医師は患者さんに禁煙を勧める機会が多いこともあり、年齢が上がると禁煙する人が多い。実際、大学の同窓会に出席した時、二次会は喫煙できるお店だったが、1名も喫煙者がおらず、灰皿を全て片付けてもらったことがある。
ところが、医師でもどうしても禁煙できず、タバコを吸い続ける人もいる。こうなるともはやニコチン依存症であるが、あくまで精神科医からの光景だが、精神科医に煙草を止められない人が他科より多いようには見える。
昔は精神科医に限らず、身体科でもタバコを吸う医師が多かった。大学病院でさえ、内科医局に出かけた時に、灰皿や喫煙用貯金箱があったりした。内科の友人に「これは何なんだ?」と聴くと、医局員になるだけタバコを止めて貰うように、1本吸うごとに100円入れるルールと言う話だった。
ところが、喫煙用貯金箱の1本100円はほとんど意味がなく、毎日、すぐにコインで満杯になったらしい。友人によれば1本1000円にでもしないと抑制力はないだろうと言う話だった。貯まったお金はどうするかと言うと、医局旅行の費用の一部に充当されるようだった。
あの時代、医局はパチンコ屋の中のように煙で霞んでいた。
精神科の場合、当時は患者さんにタバコを止めさせる状況があまりなかった。内科の場合、タバコを一刻も早くやめた方が良い疾患がある。患者に禁煙を勧めるのに、医師がタバコ臭いのはいただけないこともあり、禁煙するモチベーションは高かったと思う。
今は、精神科でもジプレキサ(オランザピン)などは喫煙すると薬効が下がるなど、禁煙する根拠があるので、禁煙を勧める機会が昔より増えたが、患者さんが禁煙することは容易ではない。
精神科の外来患者さん、特に統合失調症の人で1日40本以上タバコを吸う人は、缶コーヒーや缶コーラも結構飲んでいることが多く、かかるお金ももバカにならない。また、障害年金を貰っていても、これだけタバコを吸うと税金の形でかなり国に還付していることになる。
昔の精神科病院は喫煙できたし分煙も全くしていなかったので、部屋中、廊下も含めタバコの煙で満ちていたし、畳部屋のタバコの焦げも多く見られた。ただし、入院患者はタバコの本数を本人のお小遣いに応じて制限していたので、20本吸える人などいなかった。またライターを持たせると放火する人も実際にいるので、ライターは個人で持たせず、看護者が管理していた。
近年は精神科も全館禁煙か、喫煙できる病院でも厳しく分煙しているため、部屋で普通に吸っていることはなくなった。
喫煙する人は、食べられないより禁煙がきついと言う。
このような人は全館禁煙の精神科病院には入院できない。近年は精神科病院でも禁煙の病院が増えたため、「ここはタバコを吸えないのか?話が違う」とか言って即退院する人をほとんど見なくなった。病院は禁煙が常識ということが精神科にも及び、禁煙の精神科病院に違和感がない人が増えたのであろう。
さて、タイトルの「医師でタバコをやめられないと、どんな時に困るか?」だが、まず海外旅行に容易に行けなくなる。その理由は飛行機を利用できないからである。本人の話だが、8時間の禁煙なんて到底無理という。
国内の温泉旅行も容易ではない。高級な温泉旅館はほぼ禁煙で、あっても喫煙スペースがあるくらいである。ところが、温泉に来ているのに、いちいち禁煙スペースに行かないといけないなんてとんでもないと言う。
本人は、温泉に来ているのに、ゆっくり部屋で喫煙できないのは全く寛がないのだそうである。
その結果、宿泊できないため、車で日帰りできる距離までしか旅行できない。せいぜい隣県までである。
ある日、彼の車に乗った時に気づいたが、喫煙する人は車の内装が酷く劣化する。また自宅のクロスもパチンコ屋の如く黄色く変色する。あまりに酷いため、一度クロスを全て張り替えたが、数年で元の木阿弥になった。また何百万もする高級絨毯も意味がないのでは?と思った。将来、売るために買っているのではないとは思うが。
精神科医で喫煙者が多いのでは?と感じる理由だが、ホテルでの講演会の時、休憩時間に大挙して喫煙スペースに精神科医が行くからである。遠方から来た演者まで喫煙スペースにいたことには驚いた。
また関東から転院して来た患者さんの話だが、前のクリニックの医師は、診察中もタバコがやめられず、チェーンスモーカーの如くタバコを吸いながら診察していたらしい。この勢いで吸う人は、民間精神病院に勤めることなど無理な話である。診察中にタバコを吸うことを許す精神科病院なんてほぼないからである。
タバコをやめられないために生じる損失はここに挙げたものだけではないので、ニコチン中毒とはいえ、気の毒な話である。
僕は最初から喫煙ができなかったので、禁煙した経験がない。精神科医のために散々、副流煙を吸わされたが、タバコのために努力することがなかったので良かったと思っている。