたら、 たとえば、群馬のこんにゃく いも、栃木の夕顔(御承知のように、 干瓢かんぴょうの原料)、千葉の落花生(知人の福岡のかたでも、千葉の落花生を購入しているとのことです)、埼玉県川越のさつま いも、同県深谷の ねぎ、そして、東京都谷中の 生姜しょうがといった 地場野菜を 摂取ることがいいとされます。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、この大和芋やまとイモ薯蕷芋とろろイモ)も そうですね。ちな みに、下の画像のように 群馬です。

 

 

大和芋やまとイモ薯蕷芋とろろイモ

 

 

大和芋やまとイモ薯蕷芋とろろイモ

 

 

 

 ところで、去る 7年前の9月26日(月)の「母親の入院・続報3(資源回収)」ブログの上段やや下などに、

「(前略)去る 一昨年 おととし の9月23日(金)の『資源回収・続報16(母親の血圧)』のブログの中段に、『家族の洗濯物のことも致しました。』と記させて頂きました。 ちな みに、毎日 洗濯致しております。なお、昨日は、母親の洗濯物も致しました。(後略)」と記させて頂きました。毎日 家族の洗濯物を洗濯して しています。

 

 また、前述の 去る 7年前の9月23日(金)の「資源回収・続報16(母親の血圧)」のブログなどに記させて頂きましたように、平日 毎日のごみの回収(可燃物資源、不燃物資源、可燃物ごみ そして 不燃物ごみなど)がありますので、これらに対応しなければなりません。ちな みに、去る 7年前の3月2日(水)の「焼き・資源の回収」のブログの上段に、

「(前略)資源を出して それらの資源を回収してくれることが成立する、この ちょっとしたことが 喜びにつながっています。幸福とは 幸せを感じるその人の気持ち次第であるのである ということが、この資源の回収から 今さらながら 思われます。(後略)」と記させて頂きました。なお、かなり 以前に 母親が購入した 液体洗濯用石鹸が 固体化していました。それで、充分に 水を加えて 溶かして、不燃物資源として 出しました。しかも、中身を よく洗いました。ついながら、そのままでは、不燃物ごみとして 出さなければなりませんでした。

 

 

充分に 水を加えて 固形物を 溶かして 中身を よく洗った 不燃物資源

 

 


 ならびに、お風呂、トイレ そして 部屋などの掃除、庭の植物への水 き や 外壁塗装など 自宅の維持管理のことがあります。

 

 さて、ヘルパー(日本語:家政婦)によりますと、誠に有り難いことに、 一人 ひとり で  二人 ふたり の親をみることは たいへん とのことでありました。しかも、これからも 長丁場ながちょうばだから とのことでしたが、去る 5年前の3月6日(火)の「母親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、母親が 亡くなりました。 また、去る 昨年の3月11日(金)の「父親の転帰」のブログに記させて頂きましたように、父親が 続いて 亡くなりました。ちな みに、飲み物を頂いたり 食事をしたりするときには、両親と ともに 頂いている気持ちでおります。なお、 勿論 もちろん 、毎日のように 御仏壇に おそなえを致して お線香を あげております。ついながら、父親も 母親も、神様であります。したがいまして、両親をおもうことは、神様をおもうことであると思われます。

 ならびに、去る 昨年の9月22日(木)の「菜食のおかず・172(大和芋やまとイモ)・洗濯物」のブログの中段やや上に、

「(前略)去る 一昨々年さきおととしの2月24日(日)の『母親の一周忌いっしゅうき挨拶あいさつ』のブログ そして 去る 一昨年おととしの2月27日(木)の『母親の三回忌さんかいき挨拶あいさつ』のブログの上段に、

『(前略)【今日は、何が食べたい?】、【少し暖かくなったね。】と、誠に有り難いことに、毎日 会話しました。(後略)』と 記させて頂きました。なお、僧侶をまねいて 供養することも 必要であるか と存じますが、人に両親の話をすることが 供養であるとされています。さらに、おそなえをすることも 大事ですが、一番 大切な供養は、日々 両親に 上記のように、『少し暖かくなったね。』と話しけることであると思われます。(後略)」と 記させて頂きました。

 および、去る 3月5日(日)の「父親の 一周忌いっしゅうきでの 挨拶あいさつ」のブログ去る 昨年の7月11日(月)の「父親の 初盆はつぼん新盆にいぼん)での 挨拶あいさつ」のブログ そして 去る 昨年の3月20日(日)の「父親の告別式[家族葬かぞくそう]での 挨拶あいさつ」のブログのそれぞれ上段に、

「(前略)当方から『よかったね。御飯 食べられて。』 そして 父親から『美味おいしかった。』が 毎朝の言葉のり取りでした。

 母親との言葉のり取りは、『暖かくなったね。今日は、何が食べたい?』などでありました。すなわち、 去る 一昨々年さきおととしの2月27日(木)の『母親の三回忌さんかいき挨拶あいさつ』のブログの上段に記させて頂きましたように、毎日 会話しました。

(中略)

 なお、『よかったね。御飯 食べられて。』は、日々 食べることが出来ることに 感謝の気持ちをささげた言葉であります。(後略)」と 記させて頂きました。

 また、誠に有り難いことに、親父おやじさん、おふくろさん そして 御先祖様の 生命いのちが 当方のなかきているのであると思われました。

 

 ときに、ヘルパー(日本語:家政婦)にちなませて頂きます。すなわち、去る 昨年の4月1日(金)の「家政婦さんの入院」のブログに記させて頂きましたように、約4年8ヶ月 勤務してくれた 家政婦さんが入院しました。そして、誠に有り難いことに、去る 昨年の4月18日(月)に 退院しました。

 

  つぎ に、昨日、一日の食事(菜食)を 感謝の気持ちを めさせて頂いて 記させて頂きます。なお、去る 7年前の10月6日(木)の「3年目の感謝」のブログの下段などに、

「(前略)昨日も、おかずどころではありませんでした。そして、昨日も やはり 90分 睡眠でした。(後略)」と 記させて頂きました。昨日も、いつものことですが、結局 蒲団ふとんに入ることが かないませんでした。ついながら、去る 7年前の9月30日(金)の「母親の入院・続報7」のブログの下段やや上に、

「(前略)レム睡眠(英語: rapid eye movement sleep, REM sleep) と ノンレム睡眠の1周期が 約90分とされています。但し、個人差があり、この1周期が 80分の人もいれば 110分の人もいるようです。ヘルパー(日本語:家政婦)によりますと、自分は 60分とのことでした。ちな みに、去る12月21日(月)の『催眠に効果的な言葉』のブログ の上段に、

『(前略)一般的に、顕在意識が5%くらい また 潜在意識が95%くらいと  われますが、個人差があります。顕在意識が2~3%くらいの場合もあります。(後略)』と記させて頂きました。こちらも、同様に 個人差があります。(後略)」と 記させて頂きました。

 

 話を戻しますが、取り えず 納豆であります。 ちな みに、前述の 去る 7年前の9月30日(金)の「母親の入院・続報7」のブログの上段に、

「(前略)去る 一昨年 おととし の10月9日(木)の『笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 しょうじょう から 大乗 だいじょう へ』のブログ の下段やや上に、

『(前略)医科学の大事典に、【穀物に大豆食品をとれば、蛋白質の量 及び 質 ともに、完全ではないが、大きな欠陥は無いようになる。なお、植物性食品では、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、ビタミンB1(チアミン) 及び B2(リボフラビン)の少ないものが多く、また、ビタミンB12(シアノコバラミン)は まったく含まれていない。したがって、菜食では、いろいろ多種の食品を 摂取 ることが大切で、・・・食事の量が多くなるので、子供や老人には適当でない】とのむね が書かれてあります。(後略)』と記させて頂きました。上記のように、最低限 穀物に大豆食品と思われました。(後略)」と記させて頂きました。なお、納豆の食べ かた ですが、たれも付けずに 納豆の味を そのまま頂きます。ちな みに、去る 9年前の10月5日(日)の「ボランティア・高尾山登山 」のブログ そして 去る 8年前の1月21日(水)の「ボランティア・高尾山登山・その2」のブログのそれぞれ上段などに、

「(前略)18年間、月二回 日曜日に、・・・ボランティアを、このトップの方々かたがた二人ふたりに委託されて、おこなって参りました。そのボランティアで、過日 子供達と父兄を連れて、スタッフとともに、東京都八王子市にある 高尾山に登りました。(^O^)(後略)」と お伝え申し上げました。当時 そのボランティアのスタッフから 食べかたを かれましたので、上記のように 納豆を そのままあじわう と回答致しましたら 「ええ!」とのことでありました。ついながら、納豆パワーですね。

 なお、納豆1パック(約50g)には、約8μgのセレンが含まれています。ちな みに、セレンは、必須微量ミネラルです。ついながら、おもに 肝臓 や 腎臓に含まれ、甲状腺ホルモンの活性化に必須であり、抗酸化作用で 組織細胞の酸化を防ぐ働きをするとされています。ちな みに、過剰摂取した場合 中毒を起こす とされていますが、納豆 一日いちにち 2パックくらいであるならば 問題ないとされています。

 

 ところで、去る 4年前の6月13日(木)の「うなぎ蒲焼かばやき・339(カレーうどん・父親の食事)」のブログの中段やや下などに、

「(前略)一昨日おととい すなわち 6月11日(火)の『理容店 ・続報 21(カレーうどん・父親の食事)』のブログの下段に、

『(前略)去る 一昨々年さきおととしの7月17日(日)の【歯科受診・続報6(父親への贈り物)】のブログなどに、部分入れ歯をすることを勧められた と記させて頂きました。この 33ヶ月以上、この部分入れ歯を める時間の余裕もありませんでした。すると、家政婦によりますと、入れ歯が合わなくなる とのことでした。なお、父親の入れ歯は、毎日 洗われています。(後略)』と記させて頂きました。そして、一昨日おととい すなわち 6月11日(火)の『歯科受診・続報8(抜歯)』のブログの下段やや上に、

『(前略)局所麻酔で 抜歯となりました。なお、この左下大臼歯のこと、長年 本当に 御苦労様でした。ちなみに、この左下大臼歯を抜歯したために、下の画像の部分入れ歯は 使うことが出来なくなりました。ついながら、上記のように 何回も 通って この部分入れ歯が作られましたが、ほとんど使用することがかないませんでした。(後略)』と記させて頂きました。なお、この部分入れ歯は、去る 一昨々年さきおととしの7月17日(日)の『歯科受診・続報6(父親への贈り物)』のブログに記させて頂きましたように 一昨々年さきおととしの7月16日(土)に作られたものです。上記のように ほとんど使用することがかないませんでした 部分入れ歯ですが、今回の抜歯により まったく使うことが出来なくなりました。(後略)」と記させて頂きました。

 

 

菜食のおかず・610(買い物)・後編

国産の 納豆

 

 

 

 同居していた両親は、と以前  かれましたので、お伝え申し上げましたが、両親はなんでも食べました。

 

 去る 一昨々年さきおととしの2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗しょうじょうから 大乗だいじょうへ・前編」のブログ去る 一昨々年さきおととしの2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗しょうじょうから 大乗だいじょうへ・中編」のブログ そして 去る 一昨々年さきおととしの2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗しょうじょうから大乗だいじょうへ・後編」のブログ、それから、当初の 前述の 去る 9年前の10月9日(木)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 しょうじょう から 大乗 だいじょう へ」のブログ そして 去る 7年前の1月12日(火)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤ 小乗 しょうじょう から 大乗 だいじょう へ ・続報」のブログ に記させて頂きました過程があり、誠に有り難いことに、母親の理解を得て、菜食にさせて頂いております。ちなみに、去る 5年前の1月8日(月)の「うなぎ蒲焼かばやき・40(両親の食事)」のブログの下段に、

「(前略)毎年 年賀状の交換をしていて、今年 来ました 東京大学医学部卒業の 90歳近い心療内科医からの年賀状によりますと、誠に有り難いことに 『【菜食療法】が ついにモノになりましたね。たいしたことです。』とのことでありました。(後略)」と記させて頂きました。なお、去る 一昨々年さきおととしの2月24日(土)の「三回忌さんかいき・前編」のブログなどに、母親の三回忌さんかいきのことを記させて頂きました。母親の この三回忌さんかいきを迎え、菜食に理解をた 母親に 感謝の気持ちをささげさせて頂きたい と思い 「笑いと菜食療法」を 製本させて頂きました。すると、誠に有り難いことに 家政婦によりますと、今は亡き母親が 喜んでいるとのことでした。そして、これが 何よりも のことでありますが、前述の 去る 一昨々年さきおととしの2月12日(水)の「笑いと菜食療法❤菜食に導かれた過程❤小乗しょうじょうから大乗だいじょうへ・後編」のブログの下段に、

「(前略)この『菜食さいしょく療法』は、両親との合作とも 申すべき 治療法であります。(後略)」と記させて頂きました。すなわち、その「笑いと菜食療法」は、両親を含めた 三人さんにんの合作 ということなのであります。ちなみに、誠に有り難いことに、父親のため に 一筆いっぴつ入れて 進呈した その「笑いと菜食療法」の成書を 父親は 肌身はだみから 離そうとしませんでした。すなわち、誠に有り難いことに、大事にしてくれました。

 

 玄米御飯で 御座 ござ います。玄米も、 庶民 しょみん 的に スーパー・マーケットで購入して来て参りましたが、最近では 通販を利用するようになりました。なお、去る 6年前の10月22日(日)の「うなぎ蒲焼かばやき・12(両親の食事)」のブログの下段に、

「(前略)昨日、この通販で 玄米が届きました。ところが、袋に穴が開いていて 米粒がばらまかれました。それで、一粒ずつ拾いました。 ちなみに、去る 一昨年おととしの11月20日(金)の『 仏花ぶっか(菊の花)』のブログ の中段に、

『(前略)昨日 すなわち 11月19日(木)の【父親の水】のブログ に、

【(前略)某・宗教では、食堂に落ちている米粒を拾う修行があるとのことです。お米は、誠に有り難いですね。(中略)昨日のブログの最後に、半角で4万文字以内という字数制限を超えましたので、文章を削らせて頂きました。(後略)】と記させて頂きましたので、補足させて頂きます。すなわち、去る2月14日(土)の【絵本の影響】のブログ の中段やや下に、

【(前略)幼少のころ に受ける、絵本の影響は大きいと思います。たとえば、一粒のお米も拝んで食べようと思うのも絵本の影響です。(後略)】と記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。(後略)」と記させて頂きました。

 

 なお、去る 8年前の11月20日(金)の「 仏花 ぶっか (菊の花)」のブログ の下段に、「古事記」と「日本書紀」を引用させて頂いて、日本人の主食である お米は 誠に有り難い という話を記させて頂きました。

 

 

おかず7・10月24日(金)

玄米御飯

 

 

 

 玄米の食べ かた につきましては、去る 9年前の11月17日(月)の「黒 胡麻 ごま 」のブログで記させて頂きました。また、玄米の かた につきましては、去る 9年前の11月26日(水)の「ふき 」のブログに記させて頂きました。なお、玄米を ため の前処理につきましては、去る 7年前の11月27日(日)の「両親の食事(玄米の前処理)」のブログの下段に記させて頂きました。ついながら、去る 4年前の6月15日(土)の「うなぎ蒲焼かばやき・340(てんぷら・カレーうどん・父親の食事)」のブログの下段に、

「(前略)家政婦に この 玄米を ため の前処理につきまして 話しましたら、知らなかった とのことでした。(後略)」と記させて頂きました。

 

 しかも、去る 8年前の12月31日(木)の「 大晦日 おおみそか (火星か金星か)」のブログ の下段に、

「(前略) 御飯を食べましたら 当然のこと なが ら 以前から 茶碗 その他の食器を洗っております。(中略)高校生の ころ に触れた  趙州 じょうしゅう 和尚の『御飯を食べたら茶碗を洗え』の言葉を思い出しました。この『 趙州洗鉢 じょうしゅうせんぱつ 』の公案は、『 無門関 むもんかん 』(中国宋代に  無門慧開 むもんえかい によって編集された公案集)の第七則にある話です。(後略)」と記させて頂きました。なお、学部生のときに 安い学食を用いると 食器を洗うどころか 食器を下げることすらもいやとのことで、一般の食堂を利用している お坊ちゃんのような同期生がいました。このときは、当方は 自炊することもありました。それで、食器を どうしているのか と かれました。そこで、食事を しなが ら 食事中でも 片づけられる食器は 片づけなが ら 食事をしている と回答しましたら、納得してくれました。今では、食後に まと めて食器を洗っていますが、このときは 食器洗いの練習として 前述のように おこな っていました。

 そのうえ、別の同期生から この お坊ちゃんのような同期生は、放浪癖 ほうろうへき があると言われていました。おまけに、放浪癖 ほうろうへき があると言っていた この別の同期生は、自分のことを 投影(英語:project)(心理学用語)しているのだということが あと になって 分かりました。某・出版会社を退職して 入学して来ている 学士(四年生の大学を卒業していること)のかた でした。入学時に 30歳代のなか ばでした。この某・出版会社で 放浪癖 ほうろうへき があると言われていたので、同期生にも そう言ったのかもしれません。 ちな みに、この放浪癖 ほうろうへき は、去る 昨年の1月4日(火)の「男性看護師・続報42」のブログの中段やや上などに記させて頂きました A.D.H.D.(英語: attention deficit hyperactivity disorder)(ネガティブ[英語:negative]で御座 ござ いますし、お読み下さっている 方々 かたがた に影響を お与えすることの無いように、日本語で つづ ることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。注意欠陥・多動性障害 のことで 御座 ござ います)と関係していたのかもしれません。

 

 (半角で 6万文字以内という字数制限を超えましたので、文章を削らせて頂きました。なお、義務教育の方々かたがたに 美しい日本語を 正しい読みかたで 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名ふりがなを付けております)

 本日も、最後 まで  お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)