恋する女はきれいさぁ〜
ほんとそう。その通り。やっぱり女性ってホルモンに影響され続ける動物だと思う。月の満ち欠けと同じように、調子がいい時もあれば不調の時もあるしさ。あなたは今はどちらかな。小学校も高学年になれば初潮を迎え。私たちは月一の憂鬱と長い付き合いをしている。だから、男性に比べると「血」に対してはある程度「大丈夫」が備わってる。主人は闘病中に出血することがあったけど、私は冷静に対処して本人のことも落ち着けた。私は生まれ変われたとしても、やっぱり女性に生まれたい。愛する男と結婚し、愛する男の子を残す。最高に幸せなことだと思う。今は結婚がゴールってこともないし結婚観も違うし、結婚したら専業主婦!って概念もない。人それぞれ幸せは違うから。古い概念や、○○じゃなきゃダメって型にはめ込む考え方は疲れちゃう。「多様性」とか「個性」とか言う割には、自分の考えがあるんだかないんだか?私から言わせれば面白みのない人。きっとどっかでみんなと同じにして安心してる部分があるんだろうな。自分を出すのが怖い?それで離れる人がいたら、それはそれでいいんじゃない?だって、本当の自分を見せたんだから。義理とか偽善とか建前って、親しくなる人に壁は必要ないよ。私の妹は血のつながりはあるけれど、はっきり言って「他人より遠い人」高校生くらいまではそんなことなかったのに。私にとってかわいい妹であることには変わらないんだけど、私のことを「好きか嫌いか?」って聞いたらあっさり「嫌いだよ」って言われたもんだから。こりゃたまらん。でもね、人の心理ってもんは時に真逆の時があって、妹の場合は言葉と心が裏腹。こちらから歩み寄ることはないけれど、彼女が人のことを認め、う〜ん難しいけど、心から笑える日が来れば未来は明るいんじゃないかな。話していて『この人と一緒にいたら幸が逃げてしまう』そう思ってしまった。電話で声だけ聞いていたけど、私は読めちゃうし伝わってきちゃった。彼女が今まで出会ってきた人からはきっと好影響を与えられなかったんだろうな。自分自身が壁を作っていたか、「陰」の要素が邪魔をしていたか。どちらにしても私とは真逆の生き方をしてしまっていることは分かった。今の私があるのは主人のお陰であって、彼亡き後も私は彼と共に生きている。まだまだ傷は癒えないけれど、それでも力強く生きれているのは彼の夢を叶えることと、自分の使命があるから。ブログを書くのも、そのうちのひとつ。女性はいつでもきらきらと輝いてほしい。それには側にいてくれる男性にもよる。この前しばらくぶりに会った友人は見間違えるくらい、きらきらしていて眩しかった。聞けば素敵な恋愛をしているらしい。「あ〜やっぱりなぁ」と納得。そういう人の側で仕事ができる人は知らず知らずのうちに幸せをお裾分けしてもらえてる。幸せオーラを纏っていると不思議と良いことが起こったり、人に優しく出来たり、そうやって「陽」のエネルギーが活力を与えてくれる。とってもありがたいこと。「オキシトシン」も相当出ていると思う。歳を取ってきて(大人になってきて)、「脳」と「腸」のことをよく意識するようになってきた。後は見かけではなく中身、本質を知ること。観察したり、調べたり、たくさんの情報から見極めるスキルも、まだまだ発展途上だけど。今は生きることを楽しめていると思う。「巳年」みんなでみらいをみつめよう今年母に描いた絵手紙のメッセージ母はどう受け取ったかな。。。ちなみに私の両親はラブラブではないので、常に反面教師。出会ってくれたから私が存在している。そこは感謝。