昨日、仲俣申喜男さんの『夜の鳥』のことを書いたら。。。
今朝、目が覚めた瞬間、パッと浮かんだ言葉が意味深でした。
「楽譜は思い出すための記号だ。鍵だ。思い出せ!」
これは『夜の鳥』のヒント?
思い出す?
思い出せって言われても知らないしー。
録音音源もないしー。
仲俣さんから聞くことは不可能だしー。
いや。
本当にそうなのかな?
「自分の記憶」と呼んでいるものについて時々思うことがある。
記憶とは本当にわたしの脳の中にあるんだろうか?
覚えている曲を弾いている最中、いつも、自分の記憶をたどって弾いている感覚がなくて不思議に思う。
覚えてるんじゃなくて、深いところでは初めから知ってるんじゃないか?
人は、本気で思い出そうとしたとき、自分の個の記憶を超えた、太古の記憶、DNAの記憶、みんなと共有してる記憶まで思い出せるんじゃないか?
そう思うと、すでに出来上がっている『夜の鳥』の音が、遠く、かすかに、ずっと、鳴り続けているような気がしてきます。
「思い出す」ことは「耳を澄ませる」ことなのかも。
★本日の即興演奏★
(一日一即興780日目2019年1月27日)
一日ひとつ即興演奏をしています。
なにも考えず、その時その空中に漂っているものをピアノに渡す実験です。
★このブログのいきさつ★
★即興演奏について★