kyupinの日記 気が向けば更新

kyupinのブログへようこそ。

このブログは精神科全般、旅行、音楽、スポーツなどについての日記です。始めて既に10年以上経っているため、過去の記事には、現在のルールに沿わないものがあります(適応、処方制限など)。精神科に関する疑問は過去ログのどこかに記載していることが多いので検索してみてください。(○○ kyupin でググる)

kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)
kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

エイリアンと倫理の話

今日は終戦記念日である。時々、思っていたこと。

 

過去の宇宙人の映画では好戦的に描かれていることが多い。彼らは侵略目的で地球にやって来ているのである。これは本当にそうなのか?と言う話。

 

第二次世界大戦以後、今でも世界各地で紛争や戦争が絶えない。しかし、戦争にも一定のルールがあるようには見える。例えば通常兵器のみで戦い、核兵器を使わないなどである。現代社会で核兵器を使う可能性がある国はおそらくイスラエルだけだと思う。

 

第二次世界大戦のドイツ各地の空襲では、イギリスとアメリカでは明確に戦略的相違があった。イギリスは夜間の無差別爆撃を行い、アメリは昼間に高度な爆撃照準器を用いた視認による精密爆撃を行っている。倫理的なものを考慮してアメリカは爆撃対象を工場、発電所、油田などのインフラに絞っていたのである。

 

アメリカも日本との戦争では時間が経つと一般市民への無差別爆撃や原爆投下を行っている。戦争に倫理的なものを見出すとすれば、そのような配慮をしていると言ったところだと思う。

 

歴史的には、戦争も次第に倫理的なルールが発展してきたように見える。大昔の戦争は、かなり悲惨だったからである。例を挙げると13世紀のバグダードの戦い。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B0%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

 

本当に、当時のモンゴルは野蛮な国だったと思う。

 

遠い未来、地球人が太陽系外の宇宙旅行ができるようになった時、ある惑星の知的生命体に対して破壊的、侵略的に接するだろうか?と言う疑問はある。

 

平和とか倫理などの概念が発達しないようでは、太陽系以外の宇宙旅行が可能になる高度な文明まで発達しえないような気がするからである。

 

逆に言えば、平和とか倫理などの概念がない知的生命体は、宇宙旅行が出来るレベルまでに至らず、倫理的なルールのない大戦争で滅んでしまうだろう。

 

これは宇宙人が地球に到達していた?としても、その気配が全くなく、地球人が侵略された歴史が皆無なのがそれを暗示していると思う。

TNR(捕獲、不妊去勢手術、帰す)

 

上のポスターは、さくらねこについての説明。散歩するエリアはさくら耳カットのネコが多い。おそらく95%以上。

 

しかし時に新入りのネコがいるし、稀に仔猫も数匹いたりするので、徹底されてはない。多分100%は無理なんだと思う。

 

 

最近見た新顔。まだ身体が小さいが、既にさくら耳カットされている。

 

よく思うが、ぶちネコは自分でデザインを決められないのが辛いよね。

 

 

このネコがどのようにこのエリアに紛れ込んだのかわからない。捨てられたわけでなさそうである。たくさんのネコを見ていると平均してメスネコの方が身体が小さいことに気付く。

 

 

このグレーのネコは3年前には既にここにいた。何歳かは不明だが、ノラネコにしてはまあまあ長生きのネコである。暑いのもあるのか、何かしら病気があるのか、毛艶がまるでない。

 

 

 

しっぽに枯れ葉が付いているよ。

 

 

いつか紹介したツンデレの茅森さん。このネコは今日も暑いのに元気そうである。

 

 

最近気付いたことは、ノラネコたちはおしなべて子供が嫌い。

 

僕がなぜかノラネコに好かれていることの裏返しなんだと思う。僕は決してネコに触ろうとしない。ほどほどの距離感が良いのだろう。

 

他、ネコたちは、子供が大声を出すのも嫌っていると思う。

 

 

 

 

 

治療薬による悪化は時に気付きにくいこと

精神科薬に限らず大抵の薬には副作用がある。漢方薬は天然由来なので副作用がないと思われがちだが、決してそうではない。以下はAIによる漢方の副作用について。

 

胃の不調:吐き気や下痢
皮膚の症状:発疹やかゆみ
偽アルドステロン症:甘草(かんぞう)という成分で、むくみや血圧上昇、手足のしびれが起きる
間質性肺炎:黄芩(おうごん)などの成分で、空咳や息切れ、発熱が起きる
肝機能障害:全身のだるさや黄疸(おうだん)が出る

 

特に間質性肺炎は重篤な副作用である。また、漢方薬は長期に服用すると効きにくくなる傾向がある。また、複数の漢方薬を服用していると生薬が重複することがあることも注意したい。

 

認知症でしばしば処方される抑肝散は甘草が含まれており上記、偽アルドステロン症を惹起するリスクがある。

 

精神科の西洋薬の場合、効果の方角が精神なのでそれに明らかに沿わない副作用は医師も認知しやすい。例えば中毒疹、ふらつき、口渇、便秘、体重増加。手指振戦、倦怠感などである。

 

また、精神に近いが本人が訴えやすい副作用もわかりやすい。眠さや不眠などである。

 

このブログのリスペリドンのテーマ、最初の記事(リスパダール)に以下のような記載をしている。以下、一部抜粋。

 

 

リスパダールが発売された当初、最も驚いたのは、これを服用した時に悪化する人が随分といたことである。それまで精神科薬物を服用して元の精神症状を悪化させる可能性がある薬物は限られていた。添付書類を見るとわかるが、たいていの抗精神病薬の副作用として精神面の変調は記載してある。しかしそんな副作用は実際はあまりないのだ。警戒しなくてはいけなかったのは、クロフェクトン、オーラップ、PZCなどの賦活系の薬物。それ以外の薬物はあまり注意しなくても良かった。しかしリスパダールを処方すると、本来の症状を悪化させうるので、変更の時に決断が必要だった。ある患者さんは、ある時、血だらけで来院した。痒いからと言いカッターナイフで肌を切り刻んでいた。もともとそんな風な患者ではないのに、リスパダールを使っただけでこれだ。こんな風な事態は非定型抗精神病薬を使う限り、基本的に覚悟しておかないといけない。何度か痛い目にあうと、次第にリスパダールは使い辛くなる。しかしよい薬であるのは間違いないので、徐々に新規の処方を再開しリスパダールを処方する人数が多くなっていった。

 

これは精神症状に対して治療薬を処方しているのに、その方角の精神症状を悪化させると言う特別な副作用?である。

 

抗精神病薬は自分の場合、定型抗精神病薬しかない時代から診療を始めたので、定型と非定型抗精神病薬の間のギャップと言うかある種の違和感があるが、今の若い精神科医はどのような感触なのだろうか?と時々思う。

 

定型抗精神病薬は錐体外路系の副作用が多いが、精神そのものを悪化させることがあまりないことは、非定型抗精神病薬の精神への悪影響に気づきやすい点だと思う。

 

いつかも記載したが、最も良くないのは、抗精神病薬による悪化に気付けず、他の抗精神病薬を追加処方することである。

 

ここで注意したいのは、非定型抗精神病薬による精神面の悪化に対し、定型抗精神病薬(ハロペリドールなど)を追加した際になにがしか良くなったりすること。精神科医は、「この人は難治性なのでこのような併用も必要」と判断しやすい。このような経過の時、まだ定型抗精神病薬単剤処方の方がずっとマシである。理想的には、悪化させている非定型抗精神病薬を他の非定型抗精神病薬へ切り替え、それがフィットするのが最も良い。

 

このように考えると、経験が少ない精神科医であればあるほど、抗精神病薬は単剤処方に努めると言う方針は極めて正しい。

 

なお、僕は患者さんによれば、非定型抗精神病薬でさえ、難治性の人には併用療法が必要なことがあると言う考え方である。これは最も理想的な統合失調症への抗精神病薬がクロザピンであることといくらか整合性がある。(クロザピンは多くのレセプターに作用するタイプ)

 

現在、外来では抗精神病薬は基本2剤までに処方制限されているので、このような失敗を多少は抑制していると思う。

 

入院では治療の難しい人を対象にしているためか、この2剤制限がない。従って経験が少ない精神科医が治療すると、薬が噛み合わず悲惨な併用療法になっていたりする。

 

抗精神病薬は幻覚や妄想など精神症状そのものに作用する薬である。これは当初、気付きにくかったとしても、試行錯誤しているうちにその薬が精神面を悪化させていることに気付くチャンスがある。

 

精神面への悪影響も、イライラ感、怒りっぽさ、不眠など軽微なものから、幻覚妄想そのものの悪化まで多様である。精神症状の悪化の場合、前者の軽微なものの方がむしろ認知しやすい。幻覚妄想は処方した瞬間に効くわけではないし、しばらく経過を診る必要もあるので、悪影響の確認が遅れると長患いになりやすい。

 

抗精神病薬ではない向精神薬、例えばアリセプト(ドネペジル)は、しばしば精神症状を悪化させる。これは興奮しやすい、怒りっぽいなど賦活系の悪化である。しかし認知症そのものにBPSDと言う精神症状があるので、そのようなことが起こり得るという治療イメージが必要だと思う。

 

このBPSDとは、認知症による脳の障害(中核症状)を背景に本人の性格、体の不調、周囲の環境などが影響し出現する不安、幻覚、徘徊、暴言などの精神・行動の症状である。

 

つまりアリセプトのこの有害作用は、同じ認知症の症状のラインに載っているのである。だからこそ、治療イメージが必要だと思う。なお、認知症に対する薬でも、メマンチンや抑肝散はBPSDをかえって悪化させることはほぼない。

 

不安に使われるベンゾジアゼピンとSSRIは、ベンゾジアゼピンは同じ不安に沿った副作用が皆無であることに対し、SSRIはそうではない。つまりSSRIは不安、緊張をかえって悪化させることがある。ただし身体への副作用や依存性に関してはベンゾジアゼピンは遥かにSSRIに比べ劣るので、徐々に処方が控えられている。

 

ベンゾジアゼピンやSSRIはコミュニケーションがかなり取れる患者さんを対象にしているので、このような副作用が出たとき、わりあい速やかに対応できるのが良い。服薬してかえって悪化した時、通院を止めてしまう人も多いと思う。

 

特殊な例として、新規抗てんかん薬による精神への副作用を挙げたい。これはリエゾンの現場で時々診る悪化である。特に精神を悪化させる新規抗てんかん薬は、イーケプラ(レベチラセタム)、トピナ(トピラマート)、フィコンパ(ペランパネル)の3剤であるが、身体科ではトピナやフィコンパなどを処方されていることが滅多にない。

 

この中でイーケプラは身体科では多く処方されており、リエゾンでの悪化場面を時々診る。しかもその悪化に身体科の医師や看護師は気付いていないことが多い。イーケプラはイライラ、易刺激性、攻撃性、気分変動、抑うつ、不安などの悪化が診られ、高齢者ではアリセプト(ドネペジル)の精神症状の悪化の規模を大きくした印象である。

 

フィコンパは易刺激性、攻撃性、怒りっぽさなどの精神症状の悪化を来たすことがあり、イーケプラに似ている。過去ログで、抗てんかん薬の悪化はイライラ感を伴う躁状態のように見えると記載しているが、この2剤はそうである。

 

一方、トピナは上の2剤とは少し異なり、認知機能低下、思考の遅さ、抑うつなどがあるが、トピナは経験的には「うつ」にいくらか有効なことがある。認知機能の低下や思考の遅さは本人が自覚できることも多い。これはイーケプラやフィコンパとの相違だと思う。

 

トピナは時に幻覚妄想を惹起することがあり、元々精神症状がある人は注意を要する。トピナで幻覚妄想を惹起するような際、躁状態のようにも見える。また真の精神病ではないので、重篤に見える幻覚妄想でもトピナ中止後、消褪しやすい。

 

特に新規抗てんかん薬を処方後、人が変わったように見える時、副作用ではないか?と言う治療スタンスが必要だと思う。

 

抗てんかん薬では、ラミクタール(ラモトリギン)、バルプロ酸、カルバマゼピンは気分安定化薬として精神症状に処方されている。抗てんかん薬は良くも悪くも精神面に影響しやすい向精神薬と言える。

 

これら向精神薬による精神症状への副作用を診ていると、患者さん本人の洞察と言う点で、同じ副作用でも、イライラ感、不安感などと、内因性精神病的な精神症状の副作用(躁状態、幻覚妄想)は全く異なる。前者は本人が意識できるが、後者は全く病識が持てないのである。

 

つまり病識は疾患そのものに由来せず、精神症状の内容の方がむしろ関係が深いのだろう。

 

 

 

 

女王陛下のCTスキャン

 

 

かつて、CTスキャン(Computed Tomography、コンピューター断層撮影)がない時代、脳腫瘍が脳内の左右どちらにあるかも確実に診断できなかった。実際、手術で頭蓋骨を開けてみると、腫瘍が左右逆の半球にあることもあったと言う。当時の脳神経外科の術前の臨床検討会は、まず脳の左右の半球のどちらにあるかが議論されていたのである。

 

当時、今は行われなくなった気脳撮影も行われていたが、脳脊髄液を空気で置き換えてX線撮影すると言う患者さんへの侵襲の大きい検査だった。

 

その後、CTスキャンという素晴らしい検査装置が発明・開発されたが、これはイギリスの有名なEMIと言う音楽会社が関わっている。昔、ビートルズのアルバムを買うと、ジャケットにEMIとクレジットされていたものだ。

 

当時、EMIは音楽だけでなく、軍事や医療の分野も研究を行っていた。CTスキャンのアイデア、原案は南アフリカ共和国、ヨハネスブルグ出身の物理学者、アラン・コーマックによる。彼はケープタウン大学で物理学を修め、アメリカに渡り大学教授になった。(後に彼はアメリカに帰化したためアメリカ人と言われることが多い)

 

彼は素粒子物理学の研究をしていたが、X線技術にも興味を抱き、CTの理論的な土台、概周期函数に対するラドン変換及びその逆変換から、離散データを得る計算を繰り返すトモグラフィック復元を開発した。

 

この研究は1963年と1964年の2本の論文として発表されたが、イギリスEMIのゴッドフリー・ハウンズフィールドとその同僚が、1972年に実際に装置を開発するまで、全く注目されなかった。アラン・コーマックとゴッドフリー・ハウンズフィールドは、1979年ノーベル生理学・医学賞を受賞している。

 

CTスキャンは脳の断層面を平面的に黒白のグラデーションで描くことが可能で、画期的な検査装置であった。CTスキャンは非常に高価だったこともあり、大学病院が購入できるのは、ずっと先だろうと考えられていた。

 

実際、ある臨床の教授が、「あのような素晴らしい検査装置が、すぐに大学病院に入ったら、医学部のグランドを逆立ちして歩く」とまで言ったらしい。

 

ところがその言葉は、言霊と言うか、マーフィーの法則と言うか、よくわからない偶然が重なり、その言葉の通り?すぐに全国の大学病院に納入されたのである。

 

この経緯だが、イギリスに対して当時の日本の貿易黒字が大きかったため、それをいくらか相殺するために日本政府がCTスキャンの購入を決めたと言う話である。

 

果たされなかったことは、その教授の逆立ち歩きだけだったのである。

 

これが女王陛下のCTスキャンの話である。当時、ビートルズが女王陛下から勲章をもらっていたし、007シリーズで「女王陛下の007」と言うタイトルがあったほどで、そんな風に命名されたのであろう。

 

その女王陛下のCTスキャンだが、初期の製品だったこともあり、精度が悪くアーチファクトが多い画像しか撮れず、とんでもなくポンコツだった。僕は精神科医局でまだ1年目だったが、精神科の入院患者さんのCT撮影の担当だったのでよく憶えている。

 

僕が卒業した当時はMRIが発売される直前だったが、その画像は天地の差があったと思う。

 

これらの概略は、先輩医師から聴いた話である。

 

MRIがあれば、CTスキャンが必要ないわけでは決してなく、それぞれにメリットがある。CTスキャンは今も更に高性能になり、医療現場で広く使われている。

 

インターネットとスマホ普及による医療への影響について

インターネットやスマホの普及により、患者さんは病院・クリニックの評判や、自分の診断を詳しく検索できるようになった。また、処方されている薬に効能効果や、副作用なども簡単に調べられる時代になっている。

 

今回はこれら患者さん側のインターネット・スマホの普及の影響ではなく、医療者側、特に医師側への功罪について。雑談的な話も交えながら。

 

現在、医師を含め医療従事者は著しく都市部に偏在し、過疎地域には碌に人が集まらなくなった。地方では医師不足で閉院になりかねない総合病院が普通にある。

 

先日、土曜日の午後だったが、偶然、一番の繁華街で大学時代の友人に会った。その友人は、そこまで親しくはなかったが、面白い人だったので大学時代は話すことがある人だった。

 

医学部は同じ学年の入学生が非常に多いとは言えないが、それでも在学中にほとんど話すことがない人がいる。特に語学のクラスが違うとあまり知らないことも良くあるのである。その人は同じフランス語クラスだったので、話すことがまだある方だった。最も良く知っている同級生たちは、解剖やポリクリの同じグループだと思う。以下は過去ログから。

 

 

抜粋

大学にもなぜかクラスがあり、2組に分かれており一応コンパなどもクラス単位でやっていた。それと別に語学のクラスがあり、これは形だけ3クラスに分かれていたが、たまにクラス単位で忘年会などをやっていたように思うがあまり記憶にない。また、実習やポリクリの5~6人のグループもあり、よく解剖学実習やポリクリの区切りに飲み会に行ったものだ。この辺りは競争意識が乏しく、むしろ戦友みたいなものだった。

 

その土曜日に友人に会った時、多分間違いないと思ったが、急に名前を思い出せず「〇〇です!」と、こちらから名前を言った。その友人がこちらを見て「あ〜あ〜」と言った瞬間、僕は彼の名前を思い出し呼びかけた。

 

彼に今どのようにしているか聴くと、かなりの僻地の総合病院で麻酔医として働いていると言う。過疎地で麻酔医がいないと手術が出来ないので、彼はその地域の医療インフラにかなり貢献していると言える。いつも病院の宿舎にいて、週末は自宅に戻って来るようだった。僕は彼に「〇〇市の医療に大きく貢献してますよ!」と賞賛したのである。

 

このように街中で昔の友人に会うことがここ2週間で2回もあった。いずれも同窓会にほとんど来ない友人なので、かなり久しぶりに会ったことになる。しかし、僕は2人とも一瞬で昔の友人とわかった。どうも多少面影があるくらいですぐに判別出来るようなのである。もしかしたら、いつも表情を観察する仕事なので、顔の加齢による変化の範囲もよくわかるのかもしれない。

 

昔、医局時代、医局を通さず勝手にアルバイトに行ってはならないと言われていた。これは、何のことかわからないと思うので少し説明すると、当直や休日のアルバイト先は、基本医局を通して個々の医局員に割り当てられる感じなのである。

 

当時、都市を離れた地域では当直医がかなり不足しており、交代で夜間当直に行った病院の当直室に事務長が訪れ、今後毎週か2週間ごとに当直に来て欲しいと言われることが何度かあった。そう言う時代であった。

 

つまり精神科病院には医局と繋がりが大きい病院とそうでない病院があり、医局と繋がりがない病院は常時、夜間の当直医が不足していた。そのような病院は敷地内に院長の自宅があり毎日が自宅当直だった。携帯電話もない時代、これだと夜に外食にも出られない。まして海外旅行など絶望的に無理であった。大きな何百床の精神科病院で、なんと実質2名か1名半の精神科医で?やりくりしているのである。2名だが、1名だけ精神科医でもう1人は高齢の内科医というケースもあった。

 

僕は夜間当直中に院長と事務長がやってきて頼まれ、あまりに気の毒だったので受けたところ、女性の医局長に速やかにバレてしまい注意されたが、今後行くなとまでは言われなかった。どうもスポット的に他の医師の交代で当直に行くのは良いが、毎週火曜日とか定期的に行くアルバイトは医局の許可が必要なのをその時に初めて知った。

 

夜間当直は距離的に限度がある。朝起きて大学で仕事が始まるまでに時間的に帰って来れないような病院は、当直に行けないからである。極端な過疎地は、精神科の常勤医師を集めないとやっていけないと言える。

 

当時は携帯電話もインターネットもなく、情報収集すると言ってもかなり制約があった。平日の夜間当直や休日の日勤も自分1人では見つけることが難しい時代であった。医局中心に病院への派遣を決定していた。現在は医師の派遣会社がいくつかあり、病院が依頼すれば当直医師がそれこそ県外からでも来てくれる。逆に真にフリーの医師でも仕事や収入に困らない時代である。

 

僕が卒業当時、精神科を選び医局に入らない選択肢も僅かにあったが、かなり異端と言えた。それでも精神保健指定医の資格がまだない時代だったので、今から考えるとまだその選択肢も可能だったと言える。

 

当時、県外から医学部に入学した学生は、卒業の際に大きく3つの選択肢があった。1つ目がその医学部に医局に残りその県でキャリア積む。2つ目は出身地に戻ってその都道府県の大学医局に戻りキャリアを積む。3つ目はそれ以外である。

 

それ以外とは、魅力のある大学医局や国公立の大きな精神科病院に入ることである。これは当時ホームページがない時代だったので、色々調べる必要があり、気合いの入っている学生は卒業までに見学にも行っていた。当時は、情報収集に長けた人しかできないことだったと思う。

 

この辺りのハードルが今は断然低くなった。

 

今の研修医制度(初期臨床研修制度)は大学卒業直後に、一旦、あるいは永久に大学を離れる制度なので、卒業生が地元大学医局に良くも悪くも縛られることがなくなった。もちろん昔も厳密には縛られてはいなかったが、外に出て行くことはそれなりにストレスなのである。僕が他県からの入学生なのに、卒業大学に残った理由の1つはそれである。他の理由は大都市で生活するのはそこまで好きではない上、出身県より大学のある県の方がかなり魅力的と言うのがあった。

 

少なくとも、僕は地方都市でキャリアを積んだことを後悔していない。

 

今の時期研修医制度の目的は色々あるが、1つは医師が専門バカではなく、総合診療医的なスキルも身につけてほしいのがあったと思う(医師として必要な基本的な診療能力(プライマリ・ケア)を身につけること)。

 

厚生労働省に医局の力を弱めたいと言う目的があったのかはわからない。総合診療医は僻地医療にいれば有用な専門医師である。しかし研修医制度は思わぬところに影響し、人口減少が進む地方の医療が崩壊しかねない事態になった。このようなことはこの制度を考えた時には予想していなかったのでは?と思う。これは、かつて僕が思っていたことである。

 

しかし今となっては研修医制度があろうがなかろうが、これだけインターネットやスマホが進化すれば、現在の医療状況は大きな差がなかったのでは?と思う。

 

今の研修医制度発足後、インターネットの発達もあり、医師の医学部卒後の流動性が圧倒的に増したのである。流動性が増せば、医師が大都市に集まるのはやむを得ない。

 

地方都市は、同じ時間を費やすのに、エンターテイメントの選択肢が少なすぎると言うのがある。また、それは実際に体験しないとわかりにくいと言うこともあるのである。

 

現在の地方の医療崩壊は、皮肉にもインターネットやスマホの普及が促進したと言えると思う。

 

 

 

 

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>