『知命』

 

作:茨木のり子

 

 

 他のひとがやってきて

 この小包の紐 どうしたら

 ほどけるかしらと言う

 

 他のひとがやってきては

 こんがらかった糸の束

 なんとかしてよ と言う

 

 鋏(はさみ)で切れいと進言するが

 肯(がえん)じない

 仕方なく手伝う もそもそと

 

 生きているよしみに

 こういうのが生きてるってことの

 おおよそか それにしてもあんまりな

 

 まきこまれ

 ふりまわされ

 くたびれはてて

 

 ある日 卒然と悟らされる

 もしかしたら たぶんそう

 たくさんのやさしい手が添えられたのだ

 

 一人で処理してきたと思っている

 わたくしの幾つかの結節点にも

 今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで

 

 

 茨木 のり子(1926年 - 2006年)同人誌『櫂』を創刊し、戦後詩を牽引した日本を代表する女性詩人にして童話作家、エッセイスト、脚本家。
戦中・戦後の社会を感情的側面から清新的に描いた叙情詩を多数創作した。主な詩集に『鎮魂歌』、『自分の感受性くらい』、『見えない配達夫』などがある。

 

 
 

 

香薬のあじわい

 

 
 「どうしたら ほどけるかしら」
 
 独り言なのか。
 グチをこぼしただけなのか。
 
 「こんがらがったの なんとかしてよ」
 
 じゃれ合うためのネタなのか、
 それとも笑いの種なのか。
 
 
 事の始まりは きまって、
 こちら側は、相談されたとも思わないような
 さりげない一言。
 
 いつものことではあるけれど、
 ふざけ口調で、大鉈(おおなた)を振るう。
 
 「ハサミで切れい♪」
 
 ・・・無理だよね。
 
 高火力の焼却炉で、全部燃やしてしまえたら
 どんなに楽かと思いつつ、
 
 もそもそと、
 リサイクル用、分別作業のお手伝い。
 
 ふりまわされ、くたびれはてると
 わかっていながら、巻き込まれてみる。
 
 縁だから、しかたがないか(笑)。。
 
 
 出来れば避けたいような 
 わずらわしい出来事と、情や好意が
 ごっちゃになって 過ごした時間。
 
 人生の折り返しを過ぎて、
 自分もみんなから、そんな時間を
 もらっていたことに気づく。
 
 それは、家族や親しい人間だけでなく、
 かつて 同じ時間を共有した、
 名前を忘れた人たち も含めて。
 
 

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