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2016-12-04 15:04:09

悪筆の話

テーマ:プロフィール

僕はいつの頃からか字が汚くなり、近年、更に読み辛くなってきている。子供の頃、習字では入選や特選くらいになっていたので、大変な悪筆化である。当時から、鉛筆などの字はそうきれいでもなかったが、汚いと言うほどでもなかった。

 

おそらく、今でも美しく書くことに集中すればまあまあなんだと思う。自分の母親は自分より遥かに字が上手く、更に母方の叔父は草書風にしか書かないが、とても美しく書ける(読みよいかと言えばそれは別)。

 

大学の入学試験では、化学Ⅱは設問に筆記が多く急いで書いていたこともあり、見直した時、あまりの字の汚さに教官がしっかり読んでくれるか心配した。しかし、いったん書いた長文を書き直すほどの余裕などない。

 

それでも、学生時代はまだマシだったと思う。良く考えると、自分の友人で悪筆でない人はほとんどおらず、唯一、東大理Ⅰに行った友人のみ、女の子がゆっくり美しく書いたような楷書だった。あれは男性が書くような字体ではなかった。

 

聖書(聖書(前半) )に出てくる友人などは自分より更に酷い。ノートの横線などは無視して、大きな字で3行くらいの縦幅で書く。したがって、1ページでも大した文章は書けない。自分もカルテの横線を無視しているが、そこまで大きくはかかない。幅的には横線の間隔と同じだが、無視して書くのでラインがねじれているだけである。最近、気付いたのだが、カルテの文章に漢字が多いほど、まだ解読しやすい。ひらがな、カタカナだけだと、暗号になってしまう。

 

電子カルテの環境だと、もちろん字の巧拙は問題がなくなるが、なぜか、小学生並みの味わいのない文章になってしまう。これが難点。みんなどうしているだろうかと思う。無機質の羅列的文章は、内科や外科では問題にならないが、精神科ではちょっとそれらしくないと思う。

 

林修先生の話(今でしょ!の人)では、東大では最上位の人たちはほぼ悪筆らしい。ところがそれに準じる(成績的に少し下)の人たちは字が綺麗という話である。

 

精神科医の場合、年数を重ねているうちに悪筆化する傾向が強く、書く量が多い上に、書く内容にも集中するから、汚い字になってしまうような気がする。つまり、美しく書くことに労力と時間が取られ、書かねばならない精神所見を書けないか、書き足りないことの方が重大と言った感じである。もちろん美しくしかも素早く書ける人であれば問題ない。

 

教授や助教授の回診(違う日にある)時、教授が患者さんに質問し、それに対し患者さんが答えたり、逆に質問したりすることを正確にカルテに記録しなくてはならない。後でオーベンなどにチェックされ、患者さんの返事の語尾の微妙な書き間違いを指摘されたりするが、当時は、「そのことに大きな意味があるのか?」などと思っていた。そのような環境にいると、字を常に速いスピードで書かなければならず、どうしても汚くなる。

 

小学校時代、一応、きれいに字を書くように指導されるが、そのうちにあまり指導されなくなり、国語の漢字の試験の際に、線の融合や省略、はねの欠落などのため減点になるくらいである。これは字が汚いことによる実害である。

 

しかし社会人になると、字が汚いことはむしろ個性と見られるようになり、さほど悪筆が恥にならなくなる。これは非常に良い傾向だと思う。著名な作家でも悪筆で有名な人が何人もいる。

 

だいたい、医療でも多くがデジタル化しているので、そういう問題が出てくる場面も減少している。

 

コンピュータ化とは、ある種の脱個性なんだと思う。

 

参考

武者小路実篤みたいな・・

精神科医のカルテ

電子カルテの精神科病院

精神科ではSOAPで書かれたカルテをあまり見ないこと

カルテは文学的に書いてはならない

激しい幻聴のある強迫神経症

 

 

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2016-11-17 00:10:00

昔のディスコでのエピソード

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今日の記事は昔のディスコでの友人とのあるエピソードに由来する。若干記憶が曖昧で、間違っている部分もあるかもしれない。

 

1980年代の初め頃はまだバブル時代ではなかったが、学生の感覚では景気はそう悪くはなかった。当時、洋楽ではダンスミュージックが流行り、現在はあまりない形態かもしれないが、街中にはディスコなる遊び場がいくつもあった。ディスコは年代別に分かれており、高校生が多いディスコと、もう少し学生や社会人が多いディスコの棲み分けがあった。

 

18~19歳頃、その若い年代が多いディスコに行くと、かかっている曲から違っていた。ビートルズなどが多いのである。彼ら、つまり高校生がそういう場所で遊んでよいかどうかは不明だが、ひょっとしたら非行だったのかもしれない。

 

自分や友人がよくでかけたディスコはもう少し年代が高いディスコだった。たしか、入場料3000円を払えば食事や酒も十分にあり、それ以上の出費がなかった。土曜日にディスコに出かける理由の1つは、3000円以上使いようがないと言うのもあったと思う。そのディスコの料理は比較的良かったが、ウイスキーはサントリーレッドしかなかった。普段、洋酒は、カティ・サーク以上を飲んでいることが多かったため、あまり旨くはない。しかもレッドなどを飲みながらダンスをすれば、自然に余計に酔う。たいてい、2~3人の親しい友人と一緒に行き、1人とか4人以上で行くことはなかった。

 

ある日、ダンスの合間にテーブルで休んでいた際に、「なぜこのくそうるさい中、友人との会話ができるのか?」という話になった。視覚に関する中枢は後頭葉にあるが、聴覚野は側頭葉にある。いわゆるブロードマンの41と42野で側頭葉でもやや後方に位置し、一次聴覚皮質と呼ばれる。

 

過去ログの医師国家試験 に、凄くできる友人の話が出てくる。彼がたまたま一緒に来ていた。彼が、「ディスコでうるさい中、話ができるのは、ブロードマンの41と42野のためではない」と言い始めた。彼によると前頭葉が関係していると言う。

 

このようなうるさい中、友人に注意を向け言葉を読み取り応対するには、他の音を脳で遮断するなど特別な操作が必要で、それが前頭葉に関係していると言うのである。僕ともう1人の別の友人はあまり聴いたことがない話だったので、なぜそう思うのか問うた。

 

彼の話では、「臨床の特別講義で他大学から来ていた○○教授が話していた」と言うのである。自分たちも出ていたはずの授業だったが、記憶にない。おそらく寝ていたか、注意を向けていなかったのではと思った。

 

酩酊状態で、このようなことを憶えていて、滅茶うるさいディスコの中で言える彼も凄いが、それを憶えていて、今ここにほぼ正確に書ける自分も大したものである。

 

2008年2月の過去ログにアスペルガーと前頭前野 という記事がある。この中で以下のように記載している。

 

「前頭前野」は、コミュニケーション、思考、創造、行動・情動の抑制、意欲、記憶、自発性など多岐の要素と深いかかわりがある。例えば、数人と会話している時に、中心になっている人に注意を向けたり、話に追随したり、笑うところで笑ったりするなど、人間らしい行動、情動を制御しているといえる。また、嫌なことがあってもそれを表情に出さず、上手い具合にバランスをとって円満な人間関係を保てるのもここが関係している。アスペルガーの人は、同時にいくつかの仕事を頼まれるとパニックになったりするが、これは前頭前野が不調だからである。意味不明に暴力を振るうのもこれに関係が深い。

 

その臨床講義の話は、「例えば、数人と会話している時に、中心になっている人に注意を向けたり・・」という文脈のことだったと思われる。

 

この話の続きをいつか書きたい

 

 

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2016-10-24 23:18:41

医学部の雰囲気のことなど

テーマ:プロフィール

医学部に入学すると、成績の良し悪しがさほど恥にならなくなる。その成績の考え方というか評価が高校時代とは全く違うことに驚いた。また、教養課程で留年するかどうかは、入学時の成績とあまり関係がないという話だった。

 

大学にもなぜかクラスがあり、2組に分かれており一応コンパなどもクラス単位でやっていた。それと別に語学のクラスがあり、これは形だけ3クラスに分かれていたが、たまにクラス単位で忘年会などをやっていたように思うがあまり記憶にない。また、実習やポリクリの5~6人のグループもあり、よく解剖学実習やポリクリの区切りに飲み会に行ったものだ。この辺りは競争意識が乏しく、むしろ戦友みたいなものだった。もう少し成績が評価される環境であれば、きっともっと教養部時代や専門の基礎科目の授業に出ていたと思う。

 

大学の専門課程の成績発表は点数ではなく、「合格」と「不合格」の2つしか評価がないのである。つまり全か無かで、100%近い成績だったとしてもそれが見えないようになっていた。

 

ある親しい友人は担任の教官に何点差で合格(入学試験)したのか聴きに言った。彼の話では7点差で合格していたが、もう1人の高校の同級生は30点以上合格ラインから離れていたという話だった。

 

もう1名、別の親しかった友人がいた。彼はなんと1位で合格しており、後に発表された合格最低点と最高点からすると200点差以上の圧勝だったはずである。しかし、彼は2浪だったし、話をしていてとりわけ頭が切れると言う感じでもなかった。

 

その彼が教養部時代に留年の危機に陥り、年末、彼を含む数人の友人で忘年会をした際、「もしこのまま留年してしまうと、トップ入学で教養部留年という記録が出るかもしれない」という話で大いに盛り上がった。特に例のロックに詳しい友人が面白おかしく冷かしていたが、実際に僕とそのトップ入学の友人はギリギリ助かり、冷かしていた本人のみ留年を決めた。

 

担任に点差を聴きに行くのは、現役入学の学生くらいしかしないようなことで、今さら聴きに行くのは意味がなさすぎる。僕は万一聴きに行って1点差とか言われると、一生忘れられないので聴きに行かなかった。実際、聴きに行ったのはほんの数人だったと思う。

 

最初の聴きに行った友人だがその後、楽に進級し現役入学ストレートで卒業し、今や医師としてのパフォーマンスは学年で3位以内に入るようである(推測で言っているのは、大学の基礎の教授が言っていたのをそのまま言っているため)。

 

ところが、彼の同じ高校の大学入試の成績が若干良かった友人は教養課程や専門課程で留年を重ねその後、国試に合格したので、医師になれなかったわけではないが、大学時代の成績は悪かったことになる。僕の同級生で現役で入学したのに、そのまま教養部を抜けられず放校になった人もいる。

 

結局、その人の真の能力は18歳や20歳ではわからないんだと思う。

 

特に医学部は卒業して医師になってからの考え方というか仕事への取り組み方などが大きく影響するよう思う。その点で、特に臨床では、どの大学を卒業したのかなども大きな問題にならない。

 

大学時代、成績の悪さが恥にならない雰囲気は、ある意味、理にかなっているように今では思える。

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2016-03-23 23:44:18

かつて持ち患者をクリニックに紹介した話

テーマ:プロフィール
ずいぶん昔、総合病院で働いていた当時、その精神科外来の1日平均来院人数は88名、1日平均新患人数が4名だった。しかし、これには院内のリエゾン患者は含めていないので、もう少し多かったのではないかと思う。

赴任した当時、自分が最も若手で上の先生と言っても同門の2年くらい先輩で、年齢も経験年数もあまり変わらなかった。何らかの質問をして、まともな答えが返ってくる確率が低かったのである。また部長ですら40歳くらいだった。

僕は当時、部長(ボス)が何らかの精神科雑誌なり書籍を読んでいるのを見たことがなかった。したがって、聴けることは処遇に困るような患者やその家族の対応の仕方くらいだったが、それでもこの世界では貴重な経験だったと思う。

さて、現在、心療内科あるいは精神科の外来のみのクリニックは急な新患を受けていないところもずっと増えている。これはいくつか理由があり、診療報酬の診察時間5分以上制限のため、既に受け持ち患者数が飽和状態に達していること、新患を診ることの診療報酬上のメリットが薄れていること、新患を診ることの潜在的リスク増加も関係している。

限られた時間で診る際、できれば手がかからず、ストレスのかからない患者ばかりの方が良いからである。

かつて上に挙げた総合病院を辞め出身大学の県に戻る時期に、たまたまアルバイト先のドクターがメンタルクリニックを開業された。その先生は技量などはよくわからなかったが、非常に患者受けする対応が良いドクターだったため、自分の持ち患者のかなりの数をそのドクターに紹介した。(注:そのドクターは同門ではなかった)

総合病院の精神科に受診する理由の1つに、人に説明する際に話しやすい点が挙げられる。つまり、スティグマが関係している。当時はクリニックはやっていけるかどうかも怪しいもので、まして開業してまもない頃は開店休業状態になることが容易に予想された。

その理由は、その開業した先生のクリニックは、あまりにもそれまで勤めていた病院に近く、しかも遠慮もあったのか、全くその病院の患者は持っていかなかったからである。したがって、最初は自分の紹介した患者は待ち時間も少なく、

すぐできます!

の状況なのも紹介しやすい理由の1つだった。総合病院の精神科外来は待ち時間が長すぎた。

当時の総合病院は外来患者数も新患数も非常に多く、全員が過労死しかねない状況にあり、少しでも受け持ち外来患者数が少なくなるのが望ましい。また、自分が辞める少し前に派遣された女医さんは精神科の初期トレーニングが少なく、危なくて見ていられない状況だったこともあった。そのようなことから、クリニックへの紹介についてボスに相談したところ、快諾されたのである。

また、自分は新患を多く診すぎていた結果、持ち外来患者数も入院患者数も著しく多かった。当時の状況は他の医師に主治医交代も難しく、将棋なら詰みの状態だった。さらに自分の交代で来る新しいドクターが卒後まだ1年半ということを聴き、ぞっとしたのを覚えている。

それなら、ベテランに任せた方がずっと良い。

後年、その紹介先のドクターに会う機会があり、当時、彼が頼みもしないのに多くの患者さんを紹介されたことを感謝された。もう1つ、誰一人、処遇に困るような人はおらず、診察しやすい人たちばかりだったのも感謝されたのである。

こちらから言えば、お互いのメリットになることだったし、クリニックに通う以上、悪化すると入院が必要になるほどの患者さんは紹介しないことにしていた。したがって、診察しやすい人ばかりになるのは当たり前である。

僕の友人の話だと、何も患者さんを他病院から全く患者さんをもっていかない開業では、最初の数か月は開店休業状態で、かなり本などが読めて、長年の疲れが取れるという話である。

参考
最も辛いことは、困ったとき相談する相手がいないこと
28歳頃の話
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2016-01-09 05:32:00

正看護師という資格の強さについて

テーマ:プロフィール
大学1年の時、夏休みに実家に帰省した期間、2名の生徒の家庭教師をしたことがある。いつかも書いたが、大学1年の夏休みくらいだと、まだかなり難易度の高い受験レベルの問題が解ける。

しかし、その能力に見合うような生徒ではなかった。1名はなんと小学校5年生の男の子で、勉強を教えると言うより、勉強の仕方を教えると言った感じだった。その子の兄は大阪大学の工学部か理学部に在学中だと聴いたが、潜在的能力差は歴然だった。個人的に勉強のできる子を更にできるようにするのは教え甲斐があるが、勉強のやり方から教えないといけない子はやり甲斐がない。

僕は、その子の母親に兄に教えてもらった方が良いのではないか?と実際に提案した。報酬を貰っているとはいえ、それほど苦痛だったのである。

夏休みの終わり頃、その子はしきりにため息をついていたので、よほど学校に行くのが辛いんだと思った。今の子だったら、きっと不登校になっていたと思う。当時、そのような子供がほとんどいなかった時代である。

ところで、現在、全く学校にも行かず、勉強もしない、学習のモチベーションゼロの生徒専門の家庭教師がいるという。これは自分の患者さん(婦人)から聴いた。彼女によると、かなり費用がかかるらしい。最初聴いたときピンと来なかったが、自分の教えていた時代の10倍くらいである。

自分は当時、毎週1回月4回~5回、1日2時間で月2万円だった。ただし、食事も出たので、その時間も入れると、実質3時間くらいはその家にいた。この額はひょっとしたら、今とあまり変わらないのではないか思ったりする。(デフレ時代なので)。2件行っていたので毎月4万円になり、悪くない額である。

僕はそのモチベーションゼロ向けの家庭教師は、特殊な生徒相手の仕事なので、その報酬が高いか安いかは何とも言えないと答えた。しかし十分に高価なので、全く達成できない結果なら、多少は苦情も言えるでしょうと言ったところである。

今回の記事で書きたかったことはもう1人の生徒の話である。高校3年生の女の子だったが、随分と遠方から来ていた。家庭教師はその場所まで行くのが普通だが、彼女は自分の家まで来てくれたのである。父親が毎回、車で連れてきていた。

彼女の在学する高校は良く知らなかったので、最初会うまでどのくらいのレベルか不明だったが、実際、教えてみるとやる気もあるしまずまずだと思った。

そこで、どこの大学を目指しているかを聴いた。彼女は看護系の学校を目指していると言ったのである。これ以下の記事は特に看護師養成の学校をバカにしているとかそういう意図はない。僕はこの目標を聴き、

そのレベルなら、遥々ここまで家庭教師に教えて貰いに来なくても十分合格できますよ。

と言った。これは実際にそう思ったから言ったのである。自分の高校は地方の公立の進学校で、1学年6クラスしかなく、そのうち4クラスは文系だった。自分の理系クラスから広大に23人合格したが、クラスの共通一次試験の平均点は800点くらいだったと記憶する(当時は1000点満点)。自分の理系クラスの東大合格者は1名である。自分の高校は決してハイレベルではないが、前年に東大理Ⅲに合格した先輩もおり、2年前は理系のあるクラスから6名の京大合格者が出たという。

そのレベルの高校だが下の方は全然なのである。高校合格が難しいかと言うと、そうではなく、中学校の自分のクラスから13人合格できた。

今思うと、あの高校があの時代、成績が良かったのは、工業地帯にある普通高校だったからだと思われる。父兄の教育熱心さという点でレベルが高く、また平均年収も相対的に高く環境も良かったんだと思う。

今の自分の出身高校は全然ダメで、自分の在学中の同級生も、子供が大学進学がしやすいように他の市まで越境入学させている。隣の市では、なんと、一介の普通の公立高校から8人東大合格者が出ていたが今は全然だという。それでも自分の母校よりはまだマシらしい。今は校区制がなく越境入学もしやすいという話だ。

地方の普通高校でなぜこのようなことが起こるかと言うと、ほとんどの卒業生が地元には戻って来ないからである。これは自分もそうなんだけど。高校の同級生で地元に戻ってくるのは、学校の教師になった人くらいである。

あの時代、自分の高校の学年最下位でも看護系の学校には合格できた。自分の妹は国立大学の薬学部に現役合格したが、小学校時代の成績は悲惨だったので、まさかそこまで伸びるとは予想しなかった。親も信用しておらず、九大の付属の看護学校か、医療技術系の学校かを強制的に滑り止めに受験させたが、そのことについて妹が腹を立てていたほどである。たぶんかなり上位のレベルで合格したと思う。

時代が流れ、僕は看護系の専門学校ないし大学でかなりの期間教えるようになった。正直、あまり難しい問題は出さない主義だし、授業中に生徒に指名し答えさせるようなこともしなかったため、どのくらいのレベルにあるかあまりわからなかった。

僕が若い頃だが、レベルの高い看護学校で数年教えていたことがある。そこの生徒さんは誰と言わず頭が良いと思った。後年、その卒業生と結婚した友人がおり、4人子供ができ、そのうち3名が国立大学医学部、1名が東大文Ⅰに合格したと言う。僕は十分にありえる話だと答えた。その他、未だに同窓会などで会うと、彼女たちの子供たちは、しばしば旧帝大に入学している。今は知らないが、当時、その看護学校は入学も難しかったのである。

僕は夜間に学ぶ専門学校で教えていた時期が長く、夕方6時くらいから90分授業を2コマ教えていた。生徒さんは既に准看護師の資格を持つ人と、そうではない人がおり、准看護師の免許のある人は日中は普通に働いている。准看護師の人はスキルアップのために夜間の専門学校に通っているのである。夜9時頃、授業が終わりホームルームがあり、その後掃除をして帰るという言う話だった。これが留年がなければ3年間で終わるのである。

一方、普通高校の出身で、准看護師の免許がない人もわずかにおり、そのような生徒は昼間は特に仕事がなかったと思う。アルバイトくらいはしていたかもしれない。

そのようなことを知っているので、授業中、居眠りしている生徒を見ても注意もしなかった。昼間働いているのは自分もそうだが、彼らは毎日がそういう生活だったので、気の毒に思ったからである。

それに対し昼間に教える看護大学の雰囲気は、むしろ普通の大学に近い。

近年、よく思うのは、正規雇用で働ける人が相対的に少なくなった時代では、正看護師ないし准看護師の資格は断然強い。レベルの低い文系や理系の大学に比べると断然よいと思う。正規雇用が確約されているからである。

今の若い人は資格を取るにあたり、その資格の強さを考慮すべきだと思う。資格があっても直接、正規雇用に繋がらないのでは弱い資格と言わざるを得ない。

理系では、医学部、薬学部は資格として未だにかなり強い。妹は長い間働いていなかったが、最近時々アルバイトをしているが、時給は2000円という。それでも薬剤師が相対的に多い県なので、その額だが、そうではない県ではもっと高い額も可能である。

薬学部もここ10年くらいでかなり大学数が増えたので、今後、需給関係が崩れる可能性はある。

僕は、大学を中退などで全く資格もない患者さんに対し、病状が回復した際に専門学校ないし大学に再入学するなら、「資格の強さ」を考慮するように指導している。

資格の強さは、ブランクがあっても正規雇用で現場復帰が容易であることも関係する。医師や薬剤師は例えば10年のブランクがあっても就労できないわけではない。

資格が強いからと言って、入学難易度が高いかというとそうでもないのは不思議な話である。

日本社会は徐々に貧困化しているのだが、きっとかつてのように精神的に豊かなことも関係しているのではないかと思う。つまり、今一つ、現実感が乏しいのである。(例を挙げるなら、「武士は食わねど高楊枝」みたいな・・)

参考
学生時代の家庭教師
1万円の数学の塾
聖書(前半)
看護学校の授業
医師国家試験の難易度
精神科における抽象的な表現について
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