御神体、おひかりの源であり本体である、光の玉(神様の魂)の所在
教主様の神事である、御神体、御神影、おひかり等のご入霊ですが、これをしている本体は何でしょうか?教祖、教主?ちがいますよ、教祖や歴代教主とともにある光の玉です。これがある意味現界の三次元にあらわれた主神の表現の神様でしょう?明主様がお文字を書いてそれが働くのはなぜでしょう?明主様がいらっしゃるお屋敷にはなぜ御神体がなかったのでしょう?光の玉が神様そのものだからなのですね。だから光の玉あって明主様でありメシア様です。光の玉の継承については二代様がおっしゃっています。「明主様は自分に光の玉があると言われました。これは皆様も御存知でその通りなのです。しかしその光の玉はあると言われただけで、自分で作って自分が入れたとはおっしゃいませんでした。その光の玉の光線はやはり真神(かみ)様にあって明主様のところへどんどん流れて来たのです。そして明主様が使われれば使われるだけ補給されて無限に出て来たのです。もちろん明主様御昇天後はこの光の玉を私が頂き、御神体、お守様、御浄霊すべてこの玉を通して配らして頂いているのです。又三代四代と代が変りましても、本教の教主の座にこの玉は授けられるのです。だから少しも威勢は落ちません。これは当り前のことです。」今は4代教主様にある。これは古い信者は知っていることです。そういう意味では世界メシア教と世界救世教は、世界救世教が言うように同じ神様を拝んでいるという結論にはならないと思います。歴代教主のご発言を薄めたいのか、大事にするのかその取捨選択の理由もわかるでしょう。どっちの神様選びますか?教主を不要という方向に導いた霊的存在教主様を通して経綸を行うとした霊的存在どちらが主神につながっていくでしょうか。この選択をしているのだと思われます。善悪を作られた主神ですので、煎じ詰めればどちらも主神ですが栄るか滅びるか、道の選択は自分で判断するようになっています。この世の真理を明主様や各時代の聖者が教えている以上、ある程度自己責任になりますよ。判断基準は他人や先生や指導者ではないですね。神様です。そうじゃないと人間の霊性は上がらないでしょう。神様はロボットを必要としていません。あと世界と名乗るなら、やっぱり自団体にある程度以上の海外信徒と拠点があるか、世界布教を進める準備があり、それをしているのが「世界」を名乗る神様への最低限の礼儀だと思います。しないっていうんなら、その時点で「教義」から外れてしまいます。