
ペットボトルにウィスキーを入れて入院する患者
民間の精神科病院にもある程度、棲み分けがあり、主に統合失調症など内因性精神病の患者さんが多い病院と、それ以外の精神疾患がむしろ多い病院がある。アルコール依存症を主に治療する病院は公的な病院もあるが、民間にもある。
しかし完全な棲み分けにはなっておらず、特に民間の精神科病院ではアルコール依存症を主に診る病院でも、統合失調症や躁うつ病、あるいは認知症の患者さんが一定の割合で入院していることが多い。
アルコール依存症の専門病院では、ある種の修行と呼べるようなプログラムがあり、真剣に自分の病気に向き合えない人は最初から入院させない。その理由は、真剣に治療したいと思う患者さんのマイナスにしかならないからである。
断酒会が集団で行われる理由は、多分、あのような治療には戦友が必要だからだと思う。酒をやめる気のないアルコール依存症患者は、戦友に値しないと言ったところだ。
一方、アルコール依存症を専門に診ていない民間の精神科病院は、僅かにアルコール依存症患者さんも入院患者として受け入れるが、系統的な治療は出来ない。
従って、とりあえず緊急避難的に断酒させ、血液検査などの改善を待ち、本人に疾患と向き合えるかどうか確認する。やる気があるなら専門病院に紹介すると言う流れになる。
逆に言えば、断酒する気がない依存症患者は、専門病院に転院することもなく、入退院を繰り返す経過になりやすい。アルコール依存症の専門外の民間精神科病院と、リエゾンで診察するような内科病院に、やる気のないアルコール依存症患者が集まる結果になる。
ある日、このような患者さんが入院する時、ペットボトルにウィスキーを入れて堂々と入院した。本人はこれは麦茶だと言った。確かに色は似ている。
入院後、看護者が、病室にアルコール臭がすることに気づいた。そこで所持品の検査をすると、ペットボトルには実はウィスキーが入っていたのである。
なぜ、このようなものを持ってきたのか問うと、「持ってきてはいけない」と入院のしおりには書いてなかったと悪びれず答えた。
このような患者は、退院の帰り道、本当に酒を買って帰るくらいは普通にあるので、もちろん予後不良である。
彼らは本質的な治療に乗る気などない。
しかし違った見方をすれば、それは本人の自由とも言える。実際、癌なのに標準治療を受け入れない人は正常な人にもいる。重い糖尿病で、めちゃくちゃな食生活を変えようとしない人たちも同様である
アルコール依存症は、その点で統合失調症や躁うつ病とは異なる位置にある精神疾患だと思う。
参考
古い記事
癌の標準治療について
一部抜粋
癌などと診断されると、普通の人はショックを受けて正常な判断が難しくなる。そのダメージを受けた心につけこまれ、民間療法などに頼り死期を早める経過を良くみかける。一般に西洋医学の保険診療で実施される癌の治療は「標準治療」といわれるが、これは英語のstandardから来ている。日本語的には中程度と錯覚するが、エビデンス的にはベストな治療法である。特にお金持ちが、民間療法に頼り大金をかけて結局、死期を早めるのはいくつか理由があるが、1つは抗がん剤治療が、死にたいほどきついことや、髪が抜けるなどの大きな副作用から来ている。また芸能人や事業家などお金持ちは「標準治療」より、お金をかけさえすれば、もっと良い治療があるのでは?と錯覚することもあると思う。「標準治療」は日本語的に錯覚しやすく、その結果、詐欺師を儲けさせたり、社会に大切な人が早く亡くなる原因の1つになっているので、日本語訳を「最適治療」(仮)くらいに変更した方が良いと思う。
風邪を引くとなぜパーキンソン病の症状が悪化するのか?
今回は重い風邪を引いた時に思ったこと。上記のスピンオフ的な記事である。上の記事では、
咳以外が改善しても、新型コロナ感染症後の人のように味覚と嗅覚が鈍くなった。色々なものが、いつもと味が違うと思えるほどだった。味覚があまりわからなくなると、人生が味気なくなる。
と記載している。味覚以外に嚥下が一時的に悪化し、食べた後に水をしっかり飲んで胃の中に押し込まないといけなかった。僕は重い風邪の後、パーキンソン病のようにドパミンが一時的に低下しているのでは?と思った。
しかし、時間が経つにつれ嚥下の悪化は次第に回復している。(可逆性)
既にパーキンソン病を発症している人は、風邪を引くと症状が悪化することが知られている。
単純に考えると重い風邪を引くと寝ていて動けないので、廃用性にパーキンソン病の症状は悪化しそうである。
しかし、このような機能低下以外に、風邪による炎症そのものがパーキンソン病の症状を悪化させる。風邪を引くとウィルスや細菌と戦うために免疫機能が活性化され、サイトカインと呼ばれる炎症物質が増加する。このサイトカインが、脳内のドパミンの分泌や働きを低下させ、ひいては動作緩慢になり、振戦、固縮を悪化させる。
余談だが、昔は医学の多くの研究者は炎症について研究していた。ところが癌が主要なテーマになり、彼らは一斉に癌研究に移ってしまったのである。もちろん、癌にも炎症が含まれているが、主要なテーマが炎症と癌では研究する深さが異なる。
その後、癌だけでなく膠原病を始め、癌ではない疾患の免疫研究が進み、現在のような状況に至ったのである。
炎症は、新型コロナなどの感染症や、免疫機能に由来する膠原病や間質性肺炎など多岐に渡って重要なテーマであり、実は統合失調症、躁うつ病、うつ病などの内因性疾患にも深く関わっている。
過去ログには「うつ状態が夏場に悪化する理由」という短い記事をアップしている。この悪化の理由は、夏場の暑い時期に免疫機能が低下するからと記載している。
さて、風邪によるパーキンソン病の症状悪化は、サイトカインがドパミン神経系機能を低下させるだけではなく、発熱により脳の代謝を急激に増加させることも関係する。パーキンソン病の患者さんは脳の予備能のようなものが少ないため、神経機能が不安定になり症状が悪化する。
食事が十分摂れないとか、脱水などもパーキンソン病の自律神経系を低下させ、症状を悪化させる。
その他、感染症そのものが、脳のミクログリア活性化などを引き起こし症状を悪化させると言われているが、これらはまだ十分にはわかっていない。
これらの風邪による症状悪化は、おそらく可逆性の部分が大きいと思うが、パーキンソン病の場合、回復まで時間がかかり過ぎると廃用性の部分が大きくなり、非可逆性の経過も十分にあると思う。
僕の経験も含めると、簡単にいえば、重い風邪を引くとドパミンが一次的に低下状態になりやすいのである。
この現象は、インフルエンザの大流行後にうつ病患者が大量発生ことがあるなど、日常臨床での多くの事例の説明がつく。もちろん新型コロナもそうである。
パーキンソン病や感染症大流行後のうつ病など、一般の人が時々目撃する事例だけではなく、精神科医はもう少し違った場面で、同じような現象を実感する。
典型的には、統合失調症患者さんの重い感染症後の幻聴などの症状の一時的な軽快である。
重い感染症の発病直後、中核病院に搬送するケースでは、いつもなら到底内科病棟では難しいレベルの患者さんも、感染症による症状の緩和により、なんとか内科病棟で治療できることも多い。
これは「風邪により一時的にドパミン系機能が抑制されている」ことで辻褄が合う。
統合失調症には、基本、意識障害がないのも重要である。精神疾患でもせん妄が生じる疾患では、このような処遇にはなりにくい。
将来的には、炎症や免疫の研究が進めば、まだわかっていない統合失調症の多くの謎が説明できるようになると思う。
参考
統合失調症の人の会話は一般の人が考えるほど支離滅裂ではない
統合失調症の人の会話は、メディア特に映画やドラマなどで、いかにも支離滅裂に描かれていることがあるが、実際にはそうではないと言う話。
過去ログでは、精神病院の入院患者さんは、いつも笑っているわけではないと言う記事がある。
後半部分を再掲。
この映画の最初の方でオランダの精神病院が連合軍の爆撃を受け、多くの患者さんが外に出てきている場面がある。患者さんたちは、道沿いに並び連合軍兵士を見送っていたが、ほとんどの人は声をたて笑い続けていた。また衣類も場にそぐわない正装だったりとかなり奇妙だった。子供の頃、この映画を水野さんの水曜ロードショーで観ていた際、あの光景には全く違和感がなかった。しかし今考えてみると、統合失調症の患者さんとはいえ、病棟が爆撃されるという非常事態に、
あそこまで笑っていないと思うよ。
むしろ、笑っているような人はほとんどいないのではないかと思う。昔の精神科の教科書には、古い年配の統合失調症の患者さんが高らかに笑っている写真が必ず載せられていた。(今は知らないが)。
これは「児戯的爽快」の一面でしょうなぁ・・
現代社会でも、破瓜型の荒廃状態の人はこのような笑いを見せる人はいるが、ここまで崩壊していない古い患者さんもかなり多い。しかし、あの映画のあの時代(第二次大戦中のノルマンディー以降)では、抗精神病薬がなかったので、古い患者さんの荒廃率は高かったのではないかと思う。ただ、統合失調症の人も非常事態では結構、締まるものなのである。(参考)
あの映画のあの場面の描写は、日本人も西欧人も精神病患者のイメージがたいして変わらないことを示していて興味深いと思う。
この映画は、1977年に公開されているからである。
以上ここまで。
結局、統合失調症の患者さんの会話が、そこまで支離滅裂ではないと言う話は、いつも笑っている訳ではないのと同様、映像では精神症状が極端に誇張されて描かれているためにそうなっている。
普通、日常的会話、例えば「今日のおやつは何が良いですか?」とか「昨夜は何を食べましたか?」などのやり取りでは、正常な人と全く変わらず、おそらく研修医が回診時にその光景を見たら、どこが悪いのかわからないと思う。
支離滅裂な会話は精神科では「連合弛緩」ないし「連合障害」と呼ばれるが、統合失調症では特に重要な症状の1つとされている。以下はGoogleAIによる説明。
統合失調症における「連合障害(連合弛緩とも呼ばれます)」は、思考のまとまりがなくなり、会話の文脈が飛躍したり、脈絡がなくなったりする症状です。話の筋が通らなくなるため、他者との円滑なコミュニケーションに支障をきたすことがあります。
連合障害(連合弛緩)の主な特徴
思考の脱線: 会話中にテーマが次々と関係のない方向へ逸れていきます。
外れな応答: 質問に対して的外れな回答が返ってくることが多くなります。
言葉のサラダ: 症状が進行すると、単語やフレーズの繋がりが完全に解体され、無関係な言葉の羅列(言葉のサラダ)になることがあります。
本人の自覚: 当人は話の筋道が通っていないことに無自覚であることが多く、周囲から指摘されても気づかない傾向があります。
以上である。連合障害はちょっとした日常会話では明確にわからないレベルの患者さんの方が遥かに多い。 どのような時によりわかるかだが、普通に会話している人でも、文章を書かせると支離滅裂さが明瞭になることがある。また、非常に悪化した時にわかる人もいる。昨年、統合失調症の人が書きつけたノートには謎が多いと言う記事をアップしている。
かつて、話をしても全く会話が成立しない人が実際にいた。約30年くらい前でさえ、長期入院患者が100名いたら2〜3名くらいとかなり少数である。その1人は長く座敷牢に入れられていたお嬢さんで、全く会話ができないレベルであった。以下は座敷牢の記事。
支離滅裂で全く会話が通じないレベルの患者さんでも、しばらくやり取りしていると、不思議なことに、こちらの意図が通じているように見える。きっとそうでない人もいると思うが、僕の患者さんはそうであった。
だから、連合障害が重い人には生活指導が出来ないかと言うと、そうでもないのである。例えば、「歯を磨きましょう」とか「風呂に入りましょう」などである。
連合障害が重篤な人がかつてそのくらいで、今は一層減少しているので、精神病院の中の会話が支離滅裂なわけはない。また奇妙な笑いもそうである。
なぜそのレベルの人たちが減ったかと言えば、1つは薬が良くなったことと関係がある。例えばジプレキサやレキサルティなどの非定型精神病薬の進歩が大きい。また患者さんの多くが早い時期に精神科治療に乗るようになったこともある。
その視点では、反精神医学的な思想は有害でしかない。
日本では、かつてはメディアでも反精神医学的な思考を持つ人たちがテレビなどで番組制作したり、その発想の書物も多くみられたが、今もあるが、日本国内では、そこまで共感する人たちが多くない印象である。
他、連合障害の重さが減少している要因として、逆説的だが、時代が変わり発達障害が精神疾患に混入するようになったことも関係しているのでは?と考えている。
つまりだ。発達障害のグレーゾーン的な要素が、統合失調症の人が真に重くなることを妨げているのである。(私見)
マヌルネコに似た長毛種のノラネコ
長毛種のノラネコを見たのでアップしたい。この長毛種のネコはオスとメス2匹おり、写真はメスネコである。僕はモフモフさんと呼んでいる。このネコはマヌルネコに似ている。以下は海外の動物園のマヌルネコの動画。
マヌルネコは中央アジアに分布しており、寒い高地に生息するため長毛になった。法律で保護される前は、毛皮を取るために狩猟も行われたこともあり生息数は減少し、一部の国では絶滅したと言われる。今も一部の国では密猟が行われ毛皮が中国に密輸されている。
マヌルネコは動物園で繁殖もされているが、元々、細菌が少ない高地に生息していることもあり、免疫力が低く多くの仔猫は感染症で死亡する。国内でも繁殖に成功した動物園もある。マルヌネコで検索すると動画もかなり上がってくる。(那須どうぶつ王国や神戸どうぶつ王国など)
マヌルネコの瞳孔は普通のネコと異なり、明るい場所でも縦長にならず丸いまま伸縮する。マヌルネコは狩猟が下手で待ち伏せの作戦しか取れない。そのため、岩場から目だけ出して獲物を狙う。丸いまま伸縮する方が明るい時に目が目立たず狩りをしやすいのであろう。
モフモフさんは決して鳴かない。このような元々日本のネコではないっぽいノラネコは鳴かないことが多い。後ろにいる茅森さんが良い味出している。クン活要求?関係ないかもだが、2匹ともメスなのである。
クン活について。
日本の古来からいるネコとは相当にビジュアルが異なるネコを見る度に、「このネコにも両親がいたはず」と思ってしまう。このような長毛種はノラネコ同士交配して偶然に出来ることはない。
またずっと以前にこのような長毛種がいたわけがなく、ちょうどオスメス2匹いることもあり、このネコたちは捨てられて地域猫になったのだろう。
モフモフさんはいつもゆったり過ごしており、他のネコと喧嘩をすることもない。長毛種とはいえ、夏場は夏毛に変わる。
以下はモフモフさん、オスネコ。
HbA1c⒍4と水泳を始めたこと
今日のエントリは私事ではあるが、精神科にも少し関係する内容である。
2026年の4月の初め頃、血液検査をしたところ、なんとHbA1cの数値が6.4と過去最悪であった。僕にとってかなり衝撃的な数値である。
このHbA1cであるが、その日、その時間の血糖値ではなく、数ヶ月の長期の血糖値を反映する数値である。つまり日常の血糖値を推しはかる方法として紛れは僅かである。
HbA1cは概ね⒍2が正常上限とされており、⒍5以上になるとほぼ糖尿病である。すなわち⒍4は正常範囲ではなく、かと言って糖尿病まではないかもしれないが、後がない崖っぷちと言えた。
なぜこうなったかと言えば、あの重い風邪と関係がある。以下参照。
普段、摂取カロリーに気をつけているが今回咳が止まらず、カロリー制限のために風邪が治らないのかと思い、努めてカロリーを摂るようにしていたのである。その結末がこれであった。
過去の記録を見ると、2019年5月のHbA1cは5.8だった。その後、じわじわと上がり始め2021年9月に6.0まで達したため、少し慌てて酒と食事をセーブし2022年12月には5.7まで下がった。
その後、やや気持ちが緩み毎日ビール、日本酒、焼酎飲んでいたところ、2024年5月に正常上限の6.2まで上昇した。当時、かなりの量を飲んでいたわけではなく、ビールなら350mlの缶を1本、日本酒、焼酎もコップ1杯までだった。(併せては飲まない)
運動は雨の日以外はネコがいる散歩コースをダラダラ歩く。あまり身体に負荷をかけておらず最低限の運動量である。
今回、6.4で衝撃的と書いているが、6.2の時もかなりショックを受け、禁酒に加えおやつも禁止した。その後、満を持してちょうど2ヶ月後に再検査したのである。
その結果だが、あれほど節制したのに6.1までしか下がっていなかった。期待が大きかった上、節制した話をしていたので、看護師さんから「先生、気持ち下がりましたね」と言われてしまったのである。
HbA1cは長期の血糖値を反映するため急には下がらないと思ってはいたが、2ヶ月経てば6.0くらいには下がるのではと楽観していた。全く当てが外れたのである。その後、そこそこ節制していたところ、2025年3月には6.0まで下がった。
6.0まで下がると安心し飲酒もするし、おやつなども食べるようになった。
余談だが、HbA1cは糖尿病の診断がないと検査できない。つまり糖尿病の疑いでは検査ができないのである。少なくともうちの県ではそのような査定基準である。そのため僕はいつも健康保険を使わず自費で検査している。
なお、精神科ではHbA1cを糖尿病ではない患者さんも処方内容により検査することがある。ジプレキサ(オランザピン)とセロクエル(クエチアピン)は、糖尿病に禁忌とされており、また糖尿病ではない人に長期投与した場合、血糖値が上がりHbA1cが上昇してしまうことがある。これらの抗精神病薬を処方中にHbA1cをチェックすることは、スクリーニングとして優れている。これはレセプトにコメントすれば査定されない。
ジプレキサ、セロクエルに加えて、うちの県ではエビリファイ(アリピプラゾール)もHbA1c検査が可能である。エビリファイは糖尿病に禁忌とされていないが、添付文書には高血糖を来すことがあると警告されており、このスクリーニングのためにHbA1cを検査するのは理にかなっている。ただし、この辺りは都道府県により査定ラインが変わるかもしれない。(ローカルなものかもしれないと言う意味)
話が戻るが、今回4月に6.4まで上がった時、長患いの風邪がまだ収束してないのに、血糖値まで上がってしまったことにショックを受けた。そこでまず昼食を抜きにし、おやつも禁止して、禁酒もすることにした。当初は運動の量は変えなかった。
この時、気付いたことだが、昼を食べないことは慣れると全然大丈夫である。禁酒も以前もよくしていたためか全く問題ない。だいたい僕はお酒はそう美味いものではないと思っているのもある。
まず思ったことは、アルコール依存症ではない一般人が酒を飲まないストレスと、タバコを吸う人がタバコを吸わないでいるストレスは桁違いではないかと。
つまり、禁酒より禁煙の方が遥かにストレスフルのようには見える。
また、食事はお菓子でも少しでも食べると食べたい欲求が出るが、全く食べないとそこまでストレスにはならない。少なくとも僕はそうである。朝夕は何がしか食べているのに不思議なことだと思った。同時に、こんな風だからこそ、拒食タイプの摂食障害の人は、悪いサイクルにはまっていくのだろうと思ったりした。
このようにまずカロリー制限を始めたが、これくらいだと多少はHbA1cは下がるだろう。しかし今回、肝に銘じてもう少し減量に踏み込みたいと思った。既に崖っぷちにいるからである。そこでスポーツクラブの会員になり水泳を始めることにしたのである。
僕はHbA1cが6.4になった時でさえ肥満はしていなかった。むしろ長期の風邪による消耗もあり、普段よりやや体重が減少していた。4月初めは身長179cm、体重78kgほどであった。普段の体重は78kg台で、少し食べる時は79kg程度である。長期の風邪でろくに運動もできず、むしろ普段より食べていたのに78kgなのは消耗していたと言える。
水泳は夕方から泳ぐので、昼食抜きで泳ぐのは流石にまずいと思った。健康のためにやっているのに、うっかり突然死してしまうのはアホである。そこで、水泳をする日は昼食も摂ることにした。昼食を摂らない日は、おにぎりを1つか2つ泳ぐ前に摂る。水泳はやれそうな日は泳ぐと言うスタンスで、泳がない日はお散歩をする。それくらいだと、週に3日くらい泳ぐ感じになった。
1日にどのくらい泳ぐかと言うと、初日に500m泳ぎ、次回700mと徐々に増やして1000m泳ぐようになったが、700mも800mも1000mも大差ないと思い始め、今はいつも800m泳ぐ。時間がない日は500mである。泳ぎ方はクロールと平泳ぎで半々である。時間にして40分から50分くらいで休みつつ泳いでも1時間までいかない。
最初、平泳ぎばかりだったが、PT(理学療法士)の先生にクロールもした方が良いと言われ、クロールも増やした。泳ぎ始めて気付いたが、水泳はお散歩より遥かに身体に負荷がかかる。まさに雲泥の差と言えた。泳いだ後は、数十分ほどストレッチをして帰宅する。
このストレッチが重要で、これをしないでカロリー制限や激しい運動をしていると、ギックリ腰や肉離れを起こし安静にしなくてはならなくなる。ストレッチも毎日していると習慣化し苦にならないし、泳ぐ時、バタ足などがスムーズになるのが良くわかる。
そして、水泳を始めて3週間、つまり月初に検査し同月の月末には、なんと78kgが75kgになったのである。また、水泳を始めていくつか良いことが起こった。
1、立っている時、両足で地面をしっかり踏みしめている感覚の出現。不思議な感覚だが、よく意識できる。これは骨盤とか仙腸関節の辺りに好影響があるのではと思った。
2、肩こりの激減。リボトリールを飲まなくても良くなった。リボトリールを止めると2日位弱い頭痛があったが、すぐに問題なく中止できた。これは僕の患者さんの報告と概ね同じである。(ベンゾジアゼピンの離脱の規模は人による)
3、夕食が美味しい。以前より遥かに味がよくわかる感覚がある。
4、以前より中途覚醒が減少。就寝後3時間くらいで必ず目覚めていたが、もう少し長い時間、5〜6時間連続で眠れる。
5、そして驚いたことに、喘息の様になっていた長く続いた咳が止まったのである。
その後、きっちり禁酒しているかと言うとそうでもなく、普段飲酒しないが、旅行の時だけはビールくらいは飲む。それくらいの緩さである。家にあるビール、日本酒、焼酎はもうどうしようもないので、義兄にあげたりした。
そして5月末には73kg台まで減少。約2ヶ月弱で約5kgの減量を達成したのである。
5kgといえば、生まれたばかりの赤ちゃんより重いわけで、どこにそんな贅肉をつけていたんだろう?と言う感じである。
水泳を始めて40日目くらいに、再び満を持してHbA1cを検査した。体重が4kgは減少していたので内心期待していた。
ところがである。検査結果は6.3と今回も気持ちくらいしか下がっていなかった。
HbA1cは長期的な指標で急には下がらないと言われているが、どのくらいのスパンで下がっていくのかよく知らないのである。検査時期が早すぎたのでは?とは思っているが、少なくとも前回よりマイナスなので、一直線に糖尿病にはならなそうで少し安堵した。
内科の友人にHbA1c、⒍4について意見を聴いた。彼によれば、それくらい水泳していれば、普通に生活していて問題ないと言う話だった。脂肪肝が解消すれば大丈夫だろうと言う。
その友人だが、彼自身が気づいた時には既にHbA1cが9.0を超えていて、今は糖尿病の薬を飲んでいても7.0未満には下がらないと言う。全くお酒が飲めない人で、暴飲暴食もしないのに不思議に思われるが、なんだかんだ家系的なものが大きいのだろう。僕の家系は糖尿病の人は全然いない。唯一、僕のみグレーゾーンである。
HbA1cの数値をどのように判断するかだが、既に糖尿病の人なら、数値の前に3を付け、体温に擬えてその数字で判断する。例えば、7であれば37℃と微熱ギリギリである。友人のように9を超えていたら、39℃以上でインフルエンザクラスの高熱ということになる。
HbA1cの7.0というラインは非常に重要で、7.0を超えない場合、ほとんど合併症が起こらないと言われる。つまり合併症予防の分水嶺的な数値である。
糖尿病になっても節制ができず、高血糖を放置した場合、特に3つの臓器に有害作用をもたらす。どこに病気が及ぶかは個人差がある。
3つの臓器とは、腎臓、血管、目である。腎臓については、現在日本で人工透析になる原因としては糖尿病性腎症によるものが最も多い。血管とは、糖尿病性の神経障害と血行障害のミックスであり、このような悪化で足を切断している患者さんをリエゾンで時々診る。
意見を聴いた友人だが、合併症が目にきて眼球内に注射をしていると言う。とにかく糖尿病は厄介な病気で、節制ができるかなど、個人を試されているような疾患である。
精神疾患を持つ人たちは、飲酒や暴飲暴食のため、外来の定期検査でHbA1cが上昇していることも時々見られる。特にジプレキサ、セロクエルに限らず、体重が増えるタイプの向精神薬を服薬中の人は要注意である。
アルコールが止められず、アルコール依存症のような生活になり、HbA1cが7.0とか8.0くらいを超えたとしても、入院させて病院食だけ食べさせているとあっという間に正常化する。ほとんどがそのような経過なのである。だから家系的に糖尿病になりやすい人と、精神疾患による食生活の乱れで糖尿病域になった人とはちょっと違うのではないか?と感じる。
また、特に内因性精神病の人達は糖尿病により重篤な合併症を発症することがほとんどない。少なくとも、僕の患者さんで糖尿病により人工透析になったとか、失明したような人を見たことがない。
そもそも、例えば重い統合失調症や躁うつ病の人が人工透析に至った場合、定期的な通院も含め処遇に困り絶望的な状況になるが、そのような事態に遭遇しないのである。失明や足の切断も同様である。自分の病院だけでなく他病院でもそうらしいので、滅多に起こらないことなのは間違いない。
だから内因性精神疾患における脳の不調は、単に身体的な不調と質的なものがちょっと違うのではないかと言う印象である。(内因性疾患の特殊性が他臓器にも影響しているのでは?と言う意味)
そもそも精神科医は、日常的に疾患の不平等な側面を診ていることが多い。少し精神疾患から離れたところにも、普通に不平等さが生じていると思ってしまうのであった。










