
アモキサン中止の顛末記
今回、令和5年2月からアモキサンは順次自主回収になり処方できなくなる。
今回はアモキサン中止の感想などをアップしたい。
アモキサン自主回収にあたり半年ほど猶予期間が設けられたため、最初頃はあまり処方は変更しなかったが、11月頃から順次、漸減中止していった。アモキサンを処方している患者さんは自分のデータベースによると8人ほどおり、極端に大量を使っている人はいなかった。
アモキサンを処方するからにはそれなりの理由があるため、単剤でアモキサンを処方している人は少ないのではないかと思った。併用だったとしても精神症状が軽快後、処方をスリムにする際にどちらかを減量中止の際にアモキサンが残るケースはある。
実際、8人の処方内容を調べると、5人がアモキサン含め2剤併用であった。3剤併用の人はいなかった。3人がアモキサン単剤処方だったのである。
5人の併用されていた抗うつ剤は全て異なっていた。これは非常に興味深い。
一応、読者の方には知っておいてほしいが、精神科薬物治療の場合、ほとんど同じ症状でも、処方内容が全く異なるということは普通にある。それは忍容性が理由であることもあるし、遺伝子的な相違もあるかもしれないと思う。
〇トリンテリックス10㎎+アモキサン50㎎
〇トフラニール150㎎+アモキサン50㎎
〇ルジオミール50㎎+アモキサン25㎎
〇イフェクサーSR225㎎+アモキサン200㎎
〇サインバルタ20㎎+アモキサン25㎎
こんな風である。この中で、トフラニール150㎎と併用があったのは自分でもちょっと驚きだった。
アモキサンは馬力が出るタイプだが、これだけ併用が多いと言うことは、簡単にはうつが改善しない人に使われていると言える。だからこそ妙な組み合わせが多いのであろう。
そもそもアモキサンは第一選択で処方されることがない薬である。僕が古い薬を好んで使うわけではなく、今データベースを調べると(すべてが記載されているわけではない。新しい人は入っていない)
サインバルタ 48人
レクサプロ 38人
トリンテリックス 23人
リフレックス 46人 (ミルタザピン)
パキシル 11人 (パキシルCR、パロキセチン)
ジェイゾロフト 8人 (セルトラリン)
デプロメール 8人 (フルボキサミン)
イフェクサーSR 2人
ルジオミール 4人
レスリン 28人 (トラゾドン)
(アモキサン) 8人
こんな風であった。感覚的には僕はサインバルタ、レクサプロ、トリンテリックスを好んで使い、相対的にジェイゾロフト、パキシル、イフェクサーSRはあまり処方しない。そのような処方の人が紹介されてきたら、そのまま処方を続けるか、経過が良くないなら他の抗うつ剤を試みるよう本人に勧めることが多い。
アモキサンを中止する際、何に変更すると良さそうに思えるかと言えば、サインバルタだと思う。サインバルタはSNRIで抗うつに対し潜在力が高いからである。
実際、アモキサンからサインバルタに変更したことで積極性が出て、生活が好転した人もいる。例えば、食事の片付けがなかなかできず、イライラしていたのが今は片付けまで楽にできるらしい。このような人はサインバルタの方が抗うつ剤として一段階優れている。
また、アモキサンからサインバルタに変更したことで、腰痛や肩こりが改善したという人もいる。これは非常に興味深いと思った。以下は2012年の過去ログである。
上の「旧来の抗うつ剤」の記事では疼痛に対しアモキサンが全く挙がっていない。これほどメジャーな抗うつ剤なのに言及されていないのは、アモキサンは疼痛に対しそこまで効果的ではないのかもしれないと思った。
アモキサンからSSRIに変更しにくいのは、効果の出方や質が違い過ぎるということがある。そもそもアモキサンが処方されている人はSSRIで副作用が出るとか、効果的でなかったために古いアモキサンが処方された人が多い。または、SSRIが発売される以前から服用を続けている人たちである。
このように記載すると、あたかも抗うつ剤は中止できないように見えるかもしれないが、治療する側から見ると、抗うつ剤を時間が経ち、もはや服用していない人がかなりいる印象である。
そのような人は、メイラックスだけとかソラナックスだけなどの抗不安薬1剤か、ベンゾジアゼピン系の眠剤1剤に落ち着いている。ここでなぜベンゾジアゼピン系なのかというと、それ以外の新しいタイプの眠剤は、なにがしかの抗うつ作用が軽微でさえないからだと思う。(例外はロゼレム)。
また、抗うつ剤に持続性の注射剤(エビリファイLAIやゼプリオンなど)がない理由は、抗うつ剤は統合失調症に対する抗精神病薬のように超長期に服用するように考えられていないからと言う話である。
トリンテリックスは、それまでうつでできなかったことが色々できるようになると言う点ではアモキサンに似ている。トリンテリックス的な体が動くようになるという効果である。このような点で、アモキサンからトリンテリックスに変更も悪くないと思う。アモキサンからトリンテリックスに変更の際には、嘔気が出るので注意喚起するか、モサプリドを併用した方が良い。
またアモキサンの方が自律神経系副作用が多いので、例えばトリンテリックス単剤にしたことで動悸がなくなったという人もいた。
また、SSRIを服用したことがない20年来アモキサンを服薬しているような人は、既に寛解状態にあるので普通にレクサプロでも良いと思う。
アモキサンを他の抗うつ剤に変更する場合、どれを選ぶかは主治医の抗うつ剤の好みも影響する(この記事もそう)。
まだ切り替えが完全に終わっていない人もいるが、ほとんどの人は問題なく他剤に移行できている。
尾道市の林芙美子記念館
今回は尾道市の林芙美子記念館を紹介したい。僕のブログで尾道市を紹介するのは2001年に広島で国際神経精神薬理学会が開催された旅行記以来である。今回、家族で尾道旅行した際に立ち寄った時に撮影。
林芙美子記念館は尾道市のレトロな商店街の入り口近くにある。在来線の尾道駅を降り歩いてすぐの場所である。この商店街はとても懐かしさを感じる。それはそのまま昭和の映画撮影に使えるほどだと思う。
林芙美子は諸説あるが、おそらく北九州の門司で出生。幼少時から恵まれない複雑な生活歴であった。この記念館では彼女の生活歴や写真が展示されているが、Wikipediaの記載と少し異なっている部分もある。Wikipediaの方がやや詳細に記載されている。
尾道に転居後の状況が書かれている。林芙美子は早くから文才を認められ、篤志家などの援助により尾道市立高等女学校に進学している。戦前の作家は、赤貧洗うような作家もいないわけではないが、どちらかと言うと家庭に恵まれた人が作家や詩人になっているケースが多い(中原中也や坂口安吾)。進学率が低く教育を受けたくても受けられない人たちが多かったためである。そのようなこともあり、林芙美子のように異端の生い立ちを持つ作家は陰口を叩かれるところがあったのだと思う。
Wikipediaから抜粋。
その生涯は、「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の六年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。
女学校時代の友人と一緒に撮影されている。
放浪記は彼女の代表作。尾道市は林芙美子という作家の出発点だと思う。彼女は放浪し尾道市に来たことで人生が良い方向に開けた。
林芙美子は東京に出てからも金銭的に恵まれていなかった。また恋愛、失恋も繰り返している。作品がお金になり始めてからは単身であちこち海外に渡っている。
このブログ風に言えば、ある意味、ADHD、双極性障害的な人生だったといえる。(パリに行き飢え死にしそうになるなどの行き当たりばったりな計画)。なお、彼女がADHDとか双極性障害と言っているのはない。
関東大震災時には尾道市に疎開している。
この写真は凄くないか?
大東亜戦争時にもあちこち現地を訪れて従軍記などを書いている。今、ウクライナの激戦地を訪問することを想像すると、いかに向う見ずだったのかがわかる。彼女のような性格ででないとなかなかできないことだと思う。
年表。彼女はかなり作品が多いが、貧しい頃、作品を売り込むことに苦労した経験があり、多くの仕事を断らず受けていたという。彼女が心臓発作で、47歳で亡くなったのは、そういうこと(過労)も関係しているのではないかと思った。
最後に猫の細道から見た尾道市街地。尾道はとても猫が多いところらしい。(写真なし)
アンプリット25㎎欠品の話
今回は、かなりマイナーな話。
アンプリットは、比較的忍容性が低い人でも服用できる3環系抗うつ剤という話を過去ログにアップしている。アンプリットの良い点は、効果と副作用のバランスが3環系抗うつ剤にしては良いことが挙げられる。
ただし、おそらく現在、日本国内でアンプリットを服用している人はほとんどいないと思う。
しかし、かつておそらく1990年頃だが、アンプリットばかり処方する精神科医すらいた。その理由は、トリプタノールやトフラニールに比べずっと処方しやすいからである。
アンプリットがほとんど処方されなくなった理由はいくつかあり、1つは現在の抗うつ剤がかなり優れていることが挙げられる。
また、アンプリットを処方したことがない精神科医もかなり多くなっていると思われること。民間の精神科病院で採用されていないことが普通にある。
1つ言えるのは、アンプリットが劇的に処方された時期など1度もないこと。やはりSSRI以前の主流の抗うつ剤はアモキサンとルジオミールで、重い人にはトリプタノール、トフラニール、アナフラニール、ノリトレンくらいが処方されていた。
アンプリットは後者4剤ほどの重い副作用がなく、効果もそこそこあると言う立ち位置であった。絶対値的な抗うつ効果はアンプリットよりアモキサンが上回っていたと思う。アンプリットの問題点は、当時でさえ精神科病院で採用されていないこともあり、知名度が低かったことも挙げられる。
指導医にアンプリット好きな精神科医が一定の割合でおり、彼らがうつ病の状態と忍容性のバランスでアンプリットの処方法を若い医師に教示していたと言えた。僕は直接に指導を受けたことがないが、当時、県内で名医で有名な○○先生が好んでアンプリットを処方していると言う話を聴き、自分でトライして効果を確認したのである。これは1990年より以前の話である。
ニッチに位置するアンプリットはこのような理由で、SSRIが忍容性的に使えない人たちに抗うつ剤を処方する場合、アモキサンかルジオミールが優先され、アンプリットは処方されないと言う微妙な薬であった。
アモキサンやルジオミールが副作用的に服薬できず、アンプリットは服薬できることも普通にあるが、現在の若い精神科医はそのルートに行かない。
そのようなことから現在アンプリットはほとんど処方されない抗うつ剤になったのである。
今回、アンプリットが欠品すると言うアナウンスがあった。アンプリットはもちろん先発品で、ジェネリックはたぶんないと思う。これは諸般の事情と言う話だが、先日アップしたアモキサンの自主回収の話と関係があるのか不明である。
少なくとも、アモキサンがなくなるので仕方なくアンプリットに切り替えた、という話ではない。その理由はアンプリットは処方したことがない精神科医も今は多く、処方したことがない抗うつ剤をこの機会に処方するわけがないからである。
アモキサンは2023年2月1日から自主回収が始まる。病院に残っていても回収されて処方できなくなるのである。発癌リスクの成分が入っているということはそういう意味である。
ファイザーは2022年8月、アモキサンカプセル及び細粒に発癌リスクのあるニトロソアミン化合物が検出されたことを受け、他の抗うつ剤への切り替えを要請している。
発癌リスクとはいえ、ニトロソアミンは焼き魚のあの焦げなので、多少食べたとしてもたいした有害性などない。しかしこれが長期に服用する薬に微量でも入っていると言うことは問題視される。
今回、アンプリット25㎎錠は購入ができなくなるが、10㎎錠は細々と購入できるらしい。アンプリットにはニトロソアミンは混入していないからである。
このような流れをみると、長期的には古い3環系抗うつ剤や4環系抗うつ剤は次第に発売されなくなり、新しい抗うつ剤だけのうつ病薬物療法の時代になるのかもしれないと思った。
ビシフロールと薬剤性開口及び嚥下障害の改善について
ビシフロールはパーキンソン病と中等度から高度の特発性レストレスレッグ症候群に対する治療薬である。元々、パーキンソン病のみの適応だったが、後にレストレスレッグ症候群の適応が追加されている。
精神科医は抗精神病薬による錐体外路症状の緩和のためパーキンソン病薬を処方することがあるが、パーキンソン病そのものを治療することは滅多にない。そのため、新しいタイプの抗パーキンソン病薬を処方することはほとんどなく、あったとしても神経内科医の継続処方くらいである。従って精神科医が処方する抗パーキンソン病薬は限られている。以下のリンクは定番のアキネトン(ビペリデン)がなくなってしまう話である。
パーキンソン病薬の中で精神科医にとって、ビシフロール(プラミペキソール)は少し特別な向精神薬だと思う。その理由は、レストレスレッグ症候群の治療薬として処方する機会があるパーキンソン病薬だからである。
しかも、ビシフロールはうつ病や双極性障害のうつ状態に対しエビデンスレベルは低いが、代替療法として挙げられている。
ビシフロールはD2やD3レセプターへの親和性が高くその刺激作用によりパーキンソン病を改善するが、レストレスレッグ症候群はD3レセプターへの親和性が貢献していると言われている。
このように記載していくと、微量のエビリファイやレキサルティに似ているように思うかもしれないが処方感覚としてかなり相違がある。特にレキサルティはD2に対し遮断傾向もやや強くなるし、エビリファイも少なくともレストレスレッグ症候群を悪化はさせても改善しそうにない。似ている点を挙げるとすれば、うつ状態にオーグメンテーション的に良い可能性があることだと思う。
ビシフロールはうつに対しエビデンス的に有効性が認められるほどの効果はおそらくないと思うが、極めて忍容性が低い人に単剤処方すると、多少はうつに対し効果が感じられると言う人がいる。ビシフロールは何らかの抗うつ剤との併用では効果が紛れてほとんど意味がないように見える。
精神科医がビシフロールと言う薬の感覚をなんとなく掴めるのは、処方機会があることから来る。それが他の多くの抗パーキンソン病薬との相違である。
今回はビシフロールが抗精神病薬により引き起こされた開口及び嚥下障害を改善することについて。
抗精神病薬による開口及び嚥下障害は、高齢者の精神病状態の治療経過中出現することがある。これは非常に困る事態で、誤嚥性肺炎を起こしやすい。しかもなかなか改善しないのである。
高齢者では脳内でドパミン遮断に対し副作用が出やすい状況が生じていることが多い。それはたとえ精神病状態が起こっていたとしてもである。
高齢者の精神病状態に対し、僕はジプレキサを処方することが多い。躁状態もあるならエビリファイの高用量を処方することもある。このいずれかが良いことが多い。ジプレキサを選択する理由はいくつかあり、ジプレキサザイディスが口腔内で速やかに崩壊し服用し易いことと注射剤もあることを重視している。
このような精神症状ではたぶんシクレストも良いと思うが、やや使い辛い仕様になっているのであまりこのような状況では処方しない。
高齢者の場合、ジプレキサよりエビリファイの方が開口障害や嚥下障害が起こりにくい感覚はあるがやはり人による。しばしば精神病状態が落ち着き、相対的に抗精神病薬の薬効が過剰になるタイミングで起こりやすい。
いったん、嚥下障害や開口障害が生じるとすぐには良くならないことが多い。以下はかなり前の過去ログだが、テレビで放映されたドグマチールで動けなくなった老人の話を紹介している。
このような抗精神病薬による開口及び嚥下障害に対し、ビシフロールは治療的である。長い病期をかなり短縮する傾向がある。用量については0.125㎎~0.25㎎程度で充分なことが多い。この際、原因となっている抗精神病薬を中止することが必須である。
今回の記事は「長期の抗精神病薬による嚥下障害」という過去ログの続きになっている。
また、今回挙げた高齢者は初回入院でエビリファイで比較的短期間で開口及び嚥下障害が生じビシフロールで改善した事例である。短期間で生じたからこそ1~2か月で消失したと思う。
長期投与の抗精神病薬による嚥下障害は食道のジスキネジアから来ているように見える。開口障害も嚥下障害の1つのファクターである。以下の記事から要点を抜粋している。
食道は上部3分の1はヒトが随意に動かせる。ここに分布する筋肉が随意に動かせるため、飲み込みに失敗した時に自力で吐き出せる。解剖学的に食道上部3分の1は随意筋かつ横紋筋である。食道は下に行くほど平滑筋が多くなり、これらはヒトが随意に動かせない。
横紋筋はほとんど全て随意筋(ヒトの意思で動かせる)だが、唯一の例外は心筋である。これはヒトが自力で止めたりできない。心筋は骨格筋と同じ横紋筋ながら自由にできない筋肉である。
抗精神病薬の副作用のセオリーとして、ジスキネジアやジストニアなどの長期のドパミン遮断作用により引き起こされる不随意運動は、横紋筋のような随意筋にしか生じない。言い換えると、自分の意思で動かせる筋肉にしか生じないのである。
食道の上部3分の1の横紋筋に不随意運動が生じると、うまく飲み込めず、吐き出すことも容易でなくなる。即ち慢性的な嚥下障害に至るのである。
なぜビシフロールが有効なのかは不明であるが、一般的な抗パーキンソン病薬より、温和な作用機序も関係しているのではと思う。また、ビシフロールが神経保護的に作用しているように見えることもある。
また推測として、ビシフロールのD3レセプターの親和性から来る神経栄養因子などが関与しているのでは?と思う(私見)。
余談だが、うつ病に対するケタミンなども神経栄養因子が関与しているのでは?と言う研究者もいる。