kyupinの日記 気が向けば更新

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kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)
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たぬき顔のサビネコを観察

 

サビネコ模様の三毛猫が横たわっていた。このネコは過去ログにも出てくる。

 

目の色が綺麗である。少し青く輝いている。

 

 

カメラを近づけても逃げない。

人には慣れているが、普段はチョロチョロと動き回り、落ち着きがない。

 

 

ここは余裕のあくび。

 

 

いつかも書いたが、このネコは森昌子と呼ばれている。

 

 

このサビネコは耳をカットされている。(避妊手術を受けている)

 

耳をカットされているネコは、元ノラネコで今は地域ネコの証しだと思う。(元飼い猫は避妊手術後、耳をカットしないと思うので)

 

 

 

日本の新型コロナ患者が急激に減少した謎

 

 

日本の新型コロナ新規患者はオリンピックの頃に急激に増加し、一時、医療崩壊しかねない状況に至ったが、その後、海外に比べても驚くようなスピードで減少している。

 

この減少傾向は、ワクチン接種が進んだこともあると思うが、子供は接種していないので、今一つ、腑に落ちない点がある。上はその辺りについての日経新聞の報道番組である。

 

日本のこの急激な減少は国民も少し戸惑うほどの規模で、あたかも国民が集団免疫獲得したかのような経過だと思う。

 

海外では未だに新規感染者や死亡者が多く出ている国もあり、日本の著しい減少は驚きをもって見られているようである。

 

 

上の記事では、日本における反ワクチン運動の規模が小さいことが急激な減少をもたらしたと言った論調である。確かに、日本人の反ワクチン運動はないわけではないが、海外ほど大規模ではない。

 

また、日本人はワクチン接種後も真面目にマスクを着け続けていることも感染の広がりを抑えていると思われる。

 

海外では、例えば、大谷選手のエンゼルスのスタジアムの様子を見ると、マスクを着けてる人がむしろ少ないくらいである。一方、日本の野球やサッカーのスタジアムでは今なおマスク着用率が高い。

 

日本人の他人の健康も配慮する国民性が大きな流行を阻んでいるように見える。その予防的習慣が、日本の場合、ちょうどワクチン接種率と均衡が取れた状態なんだろうと思う。海外との差はその辺りにもありそうである。言い換えると、日本はワクチンの予防効果が、国民全体に波及しやすいと言えるのかもしれない。

 

また、デルタ株以降、新しい株があまり出現しなくなっているが、これはデルタ株の感染力が大きすぎて、デルタ株以上の感染力を持つ株がほとんど存在しないことも関係しているように見える。デルタ株が他の変異種の侵入を阻んでいるといったところだと思う。

 

今後、デルタ株より感染力が高く(←このハードルが高い)、毒性強い株が出現したとしても、現在のワクチンが全く効かないわけではないので、国民のワクチン接種率が高ければ、大流行は起こりにくい状況にあると思う。

 

 

 

ECTによる忍容性変化の2つの軸について

経験的に、ECTを実施すると忍容性の低さが改善し以前より薬物療法がしやすくなる。今回はこの考察である。読者の方には少し難しい内容だと思う。

 

ECTは薬物療法ではうまく改善せず、他に打つ手がない状況で行われることが多い。ただし、カタトニアのように普通の薬物療法ではいつ良くなるか見当もつかない病態では積極的に行った方が良い。

 

ETCを実施後、それまで到底使えなかった薬が使えるようになる傾向があるが、これはその逆がないので、ECTにより薬物忍容性が高くなると言ったところだと思う。同じ人でも大きな変化が生じるのである。

 

ただし、その改善の在り方に2つの軸が存在する。

 

時に、抗精神病薬に過剰に反応しほとんどの薬で治療不可能な状態の人を診る。

 

これは長期に薬物療法を行ってきた結果、ドパミン過感受性精神病状態に至った患者さんである。高用量の抗精神病薬を長期に継続した結果生じることが多いが、この高用量というフレーズは相対的なもので過敏な人はさほど多くない用量でもこれに類似した状態になりうる。

 

このような病態に至ると、ほとんどの抗精神病薬はその過剰反応(特に錐体外路症状)で増量できない。また増量して精神症状が収まる風にも見えない。また、離脱症状のために減薬も容易でないことも多い。

 

このような際、完全に抗精神病薬をやめてしまうのは、うまく減量・中止できたとしても精神病を放置していることになるし、中途半端な処方量で維持する方針も未来が見えない。

 

このような病態に最も悪化を来しやすい抗精神病薬はおそらくエビリファイである。

 

D2レセプターの長期遮断により、ドパミン枯渇のために引き起こされたD2レセプター過剰状態は、パーシャルアゴニストは精神病状態を悪化させやすい。

 

注意したいのは初診の際にエビリファイから始めた場合、パーシャルアゴニストの特性からD2レセプター過剰状態に至らないこと。つまり脳内の環境が悪くなるとエビリファイが使えなくなるといった感じである。

 

D2レセプターは触れないことでアップレギュレーションが生じるが、常にちょっとだけ触れるタイプのエビリファイはアップレギュレーションが生じにくいと言うイメージである。既にアップレギュレーションが起こった環境ではこの「ちょっとだけ触れる」ことが著しい悪化をもたらす。

 

D2レセプター過剰状態で、唯一処方でき、治療的な抗精神病薬はクロザリルである。クロザリルはD2にほとんど関与しないので、長期的にはD2レセプター数をダウンレギュレーションさせる。

 

ドパミン過感受性精神病状態にECTを実施するメリットは主に2つある。1つはECT自体が精神病に治療的なので、薬物治療の空白を埋めることができること。

 

もう1つは、ECTにより過剰なD2レセプターのダウンレギュレーションを生じさせ、抗精神病薬への過感受性を改善すること。言い換えると、自然な脳内環境に戻す作用である。

 

ECTを実施した結果、それまで処方できなかったエビリファイやレキサルティが処方できるようになる。もちろん、ECTによるダウンレギュレーションはゆっくり生じるので、ECTの直後からそうなるわけではない。

 

これは重要なことだが、元々エビリファイやレキサルティが合わない人たちも服薬できるようになるのか?という謎がある。

 

未治療の統合失調症の人たちに初診時にエビリファイを処方し途端に悪化するケースは少なからずある。少なくともこの悪化はドパミン過感受性精神病状態により引き起こされたわけではない。

 

つまり同じ統合失調症でも最初からフィットする薬とそうでない薬が存在する。これはたぶん生来性に、あるいは遺伝子的に決定していると思われる。

 

僕はある時、不思議な体験をした。ある患者さんが紹介された際、オランザピンが15㎎とシクレストが20㎎処方されていた。しかし病状はまとまっておらず、幻聴や妄想も活発な状態であった。

 

ところが、この患者さんのオランザピンの薬理作用に不自然な印象を持ったのである。「ジプレキサのあの効き方はない」という感触である。過去ログに薬物療法の処方する側の体感についての記載がある。

 

記事から抜粋。

僕はメチャクチャな多剤併用でも、どの薬が効いていてどの薬がダメなのか、自分の患者さんならわりあいわかる。もちろん間違うこともあるけど。これは薬の特性と患者さんの普段の様子を見ているので有害作用は特にわかるのである。

 

オランザピンの効き方に不自然さを感じたこともあり、もしやと思いオランザピン15㎎をジプレキサザイディス15㎎に変更してみた。

 

すると驚愕することに、この変更だけで素晴らしく精神症状が改善したのである。

 

この事件は長期的な薬物治療によるさまざまな脳内変化を暗示している。1つは、過量の薬物量投与に由来するD2レセプターのアップレギュレーションは、実はD2だけに留まらず、様々な他のレセプターにも同様な影響を及ぼしているのではないか?ということである。

 

ジェネリックのオランザピンは先発品のジプレキサに比べ賦形剤も異なるし製法も違っているなど正確には製造されていない。そのために不純物的な影響が、過量な抗精神病薬投与時に出やすくなるのだろう。

 

この患者さんは、この後、シクレストを中止しジプレキサザイディス15㎎単剤まで整理できている。

 

更に驚愕なのは、その後大きなライフベントの際の悪化に、ECTを2クール実施したところ、しばらくしてオランザピン15㎎に変更しても何ら問題がなくなったことである。

 

このような変化を診ると、ECTを実施することは、D2に限らず、他の多くのレセプターも正常化させる方向に働くのではないかと想像できる。正常化している環境では、エビリファイが使えるように、ジェネリックのオランザピンでも問題が起こらないのであろう。

 

未治療の状態で忍容性の極めて低い人は、あらゆる抗精神病薬がほとんど処方できない。このような人たちには、作用と副作用を勘案しまだ処方できる薬を仕方なく処方する。精神病の治療では、何もしないという選択肢はないからである。

 

ある時、このような患者さんの治療中、亜昏迷を来したためECTを実施した。1クール目ではさほど大きな変化が生じなかった。ただし、ECTの実施により亜昏迷は脱し、治療は進んでいることは間違いなかった。しかし薬物治療ができないとその後がうまくいかないのである。

 

時間をかけて3クールくらい実施したところ、不思議なことにジプレキサやラツーダも普通に使えるようになった。驚いたので以前ジプレキサを投与した時に何が起こったのか調べてみた。前回、ジプレキサを投与した際、希死念慮が生じ中止していたのである。ラツーダは焦燥感のため中止となっていた。

 

これらの異常反応、希死念慮などは、ドパミン過感受性精神病状態により引き起こされてはいない。おそらく薬剤過敏から来る有害反応である。

 

ECTによりこれらの異常反応が起こりにくくなるようなのである。これはいろいろな考え方があるが、重い精神病状態では人によれば脳の炎症により薬物の奇異反応が起こり易くなるといった感じかもしれない。

 

タイトルで挙げたECTによる忍容性の変化の2つの軸とは、レセプターのダウンレギュレーションを始めとする自然な脳内環境に戻す作用と、脳の炎症を改善することによって奇異反応を軽減する作用である。(いずれも経験による私見)

 

参考

 

上は11年前の記事だが、典型的なドパミン過感受性精神病状態の治療の経過である。薬剤の作用を分散させることで精神症状をコントロールしているが、今から考えると、徐々にレセプターをダウンレギュレーションさせるように誘導している。

経過中に著しい倦怠感が診られること

このブログでは慢性倦怠感の記事を時々アップしている(線維筋痛症、慢性疲労症候群、疼痛性障害のテーマ)。

 

漠然とした倦怠感はとりわけ特異性はなく、いろいろな疾患で診られる。うつ病では倦怠感も伴うが、真の症状は身体的なものではなく、精神の部分が大きい。

 

しばらく継続する倦怠感は、内科に受診し血液検査など精査し何も異常所見がない時、心療内科か精神科に行くように勧められることが多いようである。疼痛がある場合は内科で線維筋痛症と診断されることもある。

 

疼痛が伴わない数週間から数か月続く倦怠感は、診察する側からみると、ADHD的な所見がある人が多いように見える。

 

全てをそう解釈するのが正しいのか自信がないが、逆にADHDで何らかの精神症状を伴うような人たちは、人生の中で極めて消耗している期間が出現しうるのではないか?と考えている。

 

しかしそのような人も、不思議なことに、時間が経つとその倦怠感から回復することがほとんど全てである。

 

そのような経過から、あの持続的倦怠感は心と体のバランスを取っている期間ではないかと想像している。

 

きっと、あの期間はある種の治癒過程なんだと思う。

 

 

仔猫の爪とぎ

 

 

チャップリンと呼んでいるぶちの仔猫が爪を研いでいた。ちょっとこちらに披露している風でもある。

 

このように古い木のベンチなので、爪に引っかかりまくりだった。さぞかし爪のカケラが落ちたのではないかと。

 

 

この辺りをいつも走りまくっている。その元気さがとても仔猫っぽい。

 

以下で紹介した仔猫の動画。

 

 

 

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